第三十一話 皇帝の秘策
さあ、(女の子を)どうやって攻略する?
西暦二五七〇年/ブリストン暦四五六年 射手の月(九月)三日
フランシナ帝国 帝城 謁見の間
「あなたね!?我が帝国を害そうとする蛮族の王とかいう男は!」
そう叫んだのは、白いドレスを着た十七、八歳の少女だった。
いや、ただの少女ではない。
綺麗な卵型の顔に、大きな蒼い眼とスッと通った鼻筋、プックリとした美しいピンク色の唇。
長い金髪はロングにして腰まで届いており、まるで絹糸の様な光沢を放っている。
極めつけはそのスタイルで、ボン・キュ・ボンッという擬音が相応しい。
一言で言うならば、すんごい美少女が、そこにいた。
緊張していたフランシナ帝国の貴族の間から思わず、といった調子で溜め息が漏れ、アウトロー中隊の兵士達からも「おう」とか「ワオ」とかの小声が漏れる。
アレスだけは、絶世の美女なら普段から見慣れているので、あまり動じなかったが。
そんな美少女ショックから数秒が経過して全員が我に返った後、反応がクッキリと分かれた。
フランシナ帝国側からは、声にならない悲鳴が上がる。
エデン側からは、自分達のリーダーに敵対意志が向けられた事で爆発的な殺気が立ち昇り、その全てが銃口という形で、事の発端の少女へと向けられる。
いきなり、導火線に火がついた爆弾の様な空気になった謁見の間。
すると、
「………落ち着け、お前等」
アレスの短い一言で、ギリギリの空気に余裕が生まれる。
続けてアレスは、ジェスチャーで銃口を下ろす様に命じた。
それに対して、アウトロー中隊長が反論する。
「しかし、あの少女はレックス閣下に物を投げて………」
「聞こえなかったのか?それとも、意味が分からなかったのか?」
中隊長の進言を遮り、いきなり低くなったアレスの声音。
そして、
「………余計な真似をするなと言っている」
「………っっ!!」
アレスから発せられた殺気に、中隊長は思わずビシリと敬礼し、アウトロー中隊員も全員アサルトライフルを構え直して直立不動の姿勢になる。
「うん、それでいい」
先程までの殺気を嘘の様に霧散させたアレスはニッコリと笑い、フランシナ帝国の人々へと向き直る。
アレスの眼に映るのは、恐ろしいまでの統率力を見せつけたアレスに対する貴族達の畏怖の視線、困った様な表情の皇帝。そして、近衛兵らしきピカピカの鎧の兵士や女官達に抑えられてジタバタもがいている、先程アレスにハイヒールを投げ付けてきた美少女の姿だった。
「くっ、放せお前達!あの男はこの国を無茶苦茶にしようとしているのだぞ!?この私が成敗してくれる!」
「おやめ下さい姫様!何卒、何卒御静粛に!」
「あの方達に逆らってはいけません!この国が本当に滅ぼされてしまいます!」
「おい、早く姫様を隣の部屋にお連れしろ!エデン国の方々を怒らせたらお終いだぞ!?」
「俺達は破壊神か何かかっての………」
「………プフッ」
ドタバタの中から聞こえてくる声に、アレスの隣に控えているレンディがボソリと呟き、堪え切れずにアレスは小さく吹き出してしまう。
「(破壊神扱いされたら何か外交に問題はあるのかい?レンディ・ホッパー外務その他色々長官?)」
「(いや、別に。寧ろ、今回の件は更に好条件を引き出す口実になる。グッジョブだ、アレス)」
「(いや、俺は何もしていないんだが………)」
アレスとレンディがヒソヒソ話をしている間にゴタゴタは収束した様で、件の美少女は謁見の間からいなくなっていた。
微かに声が聞こえる事から、隣の部屋に移っただけの様だが。
生温かい眼でエデン勢が見守る中、フランシナ帝国側はどうにか体裁を取り繕おうとして、成功したかどうかは非常に微妙な所だが、とにかくぎこちない笑顔を浮かべながらアレス達に向き直り、アレス達の生温かい視線に気付き、観念して頭を下げる。
「も、申し訳ない………」
皇帝ルクオールが頭を下げ、他の貴族達も一斉に頭を深々と下げた。
何と無く、人の良さそうな皇帝が頭を下げているとこちらが悪い事をした様な気分になってきたので、アレスは慌てて止める。
「頭をお上げ下さい。こちらは何も気にしていません。国を愛し、守ろうとする少女の健気な突発行動じゃないですか」
「(お前さんも、中々権力者としての物言いが板に付いてきたな)」
「(やかましい)」
アレスの言葉に、フランシナ帝国側の人々は再度謝罪と礼を言いながら頭を上げる。
その後、二言三言言葉を交わしてから、アレス達と皇帝ルクオール他数名は別の部屋に移動する事になった。
じゃあ何の為にわざわざ謁見の間に集まったんだ?という事になるが、その辺は、形式美というヤツだ。単なる見栄とも言う。
別室に移動したのは、エデン側はアレスを含めた数人(マナ、メルピア、リリアナ、レンディ、ライル、ボビー、その他)と、護衛としてアウトロー中隊第一、第二小隊の約五十人。
フランシナ帝国側は、皇帝ルクオールをはじめ、皇族数名、大貴族の当主約十人、そして護衛の近衛騎士約三十名。
よく見ると、近衛騎士達は親の敵でも見る様な眼でアレス達を見ている。
五十名の完全武装兵士に睨まれると、呆気無く視線を逸らしたが。
別室の机は巨大な長机だったが、所謂お誕生日席には誰も座らず、アレスとルクオールが長机のど真ん中で向かい合う様に座る。
ルクオールの隣には宰相と思しき男が、アレスの右隣にはレンディが(当然、左隣にはマナが)座る。
「では、早速会談を始めましょう。議題は勿論、今回の戦争に関する終戦処理ですが、エデン側からは次の要求を提示します」
一、フランシナ帝国はエデン国に対して賠償金一千億ヨール(十ヨール=一円)を支払う事。一括か分割か、分割の場合はその回数は要協議。
二、フランシナ帝国は軍を解散し、以後はエデン国の指示の元で再編成を行う事。再編成が五割以上終了するまでは、エデン国はフランシナ帝国の防衛義務を負う。尚、皇族近衛などの一部例外と警察機構は除く。
三、フランシナ帝国はエデン国と政治的、軍事的、商業的に同盟を締結する事。同盟の内容は要協議。
「と、まあとりあえずはこんな物ですかね」
「(意外だな、お前の事だから、完全植民地化とかえげつない事を言い出すんじゃないかと思っていたんだが)」
「(フッ、知らなかったのか?俺は紳士だぞ。………………………………………………………追加で要求したい事があれば、もう一度戦争をふっかければいいからな)」
「(…………………とんだ紳士がいたもんだな)」
アレスとレンディが唇を動かさない秘密会話を交わしている間、フランシナ帝国側ではかなり反応が分かれていた。
端的に言えば、予想外に軽過ぎる要求に安堵の声を漏らす宰相をはじめとした文官達と、要求の第二項を指して憤慨する近衛騎士をはじめとした武官達だ。
「軍の解体だと!?ふざけるな!貴様等の前で国を丸裸にしろと言うのか!?」
「全て受け入れるべきだ!一方的な敗戦国に対するこんな好条件、見た事が無い!」
「貴様、こいつらに国を売る気か!?この売国奴が!非国民が!」
「なんだと、この脳筋!」
「………うわー、『非国民』も『脳筋』も遥か昔に地球ではやった言葉だっけ?」
「はやってないし、『非国民』の方は違うと思うが」
フランシナ帝国の官僚達の大喧嘩の様子を、おもしろおかしく眺めるアレス達。皇帝のはずのルクオールは、オロオロとするばかりで止める事が出来ない。これでよく大帝国を今まで治められてきたなあ、とアレスは別の意味で感心する。
そのまま、十分くらいが経過した。
「と、いうわけで、貴様等の不当な要求は受け入れられん!分かったか!」
文官と武官の大喧嘩は、最終的には物理的な戦闘に発展して、体力の差で武官側に軍配が上がった。
というか、国を動かす大貴族達が敵国の首脳の目の前で殴り合いとか、もう国として終わっているとしか思えなかったが。
「民主制の『み』の字も無いな」
「そもそも帝政だからな」
そんな事をレンディと呟き合った後、アレスは頬に青痣を作って長机に突っ伏している宰相に声をかける。
「あー、そちらの国の決定としては、これでよろしいのですか?」
「……………よ、よくない………。これは、彼等が勝手に言っている事です………」
「では、我々が黙らせましょうか?その代わり、近衛騎士も解体対象に入りますが」
「……………お願いします」
「よし、許可は頂いた。ライル、メルピア」
アレスがパチンッと指を鳴らすと、背後で控えていたAA装備のライルとメルピアがゆっくりと立ち上がり、長机を回って、勝ち誇った顔をしているフランシナ帝国の武官達に近付く。
「ん?何だ貴様。さっさと国に帰れ。我々は決して負けてなどいない。軍勢を整え、貴様等を完膚無きまでに叩き潰してやろう!首を洗って待っていろ!ハハハ、フハハハハッッあああああああああっっっっ!!??」
悲鳴。
続けて鳴る、ドカンとかズドンとかボキリとかグシャリとかいう音。
アレスの影に隠れて忘れられがちだが、他のAAソルジャー達も立派な特殊部隊員である。生身でも兵士十人ぐらいは素手で無傷で制圧できる。AAを装備したらどうなるかは、言わずもがなである。
「あ、衛生兵は宰相達の手当てをしてやれ」
数分後、顔が原型を留めないぐらいになった武官達が、虫の息で床に突っ伏している中、宰相達文官がと皇帝ルクオールがアレスに深々と頭を下げる。
「見苦しい所をお見せしてしまって、誠に申し訳御座いませんでした」
「いえいえ、構いませんとも。別に何も害はありませんでしたから。それよりも、終戦協定の件なのですが」
アレスの言葉に、ルクオールがチラリと宰相を見て、宰相はそれにハッキリと頷く。
ルクオールはアレスに視線を戻し、頭を下げる。
「貴国のご要求、全て受け入れさせて頂きます」
ルクオールの言葉に、エデン側に喜色の空気が漂う。
すると、
「ただ、こちらからも一つ願いがあるのですが………」
ルクオールの言葉に、まだ協議は終わっていないと、アレス達は気を引き締め直す。敗戦国とはいえ、無条件降伏ではないのだから、要求の一つや二つは当たり前な事だ。
「(何かね。皇族の権力や財産の保護の保障とか?国民の人権保障とか?)」
「(この国自体を殖民国にするつもりは無いから、それぐらいは別に良いんだけどね)」
しかし、続くルクオールの言葉は、アレスとレンディの予想の遥か斜め上を行く物だった。
「レックス陛下、陛下は妻子はお持ちか?」
「はっ?」
「はっ?………………………いえ、いませんが?」
左隣から爆発的な殺気が立ち昇るのを感じたが、まだ籍を入れたりはしていないし実際にどうこうなっている訳でも無いので、アレスは正直に答えた。
すると、ルクオールは、ニッコリ笑顔でこう言った。
「では、我がフランシナ帝国からの願いですが、我が国と貴国の永久的な友好の証として、我が娘、第一皇女アレキサンドラを娶ってはいただけないでしょうか」
レンディが、遂に堪え切れなくなったかの様に、ブフッと吹き出す。
爆発的な殺気が、室内の残り二箇所からも立ち昇り、歴戦の猛者であるアレスの背に、滝の様な冷や汗が流れ落ちた。
フラグ建築士はお父さん(皇帝)でした。
腐っても鯛、というか転んでもタダじゃ起きない。




