第四十七話 ドラゴン・スレイヤー
…やった、やってやったぜ!調子に乗って最長記録更新だぜ!
以前の前書きで「戦闘は三話で終わる」と書いてしまったのを守ろうとして、詰め込み作業になってしまったのは内緒だぜ!
西暦二五七〇年/ブリストン暦四五六年 射手の月(九月)十日
帝都パリジェス
ドラゴンの大軍による襲撃を受け、阿鼻叫喚の地獄と化した帝都。
その街中を、一つの黒い影が疾走する。
だが、疾走と言っても街道を走っているのではない。
タンッ
「ほっ!」
スタッ
ダンッ
「よっ!」
ズンッ
黒い影が駆けるのは、空。
黒い機械鎧『ジ・アトラス』を身に纏ったアレスは、忍者ハOトリ君のごとく、家の屋根から屋根へと飛び移りながら疾走していた。
帝都パリジェスは、城塞都市である。
防壁で都市全体を囲んで内部に町を構成し、その中心に城がある。
日本の小田原城の様な構造だ。
だが、サイズが桁違いなのだ。
完全ではないが、上空から見たら綺麗な円形の都市。
その直径は約八キロ。
ヘリから降下したのは防壁の地点で、そこから帝城までは約四キロ。
普通であれば、敵がウジャウジャいる中を走り抜けるには、中々に難しい距離である。
しかし、アレスは違う。
次の屋根に飛び移ろうと飛び上がったアレスに、一匹のドラゴンが襲い掛かる。
それに対してアレスは空中で、左手に持った『ミーティア』を向けて、トリガーを引く。
放たれた青い光条は、ドラゴンの眉間に穴を開けて侵入して脳を貫き、いとも容易く絶命させた。
レーザー兵器は反動が無いので、バランスを崩す事も無く次の屋根へ綺麗に着地を決める。
再び跳躍。
着地。
跳躍。
着地。
複数のドラゴンが接近してくるのが見えたので、すぐには跳躍せず、右手に持った『スイーパー』を構える。
洗練された様な『ミーティア』とは違い、トリガーを引くと吐き出されるのは、無骨で凶悪な四八・八ミリの弾丸。
標的への着弾後もやはり『ミーティア』ほどスマートではなく、ドラゴンは着弾した箇所を中心に引き千切られる様に肉塊へと変じながら絶命し、落下していった。
連射の反動を素早く殺すと、再び跳躍。
この様に、踏ん張りが効かない跳躍中には、反動が無いレーザーライフル。
複数の敵に囲まれそうになったら、反動があるが威力と連射性が良いアサルトライフル、といった風に使い分けているのだ。
「いよっ…と!」
一段と大きく跳躍し、帝城を囲む濠を跳び越える。
着地したのは、第一城壁の上。
帝国兵たちが、ドラゴンと交戦しているど真ん中だ。
「なっ、何だこいつ!」
「新手の敵か!?」
突然現れた正体不明の鎧の男に、兵たちは慌てて弓を向ける。
アレスもまた、『スイーパー』の銃口を向けた。
そして、躊躇無く発砲。
「グギャオオオオォォォッッッ!?」
兵たちの後ろから迫っていたドラゴンは、胸部に複数発の弾丸を叩き込まれて崩れ落ちた。
「…え?」
「…は?」
後ろを振り向いて、初めて自分たちが助けられた事に気付いた兵たちはアレスに向き直り、ゆっくりと弓を下げる。
アレスはそれを見て素っ気無く頷くと、再び跳躍する。
十メートル近く上の第二城壁に着地すると、暴れていたドラゴンを『ムラマサ』でなめし斬りにした。
再び跳躍して、第三城壁でドラゴンを一掃すると第四城壁、更に第五城壁と、上層へと急ぐ。
途中の階層で、ドラゴンが大量にたむろして巣みたいになっている所があって、尻尾を掴んで振り回したりして城の外に放り捨てたりしていたのだが、割愛する。
「この上だな…」
途中から城の中に入り、ひたすら階段を登り続ける事、数分。
アレスは城で最も高い塔を登る階段、その最上段に辿り着いていた。
この塔の真上に討伐目標がいる事は、城の外から見て既に確認している。
城の中に入って数分の間に、敵が移動していなければ、の話だが。
幸い、『ジ・アトラス』のサーモセンサーでも真上に大型の熱量反応がある事は確認できる。
が、それが標的なのか、通常のドラゴンなのかは分からない。
『ミーティア』を天井に向かって構え、出力設定を行う。
―――――出力・最大、エネルギー充填時間・五秒
「先制攻撃と奇襲は、軍略の基本…ってな!」
トリガーを引く。
放たれたのは、直系一メートルはあろうかという極太の青い光条。
その光条は、いとも容易く天井を貫き、大穴を開けた。
しかし、開いた大穴からは空が覗く。
つまり標的は、先制攻撃をくらわなかった、という事だ。
そして次の瞬間、壁に大穴が開いて炎弾が飛び込んで来て、塔は爆炎に包まれた。
「うぐおあっ!?」
爆炎とその余波は『ジ・アトラス』の装甲で防ぐ事ができたが、塔が倒壊し始めてしまったので、アレスは壁の大穴から隣の塔へと飛び移る。
アレスが隣の塔の屋根に降り立った直後、今までいた塔は完全に倒壊した。
「危なかった………。さて、やっぱり一筋縄ではいかないという事かな?」
崩れ落ちる塔から、空へと視線を移す。
そこにいたのは、巨大な異形。
そして、その背に立つ一人の少年。
戦場に似つかわしくない、まだあどけない少年は黒い機械鎧のアレスを見て、ニッコリと笑いかけてきた。
「やあ、はじめまして。君が最近有名な、異世界からの来訪者さんだよね?」
「そうだが…、ガキがいていい場所じゃないぞ、ここは」
アレスのぶっきらぼうな返答に、少年はプッ、と噴き出してケタケタと笑う。
「あははは!確かに僕はまだ子供だけど、子供扱いされたのは久しぶりだよ!この僕が!」
ひとしきり笑った後、少年は表情をキリリと引き締めて、纏っていたマントをバッ、とたなびかせる。
「名乗らせてもらおう。僕の名はオルクアナ。魔帝国軍四大将軍、『ドラゴン・テイマー』ドラゴリア・ヴェーイ・オルクアナだ!」
「ああ、知っている」
「そうだろうね、君たちが知っている訳はないよね………って知ってるの!?」
アレスの返答にドラゴリアは、ノリツッコミ(?)という意外な芸達者ぶりを披露し、更には乗っている異形の背中から落っこちそうになるという高度なテクニックまで見せた。
「誰とは言えないが、こちらに寝返ってくれた魔族がいるのでね。数千匹などという数のドラゴンを操れて、その上そんな物まで創れる者は、『ドラゴン・テイマー』しかいないと聞いた」
「そうでしょー、すごいでしょー。ドラゴンに限って言えば、僕の能力は魔王陛下にさえ勝っているんだ。このドラゴンの軍団、そしてこれさ!」
舞台俳優の様に大仰な身振りで、少年は自分が乗っている異形を指し示す。
それで、アレスも改めて異形の姿をじっくりと見る。
直径二メートルはありそうな、恐ろしく強靭な四本足。生える爪はあまりに鋭く、そして一本が人間ぐらいのサイズ。
全身を黒い鱗が覆っているが、その下からも分かるぐらい逞しい筋肉に包まれた胴体。
尻尾も強靭な筋肉で構成されているが、その先端には一際巨大で細長い鱗が生えており、並みの剣よりも鋭利な光を放っている。
そして、恐ろしいのはその頭。
大樹よりも太い二本の角が生え。
人の頭よりも巨大なその目玉からは、それだけで人が殺せそうなほどの殺気がアレスへ照射され。
ダラダラと涎が滴り落ちるアギトには、突撃槍よりも太く凶悪な牙が並び。
喉奥からは、時折チロチロと青い炎が覗く。
それが、五対。
胴体から伸びる五本の長く逞しい首に支えられた、五つの頭。
全長五十メートルを越える、巨大な合成獣だ。
「キメラはキメラでも、素材は全て純粋なドラゴンだから、合成竜、って所かな?」
自慢げに語るドラゴリアだがアレスはそれには耳を貸さず、武器を使用し易い様に構え、『ジ・アトラス』の制御システムを統合戦略データリンクモードから、高度戦術戦闘モードへ切り替える。
それはつまり、周辺の友軍から送られてくる、現在の自分には直接的には無関係で不必要な情報の受信をシャットダウンし、CPUの全ての情報処理領域を、目の前の敵との戦闘だけに注ぎ込む事を意味する。
「御託も能書きもいらない。肉塊にしてしまえば全て同じだ。
………そして、それを行うだけの理由が、貴様にはある」
そう言うとアレスも、全身から殺気を発する。
だが、ドラゴネラが発する殺気とは、また違う。
言うなれば、ドラゴネラの殺気は、野生で単純で、溶鉄の様な荒々しい殺気。
対するアレスの殺気は、鋭く冷たく、鍛え上げられた刀の様な、一種の美しさまで兼ね備えた殺気。
悲しみと憎しみという名の金槌で鍛え上げられ、復讐心という水で焼入れされた、恐ろしい妖刀だ。
「来い。その出来損ない、そして次はお前だ、四大将軍殿」
「………ふふ、本当におもしろいね、来訪者さん」
そう言うとドラゴリアは風の魔法を使って飛び上がり、ドラゴネラの背中から離れる。
「ま、最初っからそうなる予定だったんだ。それじゃ、存分に殺し合ってよ」
ドラゴリアは、パチリと指を鳴らす。
その途端、ドラゴネラがブルリと巨体を揺らす。
そして、
「………ウウウゥゥゥグガアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァギャアアアアアアアアアァァァァァァァァオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォァァァァァァァァァッッッッッッ!!!」
文字通り、天地を揺るがす咆哮。
帝都を蹂躙する事に勤しんでいた全てのドラゴンが一瞬動きを止め、そのドラゴンたちを狩っていたライルたちもまた、一瞬だけ手を休めて帝城へと注意を向けたほどだ。
それに対するアレスの反応は、単純な物だった。
「やかましい」
それだけ呟くと、ドラゴネラに『スイーパー』の銃口を向けてトリガーを引く。
超音速で発射された弾丸がドラゴネラに迫る。
だが、ドラゴネラはその巨体からは考えられないほどの敏捷さでそれを避けると、アレスへ飛び掛る。
それが、死闘のゴングだった。
逆襲されたアレスは、素早く塔から飛び上がり回避行動を取る。
五つの首のうち、三つがそのまま塔にぶち当たり、塔は砂糖菓子の様に呆気無く倒壊した。
だが残りの二つはアレスの動きに反応して、空中に飛び上がったアレスへとその牙を向ける。
二対のアギトが迫り、空中にいるアレスは回避できない、
筈だった。
「馬鹿が。ドラゴンがいると分かっているのに、空中戦の用意をしていない訳が無いだろう」
手首から発射された、小さな金具。
それが別の小さな塔の屋根に突き刺さった瞬間、金具と『ジ・アトラス』の手首を繋ぐカーボンワイヤーが一気に巻き取られる。
汎用型AAの時には腰に装備していた、立体機動用アンカーだ。
『ジ・アトラス』では、更に機動性を高めたタイプの物が両手首に標準装備されている。
アレスはその塔に引き寄せられて屋根に着地し、ドラゴネスの牙は空を噛んだ。
避けられるとは予想していなかったのか、ドラゴネスの動きが僅かに鈍る。
アレスはその隙を見逃さない。
「こいつはどうだ?避けきれるか?」
『ミーティア』から放たれる青い光が、ドラゴネスの胸に直撃して、
消えた。
正確には、レーザーはドラゴネスの胸部の分厚い鱗に丸い焦げ跡を残した。
が、それだけだった。
「成程、火力不足か」
アレスは特に残念がる訳でもなく、『ミーティア』を投げ捨てた。
極秘開発中の最新鋭兵器だ。正確な値は知る由も無いが、滅茶苦茶な費用がかかっている事はアレスとて知っている(ちなみに『ミーティア』の正確な開発費用は、これまでに総額二百億ドルである)。
小国の国家予算にも匹敵するシロモノを躊躇無く投げ捨てたアレスは、降り立ったばかりの塔から再び別の塔へと跳躍する。
その直後、それまでアレスがいた塔に五つの青い炎弾が着弾し、塔はケシズミさえ残さずに焼滅した。
炎弾が飛来した方向に目をやると、やはりと言うか、開いた口からチロチロと青い炎を漏らす五つの竜の頭。
炎弾が外れた事を確認したドラゴネラは、グルリと首を回してアレスへと向き直る。
直後、有り得ない勢いで加速して襲い掛かって来た。
ほんのコンマ数秒の間だが、アレスは思考する。
今いる帝城は、某ネズミの王国のシンデOラ城の様な、地球の一般的な西洋の城と同じ様な外見をしている。
つまり、塔が多い。軽く十本以上はある。
とはいえ、既に三本が失われているし、残りも無限という訳ではない。
空中戦の備えはしているが、立体機動用アンカーだ。空が飛べる訳でもない。
ならば、まだこの戦いの終わりが見えない以上、無闇に足場を失うのは下策だ。
一瞬の間にそれだけの事を思考したアレスは、行動に出た。
飛び掛って来るドラゴネラに対して、逆にアレスの方からドラゴネラに飛び掛ったのだ。
とは言っても物理の法則上、アレスとドラゴネラが衝突した場合、アレスが派手に吹っ飛ばされる事は目に見えている。
正確にはドラゴネラに向かってではなく、ドラゴネラを少し外れる位置に向かって飛び出した。
そしてすれ違う直前、瞬時に抜き放った『ムラマサ』を一閃させる。
両者共にあまりにも高速だったので、交錯は一瞬だった。
斬撃の結果を確認する間も無くアレスはすれ違った直後、アンカーをドラゴネラの背中に向けて撃ち出す。
アンカーがドラゴネラの鱗に引っ掛かった事を確認し、巻き取らせる。
アレスが再びドラゴネラに肉薄した時、ドラゴネラはすれ違った事にようやく気付いて回頭しようとしていた所だった。
アレスの斬撃によって首が一つ斬り落とされ、四つの頭がアレスへと向けられる。
残った頭の内の一つ、アレスを睨む双眸の間。その眉間に、アンカーを巻き取った勢いで加速したアレスが、『ムラマサ』と共に突貫した。
「ギイイィィィィィィィヤアアアアアァァァァァァァオオオオオオオオォォォォォォォォ!!??」
ドラゴネラが咆哮する。
最初の様な雄叫びではない。断末魔の叫びだ。
全ての頭の神経はリンクしているのか、残っている四つの頭全てが咆哮していた。
断末魔の原因は、一つの頭にアレスが突き立てた『ムラマサ』。
ドラゴネラの巨体からすると爪楊枝程度のサイズにしか見えないが、それでも全長二メートル近くある大太刀だ。
眉間に突き立てられたそれは、ドラゴネラの頭蓋骨を貫通し、脳を破壊していた。
「二つ目っ!」
最初に斬り落とした頭だが、ギリシャ神話のヒュドラの様に再生する様子は無い。
つまり常識的に考えて、全ての頭を斬り落としてしまえばドラゴネラは絶命するだろうと思われる。
残りは三つ。
素早く次の行動に移るべく、動き出そうとするアレス。
だがその時、ドラゴネラが突然暴れ出した。
「うおっ!?」
半端なジェットコースターよりも強烈な遠心力に、アレスは振り落とされてしまった。
その際、『ムラマサ』が手から離れ、ドラゴネラの絶命した頭に突き刺さったままとなった。
落下しながらもアレスは、右手首のアンカーを構えて近くの塔の外壁に向けて発射しようとする。
しかしアンカーを発射しようとした、その瞬間。
発射が妨げられ、同時に右腕全体に焼け付く様な痛みが走る。
ドラゴネラの首の一つが、アレスの右腕に噛み付いていた。
いや、噛み付くなどと生易しい物ではない。
アレス自身の身長にも匹敵する凶悪な牙が、『ジ・アトラス』の装甲ごと、アレスの右腕を粉砕していたのだ。
「ぐううっっ………!!??」
思わず苦痛に叫びそうになるが、奥歯を噛み砕かんばかりに噛み締めて耐える。
そして左手を、装甲が自壊するのではないかというぐらいに強く握り拳を作り、それをドラゴネラの牙に叩き付ける。
殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る。
右腕の神経は、最早千切れんばかりの痛みを脳に刻み付ける。
だが、それでもアレスはひたすらに殴り続ける。
一撃で約五百トンにも及ぶ破壊力の拳が幾度と無く叩き付けられ、ついにドラゴネラの牙にヒビが入った。しかし、同時に左手の装甲にもヒビが入る。
一際強く奥歯を噛み締め、拳を固く握り締め、渾身の一撃が放たれた。
バキイイィィィィィン!!
破砕音が響き渡り、二つの物体が砕け散った。
ドラゴネラの牙。そして、『ジ・アトラス』の左手だ。
アレスの左手は装甲である『タイタン』が砕け散って、インナーである『ネフィリム』が露出しているが全く意に介さずに、砕け散ったドラゴネラの牙の間から、ほとんど感覚が無くなってきた右腕を引きずり出す。
『タイタン』は完全に砕け散り、『ネフィリム』さえ破れて生身が露出。その生身でさえ、皮膚は千切れて筋肉や血管も裂け、骨が露出し、その骨さえ折れている。
最早、戦闘には使えない事は明らかだった。
それでも、アレスは止まろうとはしない。
足を折れていない牙に引っ掛け、腰のパイロンに装着していた『スイーパー』を、使える左手で構える。
そして、牙が一本折れた事でできた空洞にその銃口を差し入れ、ドラゴネラの喉奥に向けてトリガーを引く。
「グゴオオオオオオオオオオォォォォォォォォアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ!!??」
柔らかい体内を蹂躙されて、ドラゴネラが苦痛の咆哮を上げる。
そして、放たれた弾丸の数発が体内から脳を破壊したのか、更に一つの頭が絶命した。
残り二つ。
再びドラゴネラが暴れるが、今度は振り落とされるのではなく自分から飛び降りる。
そして今度こそ左手首のアンカーを近くの塔の壁に撃ち込み、ワイヤーを巻き取って壁に張り付く。
その際に置き土産を忘れない。
残った二つの首、その両方に効果がある位置に、閃光音響手榴弾を放る。
アレス自身は、『ジ・アトラス』の自動保護機能で爆音からも閃光からも護られた。
だがドラゴネラは違う。
閃光で視覚を失い、爆音で平衡感覚を失ったドラゴネラは落下して、帝城の屋根に叩き付けられてしばらくもがき続けた。
わずかにできた隙で、アレスは自分の右手を改めて見る。
見れば見るほど酷い状態だ。
『ジ・アトラス』の生命維持機能の一環として、応急的に右腕の付け根が締め付けられているので、出血はほとんど止まっている。
だが、その締め付けられているのとは関係無く、重要な神経も切断されたらしく、最早右手の感覚はジクジクとした痛みしかない。
「…これはもう、処置のしようがないな」
一瞬で、自分の右腕が一生使い物にならない事を判断し、そして受け入れるアレス。
素早く腰の多機能ポーチから鎮痛剤を取り出す。
鎮痛剤といっても、エデン防衛軍の兵士に標準的に配備されているモルヒネではない。
モルヒネは確かに高い鎮痛作用と即効性があるが、代わりに脳の働きが一時的に低下するという副作用がある。
アレスが使用したのは、PR2835という特殊な薬品だ。
これはモルヒネを上回る鎮痛効果と即効性、そしてアドレナリンや他の脳内分泌物の分泌を促し、一時的に脳の働きを促進する効果まである。理想の鎮痛剤と言えるかもしれない。
だがそんな都合の良い物が、そうそうある訳が無い。
PR2835は、後遺症を残す恐れがあるのだ。
どんな後遺症が起こるのかは、実はよく分かっていない。様々な動物実験の結果、様々な症状が発症したからだ。
だがハッキリと言える事は、そのどれもが後々の生命に大きな影響を及ぼすレベルの酷い症状だったという事だ。酷い例では、鎮痛効果が切れると同時にショック死した事もあったという。
当然、配備どころか試験的な人体投与さえ許可されていない物だが、アレスは最高統括官の強権を使い、ごく少数だけエデンに持ち込まれていたPR2835を携行してきていた。
そしてそれを、躊躇いも無く右腕の付け根に打ち込む。
「う…ぐうぅ…」
薬品が血液に溶け込んだ瞬間、奇妙な感覚がアレスの全身を襲う。
高揚感の様な、悪寒。幸福感の様な、酩酊感。全能感の様な、無力感。
有り体に言えば、この上なく気持ちが悪い。
込み上げる感覚を頭を振って抑え付け、下方に目をやる。
丁度、帝城の屋根でのた打ち回っていたドラゴネラが体勢を立て直し、残った二つの頭の合計四つの目玉でアレスを睨み付けてきた。
「………来いよ、出来損ない。決着をつけてやる」
アレスの言葉が理解できたのかどうかは定かではないが、ドラゴネラはアレスへと青い炎弾を放った。
それも、一気に二つの頭から、二発。
跳躍して回避し、それまでアレスが張り付いていた塔は炎弾によって一瞬で焼き尽くされた。
アレスが跳躍した先は、別の塔。
だが、今までの様にアンカーをを使った立体機動ではない。
足の跳躍力だけで跳んで、塔の外壁に足を着き、再び跳躍。
また別の塔に足を着き、また跳躍。
複数の塔の間を高速で跳び回りながら、徐々に降りて行ってドラゴネラへと近付く。
ドラゴネラも生き残った二つの首を右往左往させて動きを追おうとしているが、追いつけずにただ翻弄されている。
だが、それでトドメを刺せて終わるほど、ヤワな敵ではない。
動きを捉える事を諦めたドラゴネラは、小細工など無意味、とでも言うかの様に翼を大きく広げ、爆発的な加速でアレスがいる辺りへと突っ込む。
紙一重で突進自体は避けたが、すれ違い様に大木と見紛う程の逞しい尻尾が、アレスの体を打った。
軽々と吹っ飛ばされたアレスは、帝城の屋根へと叩き付けられる。
「がっ…はっ…!!」
肺から空気が押し出される。
鎮痛剤のおかげで痛みは無いが、ボロボロの右腕の骨が更に軋み、ヒビが入る。
そしてアレスが身を起こすよりも早く、急降下して来たドラゴネラの太い前足が、アレスの体を押し潰した。
「ごはっ!?」
もう肺から完全に絞り出された筈の空気が、ダメ押しとばかりに更に漏れ出した。
流石に自分の前足ごとは無理なのか、炎弾を吐く様子は無い。
かと言って、少しでも前足をどかせば、アレスはすぐに脱出するつもりでいる。
それを悟ったのか、ドラゴネラはシンプルな方法でアレスを殺そうとする。
そのまま前足を押し込んで、アレスを圧死させようとしたのだ。
軽く見積もって一千トン以上ありそうなドラゴネラの全重量が、アレスへとのしかかる。
「ぐっ…あああああっっ…」
潰されまいと、全力で押し返そうとするアレス。
だが、重量と筋力の差はいかんともし難く、『ジ・アトラス』の装甲がメキメキと音を立て、アレス自身の肉体も悲鳴を上げる。
これが地面なら、アレスはこのまま圧死していただろう。
だが彼にとって幸運な事に、そこは地面ではなく、帝城の屋根の上だ。
この世界の建築技術の粋を結集させた巨大建造物ではあるが、上に全長五十メートルオーバーのドラゴンが乗っかる事など想定されてはいない。
かけられるドラゴネラの重量がある一点を越えた所で、帝城の屋根は轟音と共に崩落した。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォッッ!?」
「…ぶっ…はぁ!」
ドラゴネラは驚きの咆哮を上げ、アレスは絞り尽くされていた肺に空気を素早く取り入れる。
そして崩落してから帝城内部の床に叩き付けられるまでの間に、どうにかドラゴネラの下から脱出した。
ほとんど無理矢理脱出したので、床に投げ出される様に転がったアレス。
対してドラゴネラは、驚きはしたものの、翼を少しはためかせて綺麗に足から着地する。
落ちた先は、帝城の大広間。全長五十メートル以上のドラゴネラでも、多少は動き回れるほどの広さだ。
車に撥ねられた人間の様に二、三回転してからようやく止まって床に這い蹲るアレスだが、痛みを確認している間も無く跳ね起き、横っ飛びする。
その直後、アレスがいた場所にドラゴネラの炎弾が着弾した。
先程までの空中戦とは違って閉鎖空間であり、加えてアレスの回避速度が大きく低下していた事もあって、爆発した炎弾の余波がアレスの右腕を襲う。
肉が焼ける臭いがしたが、最早アレスの右腕は全く感覚が無く、気にも留めない。
もう一発炎弾が放たれたが、それも回避し、今度はアレスからドラゴネラへと飛び掛った。
先程のプレスで『スイーパー』が壊れてしまったので、今のアレスには武器が無い。
残された武器は、ドラゴネラの死んだ頭に突き刺さったままとなっている『ムラマサ』のみ。
それを取り返す為には、アレスの方から肉薄しなければならないのだ。
屋内なので巨体のドラゴネラでは自由に動け回れず、動きが多少鈍くなる事も、近接戦を決めた一因だ。
正面から突っ込むのは自殺行為なので、側面に回りこんで接近する。
前足が振るわれるが、軽々と避ける。
尻尾で薙ぎ払われるがそれも回避し、驚異的な動体視力で動きを合わせ、尻尾にしがみ付く。
巨体である事と、分厚い鱗で覆われている事から、ドラゴネラはアレスにしがみ付かれた事に気付かない。
ドラゴネラが見失ったアレスを捜そうとしている間に尻尾を駆け上り、背中を駆け抜ける。
そこでドラゴネラはアレスに気がついた様で、巨体を揺らして振り落とそうとした。
だがその時にはアレスは既に、目的の頭に繋がる首に辿り着いていた。
目的の頭とは勿論、『ムラマサ』が突き刺さっている死んだ頭だ。
頭が死んだ事で首の付け根までの神経も死んだのか、体は動いてもアレスが乗っている首はダランダランと揺れるだけで、振り落とされるほどのものではない。
どうにか頭頂部に到達したアレスは、突き刺さっている『ムラマサ』の柄を握った。
だが、抜けない。血肉が固まっているのだ。
『ジ・アトラス』の掌部プラグから通電が始まり、『ムラマサ』の単分子刃が振動を開始する。
だが、完全に稼働するまでは約五秒かかる。
稼働するまで、なまくらな状態の『ムラマサ』では引っこ抜けない。
―――――五秒
「抜けろぉぉぉっっ!!」
全力で引き抜こうとする。
わずかにグチャリという音がしたが、抜ける気配は無い。
―――――四秒
ドラゴネラの二つの頭が、死んだ頭の上にいるアレスの姿を、その四つの目玉で捉えた。
―――――三秒
一つの頭がその巨大なアギトを、まるで地獄の門の様に開く。
―――――二秒
アレスを丸呑みにしようとアギトが迫り、アレスはそれに対して反射的に、使えなくなった右腕を突き出す。
―――――一秒
突き出された腕にドラゴネラの意識が行き、アレスの右腕を内側に納めたアギトが、閉じられた。
―――――零
稼働した単分子カッター『ムラマサ』は、死んだドラゴネラの頭蓋骨さえバターの様に切り裂き、そのままアレスの左腕に振るわれるままに、目の前にあるドラゴネラの顎を斬り落とした。
ブツリ、という嫌な音がした。
それにも構わず、アレスは一歩踏み込み、顎が斬り落とされた事で丸見えになった口蓋に『ムラマサ』を突き立てた。
脳を串刺しにされ、単分子刃で掻き混ぜられたドラゴネラの頭は、即座に絶命する。
残りは一つ。
最後の頭が、耳障りな雄叫びを上げながらアレスに噛み付こうと牙を剥く。
その頭に相対して『ムラマサ』を構えるアレスだが、違和感に気付いて視線を落とす。
「…結構シュールな光景だな、これ」
右腕が、無かった。
使い物にならなくなっていたのは右肩の少し下の辺りまでだったが、右肩も無くなっていた。
先程噛み付かれた時に、千切れてしまった様だ。
即座に『ジ・アトラス』の生命維持機能が働いたのか、既に出血は緩やかになってきている。
だがそれでも、昨日、いや、数分前まで揃っていた筈の四肢が欠損しているというのは、中々におかしなものだった。
視線を右腕があった筈の空間から、ドラゴネラへと戻す。
「どうしてくれるんだ、この出来損ないトカゲ野郎が」
ドラゴネラが吼える。
アレスは吼えない。
ただ、『ムラマサ』を構え、呟く。
「………やかましい」
最初の言葉と同じ事を口にし、アレスが動いた。
跳躍し、ドラゴネラの最後の頭に飛び掛る。
対するドラゴネラは、その凶悪な牙で迎え撃とうとするが、『ムラマサ』の一閃によって簡単に切り裂かれた。
そのままドラゴネラの頭に着地したアレスだが、その左手の中で『ムラマサ』が停止した。
「チッ、限界か」
単分子カッターである『ムラマサ』は理論上、分子よりも大きな物で切断できない物質は無い。
だが、電力さえあれば無限に使える都合の良いシロモノ、という訳でもない。
あまりに固い物質を何度も切断すれば、単分子刃が潰れて使い物にならなくなってしまうのだ。
ある意味、普通の刀剣が血肉を斬り過ぎればなまくらになってしまうのと同じと言えよう。
ともかく、もう『ムラマサ』は使用できない。
ただの金属の棒になってしまった『ムラマサ』を投げ捨て、アレスは歩を進める。
ドラゴネラが頭を振って振り落とそうとするが、もう遅い。
一瞬の間にドラゴネラの眉間の前にまで進んだアレスは、左の拳を構える。
ドラゴネラの最後の目玉が、まさしく目の前のアレスを睨み付ける。
洪水の様な殺気が浴びせられるが、アレスは怯まない。
「………ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!」
獣の様な咆哮を上げ、アレスは拳を放つ。
拳がドラゴネラの眉間のぶつかり、鱗を粉砕して肉に潜り込む。
更に潜り込んで頭蓋骨にぶつかった時、アレスの拳がグシャリ、という音を立てた。
それでも拳は止まらない。
頭蓋骨さえ貫き、脳さえも破壊した。
「ギィィィィィヤアアアアアアアァァァァァァァァァオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォッッッッッ!!!!」
アレスの咆哮に負けない程の断末魔を、ドラゴネラが上げる。
そして、最後の首がゆっくりと力を失い、床に倒れ伏す。
合成竜は、完全に生命活動を停止した。
アレス、損傷が激しい回。
腕が千切れても戦い続けるって、それなんてグラップラー。




