第一話:鏡輔とシルバ
一、
世の中というものは意外と厳しいらしい。そんなことを知ったのは僕が高校一年生になってからである。さて、何でそんなことを言うかと聞かれたときに答えるべき言葉は以下のようになる。
いや、正直高校に入る前には青春というか、彼女の一人ぐらいできるものかと思っていた。
以上のことである。
いまだに、できてはいないし、今のところ女子とは話をしていない。
幼馴染が女の子だったらそりゃ、小さい頃から話せたのかもしれないが、残念ながら僕の幼馴染は男だった。
ここであきらめてはいけないと僕は幼馴染に姉か妹がいないかと期待したのだが、いなかった。今のところ僕の記憶の中で犬に襲われている女の子を助けたとか男子にからかわれている女の子を助けたとかそういうことは一度も無い。あれば、お礼であったとしてもちょっとは『助けたのだからもしかしたら恋に発展するかも・・』という考えを僕は一時の淡い期待をもつことができたかもしれない。
そんなこんなで気がつけば僕は高校二年生になっていた。今のところ、携帯の電話帳に性別女は母さんしかいない。ああ、僕に妹でもいたらなぁ・・・いや、それでは変態だな。
どこかに女の子が転がってないかな?
こんな考えをもちながら隣を歩いてくれる女の子もおらずに寂しく一人で帰路についていると誰もいない公園の前に差し掛かった。この公園はよく夜中にバイクをぶんぶんとばすお兄さん方が使用している公園だ。たまに、エロ本なんかを見ているようで忘れたのか捨てるに捨てられないのか公園のトイレなんかに置いていったりする。
「・・・・今日はあるかも・・・」
そんな淡い期待とともに僕は男子トイレにまっしぐら・・・・な、何・・・男子が男子トイレに行くことは別に間違っちゃいない。正しい行為なのだ。
「!」
鏡がおいてある近くに何か四角いものが入っているビニール袋を見つけた。どうやら、今日は当たりの日のようだ。今日はついている・・・・と、集中していたのが間違いだったのか知らないが突然、肩をたたかれた。
「・・・・・」
もしかして、所持者が取りにやってきたのか・・・・・と心の隅で考えながら僕は咳払いをして鏡を見て・・・・絶句してしまった。
あんぎゃー
そこには、鱗が見事に輝いている蛇のようなトカゲのような・・・いや、一般的には龍というのだろう・・・存在が僕の肩に前足を置いていたのであった。
「・・・・。」
未知との遭遇に驚く僕に対して、相手はいたって礼儀正しかった。まず、僕の視線が自分に向けられたのを知ると、僕に向かって頭を下げたのであった。そして、前足で胴の部分をさすっているようだ。このジェスチャーから示されるのは・・・
「・・・・おなか減ってるの・・・?」
頷く龍に僕は感心しながらかばんを探る。いやはや、女の子にはもてないが・・・そういえば小さい頃から犬とか猫とかからは人気があったな、僕そういえば小学校の間はずっと生物係だったな・・別にうれしくは無いのだが・・・・とりあえず、何か取り出そうとして食べ物が入っていないことに気がつく。
「・・・ごめん、何も持ってないんだ」
そういうと明らかに落胆した様子の白銀の龍はため息をついた。とても、いたたまれなくなった僕はあわててどうやら言葉を理解できる龍に話しかける。目を合わせるのは怖かったので背中の神々しい蒼色の毛に視線は送っている。
「ちょっと待ってて!そこにスーパーがあるから・・・そうだなぁ、龍って何を食べるのか知らないけど・・何か買ってくるからね」
僕は迷うことなくスーパーに向かったのだった。
男子トイレの前までやってきて、僕は再び考え直した。
「いや、そもそもなんで僕が見ず知らずで怪しい化け物の餌を買いに行かなきゃいけないんだ?」
そこまで考えて天秤にエロ本と袋に入っているプリンをかけてみる。結果、エロ本のほうが重かった。
「・・・まぁ、プリンに比べたら高いんだろうけど・・おなかいっぱいになったらいなくなるよなぁ?そうしたら、安全に拾って帰れるかな?」
さっさと終わらせて帰ろうと思い、僕はトイレの中にはいって行儀よく待っていた龍にプリンを見せた。
龍はプリンを見たこと無いのか首をかしげたので(当然か)僕が三つ買ってきたうちの一つを自分の口の中に入れて食べて大丈夫だということを見せると納得したのか口をあけてきた。つまり、僕に食べさせろということである。なんと、ふてぶてしい龍なのだろうかと思ったが、前足はよくよくみれば怪我をしているようだった。体もところどころ鱗が剥がれていて段々衰弱しているのか辛そうにも見える。
「・・・気に入るかどうか知らないけどどうぞ、召し上がれ。」
まるでワニに餌を上げているような気分になったのだがその場合は鶏などだろうと思って考え直す。
あっという間にプリンを食べ終えて今度は僕の制服を咥える。
「残念ながら、今ので全部だよ。」
てっきりご飯の催促かと思ったのだがどうやら違ったようだ。首をぶんぶん振って再び僕の制服を咥えて引っ張り始める。
「外?外に何かあるのか?」
外に出てみると特に何も無い。龍と一緒にいるところを誰かに見られたらどうしよう?ペットですといってつうじるのだろうか?
そこはかとなく不安な僕をよそに、龍は木の枝を口に咥えて地面に何かを書き始める。しかしまぁ、器用な龍だ。
「・・・家・・・か?」
まるで絵本に出てきそうな家(煙突に窓が一つ・・・)を書いて僕に見せる。そして、次に鶴が恩返しをしている場面(機織り機を鶴が使用しているところ)をうまく書いて僕に見せる。この龍が言いたいことは・・・
「・・・恩返しがしたいから家に連れてってほしいって?」
頷く龍に僕は困った顔をするしかなかった。いや、女子より先に龍を家に入れるのはどうかと思うし・・・
「・・・まぁ、今日は母さんと父さんが帰ってくるのが遅いから別にかまわないけど・・・龍の恩がえしねぇ・・・・期待していいのかな?」
じーっと龍のほうを見ているのだが龍は頷くこともなく僕の行動を待っていた。どうやら、だめだといってもついてくるに違いないだろう。
「こっちだよ。ついてきて」
まぁ、エロ本は後で取ればいいし折角龍が恩返しをしてくれるというのだ。ここは素直につれて帰っても大丈夫だろう。そう思い、僕は家に龍をほかの人にばれないようにつれて帰ったのであった。
「ただいまぁ。」
誰もいない家に一応、帰ったことを報告する。まぁ、幽霊か誰かがいたら返事ぐらいは僕に聞こえないがしてくれるだろう。
僕は自分の部屋に白銀の龍を連れて行き、緑茶を出してみる。
「・・・粗茶ですけど・・・」
ぺこりとお辞儀をしてそのまま口をつけて器用に飲む。心温まる瞬間だなと思っていると龍はお茶を飲み終えたのだろうか?僕のベッドに上がると上から布団をかぶって動かなくなった。どうやら眠くなったらしいと思って湯飲みをおぼんに入れて下に降りようとすると・・・
「待って!」
唐突に声が聞こえてきた・・・布団の中から・・・
「・・・なんだ、しゃべれるんなら初めからしゃべってくれよ・・・」
そういって僕は布団をはごうとしたのだが・・・いつの間にか人一人ぐらいしか入っていないほどにしぼんだ布団は全く動かなかった。
「い、今、裸だから・・・・恥ずかしいです!」
「・・・裸も何も・・・僕は龍の裸なんかに興味ないよ」
龍の過激な写真集とか作ったら意外と売れるかもしれない。CGなしで作れるぞ、きっと。
「そうじゃなくて・・・私、今・・人の姿をしてるの!」
「・・・・・ああ、そうなんだ。だったら引き止めなければよかったのに・・・」
そういって再びおぼんを片手に僕は立ち去ろうとした。相手は龍だ・・・平静を保て、我が心よ・・・こういうときは冷静さを失ってはいけない。たとえ、龍に人権がなかろうと、そういうこと(脳内にはモザイクがかかってます)はやったらだめだ!
「ま、待って!」
「また?これ以上はさすがに理性を保てないよ。用事は手短にしてほしいんだけど・・・」
「わかってます!ちょっと目をつぶってください!ぜ、絶対に目をあけないで!」
言われたとおりに目を閉じると先ほどの龍はベッドから出てきたらしい・・・
「!」
目を開けそうになって鶴の恩返しを思い出す。そう、ここで目を開ければあのおじいさんと同じになってしまって恩が逃げてしまう・・・必死になって目をつぶる僕の頬を白銀の龍の手がつかむ。龍自身が言ったとおりにその手はすでに人間のそれと大差は無かった。僕の知っている手の中で一番のすべすべ感だ。
すりすりすりすり・・・・
「あの、手をすりすりするのはやめてもらえませんか?」
「あ、ごめん」
手を放して僕は冷静であろうと試みる。
「痛いかもしれないけど・・・我慢してください。」
そういうと龍は右手を僕の頬から放して・・・
「あいたっ!」
首筋に何かが当たって熱くなる。触ってみると何か液体のようなものが手に付着・・・簡単な考えだが、どうやらこの液体は僕の血のようだ。
「・・・契約完了・・・どうぞ、目を開けてください。」
目を開けるとそこには銀色の髪の毛を腰まで伸ばし、途中を蒼色のリボンでまとめている少女が僕の高校の女子生徒が着ている制服を着ていた。ぱっちりとした目がかわいいものだな。
「・・・・あの、本当にさっきの龍?」
「ええ、そうです。鶴だって人になれるんですから存在自体が神々しい龍が人になれるのは当然のことです。」
胸をそらしてそう告げるのは結構なのだが、とりあえず・・・
「何のために?別に龍の姿でもよかったんじゃないの?」
「いえ、やはり人間相手には人間の姿をして接しなさいとお父様とお母様が言っていましたので・・・さて、恩返しを始めますね。本当はすでに恩返しを始めているんですけど・・・」
「あ、やっぱり恩返ししてくれるんだ?」
「当然ですよ。約束は守ります。」
しかし、いっこうに彼女が何かをしているようには見えなかった。
「・・・あの、何をするの?」
「ここに住みます。いわば、座敷わらしだと思ってください。」
「座敷わらし・・・?」
「ええ、いるだけでステータスの足しになると思います。」
いや、どちらかというといろいろと問題が生じると思いますが?
「・・・・あの、つまりこの家に住むと?」
「ちょっと違いますね。私が住むべきところはあなたです。名前を教えください。」
「・・・僕?僕の名前は・・・白河 鏡輔・・・だけど?」
「なるほど・・・あ、ちなみに私の名前は“シルバ”です。これからよろしくお願いします。」
「あ、うん・・こちらこそ・・・」
何かがおかしいと思いながらも僕は流されるまま未知との遭遇をしてしまったのであった。
「二人で寝るには少々、狭いですねこのベッド・・・」
「二人で寝る?」
「ええ、ほかに布団も見当たりませんし、この部屋は失礼ですけど少々散らかっていると思います。これから掃除をしますから鏡輔さんは掃除機を持ってきてくれませんか?」
「あ、うん。」
僕は掃除機を取りに行き、戻ってきてみると部屋はある程度すでに片付いていた。
「ざっとこんなもんですか」
「へぇ、早いね?」
「得意ですからね、掃除・・・特に鱗の輝きを常に完璧に保つための掃除とかをやっていましたから」
そうなんだといいながら僕は掃除機を龍の少女に渡して自分はベッドの上からその様子を眺めていたのであった。
こうして、僕とシルバは出会ったのであった。だが、これがまだまだ序の口だということを後に僕は知ることになる。
知っている方は知っていると思いますが、この小説は作者が以前に書いた小説の世界につながっていたりもします。荒唐無稽かもしれないですけど、これからこの小説が終わるまで、ともに歩んでいけたらいいなぁと思っています。




