第三十三話 条約に基づく軍事行動
西暦二五七〇年/ブリストン暦四五六年 射手の月(九月)三日
フランシナ帝国 帝城 会議室
駆け込んできた兵士によってもたらされた、魔族侵攻の報告。
それによって大騒ぎ(騒いでいるのはフランシナ帝国の人間だけだが)になった会議室。
その時、
「………」
ユラリ、と。
先程まで機能停止していたアレスが、音も無く立ち上がった。
音は一切立ててないというのに、何故か部屋にいる全員がアレスに注目する。
しかし、当のアレスは向けられる視線など全く気付いていないかの様に、伝令の兵士へ向き直る。
「詳しく教えろ」
「えっ?いや、私は…」
いきなり見ず知らず、それどころか自国の人間でさえなさそうな男からの命令に、伝令の男は困った様な表情で、この部屋にいるはずの元帥を見る。
しかし、元帥は先程の乱痴気騒ぎでフルボッコになってマット(床)に沈んでおり、伝令の兵士は代わりに、国の最高権力者たる皇帝に視線を向ける。
視線で問いかけられたルクオールは、小さく頷く。
それを確認して、兵士はゆっくりと口を開く。
兵士の話を要約すると、こういう事になった。
フランシナ帝国最南端の防衛を担う軍事拠点、アイレセン砦。
常駐兵力一万に及び、自然の地形を利用した天然の要害。難攻不落のその要塞が、二日前に魔族の軍団によって陥落させられた。
伝令の兵士はアイレセン砦の百人長で、陥落の際に上官である千人長が彼を無理矢理馬に乗せて逃げさせ、それからほぼ丸二日間馬を走らせて、馬が死ぬと同時に帝都へ辿り着いたという。
「奴等の攻撃は突然で、そして非常に苛烈で、我等砦の衛士は成す術も無く全滅しました…」
「全滅、したのか?」
「はっ…。衛士一万人、ほぼ全滅しました。生き残りは、百人いないと思います」
「そうか…」
悪過ぎる報告に、腕を組んで黙り込むルクオール。
報告を終えた兵士は俯いて顔を隠し、肩を震わせて無言で泣き始める。命懸けで自分を逃がしてくれた上官や、死んだ部下達の事でも思い出しているのだろう。アレスも、ネパール終結戦闘後に意識を取り戻して事の顛末を聞かされた後、数日間は泣き喚き続けたからよく分かる。
やがて、ルクオールは顔を上げ、スックと立ち上がる。その顔には決意が刻まれ、いくつもある皺からは、まるで歴戦の傷跡であるかの様な威厳が流れ出ている。
正直な所、ルクオールが初めて皇帝らしく見えた瞬間だった。
やっと皇帝らしくなったルクオールが、貴族達を見渡して言う。
「諸卿、聞いたな?国家の一大事だ。直ちに軍を編成し、戦いに備えよ。この国を守るのは、この国を支配する我々の義務だ」
ルクオールの言葉に、貴族や官僚、騎士達が一斉に立ち上がって敬礼する。
皇帝のカリスマ性というのが初めて間近で見れた、感動できるシーンだ。
しかし、
「あー、水を差す様で悪いが、それは不可能だ」
今まで黙っていたアレスの発言に、部屋の中の温度が2℃くらい下がる。
しかし、アレスは気にせずに言葉を続ける。
「つい先程、終戦協定について同意したばかりでしょう。フランシナ帝国の軍事組織は全て解体して、我々主導のもとに再編すると」
「しっ、しかしレックス陛下、今は非常時ですぞ!?」
「それはそちらの都合でしょう。条約は特に指定が無い限り、即時発効。これは常識でしょう?そして我々は今日、この場で調印するつもりなのですが」
淡々と言うアレス。
その冷淡さにルクオールは一瞬呑まれたかの様に見えたが、やがて毅然とした態度で言い返す。
「な、ならば我々は調印に応じない。条約も、部分的にでも破棄させて頂く!」
国を守る使命を背負った者らしい、立派な決断と言える。
だが、
「ご自由に。その場合、武力でもってフランシナ帝国全体を制圧して、殖民国家にするだけの話です」
「なっ………!?」
先程までのにこやかぶりと打って変わったアレスの変貌ぶりに、ルクオール達フランシナ帝国勢は眼を白黒させるしかない。
どのみち、敗戦国が戦勝国に逆らう事など、最初から出来る訳が無いのだから。
―――――この国は、終わってしまうのか?
フランシナ帝国勢の心の中に、そんな言葉が浮かんだ。
しかし、続くアレスの言葉で、その予感は良い意味で裏切られる事となる。
「さて、侵攻してきた魔族について、覚えている限りで良いから説明してもらおうか」
そんな事を言いながら、アレスが椅子から立ち上がって、伝令の兵士の傍に寄る。
「れ、レックス陛下?一体何を………」
ルクオールが尋ねると、アレスは軽く驚いた様な顔で振り向く。
「何を仰っているのですか?たった今言ったばかりでしょう、終戦協定は同意を得たから有効であると」
「………それは、つまり?」
ゴクリ、と唾を飲み込むルクオール。
それに対し、アレスはニヤリと。
「第二項、補足項目その一。フランシナ帝国軍の再編成が完了するまで、エデン国はフランシナ帝国の防衛義務を負う、ですよ」
西暦二五七〇年/ブリストン暦四五六年 射手の月(九月)八日
フランシナ帝国南端 高度一万五千メートル
「………ドラゴンフライよりCP、目標地点に到達した」
『CP了解。任務を開始せよ」
「了解」
アイレセン砦。
フランシナ帝国最南端の重要防衛拠点であった要塞は、今、魔族によって実効支配されており、人間をはじめとした他種族が近付く事が出来なくなっている。
地上からは。
高度一万五千メートル地点、この世界の生物が達する事の出来ない高空を、奇妙な物体が飛行していた。
見た目は、飛行機に分類出来る。
しかし、その機体は真っ黒にペイントされ、その翼は今にも折れそうなくらい細く、そして胴体長と比較して異常に長い。ドラゴンフライのコールサインに似合った、トンボの様な外見だ。
高高度戦略偵察機U-5。ステルスUAVが偵察の主流となった地球では、もう殆ど運用されていない骨董品である。
骨董品とは言っても整備はキチンと行われているので、その挙動に危なっかしい所は見られないが。
U-5が、目標地点、アイレセン砦の真上に到着した。
「確認。これより撮影を開始する」
パイロットはそう呟くと、コントロールパネルのボタンの一つを押す。
すると、機体下部に取り付けられた高精度カメラが起動し、そこで撮られた映像がパイロットの被るHCDの片隅に映し出され、同時に地上の拠点へと送信される。
『映像を確認した。予定通り、十分ほど旋回して情報収集を行った後に帰投せよ』
「了解」
パイロットは短く答えると、機体を右にバンクさせてゆっくりと旋回を始めた。
十分後 地上 エデン軍臨時指揮所
『こちらドラゴンフライ、撮影終了。燃料ビンゴだ、帰投する」
「了解。高高度に敵は確認されていないとはいえ、気をつけて帰投しろ。
閣下、映像の準備が出来ました」
情報解析官の声が室内に響く。
ここは、アイレセン砦から六十キロ離れた地方領主の邸宅の敷地内に設けられた、エデン軍の作戦指揮所だ。
何故、邸宅内部を間借りしないのかというと、機材の設置、インフラ整備(電気のコードなど)が面倒だというのと、それらを解決する為にエデンには指揮所機能を詰め込んだコンテナ型の簡易指揮所ユニットが用意されていたからだ。
ユニットの内部は十五坪程度とそこそこ広い。全体的に薄暗く、艦船のCICを彷彿させる。
「ああ、見せてくれ」
アレスがそう言うと、目の前にホログラフィックスクリーンが出現する。
敵勢力圏がピンク、敵の重要拠点と思われる場所が赤、敵大規模部隊がアイコン付きで表示されているから、かなり分かりやすい。
ちなみに、この場にはフランシナ帝国の近衛騎士数名と軍務局長がいるのだが、魔法のある世界の住人として、あまりに科学的な光景に開いた口が塞がっていない。
「ふむ、敵兵およそ三万、魔法生物が五千。戦術兵器と思わしき物体が三箇所に合計二十六個。陣容からして、敵本陣はアイレセン砦」
スクリーンを眺めるアレス。すると、妙な物を見つけた。
「これは何だ?」
アレスがスクリーンを触ってマークしたのは、アイレセン砦のすぐ近くにクエスチョンマークのアイコン付きで表示されている正体不明の巨大構造物だ。
「はっ。それですが、恐らくは敵の兵器と思われるのですが、他の戦術兵器と共通点が無い上に、形状から用途が分からず、現在使用されている様子も無いので、正体不明としました。しかし、これが兵器であるとすれば………」
「戦略兵器の可能性が高い、か………」
腕を組んでスクリーンを睨む。件のアンノウンがクローズアップされ、その詳細な形状が映し出される。
金属の様な材質の数本の柱がアーチを描いて交錯し、ドームを形成している。完全なドームではなく、ドームの骨組み、といった具合だが。
中央にはクリスタルらしき物が鎮座している。非常に巨大で、約十三・五メートルと表示されている。
そのクリスタルは、まるで脈動するかの様に内部から明滅する赤い光を放っており、正直すごく怪しい。
「偵察の必要があるな………」
そう呟いたアレスは、頭の中で、学生時代に習った内容を思い返す。
エデンの戦力はその二十年の歴史の中で、一度たりとも「攻める」側に回った事が無い。いつも「守る」側だった。その上、撃退して撤退していく敵を追撃するような事も一度も無かったので、威力偵察ではなく敵地潜入という意味での「偵察」を行った事が無い。
つまり、全くノウハウが蓄積されていないのだ。頼りになるのは、アレスが座学で習った忘れかけの授業内容だけである。
そして考えた末に、
「………やっぱり、参謀長に知恵を借りるか」
歩く座学の異名(?)を持つ親友に、助けを求める事にした。
「レンディ!」
「何だ?」
指揮所の別の場所で指示を行っていたレンディをチョイチョイ、と手招きし、スクリーンを指し示す。
「偵察を行う必要があると思う。何か知恵はあるか?」
やって来たレンディは、あまりにザックリとしたアレスの言葉に少しゲンナリした顔をする。
「何か知恵は、って………知恵もクソも無いだろうが。専門の偵察部隊でも送り込んで情報収集を行うように命令しろよ」
「エデンの専門の偵察部隊?威力偵察のオートバイ部隊やヘリ部隊でも送り込めってのか?」
「………あ」
レンディが、ハッとした表情になる。
アレスの言う通り、エデンにある偵察部隊と言えば、オートバイによる機動偵察部隊かOH-11偵察ヘリによる航空偵察部隊、あとU-5の戦略偵察部隊しかない。かつてのエデン行政府は大昔のどこぞの島国の様に「専守防衛」を謳い、侵略の為の戦力を極力廃止していたからだ。
偵察部隊が侵略の為の戦力かどうかというのはかなり微妙な所だが、どうやら空軍のA-20攻撃機を導入する為のスケープゴートにされたそうな。
「………無理だな」
「だろ?」
二人して、うーんと考え込むアレスとレンディ。
しかし、あまり考える時間は無い。この間にも魔族達は部隊の再編成を整えて、フランシナ帝国内部への侵略を行おうとしているからだ。
数十秒の黙考の後、レンディがゆっくりと口を開く。
「………特殊部隊を投入するか」
「特殊部隊?っつーと………」
「ああ、お前等だ」
「………成程ね」
最高権力者を敵地へ送り込もうというレンディの発言に、アレスは呆れながらも納得する。
確かに、不慣れな敵地偵察を実行できる人材は、無駄に基礎スペックの高いアレス達特殊戦術部隊を除いて今のエデンには存在しないだろう。
「………わかった。じゃ、早速隊員を集めてブリーフィングだ」
即断即決、アレスは早速作戦実行を決めて、部下達を集めようとする。
すると、指揮所を出ようとするアレスをレンディが呼び止めた。
「ああ、アレス。作戦内容とか、そういう細かいのはお前達が決めたらいいんだが、参謀長として、一つだけ注文がある」
「何だ?」
軽い調子で振り返るアレス。
そんなアレスに、レンディは、
「この偵察任務、AAは使うなよ」
「………あ?」
爆弾を投げ付けた。
U-5のモデルはアメリカ空軍のU-2です。
エデンはアメリカが中心となって出資したので、登場する兵器は現存するアメリカ製兵器の後継品、という設定になっています。
何で有人機なのか?というと、この世界には人工衛星が打ち上げられていないので、UAVはあまり長距離での操作が出来ないからです。
あと、文中のHCDというのは造語で、HMDよりも表示情報量を向上させた物です。外見は、バイクのフルフェイスヘルメットっぽい感じです。




