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エデンの王  作者: Palerider
帝国防衛編
42/58

第三十九話 仕込みは上々

 西暦二五七〇年/ブリストン暦四五六年 射手(サジタリウス)の月(九月)九日

 フランシナ帝国南端 アイレセン



「こっちだ!こっちに来い!」


 林の中、アレスは発煙筒を振り回しながら走っていた。

 その後ろをズシン、ズシン、と追いかけるのは、体長二十メートルを越える黒い巨人。

 鼻も口も無いノッペリとした顔にたった一つだけ輝く赤い一つ目は、真っ直ぐにアレスを見据えている。


 全力疾走のアレスと比べて巨人はかなりのんびりとした歩調で追跡してきているが、なにせ歩幅が人間とは比べ物にならないくらい広いので、アレスとの距離は寧ろ狭まってきている。


『隊長、進行方向を変えてください!そこでは援護射撃ができません!』


「無理だ。向きを変えたら、ゴースト2と3と近くなってしまう。離れた意味が無い」


 メルピアの要請に素気無く答え、アレスは方向を変えずに走り続ける。

 しかし、答えた後でアレスは唇を噛み締める。


「(とは言ったものの、ジリ貧なのは事実。まだ大丈夫だが、俺のスタミナだって無限ではないのだし………)」


 そう考えた、その瞬間、


「―――――っ!?」


 背後から急激に迫った圧迫感に、アレスは反射的に横っ飛びの回避行動を取る。

 その直後に、後方から飛んできた巨大な岩石が、アレスがいた空間を抉った。

 慌てて後方を見ると、巨人がまるでサッカーのシュートの様な体勢で固まっていた。

 それが意味する事は、単純明快だ。


「岩、蹴飛ばしてきやがった…!」


 今まで遠距離攻撃手段を持たなかった巨人が、それを得た瞬間だった。


 ゲームのボス戦よろしく、攻撃を繰り出した後は硬直時間が生じる仕様なのか、巨人がシュートの体勢から再び走り出すのは異様に遅い。

 その隙にアレスは飛び起きて、全速力で距離を取る。


 しかし、三十メートルも行かない内に、再び背後から圧迫感が迫った。

 何が来ているのかは明白で、振り向く必要も無い。


「―――――!!」


 出し惜しみはしない。全力で、右に跳ぶ。

 しかし、


 ミシリ、


「―――――くっ」


 衝撃と共に嫌な音がして、左手に激痛が走った。

 アレスは僅かに顔をしかめただけで、異常なまでの忍耐力で痛みを押さえ込みながら地面に転がって受身を取ろうとする。

 しかし、左手に受けた衝撃で後方への運動ベクトルも加わったのか、横っ飛びをした筈のアレスは樹木に背中を叩き付けられてしまった。


「ガフッ………!!」


 流石に二連続の大ダメージには耐え切れなかったのか、背中を叩き付けられた瞬間にアレスの口から息が漏れた。


 それでも、流石の耐久力ですぐに起き上がり、巨人が隙を見せている間に少しでも距離を取るべく走り出す。


 走りながら、自分の左手の様子を見る。

 少し揺らすと、情けなくプランプランと揺れ動くようになっていた。


「………折れたか」


 この場では分からないが、アレスの左手首は粉砕骨折していた。しかし、アレス本人は何でもない事の様にボソリと呟くだけで終わらせる。

 既に折れてしまった手首よりも、背後の敵をどうするかが先決だからだ。


「(どうする、考えろ。隠れて逃げる事はできない。かといって戦おうにも、銃は全く効かない。支援砲撃さえ効果は無かった。あの魔法障壁が全て防いでしまう。どうする?………ん?魔法?)」


 そこでアレスは、自分もリリアナから一つだけ魔法を習っていて、行使できる事を思い出した。

 早速、使用する事にする。


「ファイアーボール!」


 走りながら後方を振り向き、巨人に右手を向けて魔法名を叫ぶ。

 直後、彼の手の平から白銀の炎が生じ、バレーボールサイズの火球となり、巨人へと放たれた。


 使用した事は一度しか無いが、その時は五百ポンド爆弾もビックリな爆発を見せた。あの時の威力が再現できれば、もしかしたら………、


 ポシュン


「………あれ?」


 巨人に迫った火球は、その体にぶつかる直前に、水につかった線香花火の様な音を立てて消えてしまった。

 白い魔法障壁が出現する事さえなかった。


「………………、はっ!?」


 確実に倒せるとは思っていなかったが、効果ゼロというのは予想外だったので、しばらくポカンと立ち尽くしてしまった。

 数秒で我に返り、巨人に追いつかれないように再び走り出す。

 その走りは、先程までと比べて、心なしか必死に見える。

 もう、巨人をどうにかする為の手段を使い果たしてしまったからだ。


 走りながら、アレスは必死に考える。


「(どうする、どうする。魔法は全く効果無し。今度こそ、完全に手札は尽きた。もうヤツを倒す手段は無い!)」


 ひたすら打開策を練ろうとするが、頭の中は堂々巡りで全く良い考えが浮かばない

 どれだけ考えても、たった一つの事しか浮かばないのだ。


「(AAがあれば………)」


 たられば話は戦場では命取り。候補生時代に教官からさんざん教え込まれた事だが、アレスはこの状況下で思わずそう考えてしまい、そんな自分を嫌悪するはめになった。


「(だが、本当にどうする?『ジ・アトラス』の突破力があっても、あの障壁を貫ける確率は未知数。だが、AA以外にあの強固な障壁を貫いて、防御形態に移行される前にヤツを倒す手段は………。あの固過ぎる障壁を………)」


 考えながら、追いかけてくる巨人をチラリと振り返る。

 別に、何らかの打開策を見出す為に振り返ったのではない。ただ、巨人との距離を把握する為に振り返っただけだ。


 だが、そこでアレスは見付けた。

 打開策を。


「あれは…?」


 見付けたのは、巨人の胸部。真っ黒な体表の巨人のに突き刺さった、白い小さな針の様な物体。アレスの視力でなければ見逃してしまいそうなぐらい小さく、長さは恐らく数センチ程度。

 それを認めた瞬間、アレスはその正体を思い出した。


「ゴースト4!ヤツの顔を撃て!」


『えっ!?』


「一瞬でいい、ヤツの注意を逸らしてくれ!」


『りょ、了解!』


 メルピアの返事から数秒後、


 ヒュガッ、ヒュガッ、ヒュガッ

 …タァーーーン、…タァーーーン、…タァーーーン


 着弾音、巨人の顔前に出現する白い障壁、そして遅れてやってくる銃声。

 狙撃銃による、メルピアの援護射撃だ。


 相変わらず巨人にダメージを与える事はできないが、怯んだ巨人はその場で立ち止まる。

 しかし、自分に対して脅威ではないと学習してきているのか、先程までよりも怯み難い。


 だが、確実に一瞬だけ足が止まった。

 その隙に、アレスは走り出す。


 巨人の方へと(・・・・・・)


『隊長!?』


 遠隔地から見ているメルピアが悲鳴の様な声を上げるが、アレスは構わず走り、巨人の足下へ辿り着いた。


「近くで見ると、ますますデカいな…」


 樹齢数百年の巨木並に太い足。奇妙にツルツルとしているが、所々に凸凹があるので、樹木のレプリカの様に見える。

 幼少の頃に登った自宅の庭の木を思い出しながら、アレスは息を整える。

 時間にして、ほんの数瞬にも満たない。だが、その間にアレスは完全にコンディションを整え、行動を起こした。


 アレスの様子を見たメルピアが、通信機越しに悲鳴にも似た声を上げた。


『隊長!?何をやっているんですかっ!?』


「見て分からないか?ツリークライミングだよ!」


『それ、木じゃありません!』


 メルピアの叫びに答えながらも、アレスは手と足を動かす。


 ツリークライミング。即ち、木登り。

 アレスは、巨人の足をよじ登り始めたのだ。


 いくら巨人が巨大であるとはいえ、精々二十メートル程度。

 二十メートルの巨人に一・八メートルの人間が張り付くという事は、縮尺的には、人間の足にタランチュラが張り付くのと同じ様な事だ。

 巨人が気付かない訳が無い。


 ぶんっ、ぶんっ、ぶんっ


「うおあああああああああああっっ!!??」


『隊長ーっ!』


 足に張り付いた虫を引っぺがそうと、巨人が足を振り回す。

 アレスは必死でしがみ付き続け、メルピアがまた悲鳴の様な声を上げる。


『隊長、援護します!』


 メルピアがそう宣言すると同時に例の独特な音が響き、巨人の顔前に白い障壁が出現し、巨人の動きが僅かに止まった。

 その隙にアレスは全力で上を目指してクライミングを再開する。

 しかし巨人の表面は、凸凹はあるが材質が固くて滑りやすく、なかなか登ることができない。

 というか、アレスでなければとっくに振り落とされている。


 しかも、また巨人の振り落とし運動が再開してしまい、アレスはしがみ付くことに専念しなくてはならなくなった。


『くっ、動きが激しくて頭部が狙えない!』


 通信機越しだが、メルピアが歯噛みしている光景が浮かぶ。

 実際、銃撃は顔前で障壁に阻まれる様にしなくては怯みを引き出せず、激しい動きを始めてしまった巨人に、遠方にいるメルピアが狙撃でヘッドショットを決める事は難しくなった。

 いかにメルピアの狙撃が正確とはいえ、距離という物理的な事情により、弾丸が届くには一秒以上かかる。巨人は不規則な動きを繰り返しており、狙った所に着弾させるのは不可能に近い。

 当たるとしても、マグレ頼りになるだろう。


 邪魔する者のいない巨人は更に激しくロデオし、いよいよアレスは振り落とされそうになった。


「やばい、落ちる…!」


 そう呻いた瞬間、ズルリ、という感触と共に指が滑った。


「(あ、やばっ…!)」


 指先から伝わった感触に、落下を覚悟するアレス。


 と、その時。



 ズガガガガガガガガガガッッパパパパパパパパパパッッ


 銃声と共に巨人の顔前に白い障壁が出現し、巨人の動きが止まった。


「えっ?」


 アレスは、動きが止まった隙に巨人の足にしっかりと摑まり直し、銃声が聞こえた方向、巨人の前方に顔を向ける。

 すると、そこには、


「隊長、大丈夫ですかっ!?」


「援護します!」


 置いてきた二人の部下、ライルとボビーの二人が武器を構え、アレスの為の援護射撃を行っていた。


「お前等…」


「隊長、色々と言いたい事はありますが、後でいいですから!」


「今は、そいつを何とかしてください!もうあまり弾薬が残っていないんです!」


「わ、分かった!」


 部下二人の言葉に背中を押され、アレスは巨人の体を這い登る。

 目指すは巨人の胸部。

 金属のような材質の肋骨が剥き出しになっている、不気味な部位。


 アレスは、そんな胸部のある一点を目指してクライミングする。


 登っている最中、ライルとボビー、そしてメルピアが援護射撃をしてくれているとはいえ、巨人は動く。

 二十メートルもの巨体が動くのだから凄まじい慣性力が生まれ、常人なら簡単に吹っ飛ばされてしまうだろう。

 しかしそこは、常人離れしていると昔から言われ続けているアレス。

 軽々とは言わないが、確実に登り続ける。


 そしてついに、巨人の胸部へと辿り着いた。

 胸部の中心付近。そこをまさぐって、アレスは目当ての物を探す。


「あった!」


 アレスが発見したのは、巨人の胸部に突き刺さった、タバコ程度のサイズの金属製の円筒。

 軍用爆薬の、時限式信管だ。



 巨人がまだクリスタルの形状だった時に取り付けたC5爆薬。

 少なくともアレスの目には、五キロもの爆薬が巨人の体内に取り込まれていった様に見えていた。


 強力な白い魔法障壁を破る為に、アレスが考え付いた手段。

 それは、内側から爆破する(・・・・・・・・)というものだった。


 当然、C5爆薬の威力は恐ろしいものなので、もっと安全な状況下で起爆セットするのが最も良いのだが、今はそんな事を言っている場合ではない。


 アレスは躊躇無く信管を掴み、適当に手の中でイジる。

 果たして、カチッという音と共にLEDライトが灯り、信管が作動した。


「よしっ!」


 そう言ってガッツポーズした後、信管の小さなデジタル表示を見る。適当にイジったので、爆発までの時間が分からないのだ。


「…………………………」


 そこに表示されていたのは、『0015』。

 つまり、爆発までの時間は、十五秒。


「…………………………、逃げろおおおおお!!」


 珍しいアレスの悲鳴じみた命令に、ライルとボビーは援護射撃を一瞬でやめて巨人に背を向け、脱兎の如く駆け出した。


 アレスも逃げようとする。だが、


「………降りられねえ…!」


 まるで木に登った猫の様に、降りられなくなった自分に、アレスは気付いた。

 とはいっても、アレスのせいではない。

 ライルとボビーの援護射撃が無くなったせいで巨人が暴れ出してしまったからだ。


 張り付いているのに精一杯で、降りていく事ができない。

 かといって飛び降りようとしても、巨人の大暴れでかかっている慣性力のせいで、今飛び降りようとすれば、地面か樹木に高速で激突して大怪我を負うだろう。


「やばいだろ、これ…!」


 爆発まで十秒。


「くそったれ!この際、怪我ぐらい負ってやる!」


 死ぬよりはマシと、そう覚悟を決めて飛び降りようとした、その時。


 巨人の胸部が変形し、触手のような物が伸びてきて、アレスの足首に巻き付いた。


「こんな時にっ…!」


 素早くナイフを抜いて切断しようとするが、触手はかなり強靭で中々切れない。


 爆発まで五秒。


「き、れ、ろぉぉぉ!!」


 あらん限りの力を込めて、ナイフを動かす。

 そして、


 ブツンッ


「よしっ!」


 触手がちぎれ、アレスは自由になった。

 急いで飛び降りようとした、その瞬間。


 ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォンン!!!



 爆音と共に巨人の胸部から膨れ上がった紅蓮の炎が、アレスの体を包み込んだ。



都合により、毎週更新が難しくなりそうです。

読んで下さっている方々、申し訳ありません。

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