第四十一話 禁呪
今年最後の投稿です。
どうぞー!
西暦二五七〇年/ブリストン暦四五六年 射手の月(九月)十日
フランシナ帝国南端 エデン軍臨時作戦指揮所
艦船のCICの様な雰囲気の、薄暗い部屋。
そこに、アレスたちエデンのメンバーと、少数のフランシナ帝国からの派遣人員が集まっていた。
「リリアナ、このデータを見てくれ」
アレスがそう言うとホログラフィックスクリーンが空中に投影され、映像データをはじめとした様々な情報が表示されていく。
それに目を通すのは、銀髪褐色。そして何故かメイド服を着用した女性、リリアナ・フォリオル。
ちなみに着用しているメイド服は、数百年前に極東のとある町でよく見かけられた『なんちゃってメイド』ではなく、ガチな雰囲気の漂うメイド服だ。
スカートはバリバリなロングスカートだし、胸元だって一ミリも開いていない。
ただ、素体がズバ抜けた美人なので、それはそれで別種の色気があったが。
色々なデータが表示されていたが、リリアナは映像データだけを見ている。
考えたら当たり前だ。
この世界の者にサーモグラフィックだの音波吸収性だの放射線反応だのと言っても、首を傾げられるだけだろう。
リリアナはしばらく映像を見た後、何かを得心したように頷き、アレスたちに向き直る。
「恐らく、『巨人の卵』と呼ばれる物でしょう」
「『巨人の卵』?」
「はい。複数の魔導師が魔力を注ぎ込んで固めて作った結晶に特殊な命令式を付与し、人の形を保って戦闘を行います。魔族が大規模な侵攻の際に時々使う、そこそこポピュラーな魔法兵器です。ただ…」
スラスラと説明していくリリアナだが、そこで言い難そうに顔を歪めて口篭もる。
「ただ?」
「………この『巨人の卵』は一般的な物とは違います。恐らく、禁呪の産物ではないかと………」
禁呪。
初出の単語に、エデンの者達はキョトンとする。
しかし意味を知っているらしいフランシナ帝国の派遣員たちは、一様に驚愕と恐怖、そして嫌悪の念が篭った表情をした。
その訳が分からなかったので、レンディがエデンメンバーを代表して挙手する。
「質問。禁呪って、何だ?」
レンディの質問にリリアナは、言いたくなさそうな表情をしたが、言わなければ話が進まないので、溜め息をついてから重々しく口を開いた。
「………禁呪とは、その名の通り禁止された呪法。今から三百年前に近代魔法技術形態が確立された際、外道過ぎる呪法として葬り去られた物です」
「核兵器みたいな物か」
「かくへいき?」
「何でもない、続けてくれ」
「はい。
………外道とされた理由としては色々と挙げられるのですが、ほぼ全ての禁呪に共通している事柄があります。寧ろ、それこそが禁呪と認定される条件と言っても過言ではありません」
そこでリリアナは言葉を切り、もう一度だけ深呼吸をして、続ける。
「禁呪が禁呪たる理由。それは………、呪法の結果ではなく呪法の発現の為に、術者または他者の命を捧げる必要があるからです。つまりは、生贄が必要なのです」
「………」
リリアナが、言うのもおぞましい事をどうにか言った、という風なのに対してアレスたちはそんなにショックを受けてはいなかった。
地球特有のサブカルチャー(率直に言えば、アニメやラノベなどのオタク文化)によって、そういう設定を聞いた事があるからだろう。
「生贄、か。それは、必要な莫大な魔力を生命エネルギーで補っているとか、そんな感じか?」
「そういう種類の禁呪も当然ありますが、それだけではありません。人の肉体そのものが必要な禁呪もあれば、人の精神を取り込んで制御機能として使用する禁呪もあります。禁呪によって生贄が必要な理由は千差万別ですが、どれであっても結果は同じです。禁呪の生贄とされた命は、決して取り戻せない」
深刻な表情でそう言ったリリアナだが、アレスはそんな彼女の言い方によって関係無い事に気付いた。
「生贄とされた命、っていう事は、もしかしてこの世界には死者を甦らせる魔法があるのか?」
「ええ、遥か古より存在する結構ポピュラーな魔法です。ただ、その魔法も禁呪ですし、甦るといっても肉体が復活するだけなので精神は無く、人形の様な有様となるので使用した者は皆、応えてくれない生きる屍に絶望して自ら命を絶っていったそうです」
「なるほど、それもありがちな話だな…。すまない、話を遮ってしまって。続けてくれ」
「はい。
この巨人ですが、どうやら戦略魔導兵器として禁呪を用いて創られたようで、恐らく数十人という生贄を捧げているでしょう。ご主人様たちが見たと仰っているレベルの魔法障壁を展開したというのなら、百人近いかもしれません。ただ…」
そこでリリアナは言葉を切り、何かを考えるような素振りを見せた。
「ただ、何なんだ?」
「…魔族の王、つまり魔王ですが、今代の魔王は歴代と比べるとかなり人道的な所があり………あくまで歴代の魔王と比べたら、ですが………配下の魔族はもちろん、捕虜とした他種族であっても、このような事を行う人物ではないはずなのですが…」
「つまり、一部の者の暴走かもしれない、と?」
「はい。その可能性は高いと思います」
アレスの問いにリリアナがそう答えると突然、今まで黙っていたフランシナ帝国の派遣人員が我慢しきれなくなった、という風に言葉を発する。
「そんな魔族の話など信じられるか!奴等は常に残虐非道で、我々の敵でしかない!」
「第一、そうであったとしてもそれは魔族の事情であって、我々が侵攻を受けて臣民が犠牲になった事には変わりは無いのだぞ!」
「そうだ!貴様、どうやってこの落とし前を付けるつもりなのだ!?」
次々とリリアナ一人に向かって罵声を投げかける派遣人員たち。
罵倒を受けて、リリアナは目を瞑って顔を伏せる。
その弱気の様子を見て、罵倒はますますヒートアップしていく。
しばらくその様子を見ていたアレスは、溜め息を一つ。
そして、
ドゴンッ
「………っぁ!!」
アレスの拳が腹にジャストミートした一人が吹っ飛ばされ、壁に激突して意識を失った。
「………え?」
ポカンとした表情をしている派遣人員たち。
それに対してアレスは一言。
「そこのゴミを拾って、ここから出て行け」
「………れ、レックス陛下?」
「出て行け。三度は言わん」
アレスの口調は静かだったが、そこには抑えきれない怒気と殺気が込められており、派遣人員たちは従うしかなかった。
気絶した仲間を担いで、そそくさと臨時作戦指揮所を退出していく。
その様子を呆れた様な表情で見送るエデン側の者達と、再び溜め息をつくアレス。
そんなアレスにレンディが近寄って来て、耳元でボソボソしてくる。
「また、為政者らしくない事をしてくれやがって。最近慣れてきたと思っていたんだが?」
「………すまんな、俺はこういう人間だ。外交的に、デメリットになるか?」
「勿論。………と、普通なら言う所だが、今回は大丈夫だろう。国家元首があそこまで激怒する程に無礼な発言を繰り返したとして、逆に脅すネタができた。まあ、エデンの国力があってこその話だが。俺が上手くやっておこう」
「いつもすまんな」
「ガキの頃から慣れっこだよ」
気配りの利く幼馴染に礼を言ってから、アレスはリリアナに向き直る。
案の定と言うか、彼女はまだ涙が光る顔にポカンとした表情を浮かべて、変な物でも見るかの様な目でアレスを見つめていた。
そんなリリアナを見た瞬間、アレスは何故か気恥ずかしい気持ちに襲われ、彼女の顔を直視しない様にしながら後頭部をポリポリと掻く。
「………まあ、その、なんだ?」
リリアナを慰めようとするアレスだが、生来こういう事には向かない思考形態をしているので、言葉を手探りで選んでいかなければいかない。
はたから見れば、あまり上手くやっている様には見えないだろう。
しかし、
「あういう事を言うヤツらは、えーっと、そう、無視するというか何と言うかなうおうっ!?」
突然素っ頓狂な声を上げるアレス。
理由は簡単。リリアナが突然、アレスの胸に飛び込んできたからだ。
「………えーっと、リリアナさん?」
暫くフリーズしてから、ようやく声を発する事ができたアレス。
しかし銀髪メイドさんはそれに答えず、アレスの胸に顔をうずめたまま、背中に手を回して力一杯抱き付いてくる。
「………」
「………」
アレスはレンディを見て、レンディはただ肩をすくめる。
更に数秒間のシンキングタイムの後、アレスは先程とは別種の溜め息をついてから、幼子をあやす様にリリアナの背中をポンポンと叩いた。
一分ほど続け、ようやくリリアナがアレスから離れる。
その顔は羞恥に染まっていた。
「…あの、突然申し訳御座いませんでした…」
蚊の鳴く様な小さな声でリリアナが謝った。
それに対してアレスも、曖昧な表情をして手をヒラヒラと振って答える。
「気にしなくてもいいよ。俺でよければ、また胸ぐらい貸すから」
「…はい、ありがとうございます」
アレスの言葉にリリアナは、なにやらまた泣きそうな表情になりながら礼を言うのだった。
泣きそうな表情と言っても、先程とは違って嬉し泣きしそうな感じで、二人の間になにやら良い感じの空気が生まれる。
と、
「えー、イチャコラならよそでやってくれないか?ここは作戦指揮所なんだが?」
ジト目の主席参謀閣下(二十歳・彼女ナシ)。
「イチャコラって何だよ、イチャコラって」
「すっ、すいません!」
二人が何やら食い違う返事をした所で良い感じの空気は消失し、人数を減らしながらも会議が再開される。
「結局、今回の作戦では大きな被害を出さずに魔族の戦略兵器を撃破できた。それでも魔族の通常戦力は一万以上が残っている。自走砲での砲撃を行おうにも、魔族は数十箇所に分かれて駐屯しているので砲弾が足りなくなってしまう。AH-80では効率が悪いし、A-20は燃料の問題が解決できていないから呼べない。さて、どうしよう?」
言葉を切り、意味ありげな視線をアレスに向けるレンディ。
「…そんな期待する様な目でこっちを見るな。一万の相手なんかやらんぞ」
「またまた~。十万を倒した男が何を言ってるんですか~」
「状況が違う。魔法を使う連中は規格外だ」
「あ、そうなんですか…?」
戦闘に関しては有無を言わさぬ口調のアレスに、レンディも思わず敬語になる。
「しかし、可能・不可能は置いといても魔族は撃退する必要がある。そういう条約なんだから」
「それは俺も分かっている。ただ、戦略状況を鑑みた現状ではこちらが少々不利だ」
「…お前がAAを装備しても、か?」
「正直、部分的な戦術単位の戦闘では確実な勝利が収められるだろうが、隙を突かれればこちらの戦力に大きな被害が出る可能性がある。よって俺はあまり突出する事はできない。それに、…お前だって分かっているだろう?『ジ・アトラス』の事は」
「まあな…。あとどれぐらいだったっけ?」
「約三十時間ってところだ」
声を潜めて言葉を交わすアレスとレンディ。
彼等が今話している事は、それだけエデン防衛において重要な事柄なのだ。
いや、エデンの最大の弱点と言えるかもしれない。
「あの…、ご主人様?それは何の話でしょうか?」
聞かされていないリリアナが尋ねる。
だがこの話は現在、エデンのSS級機密情報扱いとなっており、知っている者はアレスとレンディ、そして僅か二名の関係者のみである。
最高統括官であるアレスが信用できると判断した者とはいえ、簡単に教える事はできない。
アレスがゆっくりと首を横に振りながら、リリアナを見る。
「すまない。この話はたとえ親しい者であっても、教える事は…」
できない、と言おうとした、その時。
「閣下!これを!」
作戦指揮所にいた情報管制官の一人が、悲鳴にも近い声でアレスを呼ぶ。
その声の切迫した響きに、アレスは一瞬で思考を切り換えながらその情報管制官のもとへ駆け寄る。
「どうした、何があった!?」
「これをご覧下さい!」
情報管制官が指したのは、彼が向かっていたホログラフィックスクリーン。
そこには航空写真とレーダー反応を組み合わせた敵の情勢図が表示されている。
そして今、その情勢図には大きな変化が起こり始めていた。
「魔族が侵攻を始めた、か…」
フランシナ帝国内地に向けて動き始めた、敵を表す赤いドット。
エデン軍が布陣してから約四十八時間、魔族が初めて見せた大規模な行動だ。
そして無数の赤いドットの動きを見ていたアレスは、思わず舌打ちをしてしまう。
「ちっ…。考えられる限りの最悪な動きだ」
動き始めた魔族は一万と、ほぼ全軍。
しかし、その一万が一丸となって攻めてきたのではない。
「一、二、三…、五方向からの分散攻撃か。考えやがって…」
魔族は一万の軍勢を五つに分け、それぞれ全く違うルートを通って接近し始めたのだ。
「敵軍との会敵まではどのくらいだ?」
「思いのほか、魔族の動きが速いです…。およそ一時間程度かと」
「時間が無いな…」
そう呟いたアレスは、突然何かを指折り数え始める。
「五つか。俺、ゴースト隊、通常戦力、AH-80、A-20…」
「…アレス?」
レンディが声をかけ、ようやくアレスは奇行をやめながら向き直る。
「レンディ、残念だが腹を括る必要がありそうだぞ」
「どういう事だ?」
レンディの質問には答えず、アレスは作戦指揮所の全員に聞こえるように命令を下した。
「ゴースト隊、及び機動歩兵隊を召集しろ。直ちに作戦前ブリーフィングを行う。AH-80のパイロットもだ。そして、エデンの総司令部に通達しろ。A-20の発進命令を出す。対地重爆撃C装備で一時間以内にアイレセン上空に到着できるようにしろ」
そこで一旦言葉を切ってから、アレスは宣言する。
「魔族どもを、叩き潰すぞ」
今年一年、見てくださってありがとうございました。
それでは皆様、良いお年を!




