第三十二話 仇の嫁入り話
トントン拍子に話が進んでいきます。
アレスの外堀を埋める話が。
西暦二五七〇年/ブリストン暦四五六年 射手の月(九月)三日
フランシナ帝国 帝城 謁見の間
「いかがでしょう、レックス陛下。我が娘、アレキサンドラを妻として受け入れてはもらえないでしょうか」
「えーっと、そうですね~………」
フランシナ帝国皇帝ルクオールの言葉に、アレスは笑みを浮かべながら、後頭部には大量に冷や汗をかいている。
その横で、エデンの宰相的ポジションであるレンディが、成程という表情でウンウンと頷いている。
「(上手い事やるねえ。強国との婚姻なんてのはこういう世界では常識的かもしれないけど、そんなのは断られてしまえばそれでお終い。今回みたいに、一方的な敗戦国の元首が戦勝国の元首の義父になるなんて、まず断られるのが当たり前。でも………)」
「(今回はエデンの方から同盟、つまり友好的な関係を求めた。それに対して『友好の証』と称した婚姻を断れば、友好を求めたのは偽りであると受け取られてしまう。そして婚姻を受け入れれば、勿論人質にもなるが、それ以上に、裏で何を考えていたとしても友好的にせざるを得なくなる。そういう名目だから。………と、いった所か?)」
「(そゆこと。終戦協定の条件を伝えたのは今さっきだから、この短い間にこれを考えたのか。しかも、俺達が体裁を気にする事まで織り込んでやがる。力こそが正義、卑怯でも何でも勝った者が正しい、って感じな世界の人間の思考かね?伊達に大国の皇帝やってない、って事か)」
そこでレンディは小声を切り、またウンウンと頷く。
しかしアレスにはそんな余裕は無く、机の下でレンディの腕を肘でガンガン突く。
「(感心するのはいいが、俺はどうすればいい?ってか、どうにかしてくれ!)」
「(あ?お前の好きにすればいいんじゃないか?エデンの国家元首はお前だし、元から友好的な関係を望んでいたんだし、何も問題は無いじゃないか)」
「(違う!俺がどうにかして欲しいのは、俺の左と右斜め後ろと左斜め後ろの計三人だ!)」
珍しく恐怖に染まったアレスの小声。
そんなアレスに、三方向からビームの様なアツい視線、いや、殺気が照射されている。
誰が照射しているかは、言わずもがなである。
「(や、それこそ無理だわ。自分でどうにかして。俺もまだ命は惜しい)」
「(うおおおおおおぉぉぉぉぉぉい!?見捨てるなよっ!?補佐官だろ!?)」
「(命まで捧げた覚えは無い。頑張れ。骨は拾ってやる)」
「レンディィィィィィィ!!」
思わず叫んで立ち上がってしまったアレス。
視線が集中、いや、最初から集中はしていたが、変な物を見るかの様な視線が集中したので、アレスはイソイソと席に着く。
補佐官であるレンディに見放された今、頼れるのは自分のみ。アレスは全速力で黙考した後、まず、現代の地球人として当たり前の事を問う。
「結婚、と申されましても、娘さんはその事を了承しているのですか?」
アレスとしては、当たり前の事として放った質問。しかし、それに対するルクオールの反応は、不思議そうな顔をして首を捻る、というものだった。
「了承、と申されましても………、娘の結婚相手は父親、又は家主が決めるものではありませんか?」
「………そうなんですか?」
思わず聞き返してしまったアレス。
地球では当たり前の事を聞いたつもりだったが、ここが地球ではないという事をすっかり失念していた。
何と無く白ける場の空気。
イニシアチブをいくらか取られてしまった事に気付いたアレスは、咳払いをしながら、戦勝国としての『強気』という手札を行使した反撃を行う。
「と、とにかく、こちらの習慣ではどうなのかは知りませんが、我々の価値観としては、自由恋愛が推奨されています。無理矢理などもってのほかです」
アレスがそう言い切ると、ルクオールは少し怯んだ様な顔をする。やはり敗戦国としては、戦勝国が強く言い切った事に対して強く反論する事は出来ないのだ。
どうにかイニシアチブを回復出来そうな空気に、アレスは少し調子に乗ってしまった。
言わなくても良い事を、わざわざ言ってしまったのだ。
「だいたい、会った事もない相手と結婚など………」
アレスがそう呟いた時、ルクオールの眼がキラリと光った。
「いえ、それは違いますぞレックス陛下」
「………え?」
突然のルクオールの自信に溢れた言葉に、アレスは思わず言葉を切ってしまう。
「レックス陛下は、既にアレキサンドラには会われています」
「…そうでしたっけ?」
思わず馬鹿みたいに聞き返すアレス。
レンディは、「こいつどんだけ手が早いんだ?」と面白そうな表情でニヤニヤとアレスを見て。
例の三人は、「いつの間に新しい娘に手を出したのかしら?」とばかりに、射殺さんばかりの視線を集中砲火させる。
幼馴染と部下と押し掛け女房に惨殺されるという未来を防ぐため、アレスは必死で過去を思い返してアレキサンドラとかいう女性との邂逅記憶を掘り起こそうとする。
その結果は、やはり『該当するキーワードはありません』だった。
「あの、やはり私はアレキサンドラ嬢なる方にお会いした事は御座いませんが………」
「何を仰りますか。つい先程、会ったばかりではありませんか」
「え?」
『つい先程』というルクオールの言葉に、アレスだけでなくレンディ、そして例の三人も「えっ?」みたいな表情になった。
つい先程。
明確な指定時刻が無いので、その文化圏や人種によって内容が異なる指示語。
ここは異世界なので、地球人のどんな文化圏、人種とも異なる事は想像に易いが、数千年とかの悠久の時を生きる様な時間感覚でもない限り、一時間や二時間もズレが出る事は無いだろう。
という事で、アレス達は現在時刻から一時間ほど前まで記憶を遡ってみる。
流石に廊下ですれ違った程度では『会った』とは言わないだろうから、城のメイドさん達は違う。第一、皇帝の長女(兄や弟がいるかは分からないが)という事はつまり、皇女だ。メイドをしている訳が無い。
謁見の間でも何人か女性はいたが、レンディの事前情報では、それらの立ち位置は全員臣下のポジションだった。臣籍降嫁した娘を皇女とは言わないだろうから、それらの女性も違う。
それでは、他に女性は………、
「「「「「あ」」」」」
アレス達全員が同時に答えに辿り着き、五人でハモった。
しかし、それを気にする者はいない。もっと重要な問題に行き着いたからだ。
代表してレンディが問う。
「あのー、フランシナ陛下?ご息女のアレキサンドラ皇女とは、もしかして先程の………」
「いやあ、先程は本当にお恥ずかしい所をお見せしてしまいました」
あっけらかんと笑いながら、レンディの問いに頷くルクオール。
それはつまり、彼の娘アレキサンドラというのは、先程アレスを悪の大王呼ばわりして靴を投げ付けてきたブロンド美人さんだという事だ。
レンディは思わずルクオールの顔を凝視する。
目上の相手に無礼を働いた娘を、その目上の相手に嫁がせる。しかも渋っている目上の相手に。
その神経が、叩き上げの官僚(?)であるレンディには理解できなかった。
しかし同時に、これぐらい図太く国益を追求しなければ皇帝なんか務まらないのだろうなぁ、と感心もしてしまった。見習おうとは思わないが。
三人の女性は、射殺さんばかりの殺気を復活させてアレスへと放つ。
彼女達にとって重要なのは美女の影がアレスの周りにチラつく事であり、それがどこの誰でどういう状況かなどという事は関係無いのだ。
そして当のアレスはというと、なんかもの凄く微妙な顔をしていた。
「苦虫を噛み潰した様な」とか「梅干を食べた様な」とか「地下鉄のホームで逆立ちするピンクのクジラを見たかの様な」とか、表情を表す言葉は色々あるが、今のアレスの表情はどんな言葉でも表現できず、よってシンプルな表現に至った。
そして、その心境はもっとシンプルな物だった。
「(何をいってはるの、このおっさん)」
その言葉だけが頭の中をグルグルと駆け巡り、他には何も考えられなくなっていた。
戦闘に関してはスパコン並みの性能だが、こういう事に関しては本当につくづくファミコン並みの男である。
機能停止に陥ってしまったエデン勢。まあ、トップがこんなのだから仕方が無いのかもしれないが。
その隙を突いて、ルクオールはここぞとばかりに娘をプッシュする。
「いかがですかな?先程はお見苦しい所をお見せしてしまいましたが、我が娘は本当に器量良しで。その上にあの美貌ですから、国内の有力貴族は勿論、近隣諸国の王族などからも婚姻の打診が来ておりまして。しかしながら、娘の父親としては本当に良い婿殿の所に送り出したいと思っていまして」
そして今度はアレスを見詰めてニッコリと、
「その点、レックス陛下ならば安心です。お若いのに国家元首をお務めになられていて、軍の最高司令官もなされて。その上、御容姿も端麗でいらっしゃる。これ以上の婿は世界中を探しても見つからないでしょう」
さり気無くアレスまで褒め称えるルクオール。何と言うか、人畜無害そうな微笑みが非常にあざとい。
しかし、機能停止中のエデン勢は、それに対して「俺達異世界の人間ですがね」とツッコむ余裕も無い。
それをチャンスと見て、ルクオールがさながら押し売り業者の様に更なる売り込みをかけようとした、その時。
「陛下っ!陛下っ!」
甲冑に身を包んだ一人の兵士が、室内に駆け込んできた。
「何事だっ!?会議中だぞっ!」
近衛騎士達が剣に手をかけながら立ち上がる。エデン兵達はアサルトライフルを抜いて、セレクターをフルオートに切り換えて、件の兵士に向けて一斉に構える。
駆け込んできたのは、近衛騎士と比べると些か簡素な鎧の兵士だった。
簡素とは言ってもそこそこ見栄えの良いはずの鎧は、土や泥にまみれて非常に野戦的な雰囲気になっていた。
「ご報告しますっ!」
鬼気迫る表情で怒鳴る兵士。
泥だらけの格好も相まって、放たれる雰囲気が美麗な帝城に相応しくないものになり、近衛騎士達は思わず剣から手を放してしまう。
しかし、エデン兵達は変わらず銃口を向け続けている。訓練を受けた近代軍人が指揮官の命令無しに戦闘態勢を解除する事など有り得ない。
この辺でも、エデンとフランシナ帝国の錬度の差が出ている。
だが、件の兵士は向けられる銃口など気にも留めず(単純に、銃という物を知らないというのもあるが)、そのまま怒鳴るような声で、真っ直ぐにルクオールだけを睨みながら報告する。
「アイレセン砦が、魔族の軍勢によって陥落しました!」
「なっ………!?」
「………っ!」
「何だとっ!?」
一瞬の沈黙の後、悲鳴とも怒声ともつかない声が部屋中を支配する。
貴族達は大パニック、近衛騎士も浮き足立つ。皇帝ルクオールは先程の柔和な顔を脱ぎ捨て、厳しい顔になる。
エデン勢も、兵士達が銃を構えたままで互いに顔を見合わせたり、レンディやヤンデレ三人衆も険しい表情になる。
部屋中が騒がしくなったので、誰も気付かない。
完全に機能停止していたアレスの耳が、『魔族』という単語が聞こえた瞬間に、ピクリと動いた事に。
さて、波乱の予感。
久方ぶりの魔族登場です。科学技術は差があり過ぎるので、アレス達に対抗出来るのは彼等だけという事で。




