第四十四話 死体袋
一月も終わるなぁ………。
結局、元日からずっと寝正月が継続してるなぁ………。
西暦二五七〇年/ブリストン暦四五六年 射手の月(九月)十日
フランシナ帝国最南端 アイレセン近郊
汎用型AAを身に纏い、巨大なレッドドラゴンと対峙するアレス。
アレスの背後では、まだラフネックス中隊の撤退が進んでいない。
だがドラゴンは、この場で最も強い存在、即ちアレスのみを標的に絞ったようだ。それだけは幸運と言うべきか。
睨み合う両者。
時空を越え、科学技術の結晶とファンタジー世界の生態系の覇者が、対峙する。
「………さあ、踊ろうぜ?」
某・青い異星人との様々な交流を描く映画の主人公みたいなセリフを吐くアレス。
その瞬間、ドラゴンは大きく口を開き、炎の塊、所謂ブレスを吐いてきた。
「よっ、と!」
軽く避けるアレス。
だが、ブレスは着弾した瞬間に炸裂し、地面を大きく抉り取った。
アレスへの被害は、散らばった小石がAAの装甲を叩いた程度だが、精神的には結構な動揺を誘われてしまった。
と、言うのも、ドラゴンだから炎を吐く事までは何となく予想していたのだが、アレスが想像していたのは火炎放射機の様な物だ。
しかし、ドラゴンが吐いたのは炎の塊。何かの可燃物を核として、燃え盛るそれを高速で飛ばし、命中と同時に爆発する。
まるでミサイルの様だ。
「いや、直進しかできないっぽいから、ロケット弾か…」
そう呟きながら、アレスは素早くアサルトライフルを構えてトリガーを引く。
狙いは、取り敢えず胸部。
『ジ・アトラス』の『スイーパー』程ではないにしろ、AAで扱うアサルトライフルは歩兵用の物を遥かに上回る火力を有する。
だが、重機関銃であるM2Xが通用しなかったのだ。
ドラゴンに命中した弾丸は、火花を散らして虚しく地面に落ちる。
そして、お返しとばかりにドラゴンがブレスを吐く。
今度は余裕を持って回避したので、起き上がってすぐに反撃に移れる。
ブレスを吐いた反動か、ほんの一瞬だけ硬直するドラゴン。
その隙を突いて肉薄し、腰の『ムラマサ』に手を掛けた。
「―――――フッ!」
一閃。
鞘が無いので居合い斬りとは言えないが、左下から右上に逆袈裟型に斬り上げる。
非の打ち所の無い、完璧な一撃。
だが、
「グオオオアアアアアッッッ!」
「うおっ!?」
ドラゴンの鋭い鉤爪が目の前に迫り、慌てて回避。
追撃に凶悪な牙が迫り、バック転でそれも回避して後退した。
距離を取り、アレスは改めてドラゴンの様子を確認する。
「効果、無しとは言わないが、薄いな…」
アレスが斬り付けたのは、ドラゴンの胸部。
その部分の鱗には、左下から右上にかけて一本の傷跡が刻まれていた。
それが『ムラマサ』によって付けられた傷である事は疑いようも無いが、それがドラゴンの生命に影響を与えている様子は無かった。
正規の出力の単分子カッター『ムラマサ』なら、理論上は切断できない物質は存在しない。
だが、『ジ・アトラス』専用武装である『ムラマサ』を汎用型AAで使用する為、その出力は本来の一割程度に抑えられている。
それでも汎用型AAの基本装備であるナノカーボン刀よりは切れ味が良いが、本来の『ムラマサ』とは比べるべくも無かった。
自分が使用している二つのメインウェポンが殆ど効果を成さなかった時点で、アレスは一つの結論に達していた。
―――――今の装備、汎用型AAでは、ドラゴンに勝つ事は難しい。
そして、後ろにラフネックス中隊がまだいる現状、彼等を守りながら勝つ事は不可能。
「でも、こいつをどうにかしなければ、ラフネックスが撤退する事もできない、か………」
素早く考えを纏めたアレスは、足止めするべく『ムラマサ』を構えてドラゴンに襲い掛かる。
だが、その刃がドラゴンに届く直前、翼をはためかせて巨体がフワリ、と浮き上がった。
「こなくそっ!」
脚部に力を込めて、跳躍。
しかしドラゴンの上昇速度の方が上だった為、アレスの繰り出した斬撃はドラゴンの鱗を一枚吹き飛ばしただけで終わった。
「糞が!」
重力に引かれて地面に着地せざるを得なかったアレスとは逆に、ドラゴンは地上の生物たちを嘲笑うかの様に上空を旋回し始める。
少しでも影響を与えようと、アレスはドラゴンの頭部を狙ってアサルトライフルを連射するが、飛んでいるドラゴンを下から撃つという形である以上、弾丸は眼や口などの弱いと思われる器官には命中せず、鱗に覆われている顎などに当たって弾かれるだけだった。
そしてドラゴンは、アレスに興味を失ったかの様に向きを変える。
その先にいるのは、いまだ撤退を続けるラフネックス中隊。
「まさか………、くそっ!」
ドラゴンの行動をいち早く予測したアレスは、再び自分に注目を戻そうとアサルトライフルを撃ちまくる。
しかし鱗に当たって弾かれるだけの弾丸には目もくれず、ドラゴンは真っ直ぐにラフネックス中隊の所へと急降下を始めた。
「やめろおおおっっっ!!」
叫びも虚しく、予想通りドラゴンの口から炎が放たれて地面に着弾し、数人の兵士を巻き込んで炸裂した。
「「「「「―――――ッッッ………!!」」」」」
凄まじい高温の業火は、一秒にも満たない時間で野戦標準装備のボディーアーマーごと人体を焼き尽くし、兵士たちは悲鳴を上げる間も無く絶命していく。
部下たちが死んでいく様を目の前で見たアレスは、脳裏にある光景がフラッシュバックしていた。
狙撃で頭を撃ち抜かれたバディ。
十字砲火でズタズタの蜂の巣にされた親友。
指向性対人地雷で吹っ飛ばされたライバル。
それは、かつての「クリスマスの惨劇」の様子。
死に方は違うものの、偶然アレスの方向に手を伸ばしながらケシズミと化したラフネックス隊員と、心臓を打ち抜かれながらもアレスに逃げろと言いながら死んだ同級生の姿が、重なる。
その姿を見たアレスが、
戦闘においては、数万の敵を斬り殺した時でさえ常に冷静だったアレスが。
プッツンと、来た。
「このトカゲ畜生がああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
アサルトライフルを投げ捨て、脚のバネを極限まで溜めてから、跳躍。
汎用型AAなのに、『ジ・アトラス』並みの百メートル程まで跳んだが、それを察知したドラゴンは僅かに高度を上げて、斬撃を繰り出しても届かない高度にいた。
一瞬滞空するアレスを一瞥したドラゴンが、人間で言うならばニヤリと笑った気がした。
しかし、アレスは大人しく落下するような事はしない。
体を捻り、踏ん張れない空中で力を溜め、『ムラマサ』をドラゴンに向かって投擲する。
一直線にドラゴンの腹目掛けて飛ぶ大太刀。
そして、その切っ先が鱗に触れ、
呆気無く弾かれた。
『ムラマサ』はAAから電力供給を受けて起動している。電源を失った『ムラマサ』は機能を停止し、ただの金属製の棒になってしまったからだ。
「………チィ」
流石の精神力で既に冷静に戻りつつあるアレスは、ある意味当然の結果を見て舌打ちをする。
だが、体に爪楊枝(ドラゴンから見ればそれぐらいの物体)みたいな物をぶつけられたドラゴンは逆に怒ったらしく、グルリと首を伸ばしてアレスの方に口を向ける。
そして開かれる巨大な顎。
その奥の喉には、燃え盛る炎。
「あ、ヤバい」
そうひとりごちるとアレスは、AAの腰の小さな箱型の装置を使用した。
発射されたのは、小さなアンカー付きワイヤー。
元々は、地球の特殊部隊が市街地作戦においてビルなどを静粛によじ登ったりする為の装備だったので、アレスもここ数年使っておらず、忘れかけていた物だ。
ドラゴンの鱗が重機関銃でさえ傷つける事ができない物質である事は既に分かっているので、鱗にアンカーを突き刺すようなマネはせず、ドラゴンの頭部に生える立派な角に巻き付かせる。
巻き付いた瞬間に一気にアンカーを巻き取らせ、ほぼ同時にドラゴンの口から炎が放たれた。
「ウアッチィ!?」
少し、いや、かなり熱かったが、間一髪の所で炎に直接焼かれる事も無くドラゴンの角に接近し、器用に角に着地する。
ドラゴンの角はその巨体と比べてもかなり立派な物で、アレスの身長とほぼ同じ、つまり二メートル近くある。
そしてその角はドラゴンの頭部、それも人間ならば額に当たる様な所から生えており、角の付け根の近くにはドラゴンの眼があった。
赤い虹彩に、縦向きの線の様な瞳孔がはしっており、見た目は地球のトカゲ等の爬虫類と同じだ。
だがその大きさが尋常ではなく、比喩でも何でもなくスイカサイズだった。
ギョロリと瞳が動いてアレスを捉え、睨む様に鋭い眼光を向けてきた。
AAのヘルメット越しではあるが、アレスもその瞳を睨み返す。
そして一言。
「プレゼント・フォー・ユー」
脛のホルスターから刃渡り十五センチ程のナイフを抜き、それを躊躇い無くドラゴンの左目に突き刺す。
「グギャアアアアアアアアアアオオオオオオオオオオッッッッッッ!!??」
響き渡るドラゴンの咆哮。
当のドラゴンは、激しい痛みに悶えるかの様に、空中で暴れまくっていた。
そんなドラゴンの角にワイヤーを巻きつかせたまま、アレスは素早く飛び降りて自由落下に身を任せる。
落下中、暴れまわるドラゴンに振り回されないようにワイヤーを一気に放出させて遊びを持たせておくのも忘れない。
百メートル近い距離を一気に降下した後、地面に激突する直前にワイヤーを巻き取り、減速してからワイヤーを切断して受身を取りながら着地した。
素早く起き上がったアレスが空を見上げると、丁度ドラゴンが暴れまわるのをやめて南方、魔族の支配地域に向かって飛び去っていく所だった。
突き刺したナイフには確かな手応えがあったし、ドラゴンに結構な痛手を負わせる事ができた様だ。
「撃退成功、ってとこだな」
そう呟きながら、落ちて地面に突き刺さっていた『ムラマサ』を引き抜き、振り返るアレス。
そこで不完全ながらも勝利の余韻から、現実に引き戻された。
「くそっ、壊れたハンヴィーから物資を運び出せ!弾薬が優先だ!」
「ちくしょう………、なんでこんな事に………」
「早く遺体を収容しろ!悲しむのは後だ!」
「おい、こいつはまだ息がある!」
「衛生兵、早く来てくれ!衛生兵!」
ドラゴンの炎によって上がる黒煙。
破壊されたハンヴィー。
駆け回る兵士たち。
そして、地面に転がる物言わぬ殉職者たち。
「………畜生が………」
再び湧き上がる怒りを押さえ込みながら、アレスは手を貸すべく彼等の方へ歩き出した。
拠点(アイレセン子爵邸)へと戻ったアレス達。
彼等の前には、黒い革製の細長い袋が並べられている。
「アラン・マクレーガー、三等軍曹から一等軍曹。ビルチ・ヨーコフ、三等軍曹から一等軍曹。レヴィン・メーガン、一等軍曹から上級曹長。ケビン・セップス、上級曹長から二等准尉。アーノルド・メルキス、一等准尉から三等准尉。リック・バートン、一等准尉から三等准尉。マイク・レセップス、五等准尉から中尉。
以上七名が殉職、二階級特進となりました………」
被害の集計を終えたコールソン中尉が、震える声で報告を行った。
殉職したのは、全員彼の部下だ。
つい昨日まで同じ釜の飯を食べていた部下達が、今は物言わぬ有機物と成り果て、七つの黒い袋に入れられて並べられている。
彼の心境は、押して図るべしだろう。
そして最高司令官であるアレスは、その報告をただ黙って聞いている。
報告を終えたコールソン中尉や他の士官達は、次の事務処理を行う為にその場を離れていった。
アレスだけが残り、ジッと死体袋を見詰めている。
数分後にはUH-99がこれらの死体袋をエデンへと輸送する予定だが、アレスはその場を離れようとしない。
コールソン達、普通の士官に事務処理があるのだから、最高司令官であるアレスにも当然仕事がある。
いつまでたっても臨時の執務室にやって来ないアレスを、レンディが呼びに来た。
「ああ、いたいた。おいアレス、お前には決裁してもらわなければならない書類が山ほどあるんだから、さっさと………。アレス?」
レンディは気付いた。
雨も降っていないのに、近くに水場も無いのに、ポタポタと水音がする事に。
音の正体は、滴り落ちる音だった。
ポタポタと。
あまりに強く握り締められた、アレスの拳から。
赤い血が、ポタポタと滴り落ちていた。
「………アレス」
レンディは、ただ、その背中に呼びかける事しかできなかった。
ドラゴンへのリベンジフラグ成立。やっちゃいますとも。
エデン防衛軍の階級は、現在のアメリカ軍の階級と同じです。
アメリカ軍って、尉官と佐官は普通だけど、准士官と下士官の階級が結構細かいんだよなぁ。




