第三十四話 アレス・イン・エネミーズランド
エネミーズランド=敵地
エネミーズテリトリーが最適ですが、語呂合わせする為にこっちにしました。文法的にも、間違ってはいません。
西暦二五七〇年/ブリストン暦四五六年 射手の月(九月)九日
フランシナ帝国南端 アイレセン
十九世紀ヨーロッパの片田舎。
そんな雰囲気を持つフランシナ帝国の片田舎、アイレセン子爵の本邸があるアイレセンという町。アイレセン砦の近くだからそんな安易な名前なのか?と思うかもしれないが、実際は逆だ。
アイレセン子爵の領内に建設されたから、アイレセン砦なのである。
―――――閑話休題
かつて、というか数日前まではアイレセン領の住人達が住んでいた町だが、今ここを実効支配しているのは、青白い肌をした異形の存在達だ。
魔族である。
異形とはいっても、本当に化物みたいな外見なのは少数で、ほとんどの魔族は角が生えているだけの人型であるが。
町の住居などの施設はそのまま破壊せずに使用している様だが、結局は自分達の本拠ではないので、かなり乱雑に使用している。
壁や扉、窓が壊れているのは当たり前。ゴミもその辺りにポイ捨て。知能の低い獣タイプの魔族が糞尿をそこら中に撒き散らす。
アイレセンは、荒廃したスラムの様相を見せていた。
魔族達は、我が物顔で町の中を歩き回っている。今の町の支配者は彼等であり、コソコソする必要など、どこにも無い。
だからだろうか。
屋根の上を動く複数の影に、彼等が気付く事は無かった。
「町の中心部に近付いた。HQ、ナビゲートを頼む」
『ゴースト1、そこから何が見える?』
「前方五十メートルに噴水広場、今いる建物の後ろにはデカい厩舎がある」
『少し待て………。よし、ゴースト1、ルートは合っている。あと八百メートル程で町を抜けれるから、目標に急いでくれ。幸運を祈る』
「了解」
HQとの通信を終えたアレスは、今度は部隊内限定の通信に切り換えて部下達に指示を出す。
「聞いたな?2、3、進むぞ」
「2、了解」
「3、了解」
「4、俺達はこれから前身する。引き続き、警戒を頼む」
『了解。気をつけて』
「ありがとうな」
礼を言い、アレスは屋根の上を音も無く歩き始める。ライルとボビーが続き、町の外の丘の上からはメルピアがスナイパーライフルで周辺の警戒を行ってくれている。
今、アレス達はAAを装着していない。
レンディ曰く、万が一の事、つまりアレス達が捕まる様な事があった場合に備えてだという。
ついでに言うと、AAはその重量や駆動音から隠密行動に向かないというのがある。
代わりに今、アレス達は通常の夜間戦闘用装備をしている。
ピッタリめの黒いボディースーツに灰色のボディーアーマー。複合端末機能が組み込まれたヘルメット。
左の太ももにハンドガン、右の太ももにサバイバルナイフ(アレスの物だけ特注品で、刃渡り三十センチはある)をバンドで巻き付けて装備し、腰のポーチにはマガジンと、破片手榴弾や閃光炸裂手榴弾、煙幕手榴弾などの数種類のグレネード。
メインウェポンは、アレスはM34アサルトライフル、ライルはP111サブマシンガン、ボビーはM250機関銃、メルピアはM92A2対物狙撃銃である。
屋根伝いに進むアレス達。魔族達が上を見上げる様子は無く、順調に進んでいる、かの様に思えた。
その時、
『隊長、隠れてください!鳥型の魔族が接近しています!』
「なにっ!?」
メルピアからの警告に、アレスはライルとボビーにハンドサインで指示を出し、屋根から近くのベランダに素早く飛び降りた。
一瞬遅れてライルとボビーもベランダに転がり下りて来て、三人でベランダの奥に隠れる。
アレスが、隠れたままこっそりと空を見上げる。
満点の星空。星座や天の川こそ無いものの、そんな事が気にならないぐらい綺麗で壮大な自然を感じる。
そんな星空の中に、一点の曇りが見受けられる。
その正体は、巨鳥。かつてエデンに攻めてきたフランシナ帝国軍の巨鳥部隊の鳥ぐらいデカい。つまり、人が乗れそうなぐらいの大きさだ。
いくらファンタジーな世界といえども、あんな鳥がそうそういる訳もない。獣型の魔族の一種だろう。
幸い、巨鳥はアレス達には気付かなかった様だ。ゆっくりと旋回してから、フランシナ帝国内地の方へと飛んで行った。
偵察でもするつもりなのだろうか。
アレスがそんな事を考えていると、至近距離でザリッ、という音がした。
ふとそちらを見ると、
「………ゴルゥオ?」
いた。
二メートル以上の体躯に、立派なビール腹、身に付けるのは汚いボロ布、そして醜い豚面。推定体重は三百キロ前後。
俗にオークと呼ばれる種族である。
本来は茶色い体表だが、魔族の証として灰色に近い皮膚、そして短い角が額から生えている。
どうやら、このオークが金目の物でも探して適当に住居を家捜ししている所にバッタリ出くわしてしまったらしい。
「ブフォウ………」
オークは知能が基本的に低い。現にこのオークも、突然目の前に現れたアレス達を見て、どうすればいいのかまだ考えている様だ。
そして、アレス達にそれを待ってやる義理は無い。
「………」
しゃがんだ体勢から一瞬でオークに肉薄し、左手で口を塞ぎ、右手でサバイバルナイフを首筋に突き立てる。
「………ブッ………」
オークはタフネスな事で有名だ。首にナイフを突き立てたぐらいでは死なないらしい。
しかし、アレスもそんな事は百も承知。
そのままナイフを一閃する。
ベチャリ、
オークの首が地面に落ちた。オークは首が見えないぐらい太っているので人間の生首みたいに転がらず、こんな音が出る。
首を失った体が揺れ、崩れ落ちる。
噴水の様に血が噴き出すのはお約束だが、オークは更に脂肪までブチュブチュと出てきた。
血肉には慣れているアレスだが、流石に脂肪は初めてなので少しヒく。
オークが纏っていたボロ布を少し破いてナイフを素早く丁寧に拭き取った。
「障害排除。………脂肪噴出とはな。十万人殺してきたが、初めての経験だ」
アレスが珍しく嫌悪感を顕にしながら呟き、使ったボロ布を投げ捨てる。
「隊長、お疲れ様です」
「すいません、突然だったので反応出来ず…」
「気にするな。大した手間じゃない」
立ち上がって謝罪してくるライルとボビーを適当に宥め、三人で再び屋根の上に登る。
「死体はいいんですか?」
「人間ならまだしも、あんなでかいのは処分のしようが無い。さっさと任務を終えて、さっさと帰るのが一番効率的だ」
「了解」
登りながら言葉を交わし、屋根の上で周囲を索敵する。
「………クリア。ゴースト4、周囲に敵の姿はあるか?」
『いえ、ありません。クリアです。それよりも隊長、お怪我はありませんか?』
「全員無傷だ。ただ、敵の死体をそのまま残していくしかないから、別の敵に発見されて警戒が高まる前に任務を終わらせる必要がある」
『了解、引き続きサポートします』
「頼む」
短く答え、アレス達は再び走り出した。
二十分後
「町は通過した。これから目標の正体不明構造物へと向かう」
『了解。こちらも次の支援ポイントへ移動します。五分ほどサポートが出来なくなりますから、ご注意を』
「ああ、気を付けて」
メルピアとの通信を切り、アレスは顔を上げた。
アレス達が今いるのはアイレセンの町のはずれ、丘の上にある建物へと続く道の入り口付近。
見上げるアレスの視線の先にあるのは、巨大な要塞、アイレセン砦。
魔族の魔法により、地球のイルミネーションとまではいかないものの、この世界で最もポピュラーな照明器具である松明などでは実現出来ないぐらいにはライトアップされている。
U-5で収集した情報によると、アイレセン砦が魔族侵攻軍における最大の重要拠点らしい。
しかし、今回のアレス達の偵察任務は別の目標がある。
「目標は確か………、アイレセン砦から二百メートルの林の近く、だったかな?」
「ええ、そうです。ここからだと、南南西に三百四十メートル程ですね」
「分かった。動くぞ」
「了解」
「イエス・サー」
アレスの小声に、ライルとボビーが小声で返し、三人は静かに移動を始める。
今はメルピアによる遠方からの周辺警戒が無いので、アレス達本人が特に警戒しながら草むらの中を進む。
時々空も見上げるが、先程の様な巨鳥は見られない。
背の高い草むらを進んでいるので、そう簡単に周囲から発見される事も無い。
アレス達は安全に進んでいく。
そして、
「………アレ、だな」
腰のポーチからデジタル双眼鏡を取り出して覗き込むアレス。
そのレンズに映っているのは、件の正体不明構造物。アレス達による偵察部隊の、今回の偵察目標である。
近くで見ると、ますますよく分からない。
中央に巨大なクリスタルの鎮座する、ドームの骨組み。
材質は光沢のある金属の一種と思われるが、形状からして動物の肋骨の様にも見える。そういう風に加工しているだけかもしれないが。
中央のクリスタルは脈動する様に光を放っており、赤や青、紫、緑、黄といった感じで七色に変色している。
全体的にどこか生物的な感じがする、気味の悪い物だ。
ボビーが調査機器を取り出し、金属の骨組みとクリスタルの調査を始める。
しかし、
「………両方とも、X線スキャンでは透過不能。赤外線スキャンでは、骨組みは低温でおかしい所は無い。クリスタルは色の変化に合わせて内部温度も変動。しかし、それが何に繋がるのかは不明。超音波スキャンは………、この距離では無理です」
「やはり、魔法の専門家でもなければ分からないか………」
当たり前といえば当たり前だが、恐らく魔法兵器と思われる物の正体を、素人だけで突き止めようとする方が無理な話だ。
これで、以前のエデンならば何も出来ずに引き下がるしかなかっただろうが、今は違う。
「よし、出来る限りのデータを採取して、リリアナに見てもらおう」
「そうですね。魔族の物ですから、元魔族の彼女なら何か分かるかもしれません」
そう、今のエデンには魔法の専門家とも言える者、元魔族の女将軍リリアナがいる。
魔王の部下を辞めてアレスに忠誠を誓った影響か、『魔王に忠誠を誓った者』の総称『魔族』の証である青白い肌が血色を取り戻し、額の角が短くなってきている彼女だが、魔族化して強化された魔力は低下せず、魔法の知識も健在である。
彼女ならば、この正体不明構造物の正体を解き明かしてくれるだろう。
「隊長。詳細なデータを取るなら、もう少し接近してから時間をかけてスキャンするべきだと思いますが」
「そうか」
ボビーの提言にアレスは頷く。
そして、接近する為の援護を要請しようと通信でメルピアを呼び出そうとする。
しかし、
「ゴースト4、聞こえるか?」
『………』
「ゴースト4、応答せよ。メルピア?」
『………』
「…応答がありませんね。まさか、敵に…?」
「いや、エマージェンシーシグナルは上がっていなかったし、彼女のバイタルサインも消えていない。恐らく、何らかの通信不良だろう」
そう言いながら、アレスは背中に背負っていたM34を下ろして保持する。
「どのみち、通信状況の復旧がいつになるか分からないから、俺達だけで近付くしかあるまい」
「………ですね」
ライルとボビーも、それぞれの武器を背中から下ろして構える。
「フォーメーションは『ダイアモンド』だが、後ろの一角がいつ復帰するかは分からない。各自、最大限に周囲を警戒しながら動け。到着したらゴースト3がデータ採取を行うから、俺とゴースト2で防御。終了次第、即座にこの場まで下がる。いいな?」
「了解」
「了解」
ライルとボビーの返答を最後に、アレス達は完全に口を噤む。
アレスのハンドサインで、三人は素早く、静かに動き出した。
「………」
「………」
「………」
身を隠していた倒木を乗り越え、背の高い草にまぎれながら駆け、岩を跳び越えて、ターゲットに接近する。
アンノウンの周囲は、魔族達がやったのか、身を隠せる草むらなどが円形に完全に刈り取られていた。
アンノウンまでは約百メートル。AAを身に付けていないとは言え、アレス達の身体能力なら、一番足が遅いボビーでも十秒程度で駆け抜けられる。
立ち止まって状況を確認してからジェスチャーで意思疎通し、一人ずつ駆け抜けるのを他の二人で援護する、という方式に決まった。
トップバッターはアレス。
アサルトライフルを背に負い、息を吸い込み、草むらを飛び出して一気に駆け出す。
やはり、流石は百メートルを素で走って八秒二六という俊足。二十六世紀現在、世界記録は八秒一四なので有り得ない速さという程ではないが、アレスの場合は三十キロぐらいまでは荷物を持っていてもタイムが変わらない。有り得なくはないが、化物である。
四秒ほどで、道のりの半分まで走破する。
その時だった。
「「「ソード・レイン!!」」」
「っ!?」
突然の詠唱。
その直後、アレスがいる場所目掛けて凄まじい数の剣が降り注ぐ。
「ちいっ!」
横に転がって回避するアレス。
しかし、転がった場所にも続けて剣が降り注ぎ、それを更に避けようともう一度転がるも、距離が足りずに数本が足を掠める。
「隊長!」
ライルが叫ぶがそれには答えず、体勢を立て直して駆け出す。
その直後に再び剣が降り注ぐが、全力で走ったので、どうにか全て避けきれた。
アレスはそのまま、ライルとボビーが潜伏している草むらに駆け込む。
「隊長!大丈夫ですか!?」
「掠っただけだ、大事無い。だがそれよりも………」
怪我の様子を一瞬だけ確認し、問題無いと判断したアレスは、背中から外したアサルトライフルを構えながら臨戦態勢を取る。
「見つかってしまった。隠密行動は、ここで終わりの様だな」
アレスが睨む先、アンノウンの周囲には、十八の黒い影が浮かんでいた。
M34はM4、P111はP90、M250はM249(MINIMI)がそれぞれモデルです。
AAが無くても、アレスは割りとチートなのさ!
アレスのせいで目立たないけど、ライル達も大概チートなのさ!




