第八話 反撃に対する反撃
明後日から定期考査。俺、こんな事してていいのか…?
注・良くないです。
西暦二五七〇年/ブリストン暦四五六年 天秤の月(七月)二一日
エデン軍事区画 中央司令棟地下 高度戦略作戦司令室
「………いやいやいや、おかしいだろ。何で俺なんだよ」
「何でって言われても、お前が最高階級だとしか…」
「いや、だから何故そうなる。亡くなられたホーエンハイム司令が准将で、その下にはまだ、大佐、中佐、先任少佐がいるだろ。まさか全員亡くなられたとか言うんじゃないだろうな!?」
アレスの疑問系絶叫が司令室に響き渡る。嘘だと言ってくれ!という心の声が込められていたが、事実なので、レンディ達はコックリと頷くしかない。
「そ、そんな…」
膝から崩れ落ちるアレス。
打ちひしがれる友人の肩をポンポンと叩くレンディだが、ガバリと起き上がったアレスが食って掛かる。
「やっぱり納得できん!何で俺が!」
「しょうがないだろ、お前が昇進しちゃったんだから!大尉のままだったら、兵器庫管理の退役目前おじいちゃんが最先任だったのに!」
「知るか!代われ!」
「お前じゃなきゃ駄目なんだっつの!大規模な組織動かすのには、それなりの理由と名目のあるリーダーが必要だって、戦略論のフェルラー教授も言ってたろ!」
「あ、俺、フェルラー教授の講義全部寝てたわ」
「おい幹部候補生!」
「だって俺、あの頃からAA運用部隊配属が内定してたから、戦略より戦術に集中してたし…」
自分から食って掛かったくせに、尻すぼみになるアレス。
それをチャンスと見て、レンディが優しく、且つ迅速に畳み掛ける。
「アレス、何もお前に全部押し付けるつもりは無い。俺達が全力でサポートする。ただ、組織にはリーダーが必要で、その資格はお前にしか無いんだ。だから、な?頼むよ」
「うー…」
沈黙。そして、
「…分かったよ。やればいいんだろ、やれば」
どこか諦めた様なアレスの言葉に、レンディ達はホッと胸を撫で下ろす。
しかし、
「それじゃあ、作戦とかは基本、そっちに一任する。俺は部隊の指揮があるから。じゃ」
「「「「おい」」」」
咄嗟に全員がツッコみ、退室しようとするアレスの肩をレンディがガッシリと掴んで、自分の方に向き直らせる。
「何をするんだ。早く出撃準備を整えたいんだけど」
「お前は何を聞いてたんだ!?最高司令官だぞ、さ・い・こ・う・し・れ・い・か・ん!!」
「分かってるって。それは引き受けるから、早く行かせてくれ」
ボカッ
「行・く・な、と言ってるんだ!どこの世界に、最前線でドンパチする最高司令官がいる!ここは異世界だが、多分いないぞ!?」
ゴツい鎧を着た長身の男を殴って説教する、見るからに頭脳労働系の男(しかも上官・部下の関係)。なかなかにシュールな光景であるし、それ以前に軍法会議モノだが、男には、やらねばならない時がある。
「いや、それは分かってるけども、AAソルジャーが一人抜けるのって、戦略的な観点からして、結構ツラくない?AAソルジャーには予備役いないし」
「ぐ…、それは否定できんが…」
規定により、エデンにはAA運用資格保持者(通称AAソルジャー)は常時四人しか配属されない。
AAそのものは、予備パーツも含めて五、六機ぐらいあるのだが、AAは車やバイクの様に「資格が無くても動かす事は可能」という簡単なシロモノではない。一年がかりの特殊な訓練が必要な兵器である。
なので、「AA運用資格保持者が四人しかいない」という事は即ち、「その四人にしかAAは動かせない」という事だ。
その上、アレスはその四人の中でも最強とされている。彼が前線から離脱するという事は、堅固な城砦の城壁に大穴が開くに等しい事であると、レンディ達も理解はしている。
「…しかし、どんなに強くてもAAソルジャーは戦術単位。戦略単位どころか、戦略そのものの中枢と比較には…」
「でも、アレスが重要な戦力である事も事実だ。彼に抜けられたら、防衛戦力の層が確実に薄くなってしまう」
「そもそも、アレスに普通の司令官なんか務まるか?戦術論は同期トップだったけど、戦略論はどん底だったし、たった今、寝てたってカミングアウトしやがったぞ」
「だな。多分無理だから、俺達がやればいいんじゃないかな。アレスはマスコット的な感じで。最前線で戦う最高司令官って、士気上がるんじゃね?」
「…よし。アレス、そういう訳だから、行って良いぞ」
「うん、俺を馬鹿にしてるのはすごく分かった。お前等、歯ぁ食いしばれ」
パキポキと手を鳴らすアレス。ソーリー、と土下座するレンディ達。
学校での同期というだけでなく、同じエデンの「二世」、所謂幼馴染同士だから出来る掛け合いである。
「まあ冗談は置いといて、本当にここと防衛司令部を任せたい。出来るか?」
「お前よりは上手くやってやる。気にせず行って来い」
とは、学校時代、戦略論成績トップのレンディによる、安心出来るお言葉。
その言葉を待っていたかの様に、中央司令棟、いや、軍事区画全体にサイレンが響き渡る。“厳重警戒態勢”に引き下げられていた防衛態勢が、魔族軍の再来によって“臨戦態勢”に戻された合図だ。
全員の頭が切り換わる。
レンディ達はヘッドセットを付けると、キビキビと指示を出しながら、やるべき事をやり始める。
その様子を見て、アレスも無言で部屋を去る。
自らの成すべき事を成す為に。
エデンより一キロ地点
「ゴーストリーダーよりCP。敵長距離兵器、四つ目を破壊した。次の場所を教えてくれ」
『了解、送信する』
一拍間を置いて、AAのヘルメット内側のスクリーンに、次の目標の方向と距離が表示された。
中央司令棟と共に通信施設も破壊された為、いまだにリアルタイムでのデータリンクが出来ないのだ。
アレスは今、再度侵攻してきた魔族の大軍に飛び込み、エデン内部を砲撃したという柱状の魔術兵器の破壊を行っている。
二〇〇メートル程離れた所では、一緒に突撃かましたライルが戦っており、ボビーとメルピアは都市の近くで通常部隊と連携して、直接都市に攻め込もうとする魔族部隊を阻止している。
『ゴースト2よりゴーストリーダー、五つ目のターゲットは私の方が近いです。私がやります』
「分かった、頼む」
『2、了解』
ターゲットである魔術兵器はそれほど頑丈ではなく、アレスの二〇ミリアサルトライフルの弾を十発程撃ち込んだら破壊できた(破壊するのに二〇ミリ弾が十発も必要な物は、この世界の基準からしたら非常に頑丈なのだが)。
ライルの一四ミリサブマシンガンでも二、三〇発叩き込めば破壊できるだろう。
エデンに大分近付かれたので攻撃機による空爆が不可能となったが、この調子なら問題無く全て破壊出来るだろう。アレスはそう思っていた。
しかし、その時。
『ぐあああっ!』
「!!??」
聞こえてきたライルの叫びに、アレスは即座に反応して跳躍する。
所々にいる獣型の大型魔族の背を順々に飛び移って行き、ライルのAAの座標に急ぐ。
「ゴースト2!」
その場所に到着したアレスの目に飛び込んできた来たのは、柱状の巨大な魔術兵器。
AAが数箇所破損して気を失っているライル。
そして、そのライルを摘み上げる、岩の様な物質で構成された全高二〇メートル近い巨人だった。
―――――ゴーレム!?
アレスの脳内にそんな単語が浮かんだ。
しかし、実際に彼の口から出たのは、違う言葉だった。
「その手を離せこの無機物野郎っっっ!!!」
周囲が騒がしいのでその声が届いたかどうかは定かではないが、それでもゴーレムの注意が、摘み上げているライルからアレスに移った。
相撲取りの様に太目の身体に、二つの目だけが青く光るノッペリとした顔。その顔が向けられるよりも早く、アレスの二〇ミリアサルトライフルが火を噴き、巨大なゴーレムの身体に土煙を立たせる。
しかし、その煙が晴れると、
「無傷、だと!?」
正確には結構な量の土が削り取られたのだが、ゴーレム全体から見たら皆無としか言い様が無かった。
再び発砲しようとするアレスだが、次の瞬間、ゴーレムが動く。
「うおっ!?」
その巨体に似合わぬ、目にも留まらない速さで繰り出された拳を、アレスは紙一重で回避する。
その後も連続してその巨大な拳が振るわれるが、アレスはどうにかギリギリで回避していく。
「(こいつ、今までの相手とは違う…!)」
数発目の拳を避けた後、アレスは大きく跳躍して距離を取り、そう心の中で呟いた。
今度はアサルトライフルではなくマグナムを向け、三連発する。
着弾し、巻き起こる土煙。注意深く見守るアレス。
そして土煙が晴れた時、露になったゴーレムに刻まれた傷は、アサルトライフルのものよりは深かったが、ゴーレム全体から見るとやはり微々たるものだった。
それを見て、アレスは早々に判断を下す。
「(この装備では、勝てない)」
そう結論付けると、アレスはマグナムの弾種を変更し、ゴーレムの頭に向けて放つ。
着弾する弾丸。次の瞬間、巨大な火球に変わり、ゴーレムの頭部を焼く。あまりダメージは通らないだろうが、そもそもダメージを与える事が目的ではない。
狙い通り、炎に驚いたゴーレムはライルを取り落とす。落下したライルを受け止め、アレスは走り出す。
ゴーレムに背を向けて。
一瞬、その目が魔術兵器に向けられる。しかしその前にはゴーレムが立ち塞がり、攻撃はまともに当たりそうにない。
すぐに目を逸らし、グッタリとしたライルを担ぎ直して牽制射撃しながら後退する。
「…ゴーストリーダーよりCP。ゴースト2が負傷した、一時撤退する。敵長距離兵器五つ目の破壊は失敗。以上だ」
『了解、ゴーストリーダー。ピックアップにヘリを向かわせるか?』
「ノーだ、自力で撤退できる」
『了解』
通信を終え、走りながら振り返る。どうやら、ゴーレムは追いかけてくるつもりは無い様だ。
部下がやられたのに、今はただ、逃げるしかできない。
アサルトライフルの掃射で退路を切り開きながら、アレスはその悔しさを、ただ噛み締めた。
次話、アレス用新兵器登場。乞うご期待!