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おつかい


 とある日。

 ヌルは、ミッションを受けようとして掲示板の前に行った。

 そこでヌルは、「あなたに受けてもらいたいミッションがあります」とフィーアから直々に言い渡された。

「なんですか?」

「キノコ狩りです」

「キノコ狩り?」言葉の意味は知っていた。狩りとは物騒な物言いで、とどのつまり野生のキノコを採ることだ。「採取ミッションですか?」

「そうだけど…そんな難しく考えないで」フィーアが、なにかマズイことでもあるかのように言い淀んだ。「ミッションとはいうけど、ミッションじゃないから」

「はい?」

「えっと、その…」

「正式なミッションじゃない、そういうこと」

 その場に居合わせたもじゃもじゃ頭のアハトが、さらっと言った。

「正式なミッションじゃない?」

「つまり、他所から依頼されたものじゃなく、ウチの事。ようはおつかいだね」

「おつかいですか?」ヌルが、少し不満そうな顔になる。

「アインスから聞いているはずだよ。屋敷内の雑務もやってもらうって。え、聞いてない?」

「いや、聞いていますけど…」雑用を任されることもあるのは知っていた。が、「なんで?」とヌルは自分を指差した。なぜその雑務が自分に任されるのだ、と。

「ミッションのランクにするとE難度だからよ」胸のつかえが少し取れたようで、フィーアが答えた。「ヌルはまだまだ駆け出しでしょ。だから、簡単な雑務は、優先的に任されるのよ」

「どうでもいいけど、早く行こうよ」アハトが急かしていると、その不愉快そうな表情や口ぶりから判った。「今回はボクが付き添いだからね。さっさと終わらせよう」

「あ、最後に一個だけ確認を…」

「なに?」

「どんなキノコを何の目的で?」ヌルは訊いた。

「ひとつとか言っといてさりげなく二つ質問したね」

 皮肉を言うアハト。

 ヌルの質問には、フィーアが一言で答えた。

「おいしいキノコご飯が食べたいの」

「あ、そうですか」



 屋敷を出ようとするヌルとアハト。

 そんな彼らを、「ちょっと待って」とアインスが呼び止めた。

「なに? もう行くとこだよ」

 不満そうなアハトに、アインスは「すいません」と謝った。

「すいませんついでに、頼まれてくれませんか?」

「なんです?」ヌルは訊いた。

「お二人は、今からキノコ狩りですよね」

「はい」

「ついでと言ってはなんですが、湖で釣りをしているノインにお弁当を届けてくれませんか?」

 これです、とアインスはハンカチに包まれた弁当箱を差し出した。その大きさは、とても一人分には見えない。

「ノイン、絶食でもしていたの?」

「いえ、よかったらお二人も食べてください」

「あ、ありがとうございます」

 ヌルは、お礼を言いながら弁当箱を受け取った。

 本当におつかいみたいだな、とヌルは思った。



 お弁当を持ったヌル。

 画材道具一式を持ったアハト。

 二人は、森の中を歩いていた。

「なんで?」ヌルは、現状に疑問を抱いた。

「なんで って、キノコ狩りだよ。忘れたの?」

「いや、持ちモノについて」

「なんだよ…キミはどうせ手ぶらだろ。弁当箱ぐらい持ってくれてもイイじゃないか」

「いや、いいですけど…。なんで画材道具?」

 ヌルは、聞きたい事を訊けた。

 キノコ狩りに行くのに、その背中に背負ったキャンバスや腰から提げたカバンに入っている絵筆などは、何に用いるのだ?

「絵を描くためさ」当然だろ、とアハトは言う。

「いや、キノコ狩り…」

「それはヌルのミッション。ボクは、それのただの付き添い。キミが地べた這ってキノコを探している間、その近くにいるなら何をしていたってイイだろ?」

 ヌルは、どこか釈然としなかった。

 付き添いとしてそれでいいのか、問いたかった。

 そんなヌルの思いが表に出ていたのか、「サポートくらいはするよ、ボクだって」とアハトは口を尖らせた。

「とりあえず、なに、クマ避けの鈴とか出そうか?」

「持っているの? ていうか、クマ出るの?」

「まぁ、うん…」歯切れの悪いアハトの返事。「で、どんな鈴がお好み?」

 なんか誤魔化された気もする。が、気を切り替えてヌルは、「黄色い、ピンポン玉くらいの大きさで、オーソドックスなやつ」と答えた。

「了解。オーソドックスね」

 その約十秒後、「ほら」とアハトは、鈴を投げて渡した。それは、まさにヌルがイメージしていたものだった。

「おぉ」

 あまりにイメージ通り過ぎて、ヌルは、何の変哲もない鈴に驚いた。

 そんな彼に「これでイイでしょ」と言うアハトは、早く絵を描きたいらしい、さっさと先を歩いた。



 キノコ狩りの拠点として、ノインがいるらしい湖をまず目指そう。ということで二人は、本当にノインが釣りをしていた、湖が木々に囲まれている場所に来た。

「ノイン」

「あ、アハト、それにヌルも」

「アインスから弁当の差し入れ」

「あぁ、ありがと。わざわざそれを届けに二人で?」

「いや、これからヌルはキノコ狩り。ボクは、その付き添いさ」言いながらアハトは、すでにキャンバスをイーゼルに載せ、絵を描く準備を始めていた。

「一緒にやらないの?」ノインが訊いた。

「釣り?」

「いや、キノコ狩り」

「やらないよ。ボクは、絵を描く」

「ふ~ん」

 アハトは、絵を描き始めた。

 ノインはノインで、釣りを続けている。

 自由な人達だな、これからキノコ狩りをしなければならないヌルは、二人が少し羨ましかった。



 キノコ狩りは、意外に難しかった。食べられる、しかも美味しいキノコは、フィーアから写真を預かっているので、それを見ながら探せる。探せるが、見付からない。湿気の多い場所や木の根元なんかを探してみてと助言をもらってはいるが、なかなか見付からない。

 見付からないまま時間は過ぎ、お昼時となった。

「お昼にしませんか?」

 ヌルは、二人に声をかけた。しかし、

「ん~」

「うん、いま…」

 と、アハトとノインは反応が悪い。

 二人ともそれぞれ今やっている事を中断したくないといった感じだ。

「まったく…」ヌルは呆れた。

 腹が減っていたので、先に弁当の包みを開いた。イイかなと少しためらいつつも、中身が気になってしょうがないのでフタも開けた。弁当箱の中には、サンドイッチや唐揚げなどが入っていた。どれも美味しそうだなと眺めていたヌルは、ふとあることに気付いた。

 どれも手軽に食べられる。

 片手で食べられるサンドイッチ、唐揚げは一個 一個 楊枝が刺さっているなど、何かをしながらでも食べられるモノや食べ易いように工夫されていた。

「ああ…」ヌルは、察した。

 アハトとノインがあまり食事に時間を割かないだろうことを見越して、アインスが気を利かせてくれたのだ、と。

 弁当箱は、二つあった。

 つまり、フタも二つある。

 二つのフタを皿の代わりにして、それぞれに取り分け、趣味に没頭する二人に渡した。

「あ、そこに置いといて」

「ありがと」

 アハトとノインは、片手で弁当を摘まみながら、それぞれのことに集中していた。

 本当に自由だな、二人を見ながらヌルは思った。

「……あ、サラダサンド美味しい」



 食事が終わり、午後の部。

 三人は、午前と同じくように各自のことをしていた。ノインは静かに釣りをし、アハトは黙々と絵を描き進め、ヌルはなかなか見つからないキノコを探している。

 三人の間に会話はなかった。

 だが、突然「うわぁ!」と声が上がった。

 何事かと、二人は声のした方を見やる。

 見ると、ヌルがクマに追われていた。

「スキノコグマだ」と冷静に分析するノイン。

 アハトは、絵筆を置いて「ちょっと、邪魔しないでくれよ」と苦言を飛ばした。

「すいませんっ!」

 ヌルは、なんとか二人のいる湖畔まで逃げて来た。



 ヌルがキノコを探していたら、ある大きな木の根元で、お目当てのキノコを見付けた。「やっとあった」と苦労と喜びを滲ませながら、ヌルはキノコに手を伸ばした。その瞬間、手と手が触れ合った。これが図書館や本屋で一冊の本に同時に手を伸ばした男女なら、ヌルも喜んだかもしれない。だが、チョンと触れた手は、毛むくじゃらだった。ヌルの顔からさぁーっと血の気が引いた。ゆっくりと顔を上げる。体毛の濃い人であってほしいと期待したが、やはり相手はクマだった。

 ヌルとクマは、相手に遠慮してか、手を引いた。

 そして、お互いのことを視認して、頭で理解する。

 直後、脱兎の如くヌルは逃げた。

 それをクマが追いかけた。

 走っていたら、湖のある空間に出た。

 趣味に忙しい二人と合流したヌルは、振り返ってクマと向き合い、臨戦態勢となった。

 クマも、人が増えた状況の変化に対応したいのだろう、間合いを取り、動かなくなった。

「あまりうるさくされると困るんだよね」アハトは、不愉快そうに唇を尖らせていた。「絵に集中できない」

「魚が逃げる」と、ノインも嘆息をもらした。

「そんなこと言っている場合ですか!」

 危機感がまるでない二人に、ヌルがそう言うと、「そうだね」とノインが頷いた。

「現状に対する不満を口にするのは、何もできない時だけで充分。どれ、追い払おうか」

「殺す気?」アハトが訊いた。

「殺すんですか?」驚くヌル。

「殺さないよ。ちょっと脅かすだけ」

 ノインはそう言うが、「この状況だと殺しかねないでしょ」とアハトは呆れた。

「手持ちの赤が少ないんだ、この辺を血で汚さないでくれよ」

「そういう問題ぃ?」

「それじゃあアハト、よろしく」

 任せるよと言ったノインの身体は、僅かながらに張られていた緊張感すらも解けていた。

「ボクより、ヌルの方が適任じゃない? この騒動を持ちこんだ張本人としても」

 アハトも、ここには何も問題がないかのような態度になった。

 しかし、ヌルだけは、ちょっと腰は引けているが、緊張感を持ってこの場に臨んでいた。

「さすがに丸腰じゃあ…」戸惑うヌル。「この変に武器になる様な物もないし」

 木の枝でもあればいくらかマシなのだが、それさえも見当たらない。

 どうしろというのだ、という眼でヌルは、アハトを見た。

 すると、「はぁ~」と息を吐いたアハトが「何がイイの?」と訊いてきた。

「え?」

「出してあげるよ、好きな武器」



 クマが何を考えていたかは知らない。

 何かきっかけを見付けたのか、それとも作ろうとしたのか、上半身と腕を上げて、低い唸り声を上げた。起き上がると、体長三メートルはあるだろう、大きいクマだということを再認識させられる。

「あ、危ないかも」と言うノインの危機感無い声で、三人は散り散りになった。

 釣竿を持つノインと、絵筆を持つアハト。クマは、唯一何も持っていないヌルを追いかけた。

「アハト、早くしてあげて」

 ノインが急かす。が、アハトは「だって、まだリクエストされてない」と渋る。

「ヌル、どんな武器 欲しい?」アハトは訊いた。

「こんな状況でなんですか?」

「いいから答えて」とノイン。

「じゃあ…」ヌルは考えた。「長い棒。できれば、先端に重りがあるヤツ」

「……色は?」アハトが訊くと、

「なんでもいいです!」「どうでもいいでしょ」と二人は声を高くした。

「はいはい。まったく二人して…」

 アハトは、スケッチブックを取り出した。

 そこに絵筆を使って何かを書き始める。

「ちょ、何を…?」

 ヌルが、この状況で何する気だと問い質そうとすると、「いいから」とノインが答えた。

「アハトは、絵に描いたものを具現化する能力を持っている。だからヌルは、まずやられないように逃げて」

「え?」

 ヌルは、ノインの言っている事がとてもじゃないが信じられなかった。

 だが、逃げないとやられるのは事実だ。実際、逃げながら石を投げてみたり眼つぶしに土を掛けてみたりした。が、クマは全くといっていい程に動じない。

 賭けてみようか、ヌルは二人を信じることにして、今は逃げた。



「……フンフフ~ン♪」

「ちょっと! 鼻歌聞こえましたけど!」

「………あ、間違った……どうせだから最初から描き直そうかな」

「いいから早くしてください!」

「アハト、あとどれくらい?」

「もう少しだけど、時間もらえるならもっと…」

「あげません!」

 なんてやりとりをすること一分と少々。ヌルには一分はもちろん、少々の時間も長く感じただろう。

「できた」

 アハトが満足そうに言った。

 ヌルが走り回っていると、「ほら」と棍棒を投げて渡された。

 本当に出せるんだ、と驚くとともに、所々に彫られた模様のある細部までこだわり抜かれた棍棒を見て、「どうりで時間かかったと思った!」とヌルは、率直な感想を述べた。



 渡されたのは、両端に石製の重りがついた棍棒だった。ヌルは、それを振り回し、遠心力を活かした一撃をクマの頭に食らわせた。思いがけない威力の反撃を受けたクマは、気絶こそしなかったが、襲う気力を喪失し、林の奥の方へ逃げていった。

 クマを撃退し、一息つく一同。

「さっきのアハトのって…?」理解できないと言った面持ちでヌルは、そう訊ねた。

「武器を出しただけだけど?」アハトは平然として、それが何か、と答えた。

「ボクが説明してあげるよ」アハトに代わってノインが、言った。「うちの住人達はみんな、自分だけの武器や技を持っている。さっきのアハトがやったのも、その一つ。ま、詳しいことは本人から聞くしかないね。他の人達については何かの機会に見せてもらうとイイよ」

「じゃあ、ノインも…?」

「もちろん」

 ヌルの疑問に応えようとしたノイン。だが、「そういえば」とアハトが口を挟んだ。

「ノインは、ここでただ釣りしていただけ?」まるで自分達は働いていたのに、とでも言いたげな口ぶりだ。

「ボクも、おつかいだよ」

 ノインは、キノコご飯に合うおかずとして魚を釣っていた。

 その晩、フィーア達は美味しいキノコご飯やそれに合う魚を食べられたらしい。


キノコ御飯も美味しい。


住人は、みんな何らかの能力を持っているらしいです。


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