第七話 臨時最高司令官
かなり読み難そうだなー…、と自分でも思ったので、少し改行入れてみました。とりあえず全章改修しています。
西暦二五七〇年/ブリストン暦四五六年 天秤の月(七月)二一日
エデンより三キロ地点
「早く乗れ!早く!」
着陸して開放されたCH-57の後部ハッチで、二等陸曹が怒鳴る。
それに急かされる様に、元使節団護衛部隊の精鋭達がドタドタとヘリに駆け込んでいく。
「これで全員か!?よし、出せ!」
一等陸曹がパイロットに怒鳴ると同時に、後部ハッチは開いたまま、フワリと二五トンの金属バナナが浮き上がる。
そのまま一気に一〇〇〇メートル近くまで上昇し、エデン軍事区画のヘリポートを目指す。
魔法攻撃と言えども一〇〇〇メートルの高空(航空学上は決して高くはないが)に届いたという記録は無いので、キャビンの兵士達の間には多少リラックスした空気が流れ始める。
「どうにか帰れそうだな…。報告を」
歩兵部隊隊長の一等陸曹が、隣の副官に尋ねる。副官は更に隣の兵士の傷口に包帯をグルグル巻きながら淡々と答える。
「自力での移動が不可能な重傷者が三名、軽傷者が一八名。死者はいません」
「どうにか全員生き延びたか…。うむ、死者ゼロに勝る戦果は無い。みんなよくやった」
最後の一言はヘリの中の全員に聞こえる様に言い、兵士達は全員歓声で答えた。
一気に盛り上がったヘリの中の空気に浸りながら、一等陸曹は機付きの二等陸曹に尋ねる。
「そう言えば、南東部の魔族撹乱に向かったゴースト隊の回収はいいのか?この機以外にヘリは見えなかったが…」
その問いを聞き、二等陸曹は思わず、といった感じで苦笑いを浮かべる。
「ええ、私も最初はそう思ったんですがね。あなた達を拾いに行く途中で、見てしまったんですよ」
「…何を?」
「自力で帰投する彼等を、ですよ。A-20の爆撃でズタズタになったとは言え、魔族の大軍の真っ只中を、装甲車もかくや、という速さで突破してましたね」
参りましたね~、と笑う二等陸曹の言った事を想像してみる一等陸曹だが、なまじ自分達がつい先程までその大軍と戦っていたのだから、その中をたった四人で突破していく、という光景が中々想像できない。
どうしても無双系ゲームみたいな感じになってしまう。
実際の所、それで大体正解なのだが。
「成程、やはり連中は化け物だな。しかし、そんな化け物が味方として戻って来たんだ。魔族も一時的に撤退しているし、このまま一気に反撃に転じれば…」
「いえ、それは難しいと思いますよ」
不毛な想像は中断し、一等陸曹が少し朗らかな声音を出すが、一転して浮かない顔になった二等陸曹がダメ出しする。
「…何故だ?」
「ああ、そう言えば一等陸曹達はその時エデンにいなかったんですよね。実は、魔族達が奇襲を仕掛けて来た時に…」
西暦二五七〇年/ブリストン暦四五六年 天秤の月(七月)二一日
エデン軍事区画 特殊装備格納庫
「はー、疲れたー…」
戦場から直接戻って来たアレスは、溜め息をつきながらAAのヘルメットを脱ぐ。
肉体的には結構消耗しているが、精神的にはまだ余裕がある。
徒歩でエデン外周防壁を越えて帰投したが、そこから更に軍事区画までの間に少し居住区画が見えたのだが、第一種戦闘配備なので人気が無いのは当然として、ほとんど被害が無い様に見えたからだ。
弾薬を補給して少し休憩したら再び出撃しようと思っていたアレスだが、その思惑は格納庫に駆け込んで来た下級士官によって破られた。
「レックス大尉、じゃなくて少佐!至急、防衛司令部に来て下さい!」
「え…、俺?ていうか、今?別作戦の通達とかなら、別に通信でも…」
「違います、もっと重要な事なんです!早く来て下さい!」
「うーん、分かった。ライル、ちょっと頼む。出来るだけすぐに戻ってくるから」
「了解」
エデン軍事区画 中央司令棟
「な…、何だよこれ…」
下級士官に連れられて、地理的にも指揮系統的にもエデンの中心部にやって来たアレスは、予想だにしていなかった光景に、強い精神的消耗を強いられた。
半壊した防衛軍中央司令棟、完全に瓦礫の山と化した行政府。
エデンにおける政治と軍事の中心地が、壊滅状態になっていた。
「さ、こちらへ」
「あ、ああ…」
半分呆然としたまま、アレスは下級士官に手を引かれ、まだ無事な中央司令棟地下への非常階段を下りて行く。
「中へどうぞ」
地下二階まで下りて、更に廊下を一番奥までいった場所にある重厚なドア。
その前で、案内役の下級士官は立ち止まる。
「自分は入室が許可されていないので、お一人でどうぞ」
「分かった、ありがとう」
どうにか精神的消耗から立ち直ったアレスは、敬礼する下級士官に返礼しながら、ドア横のスキャナーに自分の身分証明パスを読み込ませ(AAをヘルメット以外装備したままなので、右手首をかざすだけで良い)、入室する。
高度戦略作戦司令室―――――
有事に軍のお偉いさんが集まって物議を醸す場所だ。
有事の際、アレスは普通は戦場にいるので、平常時に見学と称して一度だけ入った事があるぐらいである。
中央に設置された巨大な地図(勿論地球の世界地図などでは無く、異世界のエデン周囲一〇〇キロの地図)机の周りには、雲上人の様なお偉いさん達…ではなく、アレスとあまり階級の変わらない知人達がいた。
「…え、レンディ?ルーサー、ウィンス、アーレイも?何で?」
彼等はアレスの上級幹部候補生育成学校時代の同期で、友人と言って差し支えない者達である。
階級は皆、中尉や大尉ばかりで、この部屋に入る事など許されない筈だ。
それを言えば、少佐になったアレスでも普通は入れないのだが。
事情が良く分からずにキョロキョロするアレスを見て、学生時代からの友人であるレンディ・ホッパー大尉が口火を切る。
「アレス、状況は切迫している。早速で悪いが、お前達護衛部隊に何が起こったのか説明してくれないか?」
尋ねて来るレンディの真剣な表情に、アレスも素早く頭を切り換え、何が起こったのかを簡潔かつ正確に説明し始める。
「…成程、ハロルド大佐と長官が…。それでお前が少佐か。よし、これで大体分かった」
「じゃあ、今度はそっちが説明してくれ。何故魔族の侵攻を許した。何故司令棟舎がこんな状況になっている。ついでに、何故俺達程度の階級でこの部屋への入室が可能なのかもな」
「一つ目については簡単な話だ。魔族達は、どうやらレーダーを掻い潜る様な未報告の隠密魔法を使用したらしく、UAVが発見した時には既に都市から三〇〇メートルにまで接近されていた。レーダーは当てにならないと、マニュアルに追記事項が増えたな。
二つ目だが、これも未報告の事だ。柱の様な複数の巨大な魔法兵器から放たれた長距離攻撃が着弾した。魔法攻撃だから迎撃できず、結果、お前達のお陰で実行できた爆撃で兵器そのものを破壊するまで攻撃されまくったのさ。初弾で巡航ミサイル発射施設をやられたのが痛かった。
さて、三つ目だが…」
淡々と説明していくレンディだが、途中で言い難そうに言葉を切る。
「三つ目は?」
状況を知らないアレスが遠慮無く尋ねる。
数秒間沈黙していたレンディだが、やがてアレスに同情的な視線(憐れみの視線とも言う)をチラッと向けてから口を開く。
「…三つ目だが、これがお前を呼んだ理由でもある。同時に、今エデンの抱える最大の問題だ。
魔族の長距離攻撃による被害は、居住区画等には無く、三つの施設に集中した。行政府、転移管理局、そしてここ、防衛軍中央司令棟だ。そして今日は平日だ。意味は分かるか?」
「…回りくどいのは苦手なんだが」
「つまり、兵士も士官も将校も、全員出勤していたんだよ。そこに長距離攻撃だ。どうなるか、分かるだろ?」
「…!おい、それって、まさか…」
レンディの言わんとしている事が分かり、アレスは血の気が引いていくのが自分でも感じられた。
そんなアレスの様子に、レンディは重々しく頷いて肯定する。
「そのまさかだ。…最高司令官クライブ・ホーエンハイム准将をはじめ、主だった将校達が全員亡くなられた。御遺体すら、確認できない様な状態だ」
「んなっ…」
勘付いてはいたが、改めて知っている者の口から言われると、本当に気が遠くなるのをアレスは感じた。
つい数日前に直接会って指令を与えて来た、自分達の総大将が死んだというのだ。無理からぬ事である。
レンディ達、既に知っている面々も、改めてその事実を噛み締めて沈痛な趣をしている。
それでもどうにか、レンディがゆっくりと口を開く。
「…亡くなられた物は仕方が無い。指揮系統は無茶苦茶だが、まだ戦闘は終わっていないんだ。臨時に最高司令官を置いて、その人の下で指揮系統を再編しなければならない」
「…そう、だな。まだ終わっていないんだからな。で、その臨時最高司令官は誰なんだ?」
どうにか気持ちを切り換え、アレスが問いながら顔を上げる。
しかし、目に入って来たのは、先程レンディが一瞬見せた様な同情的な視線をアレスに向けた友人達だった。
頭に?を浮かべるアレスに、レンディがもの凄く言い難そうに言う。
「…アレス、知っているとは思うが、こんな場合の代役って、最高階級の人なんだよな。同じ階級の人が複数いる時は、最先任の人だが…」
「…ああ、それぐらいは知ってる。で、誰なんだ?早く指示を貰わないと…」
まだ気付いていない様子のアレスに、誰がそれを告げるかで、部屋の中の者達(アレス以外)で激しいアイコンタクト合戦が繰り広げられる。
そして結局、レンディにその役が回って来たらしく…、
「………………………………………………………………………………お前だよ」
「……………………………………………………………………………………は?」
「…………だから、少佐に昇格したお前が、今エデンで一番階級が高いんだよ」
「……………………………………………………………………………………え?」
ぼくよくわかんない、とばかりにフリーズするアレスに、レンディは投げやりに敬礼し、他の者達もそれに倣って敬礼する。
そして、レンディは更に投げやりに、こうトドメを刺した。
「アレス・レックス臨時最高司令官殿、御指示を願いたく存じます!」
「………………………………………………………………………………マジで?」
後に、彼は語る。
「今思えば、あれが全ての始まりだった」
と。
やっとアレスさん成り上がり。そう、彼の伝説はここから始まるのですよ…!!