第四話 護衛
西暦二五七〇年/ブリストン暦四五六年 天秤の月(七月)一九日
エデン軍事区画 最高司令官執務室
「護衛任務、ですか」
演習の翌日、エデン防衛軍最高司令官に呼び出されたアレスは、そこで告げられた事をゆっくりと復唱した。
今アレスがいるのは、最高司令官の執務室だ。
権力者の部屋にしては物が少なくスッキリしているが、少ない調度品はどれも格式高い物ばかりで、部屋の主のセンスの良さが窺える。
その主はと言うと、ソファーに腰掛けたアレスの向かい側のソファーに足を組んで座っている。
年不相応にフサフサした白髪をオールバックにした、彫りの深い顔のダンディなオジサマ。
クライブ・ホーエンハイム准将(五六歳)である。
「そう、明後日から三日間。やってくれるかい?」
「お仕事ですから。詳細を御説明願えます?」
深いゆったりとしたアルトなクライブの声に、にべも無く答えるアレス。
司令官殿は、クツクツと笑いながら説明をを始める。
「期間はさっき言った通り、二一日から二三日の三日間。対象は執政部長官を筆頭に使節団一〇名。目的地はイリーガルだ」
「イリーガル…。ああ、例の調印式ですか」
聖連合都市イリーガル。
人口五〇〇万程の、地球人類が確認した中では異世界最大の都市である。
その名の通り“聖連合”、八つの国家と五つの自治領、そして異世界二大宗教の片方の教会で構成される大連合の中枢が置かれている都市で、どの構成国にも属さず、どの構成国の人や物も受け入れる、交易の要所としての顔も持つ。
エデン執政部は、この聖連合加入を友好関係構築上の大きな目標としており、二〇年もの時間をかけて少しずつ異世界人達の信頼を勝ち得てきた。
そしてそれが遂に実を結び、正式な連合加入調印を近々しに行くという話は、エデン中の話題となっていた。
「しかし、執政部長官が直々に行かれるんですか。よく本国の許可が下りましたね」
執政部の長官はエデンにおける実質的なナンバーワン。旧英国の植民地で言えば総督の立場にある。
そしてそれは同時に、本国(この場合は地球の人類連合)にはもっと偉い人がたくさんいる事を示す。
本国の支配者階級の人々は基本的に異世界及びその民を見下しており、連合加入に関しても以前から難色を示していた。
その調印にエデン最高位の人間がわざわざ行くと聞けば、代わりの人間、全権大使でも何でも仕立ててナメられないようにしろとか横槍を入れてきそうなものだが…。
そう思ったアレスの疑問は外れていなかったらしく、クライブはおかしそうに笑い出した。
「ハハハ、その通りさ。本国のマルコム議長なんかは特に渋ってたよ。だけど、レダイア長官がものすご~く食い下がってね。いやホント、世論的に議長も理由無く駄目には出来ないから色々と反対理由を挙げてたんだけど、長官が一つ一つ正当且つ適切な説明をして、理詰めで潰していってたよ。…最後らへん、議長が涙目になってたね。あれはおもしろ、いや、中々珍しかったね」
ウハハ、と思い出し笑いするクレイブ。アレス自身は本国の最高権力者など見た事も無いので、何が面白いのか良く分からない。
「まあ本国の事情なんかどうでもいいですけど。とにかく、私の部隊がレダイア長官達の護衛に加わればいいんですね?」
「そういう事だ。詳しい話は追って伝える。じゃ、よろしく頼むよ」
天秤の月(七月)二一日 エデンより一六〇キロ地点
自然に囲まれたのどかな森の中の道を、六台の高機動装甲車が二台の戦車を先頭と殿に置いて進む。
聖連合加入調印の為、イリーガルへと向かうエデン使節団の一行だ。
森の出口にたどり着いた所で車列が停止し、軍服を着た五〇代前半の大男が降り立った。
「よし、ここらで一旦休憩だ!全員、装備の点検だけやって少し休め!」
男の一声で、装甲車から兵士がワラワラと降りて武器を展開、チェックを始める。
自身も腰のハンドガンのチェックをしている男に、装甲車の屋根の上から飛び降りたアレス(当然AAを装着している)が歩み寄る。
そして大男の隣に立つと、アレスはビシッと敬礼した。
「ハロルド大佐、お疲れ様です」
敬礼するアレスに、大男は厳しい顔の相好を崩す。
「おお、アル坊!装甲車の上はどうだったよ?風が気持ち良かっただろ?」
「た、大佐、一応任務中ですから、そういう対応は…」
やたらフレンドリーな熊みたいな男、デイラス・ハロルド大佐に肩を組まされ、アレスは熊に襲われた人みたいな、とまではいかないが、そこそこ困った様な反応を示す。
しかし肝心のデイラスは、アレスの肩をバンバンと叩きいてガハハと笑う。
「なーにがハロルド大佐だ!昔みたいに呼べ!ほら、カモン!」
軍人としての階級もクソも無い昔馴染みのノリに、アレスもとうとう折れてしまう。
「…分かったよ、デルおじさん。あと、全身装甲着けてるんだから、風なんか感じないよ」
「おーっと、そうだったな!」
またガハハと笑うデイラス。
死んだ父の親友の性格は良く知っていたが、それでも任務中にこういう風に接されると困ってしまうアレスはおかしいだろうか。いや、おかしくない。(反語)
一応デイラスに声はかけたが、アレスが来たのは違う目的である。本来の目的を果たす為、アレスはデイラスが乗っていた装甲車の中に声をかける。
「長官、御加減はいかがですか?」
「ああ、レックス大尉。大丈夫だよ、ありがとう」
装甲車の奥に座っていたのは、黒いスーツに痩身の老人。
エデンにおける最高権力者、オーセス・レダイア長官である。
今回アレスは護衛に組み込まれはしたが、護衛部隊の指揮官であるデイラスの命令系統からは外れており、長官直属の護衛として動いているのだ。
レダイアは政治に長け、人格者でもあるのだが、非常に身体が弱い。その為、彼を尊敬する一市民として、アレスはちょくちょく彼の調子に気を遣っている。
「おいおいアル坊、俺がずっと隣にいたんだから大丈夫に決まってるだろ?」
「…それが一番心配なんだよ、デルおじさん」
「なにぃ!?」
「ははは、大丈夫ですよ。心配してくれてありがとう」
「そうですか。では、失礼します」
敬礼し、装甲車から離れるアレス。何とは無しにデイラスも付いて来た。
「おいこらアル坊、さっきのはどういう意味だ」
「言葉の通りだよデルおじさん。誰もがおじさんみたいに人間離れしてないんだから、あまり迷惑かけちゃ駄目だよ?」
「かけるか!つうか、お前に『人間離れしてる』とか言われたくないわ!」
「あはは、面白い冗談だね、おじさん」
「…冗談はお前の身体だろうが…」
最初こそやり込められたアレスだが、このハイテンション熊男をコントロールする一番の方法、適当におちょくる事、を実行する。
後は休憩が終了するまで適当に過ごすか…、などと思っていたアレス。しかし、
「ッ!?」
突然背中を奔った感覚に、アレスはガバッと振り返り、周囲の森を見回すが、何も見つからない。その緊迫した雰囲気を感じ取ったのか、デイラスもふざけた感じは消す。
「…どうした?」
「………」
デイラスの問いには答えず、アレスは通信回線を開いて、まだ他の装甲車の上でのんびりしている部下を呼び出す。
「…ライル」
『隊長?どうしました?』
「周囲の状況はどうなっている」
『ちょっと待って下さい。メルピア、お前の長距離レーダーに何か反応はあるか?』
『何も無いですよ。周囲二キロ、人っ子一人いない』
『だ、そうです。どうかしたんですか?』
「…一瞬だけど、妙な気配がした。ちょっと周囲を哨戒したい」
『了解、我々も行きます』
「頼むよ。…という事なので、デルおじさん、ちょっと哨戒して来ます」
「ああ、分かった。気を付けてな」
頷き、アレスはAAの助けで大きく跳躍して木の枝に乗り、周囲の哨戒を始める。
他の三人とも一緒に周囲二キロを探索したが、何も無かった。休憩時間も終わり車列に戻ったアレス達だが、彼の胸中のモヤモヤした感覚は納まらない。
「…嫌な予感がするな…」
再出発の時間となり、装甲車の屋根の上に乗ったアレスはボソリと呟く。
車列は森を抜け、渓谷地帯に入っていく。
…ファンタジー溢れる世界とか書いたのに、何も出せていません。ごめんなさい。次の章では出します。魔法、出ちゃいます。…アレス達は受ける側ですが。