第四十三話 竜
世間はセンター試験とかいうのが流行っている様ですが、私は知りません。
後で、受けてきた同級生に冷やかしメールはしてみるつもりですが。
西暦二五七〇年/ブリストン暦四五六年 射手の月(九月)十日
フランシナ帝国最南端 アイレセン近郊
森の中を通る道。
あまり整備されているとは言い難いその道を、魔族の軍勢が意気揚々と進攻していたのは五分前の話。
では、今はと言うと、
「ギィィィィィヤァァァァァッッッッッ!!」
「やかましい!」
断末魔の叫びを上げる、象と豚を組み合わせた様な獣型魔族。
その喉笛を、機械鎧を身に纏った男が一刀の元に斬り裂いた。
それを最後に、周囲は静寂に包まれた。
静寂と同時に周囲に広がるのは、死体、死体、死体。
人型や獣型、果ては泥人形の様な無機物型、様々な魔族の死体が周囲には二千体も転がっている。
遥か昔の中国の言葉にある通り、二千体もの死体が山を作り、そこら中に血の川の流れを生み出している。
屍山血河。
それが、アレスの立つ場所の現状だった。
「これで、終わりか」
そう呟きながら、AAを身に纏ったアレスは、手に持った大太刀を軽く払う。
本来は、武士が刀で斬り合った後に刃に付着した血を払う為の所作だが、単分子カッターである大太刀『ムラマサ』には血など付着していない。
この動きは、単に普通の刀で剣術を学んでいた頃のアレスの癖と言えよう。
鞘が無いので、スイッチを切って腰のパイロンに取り付ける。
ちなみに、今アレスが装備しているのは『ジ・アトラス』ではなく、ノーマルの汎用AAだ。
汎用AAではさすがに『スイーパー』や『ミーティア』といった特殊射撃兵装は使用できないが、単分子カッター『ムラマサ』ぐらいなら出力を低めに調整すれば運用できるのだ。
「さて、他の部隊の様子は…?」
ヘルメット内のディスプレイに統合戦略ネットワークの情報を表示させ、戦況を確認する。
掃討がどれだけ進んでいるかを確認し、今後の後始末をどうするかを考える為の行動だった。
しかし、そこに表示されたのは、アレスの予想を大きく裏切る物だった。
『ゴースト1・レックス少佐、掃討完了』
『ゴーストアナザー・ゴースト隊、掃討進攻中。撃破率八十九パーセント』
『ヴァルキリー・AH-80部隊、掃討進攻中。撃破率六十七パーセント』
『ラフネックス・通常陸戦部隊、撤退中。通信途絶』
『インヴィジブル・A-20部隊、掃討完了。帰投中』
「…何?」
ゴースト1こと、自分を含めた五つの項目。その中でたった一つだけ、我が目を疑う表示があった。
「通信途絶………、撤退中!?」
そう呟くやいなや、ネットワークで確認したブロッケン4の方向を向いて走り出すアレス。
AAを身に纏った状態で、『ジ・アトラス』には及ばなくとも、その速度は時速六十キロに届く。
走りながら、同時に通信も行う。
「ラフネックス指揮官、こちらはゴースト1。現状を知らせ」
『………ジ……ザッザ……ジザ……』
「ラフネックス、応答しろ。ラフネックス!………チイッ!」
アレスがどれだけ呼びかけても、骨伝道スピーカーからは雑音しか返ってこない。
舌打ちして通信を打ち切り、アレスはひたすらに走る。
そして、今度は別のセクションに通信を繋ぐ。
「ゴースト1よりCP、聞こえるか?」
『CP、聞こえています。ゴースト1、どうぞ』
「ラフネックスの事だ。連絡が取れない。どういう状況になっているんだ?」
『現在、こちらもラフネックスとの連絡が取れていません。ですが、UAVからの情報によるとラフネックスは全部隊が撤退中です。機動歩兵隊の被害は詳しくは分かりませんが、戦車は既に数両が破壊されているのが確認されています』
「戦車が…!?搭乗員はどうなっている?」
『不明です。ただ、既に破壊して放棄しているようなので、生きているにしろ死んでいるにしろ、できる事はもう無いでしょう』
「そうか…。今から俺が救援に向かう。他の部隊も掃討が完了次第、こちらに救援に来るように指示しろ。ああ、インヴィジブル隊以外でな」
『了解』
通信を切り、アレスは真っ直ぐに前を見据えてひた走る。
やがて、川に突き当たる。幅が十メートル以上はありそうな、決して小さいとは言えないサイズの川だ。
しかし、AAを身に纏ったアレスはたった一度の跳躍で軽々と飛び越えた。
「…間に合えっ!」
「くそっ、引け引けっ!」
ラフネックス中隊の指揮官、コールソン中尉の怒鳴り声が戦場に響き渡る。
だが、その声は銃声や叫び声によって半分以上掻き消されてしまい、インカムが無ければ全隊員の半分にも聞こえたかどうか怪しい。
ともかく、インカムを通してコールソンの命令を聞いた隊員たちが、牽制射撃を中止して撤退を始める。
しかし、大怪我を負った隊員が数名おり、撤退は遅々として進まない。
「くそ、せめて輸送ヘリを要請できれば…」
現在、最寄の拠点(アイレセン子爵邸)には数機のUH-99が待機している。
作戦前には予め、ヘリを要請する許可が最高司令官であるアレスから与えられた。緊急時には、隊員全員は無理だが、負傷者だけでも拠点まで運ぶ事ができるようになっていた。
そう、なっていた。
だが。
今、コールソンは自分の判断で、ヘリを呼ぶ事はできないとしている。
何故なら、
「隊長、また来ました!」
「ちくしょうっ!ライフルじゃ弾の無駄だ!車載のM2Xを叩き込め!」
M2Xは正式名称をXM820と言い、二十三世紀まで世界中の軍隊で使用されていたM2重機関銃を、軽く、反動を小さく、そして弾丸の初速を向上させ、それでいて基本的な規格は変えず容易にM2との更新ができるように開発された、現代軍人たちの頼れる味方だ。
M2よりも更に頼れる事から、ビッグ・ママの愛称で知られるM2と比べて、ビッグ・パパの愛称で呼ばれている。
ハンヴィーの屋根に搭載された頼れるお父さんから、12.7ミリ徹甲弾が秒間二十発の速度で、空に向かって撃ち出される。
弾丸は吸い込まれる様に標的に命中した。
しかし、
「効いていません!!」
「なんだとっ!?」
銃手の報告通り、コールソンが見上げた先には、大きな外傷の見られない標的が悠々と空を舞っていた。
その標的は、まるでコールソンたちを小馬鹿にするかの様に、アクロバットじみた動きで上空を旋回している。
「糞野郎が………っ!叩き落してやる!」
そう呟くとコールソンはハンヴィーのトランクにしまわれていた長大な筒を引っ張り出し、その筒にグリップと小さな箱の様な物を取り付ける。
FGM-150歩兵携行式多目的ミサイル、通称ジャベリン。
M2重機関銃と同じく二十三世紀頃まで使用されていたFGM-148の後継で、五キロ近く軽量化された重量と三千五百メートルまで延長された射程が主な改修点である。
LTAと呼ばれる筒とCLUと呼ばれる箱・グリップが接続されて発射可能となったジャベリンを担ぎ、コールソンは空を仰ぎ見る。
空を舞っていた標的もコールソンの殺気に気付いたのか、からかう様な動きをやめて、真っ直ぐにコールソン目掛けて急降下を始める。
「隊長、危険です!下がってください!」
「うるせえ!あの糞野郎を叩き落さない限り、俺たちは引く事はできないんだよ!」
部下の制止の声に怒鳴り返しながら、コールソンはジャベリンの電子スコープ越しに標的を睨みつける。
標的も、その燃える様な双眸でコールソンを睨む。
ピッ、ピッ、ピッ
電子音を鳴らしながら、制御ユニットが目標を識別して演算を始める。
赤外線による熱量感知を基本的なロック方法として設定しているので、本来は特殊な設定変更を行わなければ生物程度の熱量は狙えないのだが、標的の凶悪な顎からはチロチロと炎が漏れ出している。
コンピューターが目標と認識するには、十分だった。
ピピピピピピピピ
電子音が変化する。だが、まだ発射できない。
目標との距離、二百メートル、百八十メートル、百五十メートル、
「まだか………」
百二十メートル、百メートル、八十メートル、
「………早くしてくれ………!」
標的の口からボボボッ、と炎が漏れ出し、今にもコールソン目掛けて解き放たれようとしている。
五十メートル、四十メートル、三十メートル、
「早くっ!!」
ピーーーッ
「―――――ッ!!」
コールソンの叫びに答えるかの様に電子音が変化し、スコープの中の重なったアイコンとカーソルが、緑から赤に変化した。
「墜ちろっ!!」
吼え、トリガーを引く。
コールソンの咆哮に同調するかの様に、ミサイルがジェット排気音という咆哮を上げながら射出された。
その際の反動を、ジャベリン後部の穴から噴出されたカウンター・マスが相殺してくれる。
放たれたミサイルは一直線に空を駆け抜け、標的へと迫り………、
標的はその巨躯を大きくよじり、かすめる様にそれを避けた。
「っ!?」
声にならない声が、コールソンの喉の奥から絞り出される。
体勢を立て直し、ほんの数メートルの距離にまで接近した標的は、コールソンに向けて大きく口を開いた。
その喉の奥で、紅蓮の炎が膨張する。
「……………畜生」
担いでいたジャベリンを下ろし、唇を噛み締め、コールソンは呟いた。
その炎の威力と攻撃範囲は数分前から何度も見ている。今更、逃げても逃れる事はできない。
戦死も怖いがそれ以上に、部下を死なせてしまう事に、大きな後悔を感じる。
炎に焼かれて死んだ部下たち、自分が死んだ後に同じ様に焼き殺されるであろう部下たち、そして、初めての子供の出産を控えてエデンの病院のベッドで自分の帰りを待っているであろう妻に、心の中で詫びる。
そして、解き放たれた炎が、コールソン目掛けて………
「どおおおっっっせえええぇぇぇいっっっ!!」
咆哮と共に突然飛び出してきた人影が、炎を吐こうとしていた標的の頭に、フライングキックをジャストミートさせた。
その衝撃で標的の頭が思いっきり横にずれ、コールソンを狙っていた炎はあらぬ場所に着弾して消えた。
「………えっ?」
目の前で繰り広げられた少々非現実的な光景に、人生を諦めかけていたコールソンは、間の抜けた声を上げてしまう。
それでも素早く立ち直って、現状を把握する為に、乱入してきた人影に目をやる。
大柄な人物で、身に纏うのは灰色の機械鎧。そしてその鎧のショルダーアーマーの部分にプリントされている『EDEN -01-』の文字。
「れ、レックス少佐!?」
コールソンの目の前に現れて窮地を救ったのは、別の地点で別の敵と交戦中の筈の、最高司令官殿だった。
「ふー、間に合ったか………」
カンフーアクションスターもビックリのジャンピングキックを成功させたアレスは、余韻に浸る間も無く立ち上がり、たった今蹴った標的へと向き直る。
視界の端で、部下のラフネックス中隊長コールソン中尉が何か叫んでいるが、今はそんな事を気にしている場合ではない。
改めてじっくりと見る標的は、まさにテンプレートな敵だ。
棘の生えた長い尻尾。
全身を支えるであろう二本の太い脚に、それと比べると些か貧相だが、代わりに凶悪な鉤爪の生えた二本の前脚。
全身を覆うのは、爬虫類の様な形状の、赤い鱗。
蝙蝠の様に皮膜を備え、限界まで広げれば本体よりも大きいのではないかという程の、巨大な翼。
頭部を支える長い首。
大きく開く顎には、意外に綺麗に並んだ、一本一本がアレスの腕ぐらいありそうな太さの牙。そしてチロチロと喉の奥から漏れ出す炎。
その両眼はルビーの様に赤く燃え、その少し上からは、尖塔の様な角が伸びている。
「『龍』………、いや、こいつは西洋の『竜』、飛竜だな」
まさしく、近代のサブカルチャーだけでなく、遥か昔の英雄伝記にも登場する様な『竜』が。
全長二十メートルはありそうな、巨大なレッドドラゴンが、そこにいた。
ようやく、異世界最上級テンプレ生物登場!
やっぱり異世界に行くのなら、コイツは出さないとね!




