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エデンの王  作者: Palerider
擁立編
4/58

第三話 演習


 西暦二五七〇年/ブリストン暦四五六年 天秤(リブラ)の月(七月)一八日

 エデン軍事区画第二野戦演習場



 所々黒土が剥き出しになった、起伏の多い草原。

 それが、エデン軍事区画第二野戦演習場を表す言葉だ。

 草は背の低い所でも五〇センチ、高い所では一五〇センチはあり、少しかがめば人間が簡単に隠れる事ができるほどだ。


 そんな草むらの中に、彼等は潜んでいた。




「ゴーストリーダーより各員、状況報告」

 

 AAを装備した男、アレス・レックスが、草むらの中でうつ伏せになっている。

 右手にはアサルトライフル、左手にはマグナムタイプのハンドガンを持った状態で、アレスは別行動中の部下達へ声をかけた。

 数秒の間を置き、部下達が応答してくる。


『ゴースト2、移動中。三秒程度遅れる』


『ゴースト3、移動中。予定通り到着する』


『ゴースト4、配置に着きました』


「了解、作戦は予定通り実行。行動を開始する。ゴースト4、援護を頼む」


『4、了解』

 

 ゴースト4、メルピアの返答を確認し、アレスは視線を正面に向ける。前方四〇メートル、草むらの外の少し落ち込んだ場所に、仮想敵(アグレッサー)の一団がいた。

 エデン防衛軍の第六世代MBT(主力戦車)が一台、車両上部に機関砲を取り付けた高機動装甲車が二台、そして兵士が二〇人前後。鋭い目で周囲を見回しているが、草むらに伏せているアレスには気付かない。


「撃て」

 

 アレスがボソリと囁く。次の瞬間、遠方から飛来した弾丸が戦車に命中し、ベシャリとペイント(・・・・)をぶちまけた。間髪入れずにペシャ、ペシャ、と五発が飛来、一発目とほとんど同じ所に被弾し、それと同時に、AAのヘルメット視覚モニターに表示されていた戦車のステータス上に“撃破”の文字が現れる。

 直後、アレスは動き出していた。

 うつ伏せから、少し崩れたクラウチングスタートの体勢に移行し、そして一気に走り出す。

 兵士達の視線は被弾した戦車に向けられており、アレスが動いた事に気付いた者はいない。

 AAの性能によって瞬時に距離を詰めたアレスは、無防備なターゲット達にアサルトライフルを向け、躊躇無くトリガーを引く。放たれた弾丸は寸分の狂いも無く兵士達に命中し、赤い花を咲かせた。

 吹っ飛ぶ兵士達。その身体を飛び散る赤い液体は血…ではなくペイントだ。当然、非殺傷性の品である。

 では、何故被弾した兵士達が吹っ飛んだのか。

 単純に衝撃で飛ばされたのだ。

 アレスの扱う、二〇ミリ口径の機関砲を改造したアサルトライフル。生身の人間では発砲はおろか持ち運ぶ事すら困難な重火力兵器である。

 AAの性能に助けられたアレスは、そんなトンデモ兵器を片手で振り回し、反動を押さえ込み、一瞬で二〇人の兵士を全滅させた。


「こなくそっ!」

 

 高機動装甲車の上部ハッチから顔を出した兵士が、悪態をつきながら機関砲をアレスに向ける。

 しかし次の瞬間、再び飛来したペイント弾が兵士に直撃し、間髪いれずにもう一発が装甲車のエンジン部に命中する。瞬時に“死亡”と“撃破”判定が下された。

 もう一台の装甲車がうなりを上げて走り出す。走行状態で機関砲を撃つつもりなのか、上部ハッチから兵士が這い出ようとしている。機動中は自分の攻撃の命中率は下がるが、敵の攻撃の命中率は更に下がる。その為、彼等のこの行動は至極当然、正しい選択と言える。


 相手が普通の敵ならば、だが。


 AAにはそれほど高度な電子戦機器、例えば戦略AIや戦域監視把握システム等は搭載されていない。では何ならあるのかと言うと、通信・データリンク機能、簡易戦術AI、そして照準補助機能である。

 標的を注視する事で出現するカーソルを、一回まばたきしてロック。使用する兵装、今回はハンドガンを向ける。兵装登録は済ませているので、自動的にガン・レティクルが表示される。

 後は、カーソルとガン・レティクルが重なった瞬間にトリガーを引けば良い。

 ハンドガンから発射されたペイント弾は正確に装甲車に命中する。

 本来、このハンドガンに装填されているのは徹甲榴弾、それも正規の弾の二倍近い炸薬が仕込まれた合法ギリギリ品なので、その一撃で装甲車と兵士に“撃破”“死亡”判定が下った。

 初撃から殲滅まで僅か一〇秒。何も出来ずに死亡(生きているが)した兵士達は、地面に倒れて死んだフリをしながら「クソ~」とか「情けねー」とか呻いている。

 彼等はここでリタイアとなり、状況終了まで死んだフリをしなければならない。

 そんな彼等を尻目に、まだ生きているアレスは次の行動に移る。


「ゴーストリーダーよりゴースト4、ゴースト2、3の援護に向かう。こっちに来た兵力が予想より少なかった分、向こうに集中している可能性が高い」


『4、了解。狙撃ポイントCへ移動します』

 

 通信を終えるとアレスは身をかがめ、音も無く草むらの中に消えていった。





『ゴーストリーダーよりゴースト2。状況報告を』


「少し手間取ってます」

 

 ゴーストリーダー、アレスの問いに、戦闘中のライルは簡潔に答えた。

 手には二本の特大コンバットナイフ。刃引きはされているが、AAを装着した筋力で殴れば骨ぐらいは簡単に折れるので、仮想敵の兵士達に、ある意味一番恐れられている兵装である。


『…もうちょっと詳細な報告を…』


「ゴースト2、現在歩兵四〇名と戦闘中。ゴースト3は戦車の相手をしています」

 

 舞う様にナイフを振るいながら、ライルはテキパキと答える。

 銃撃を受けないように避けながら攻撃しているのであまり多くは倒せないが、それでも一人一人確実に“死亡”させていく。


『現在そちらにむかっている。三〇秒持ちこたえてくれ』


「2、了解」

 

 通信を終えたライルはより一層、目の前の戦いに集中する。

 入り交じる射線。撃たれてからでは遅いので、兵士達が構える銃口だけを見て、そこから放たれる銃弾の軌跡を予測して避けていく。


「うおおおおおおおぉぉぉっっ!!」

 

 ライルにしては珍しく雄叫びを上げながら、更に苛烈にナイフを振り、次々と兵士達を倒す。

 しかし焦り過ぎた為か、ナイフを振るう毎に体勢が僅かずつ崩れ、遂に飽和点に達した。


「うわっ!?」

 

 ナイフで斬り付けようとした瞬間、兵士に避けられ、その上踏ん張ろうとしてたたらを踏み、大きな隙が生まれる。

 それを敵が見逃してくれる訳も無く、ライルに銃弾が叩き込まれた。


「くっ…!」

 

 瞬時に体勢を立て直して周囲の兵士達を薙ぎ払うが、左大腿部に一発、胸部に二発、計三発のペイント弾が被弾していた。

 「マキナス・アーマー」の効果で、自己ステータスには“被弾 損害軽微 戦闘続行可能”と表示された。

 しかしライルは、“損害軽微”と“戦闘続行可能”には目もくれず、“被弾”の文字だけを睨んで歯軋りする。


「くそっ、こんなレベルでは、まだあの人には…!」

 


 ライル・ティカッツ少尉。

 武器格闘も含めたありとあらゆる近接戦闘において、史上最高クラスの天才と謳われる少年。事実、エデン防衛軍内での近接戦闘技術評価において、常に第二位をマークする猛者である。

 その猛者を軽くいなし続ける第一位男の姿を脳裏に浮かべながら、ライルはナイフを振るい続ける。





 ブオオオオオオッッッ、と音を立てながら、ボビーの手の中の三〇ミリバルカン砲が火と鉄を吐き出す。

 標的は、目の前の二台の戦車。エデン防衛軍のMBTはその強靭な装甲で、個人が携行するにはいささか強烈過ぎる銃火器の砲火を受け止めている。

 戦車は距離を取って主砲の一〇五ミリ電磁投射砲(レールガン)を放とうと後退するが、撃たせまいとするボビーが動き、結果的に全く距離が開かずに戦車は一方的な攻撃にさらされ続ける。

 しかし、ボビーとて鼻歌交じりにそれが出来ている訳では無い。

 離れる事が難しいと判断した戦車が、隙あらば逆に接近してボビーを轢き殺そうとしているからだ。

 AAを装着していても、戦車に轢かれれば演習も何も関係無く死んでしまう。その為、演習では“一定速度以上で走行する戦車の前面装甲に接触したら死亡”という風に定められている。なので、ボビーは警戒心を常にマックスにして戦車と対峙し、“撃破”判定が下されるまで攻撃し続けなければならないのだ。


「…あの人なら、本当に鼻歌交じりにやるんだろうね…」

 


 ボビー・ゴルネト少尉。

 重火器の取り扱いにおいて最高クラスの才能と経験値を有する男。エデン防衛軍での重火器戦闘で第二位の成績を納め続ける猛者。

 その男が、常に自分を超えていく男の顔を思い浮かべながら、バルカン砲のトリガーを引き続ける。





 演習場全体から見て、特に小高い丘。例外なく背の高い草に覆われた丘の上に、メルピアは陣取った。

 身長一六〇センチもない彼女が構えるのは、その身体に不釣合いなサイズを誇る巨大な狙撃銃。その巨大な火器をもって、彼女は視線の先、交戦中のゴースト2と3に接近する敵の増援を排除する。

 狙撃に最も適しているのは伏せ撃ちだが、この状況でそれをやろうとすると射線が取れなくなるので、二番目に適している体勢、膝立ちになる。

 体勢を整えるや否や、瞬時に発砲した。

 AAの照準補助機能のお蔭で、スコープを除く時間が省略できるのだ。

 倍率が高められた視覚モニターの中で兵士の一人が“死亡”判定を受けたのを確認し、次の標的を定めてトリガーを引く。

 更に次の標的。

 また更に次の標的、次の標的。

 五〇〇メートル以上離れているとは思えない程軽快に標的を仕留めていくメルピアだが、あまり満足そうな表情は見せずに呟く。


「…あの人なら、一〇〇〇メートルのターゲットでも思いっきり連射出来るんだろうなぁ…」

 


 メルピア・ソーレス少尉。

 圧倒的な狙撃センスを誇り、正確性、素早さ共に世界最高クラス。エデン防衛軍の狙撃評価において、常に第二位につける天才である。

 そんな彼女が、初めて出会った自分以上の、公私共に敬()する男の顔を夢想しながら、淡々と標的を狙撃していく。





「へっくし!!」

 

 草むらの中を疾走しながら、アレスは大きなくしゃみをかました。


「んー、誰か俺の事を噂してるのかな?」

 

 そんなベタな事を考えている内に、ゴースト2、3が敵と交戦中のエリアに近付く。


「ま、いいや。とりあえず目の前の事だ」

 

 そう呟き、アレスは大きく跳躍した。

 ゴースト(悪霊)が、戦場に身を投じる。

アレスさん、最強設定発動。

厨二とか言わないで。

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