第四十八話 収束・終息
投稿遅れて申し訳ありませんでした。そろそろ引越しなので、色々と忙しかったのです。
今回はあまり話は進みません。
それでは、どうぞ。
西暦二五七〇年/ブリストン暦四五六年 射手の月(九月)十日
帝都パリジェス 帝城
帝都パリジェスの象徴、帝城。
荘厳な建築様式と華美な装飾で構成され、帝都のランドマークとなっていた巨城は、今や無残な姿を晒していた。
屋根が崩落し、所々に燃え跡が残る大広間。
そこに横たわるのは、全長五十メートルを越える巨大な合成竜の死骸。
五つある首の一つの上に、一人の男がいた。
「………くっ、はっ………」
ズルリ
黒い機械鎧の男、アレスが、ドラゴネラの眉間に肩まで突っ込んでいた左腕を引っこ抜く。
全身が酷い状態だ。
ドラゴネラに踏み潰されたせいで全身の装甲にヒビが入り、バチバチと音を立てている。
左手の装甲は圧壊し、血だらけになって骨まで露出した生身が覗いている。
右腕に至っては、肩から丸ごと無くなっている。
まさに、満身創痍という言葉がピッタリだった。
ドラゴネラの死骸の上から降りたアレスは、二、三歩ヨロヨロと歩いて、その場に座り込む。
「………はぁ………」
深々と溜め息をつく。
なんだか、久しぶりに全力を尽くした気がする。
そのまま寝転がって盛大に爆睡したいところだが、流石に戦場なのでそれは自重し、立ち上がろうとする。
「へえ。僕の最高傑作を倒すだなんて、君って本当に凄いねぇ」
「!?」
背後から聞こえた声に振り向こうとするアレス。
だが次の瞬間、彼の全身を想像を絶する痛みが襲った。
「………が………あっ………!?」
ドラゴネラに右腕を食われた時よりも激しい痛み。それが全身からする。
神経が痛み以外の感覚を伝えず、脳からの命令も届かない。
振り向きながらも、アレスは地面に崩れ落ちた。
「あれ、どうしたの?やっぱり、流石の君でもさっきの戦闘はキツ過ぎたのかい?」
「お前…は…」
倒れ伏すアレスの頭上から降ってくる、戦場には不似合いな幼い声。
どうにか首だけ動かして見上げると、そこには魔帝国軍四大将軍とやらの少年、ドラゴリア・ヴェーイ・オルクアナが立っていた。
ドラゴネラとの戦闘の前は、年相応の幼さと無邪気さを垣間見せていた彼だが、今はまるでモルモットを見る研究者の様な目でアレスを見下ろしている。
「いや、疲労が原因ではないみたいだね。これは…『呪い』?見た事が無いタイプだけど、確かに君の体を蝕んでいる。それに普通の呪いみたいに体表から染み込んでいくのではなく、直接体内に射ち込まれたみたいだ。魔法ではないね?」
呟く様なドラゴリアの声が耳に入り、アレスは自分の全身を襲う激痛の正体を悟った。
「(くっ…、PR2835の後遺症…か…)」
戦闘中に自身の体へ射ち込んだ特殊な鎮痛剤、PR2835。
その効果が切れた事により、必ず起こると言われていた後遺症が発生していた。
動物実験の時に確認された様々な症例では、視覚・聴覚・嗅覚を同時に失ったり、内臓がいきなり腐り始めたり、ひどい時はショック死してしまったそうだ。
そんなえげつない症例と比べれば、ただたんに痛みがあるだけの今回の症例はラッキーと言えるのかもしれない。
だが、今の状況ではそんな事も言ってられない。
実際問題、アレスは言葉で表す事のできないほどの激痛によって体を動かせず、敵の大将格であるドラゴリアが、全く動けないアレスの前に立っている。
まさに、絶体絶命な状況だった。
「ふーん。よく分からないけど、これが報告にあった『科学』の技術とかいうヤツかな?『魔法』の対極にあるという話だったけど、『科学』にも『呪い』はあったんだね~」
命の危機かと感じたアレスだが、その前に立つドラゴリアは、不思議な事に全く攻撃の意思を見せない。ただ、地面に倒れ伏すアレスを観察してブツブツと何やら呟いているだけだ。
「ああ、でもやっぱり左手の甲に合成竜の『呪い』の印はちゃんと付いているね。………おや?君、胸の所にも『呪い』の印があるよ?この魔力形態は………、そうか、君がアイレセンに配備されていた『ギガンテス』を撃破したんだね。きっちり『呪い』を受けちゃってるよ。アハハハ」
一人でブツブツ呟いて突然笑い出したかと思うと、ドラゴリアは悪い事を思いついたマッドサイエンティストみたいな顔になった。
「ねえ、君。アレスさんとか言ってたっけ?」
「………何だ」
激痛は相変わらずだが、少しずつ慣れてきたので、どうにか返答だけは絞り出せた。
そんなアレスに、ドラゴリアはニッコリと微笑み、
「別に僕が手を下すまでもなく、アレスさん、半年くらいで死んじゃうよ?」
「………はっ?」
唐突な宣告に、ただ呆けた様な声しか出ない。
「どういう………」
「だからさ~、アレスさん、あと半年ぐらいで死んじゃうんだって。体に刻まれた、その『呪い』のせいで」
言葉の内容が頭に浸透していくにしたがってアレスの表情が変化するのを見て、ドラゴリアの表情は嗜虐の色に染まっていく。
「いったい、何を………。俺は、『呪い』なんて、そんなものを受けた覚えは………」
そこまで言いかけたアレスの脳裏を、アイレセンで魔族軍の黒い巨人を撃破した時に、いつの間にか胸に刻まれていたタトゥーの様な物がよぎった。
「まさか………、この胸のタトゥーが………?」
「たとぅー?それが何なのかは知らないけど、君の胸からは精霊系・闇型の魔力、それもかなり悪質でおぞましい魔力が感じられる。胸の所に黒い文様が浮かんでいるんじゃないかな?あと、さっき浮かんだばかりだろうからまだ自分でも気付いていないかもしれないけど、さっきまでドラゴネラの頭に突っ込んでいた左手。その手の甲にも、『呪い』の黒い文様が浮かんでいるよ」
「なっ………!?」
ようやく、ほんの僅かに動くようになった体に力を込め、どうにか左手を顔の前に持っていく。
手の甲を守っていた『タイタン』の装甲は完全に砕けて無くなっており、インナーの『ネフィリム』も所々が破れている。
破れた『ネフィリム』の隙間から覗く手の甲。
そこには確かに、胸にある文様によく似た文様が刻まれていた。
「これが………『呪い』………!?」
「そうさ。ドラゴネラの『呪い』だよ。
…時として、一万の軍勢よりも一人の怪物の方が脅威になる事もある。こういうタイプの『呪い』、『モンスター・キラー』は、そんな怪物に対抗する為に編み出されたんだ。
我々魔族軍が用いる戦略魔導兵器の殆どに予め施されている。その魔導兵器を、複数の敵が撃破した時は何も起こらないんだが、一人の敵に撃破された時に発動して、その敵に『呪い』をかける。この『呪い』の凄い所はね、かけられた『呪い』は決して解除する事はできず、『呪い』の強さと被呪者の耐性にもよるけど、必ず被呪者を死に至らしめるという点なんだよ」
ドラゴリアはそこで一旦言葉を切り、アレスの左手へと目をやる。
「…アレスさんは『呪い』という物への耐性がかなり高そうだね。でも、残念ながらドラゴネラに施しておいた『モンスター・キラー』は最高クラスの魔術強度なんだ。その上、アレスさんが以前に倒した『ギガンテス』の『モンスター・キラー』は、ドラゴネラの物よりも少し劣る程度の魔術強度だ。この二つの『呪い』が同時にかかっているなんて、常人なら十秒も保たずに死んじゃうよ?」
そこまで言った時、ドラゴリアはアレスの反応が全く無い事に気がついた。
「ん?アレスさん?おーい、どうしたのー?」
「………」
返事は無い。
ただ、ハッハッと短く荒い呼吸を繰り返すアレス。
その目は開かれてはいるが、虚ろで何も映していない。
傍からは分からないが、心臓の鼓動も弱まり、意識も朦朧とし始めている。
瀕死の状態だった。
「ありゃ、もう『呪い』が侵食しているのか。まあ、ドラゴネラの『呪い』がかかったと思われる時から約三分。これだけ生きてた事が逆に驚きだよね。魔王陛下でも難しいんじゃないかな?」
ざーんねん、と呟いてその場を去ろうとするドラゴリア。
しかし、数歩進んだ所で立ち止まり、倒れているアレスを振り向く。
その顔には、先程のマッドサイエンティストみたいな笑みが浮かんでいた。
アレスの傍まで戻って来たドラゴリアは、アレスの頭の横にしゃがんで、小さな声で喋りかける。
「ねえアレスさん。僕って、本当は戦闘要員というよりは学者肌なんだよね。それで僕、ちょっと君に興味が湧いちゃったんだよ。異世界の『科学』という技術。異世界人なのに使えるという強力な魔法。そして、君自身のまさしく怪物的な戦闘能力。
………実に興味深い」
「………」
アレスは答えない。
いや、答えられないというのが正確か。
最早自力で呼吸する事さえできなくなっているらしく、呼吸音も消えて顔が酸素欠乏病で青く変色し始めている。
そんなアレスにドラゴリアが手をかざす。
すると、アレスの背中の上に、金色で直径五十センチほどの魔方陣が出現した。
「君には、もう少し生きていてもらうよ。少なくとも、僕の知的好奇心が満足させられるまではね」
そう言いながら魔法陣を色々と操作するドラゴリア。
だがその途中で突然手を止め、空中に手をかざしだす。
そしてその手の先に、黒い魔法陣が出現した。
「でもね、僕の最高傑作を壊してくれちゃった事は、僕も結構怒ってるんだよね。あれ、すごく大変だったんだよ?魔法陣は三年ぐらいかけて編んだ物だし」
完成した黒い魔法陣を、金色の魔法陣に重ねる。
二つの魔法陣は光を放ちながら溶け合い、最終的に一つの金色の魔法陣になった。
魔法陣が溶け合った瞬間、アレスの体がビクリと震えた。
それを確認して、ドラゴリアは満足げに頷く。
「これでよし、と。ま、これぐらいしておかなければ、僕が反逆罪で魔王陛下に怒られそうだしね」
ドラゴリアがパチリ、と指を鳴らすと、魔法陣は消滅した。
立ち上がって踵を返すと、大広間の天井に開いた巨大な穴から普通サイズのレッドドラゴンが飛び込んできて、ドラゴリアの前に着地して頭を垂れる。
その頭を撫でてからレッドドラゴンの背に乗ったドラゴリアは最後に、まだ倒れているアレスへと喋りかける。
「君にかけられていた『モンスター・キラー』はなんとかしてあげたよ。これで、しばらくは死んでしまう事も無い。
………といっても、解呪した訳ではないよ。それができるのは、権限的にも技術的にも魔王陛下だけだ。僕にできたのは、その『呪い』を一つに纏めて収束させて、生命力の減衰以外の代償を払う事で延命させるという事だけだ。
つまり君は、これから『呪い』と共に生きていくという訳だ。それでももしかしたら、何かの拍子に収束させた『呪い』が暴走して死んでしまうかもしれないから、気を付けてね」
言い終わると同時に、レッドドラゴンはそれを察したかの様なタイミングの良さで翼をはためかせ、飛び上がった。
そのまま天井の穴を抜け、空高く舞い上がる。
その背に乗ったドラゴリアが帝都を見下ろすと、数千匹いたレッドドラゴンたちはもう数えるほどしかおらず、残った数匹も、奇妙な鎧を纏った三人によって駆逐されつつあった。
「やるねえ。………まあ司令塔の役割を担っていたドラゴネラが死んじゃったんだから、当たり前と言えば当たり前か。賢い生物とはいえ、ドラゴンに戦略的な戦闘を行う知能なんか無いんだし………おっ!?」
帝都で何かがキラリと光ったので、反射的にレッドドラゴンの周囲に魔法障壁を展開した直後。
ガキンッ!という音と共に何かが魔法障壁に阻まれて落下していき、少し遅れてターンッ、という音が聞こえてきた。
身体能力を魔法で強化していないドラゴリアには分からなかったが、民家の屋根の上でM92A2を構えたメルピアが、狙ったドラゴンに命中してた筈の弾丸が何故か阻まれてしまった事に歯噛みしていた。
「いやあ、危ない危ない。さて、こんな所に長居は無用だ。ドラゴン君、魔族領へと向かってね」
ドラゴリアの命令を聞き、針路を修正して帝都上空からレッドドラゴンは飛び去っていく。
「フフフ、アレスさんには『呪い』をどうにかしてあげるとか偉そうな事を言ったけど、結局は僕が新しく考案した術式の実験台になってもらっちゃった。あの新術式『カースメイクハード』、予想以上の結果だったな~。彼の未来が楽しみだ♪」
「隊長!ご無事ですかっ!?」
「隊長!」
[隊長!」
帝都のドラゴンを掃討し尽したライルたちが、ようやく帝城の大広間へと到着した。
大広間を占領しているドラゴネラの巨大な死体に一瞬息を呑むも、倒れ伏すアレスの姿を認め、すぐさま駆け寄る。
当たり前といえば当たり前だが、メルピアが一番早かった。
「隊長!隊長!ああ、こんな、ひどい………」
「くそっ、満身創痍じゃないですか!ボビー、UH-99を呼んでくれ。すぐにエデンへ搬送するぞ!」
「分かった。だが、取り敢えず応急処置をしなければ」
「ああ!だが、隊長も幸運だった様だね。『ジ・アトラス』がこんなに滅茶苦茶に破損しているのに、五体満足で済んだんだから………」
「そうだな。だが、これはどういう事だ?こっちだけ大火傷でもしているのか?」
この日。後に『ドラゴンの日』と呼ばれる原因となった戦闘は、終息した。
軍民合わせて、死者26577名、負傷者353261名。
だが、普通ならば帝都三百万人が全滅していてもおかしくなかった所を、同盟国エデンの援軍によってどうにか被害は最小限に抑えられた。家を失った市民たちも、続けてやってきたエデン軍による物資配給によって、餓死者などの二次被害は回避された。
この戦闘において、魔族軍の戦略級魔導兵器を撃破したエデンの最高統括官アレス・レックス少佐は重傷を負い、エデンへと緊急搬送された。
その際、四肢欠損などの致命的負傷は無かったものの、右腕が真っ黒に染まっていたという。
急いで書いたので、ちょっと雑な文章になってしまいました。
アレスの容態に関しては、バリバリ戦闘系の主人公が五体不満足だと今後がちょっと苦しくなるので、早速復活してもらいました。
何が起きたのかは、次話で詳しく説明します。




