第四十話 帰投
厳しい戦闘は、これにて一段落。
西暦二五七〇年/ブリストン暦四五六年 射手の月(九月)九日
フランシナ帝国南端 アイレセン
「隊長、聞こえますか!?」
「しっかりしてください、隊長!」
暗い林の中、意識を失って横たわったアレスに、ライルとボビーが心臓マッサージをしながら必死に呼びかけを続けている。
数分前、巨人をC5爆薬で爆破した際にその爆発に巻き込まれてしまったアレスは、戻って来たライルとボビーにより心肺停止状態で地面に横たわっているのを見つけられ、応急処置を受けていた。
タクティカルベストの前を開き、インナーをナイフで切り開いて胸部を露出させて、強心剤を直接注射して心臓マッサージ。
その甲斐あってか、数回目に強く圧迫した瞬間、アレスの口からゴフリ、と息が漏れた。
「隊長!?」
「うっ…ぐふは…」
「隊長、大丈夫ですか!」
「う………ああ、生きてるよ」
部下二人に心配されながら、尋常ではないダメージを受けたはずのアレスは、すぐに上体を起こす。
しかし、流石に痛みがあるのか、起き上がってすぐに顔をしかめた。
爆発のショック症状による心肺停止だけでなく、広い範囲に渡る火傷も負っていたのだ。
命に関わるほどではないが、治療が必要な事には変わりは無い。
「大丈夫なんですか?」
「っつう………、ああ、大丈夫だよ。それより、あの巨人は?」
「あの通りですよ」
ライルが指差した方を見ると、変な物が視界に入った。
一言で言うなら、黒いヘドロの山。
よく見れば周囲の木々や地面にもその黒いヘドロが飛び散っている。
山の中心部に、見覚えのある金属製の骨格のような物が半分埋まっていたので、それが黒い巨人の成れの果てだという事が分かった。
「撃破できたか…」
「ええ、よくあるマンガや小説みたいに再生する事もなさそうです」
安堵の溜め息をつきながら、アレスは立ち上がる。
痛みもかなり無くなってきた。
立ち上がって自分の姿を見下ろし、インナーが切り開かれて露出している自らの胸部の奇妙な物に気付いた。
「…何だこれ?」
アレスの胸に、巨大なタトゥーみたいな物が刻まれていたのだ。
鍛え上げられた胸板の真ん中に、直径五センチほどの丸を中心に刻まれた、黒く禍々しい紋章。
当然だが、アレスにそんな物を刻んだ記憶は無い。
正解が返ってくる訳は無いと分かっていたが、それでもアレスはライルとボビーに尋ねる。
「なあ、何だこれ?」
「え?最初からありましたけど…。隊長がプライベートで刻んだ刺青ではないんですか?」
「そんな訳ないだろう」
「そう言われましても、我々は普段から隊長の裸を見ている訳でもありませんし…。そうだ、ゴースト4なら」
『ちょっと、ゴースト2、3!そこをどきなさい!あんたたちが邪魔で隊長が見えないでしょう!隊長の、隊長の上半身ヌードがあああああぁぁぁぁぁっっっ!!!』
「…何も知らないみたいですね」
「知ってたら恐いよ。まあ、今は刺青の事はどうでもいい。それよりも、ゴースト4。周囲の敵の状況はどうなっている?」
『隊長の玉肌ぁぁぁぁぁ!!………あ、周辺の状況ですか?えーっと………そこから一キロほど離れた地点に集結していた魔族の軍勢に動きがありました。巨人が撃破された事を確認して、通常戦力で隊長たちを襲撃するつもりではないでしょうか』
「お、おう、そうか」
なまじ切り替えが早いせいで余計に気持ち悪いメルピアに対し、若干ヒいてしまったアレスは正常と言えるだろう。
とりあえず部下の気持ち悪さは置いといて、作戦を完遂するための手段を考える。
とはいえ、あまり考える必要も無い。
アレスは命に関わる重傷ではないものの、そこそこの大怪我を負った。
先程まであんなド派手に暴れまわってしまったので、今更隠密行動を続ける必要も無い。
少し黙考し、アレスはメルピアに指示を出す。
「ゴースト4、HQとの通信回線を開いてくれ」
『了解しました』
メルピアが沈黙して数秒後、
『こちらHQ。ゴースト1、次のオーダーは?』
「迎えのタクシーが欲しい。UH-99を送ってくれ」
『ゴースト1、今作戦は隠密性を重視した作戦で、高高度を飛行するU-5ならまだしも、特に不可視ステルス処理を施した訳でもないUH-99では…』
「既に作戦の隠密性は失われている。作戦目標も達成しているから、今更問題ではない」
『しかし…』
「HQ、これは要請ではない。命令だ」
『………了解しました。ポイントFにて十五分後にピックアップします』
「ありがとう」
HQとの通信を切り、アレスは立ち上がる。
ポイントFとは緊急時に備えて予め設定されたポイントで、ここから三キロ離れた地点だ。
負傷している身では、多少急ぐ必要がある。
「ポイントFに移動する。そこでヘリが拾ってくれる事になった。ゴースト4はこういう事態のプラン通り、その場で待機だ。帰りがけにピックアップする」
「了解」
「了解」
『了解。忘れないでくださいね?』
三人の返答を聞き、アレスたちは動き始めた。
結論から言うと、特に問題無くヘリに乗る事ができた。
ちょっとギリギリだったが、遅れずにポイントFに到着してUH-99ヘリに搭乗。
その後は忘れずに狙撃ポイントにいたメルピアを回収して、ヘリは帰路につく。
途中、巨鳥型の魔族と遭遇したりもしたが、ヘリのドアガンで簡単に撃墜できた。被害は無い。
アレスたちを乗せたUH-99ヘリは、問題無くアイレセン子爵邸の近くの広い空き地に着陸した。
この空き地はエデン軍の戦力展開の為に、皇帝命令によってアイレセン子爵から無償で貸し出されている。
空き地には複数のUH-99ヘリの他、AH-80戦闘へりや、支援砲撃をしてくれたM210自走榴弾砲が駐機されていた。
戦闘後の整備の為か、整備士たちが車両に取り付いたり駆け回ったりしている。
ちょうど大型の輸送トラックが、装甲車や高機動車に護衛されながら到着した。恐らく補充の弾薬などを、エデンから運んできたのだろう。
そんな様子をボンヤリと眺めていたアレスだが、不意に視線を感じ、次いで背筋に悪寒がはしる。
大変遺憾な事に、ここ最近で感じ慣れた視線と悪寒だ。
誰から発されたのかは、見なくても分かった。
「アレス、お帰りなさい」
背後から聞こえてきた、鈴を転がすような軽やかな声音。
しかしその内側にはネットリと絡み付くような感情が込められている。
アレスが最も恐れ、アレスが最も畏怖し、そして悲しいかな、アレスが最も、自分の母親よりも長く深く付き合いのある女性の声だ。
「…ただいま帰りました、フローレンス様」
振り向いたアレスの前に立っていたのはやはりと言うか、彼の秘書にして幼馴染、そして自称・妻でもある
傾国の美女、マナ・フローレンスだった。
思わず敬語になってしまったのは、アレスの心にやましい所があるからだ。
実は今回の偵察作戦、彼女には伝えていなかった。
マナはアレスの最高統括官としての秘書であり、アレスが防衛軍最高司令官として決定を下した偵察作戦に関しては伝えておく必要など無い。
寧ろ、非戦闘員である彼女に軍事作戦の内容を伝える方が、軍規違反とまでは言わないがナンセンスである。
だが、アレスとマナの関係にはそんな常識など通用しない。
正確には、マナが常識など受け入れない。
ガッ!、っと。
マナがアレスの胸倉を掴む。
アレスも大概、細身な体型に見合わない剛力の持ち主だが、マナはその比ではない。
人外級の身体能力のアレスが、全く抵抗できないのだ。
トラウマなどの精神的な要因も、少なからずあるが。
身動きを封じて逃亡を阻止した上で、マナは天使のような悪魔の微笑みを浮かべながら、アレスの耳元に唇を近付けて囁く。
「………まだ、理解していない事が色々とあるみたいね」
「………あの、マナさん。俺、怪我人。火傷。痛い」
「だから?」
アレスの目を真っ直ぐに見ての質問。
アレスもマナの目を真っ直ぐに見る形になり、その瞳の奥に宿る、消えることの無い狂気の炎を確認した。
「………なんでもないです」
「そう、よかったわ。それじゃあ、今からちょうきょ、じゃなくて教育を…」
ズドンッ!
「隊長から離れろぉぉぉぉぉ!!」
轟音と共にアレスとマナの間に弾丸が割り込み、マナはアレスの胸倉を離してしまう。
そして二人の間に開いた空間に、スナイパーライフルを構えた小柄で赤毛の少女が飛び込んできた。
メルピアだ。
「チッ、泥棒猫が…」
「この鬼女!隊長は怪我してるって言ってんだろうが!体に障るから、テメエは隊長の半径百メートル以内に近付くんじゃねえ!」
「はっ、言っている意味が分からないわ。それよりも、あなたがアレスの半径一キロ以内に近付かないで。馬鹿がうつるわ。というか、私とアレスの間に入らないで!」
「このクソアマぁ…」
「メスネコが…」
「あのー、マナはいいとして、メルピア?君、そんな口調のキャラだっけ?」
「地獄に堕ちろっ!」
「冥土に送ってやるっ!」
アレスの声も虚しく、始まる強烈なキャットファイト。
いや、これは最早キャットファイトなどという生易しいものではない。食料を巡って繰り広げられる、女という種族の生存競争だ。
食料認定された男は、既に諦めた様な表情になっているが。
「はっ、近接戦闘で取り回しの悪いスナイパーライフルだなんて、流石は後先考えない馬鹿メスネコね!」
「その軽口は、これを見てから言え!」
そう言うとメルピアは、スナイパーライフルの先端に銃剣を取り付けてマナに飛び掛る。
マナはどこから取り出したのか分からないククリ刀でそれを弾き、逆に斬りつけようとする。
しかし、
「甘いっ!」
「っ!?」
ライフルの中央付近に取り付けられていたグリップの様な物をメルピアが握り、ライフルを素早く回転させてストックの部分でククリの刃を止めた。
よく見れば、強化プラスチック製のストックが金属フレームで補強された物に取り替えられている。
そのままククリ刀を弾かれてマナは飛び退り、メルピアは一メートル以上あるスナイパーライフルをクルクルと器用に回して威嚇する。
「…少しはできるようね」
「このまま叩き潰してやるよ」
共に邪悪な笑みを交わして、二人の女は互いに飛び掛る。
そこからは、もう無茶苦茶だった。
たった一つだけ救いだったのは、両名ともズボンだったのでパンチラ大放出などが無かった点か。
「…隊長、取り敢えずこっちで火傷の治療をしませんか?」
「…そうだね」
ライルに連れられて、アレスは二人の女に背を向けてその場を去るのだった。
危ない方々が久々登場。
この小説はヒロインの出番が異様に少ないと御指摘を受けました(笑)。




