第三十話 花の都
西暦二五七〇年/ブリストン暦四五六年 射手の月(九月)三日
フランシナ帝国 帝都パリジェス
門をくぐると、花の都パリだった。
「見た目はな」
「ですね」
「人が暗過ぎるだろう」
「仕方がありませんよ、事実上の敗戦国なんですから」
フランシナ帝国の騎士団らしき騎馬兵に先導されて、アレス達エデン軍の隊列が踏み入ったのは、フランシナ帝国の帝都パリジェス。
人口三百万人と、エデンが確認している中ではイリーガルに次いで巨大な都市である。
その町並みは、地球で言うならば花の都パリ。エッフェル塔こそ無いが、遠くには凱旋門らしき巨大な門はあるし、都市内部に流れる川には見事な橋がかかり、リュクサンブール宮殿の様な建物も見える。アレス達の進行方向には、海は無いがモンサンミシェルの様な外見の巨城、フランシナ帝国の帝城が見えていたりもする。
流石にブルボン宮殿の様なギリシャ建築の建物は無いようだが。
「まあ、そもそも本物のパリなんか見た事ないけどね。地球に行ってた頃はアメリカとネパールにしか行ってないし」
「そもそも、もうパリの町並みは伝統保存区として地下数十メートルに保存されているから民間人は住んでいませんしね」
カッカッカッカ、と笑うアレス。意外に博識な面を披露するライル。
二人は今、パリジェスの大通りを進むエデン軍の隊列の先頭、戦車の上に立っている。ライルはAAは装着したまま、アレスは式典用の礼服に着替えている。授与式を行う暇は無かったが、ここ最近の戦闘でアレスの勲章その他は充実している。リボン・バーも寂しい事にはなっていない。
授与式を行う暇があったとしても、どうせ自分から自分に授与するだけなので式典は行わなかっただろうが。
アレスのハーレムメンバー(?)は後方の高機動車の中におり、久々に羽を伸ばせたアレスは非常に清々しい顔をしている。
それと対照的なのは、アレスが言った通り、エデン軍の隊列を見守るパリジェスの市民達の表情だ。
不安そうな者、憎悪の視線を向けてくる者、絶望しきった者。
老若男女問わず負の感情の見える表情をしており、そうでないのは、何があったのか分かっていない幼児や赤ん坊ぐらいなものである。
「戦闘経験はそこそこあるが、実際に敗北側の非戦闘員なんか見た事はないからな。………本当にこんな表情をするものなんだな………」
「記録によると、フランシナ帝国は建国以来三百年、侵略に次ぐ侵略で領土を拡大してきた軍事国家だそうですが、小競り合い程度は除いて敗戦というものを経験した事が無いそうです。歴史上初の敗戦に、国のお偉方は勿論、庶民も何をされるのか戦々恐々なんでしょうね」
「成程。別に取って食ったりはしないんだがな」
「この世界の一部の獣人や獣人系魔族は、戦争して負けた相手を食べるそうですが」
「………流石は異世界カルチャー。いや、俺はこの世界で生まれたのだけども」
そんな事を言い合っていると、いつの間にか隊列は綺麗な町並みの中に入っていた。
「ああ、ここからは上級区みたいですね。確かに町並みも全然違う」
「上級区?成程、確かに帝城が近くなってきたな。やっぱり地価とかが高いって事か?」
「いえ、確かに地価も高いですが、単純に居住制限もあるそうです。このフランシナ帝国では貴族だけでなく一般市民にも階級の様な物が与えられており、それで一定以上でなければ上級区では土地を買ったり部屋を借りたりは出来ないそうです。立ち入りは出来る様ですが」
「やっぱり異世界はヒエラルキーが明文化されてんのね。ま、俺達の世界でも暗黙のヒエラルキーみたいな物はあるけど」
「むしろ私達の世界の方が陰湿ですよ。この世界のヒエラルキーは至極単純な仕組みですからね」
AAを装着したまま会話し続けるライルと式典用制服のアレス。戦車の上の奇妙な鎧を着た男と礼服の男の会話というのは結構目立つ。
下級区みたいに大通り脇が野次馬の市民でいっぱい、みたいな事こそないものの、ちょっと高級そうな商店やアパート(?)の窓の奥からは、エデン軍の隊列を覗き見る住民達の視線が寄せられる。
こっそり見ているつもりなのだろうが、アレスやAAを装着した者からしたらガン見も同然である。
「視線が熱いですね。照れます」
「…………………………………………あれ、ライル、君ってボケるようなキャラだっけ?」
「オールマイティを目指していますので。
あ、上級区を抜けます。貴族区ですよ」
進行方向に、上級区に入る時よりも荘厳な門扉が見えて来た。
隊列が近付くと門が開き、止まらずに進入出来る。
門をくぐると、
「何か、いきなりロンドンになったな」
「本物のロンドンと比べたらちょっと豪華ですけどね。一応貴族区ですし」
アレス達が進入した貴族区は、ロンドンの市街の様に大通りの両脇に石造りのアパートメントが立ち並んでいた。
どう見ても商店ではないし、貴族区には貴族しか居住できないので、これが貴族の家である事は間違い無いだろうが、アレスは少々驚いていた。
勝手な想像だが、貴族といえば、噴水があったりする巨大な庭付きの巨大な豪邸に住んでいるイメージがあったからだ。
サイズと比例して玄関の数が少ない事から、実際に地球の十八、九世紀のロンドンで一般市民に住まれていたアパートメントよりは一軒当たりがかなり広い様だが、それでも予想とは全く違う。
すると、そんなアレスの心中の驚きに補足説明するかの如く、ライルが説明してくれる。
「ここは、下級の法衣貴族、つまり領地を持たない小さな貴族の住む地区ですよ。貴族と言っても、我々の世界で言う所の市町村の役員レベルだそうです。彼等は貴族の中では一般市民に近い存在なので、普通の上級区の商店などを使用する事が多いので、大通りに近い場所に住居が集中したとか。
上級の法衣貴族や領地を持つ大貴族は、貴族区にある超高級商店などでさえ訪問販売に来るから多少交通の便が悪くてもいいので、もう少し奥の方に大邸宅を構えているそうですよ」
「へえ、当たり前だけど貴族にもヒエラルキーがあるんだな」
「何処の世界も、ヒトは口で平等を謳い行動で平等を否定する存在、なんですね」
「………………ライル君、哲学的でもあるんだね」
「オールマイティを目指していますので」
二人が言い合っている間にも、隊列は進む。
大通りの先には、モンサンミシェル(仮)が間近に迫っていた。
数分後 帝都パリジェス 帝城前
「そ、それでは、こちらにどうぞ!」
帝城前の広場は広かったが戦車と高機動車、兵員輸送車など、計六十台が駐車するには少し足りず、出来るだけギュウギュウ詰めにした上で、更に数十台は裏庭などに回されたので遅くなってしまった。
「アウトロー中隊は付いて来い。残りは全員で車両の警備を行っていろ。緊急時の指揮権はラフネックス中隊長のコールソン中尉に与える」
「イエス・サー!」
敬礼する部下達に見送られ、アレス達はガチガチに緊張して震えているフランシナ帝国の騎士達について帝城内に入った。
余談だが、アレスが付き添いに選んだアウトロー中隊計百人(二十六世紀の軍隊は人員の縮小が進んでいる)はエデン軍の中でも特にガタイの良い者達で構成されている。
丁度、第二次世界大戦終結時にアメリカ海軍の戦艦ミズーリ艦上でポツダム宣言の条約調印が行われる際、アメリカが日本を威圧する為に立会いの海軍兵士を背の高い者で占めたのと同じだ。
この世界の人間の平均的な体格とアレス達の平均的な体格にはあまり差が無い。だが、アウトロー中隊の兵士は当然完全武装なので、見慣れない異世界人にとってはかなり威圧感がある。
威圧感を強める為、わざわざアサルトライフルにグレネードランチャーを取り付けたり、街中なのにドギツい柄の迷彩服を着込んでいたりしている。
騎士に先導され、広い廊下を進むアレス達。
アウトロー中隊の数が多いので総勢百人超にも及び、廊下が一杯なので帝城の者達は端に避け、壁に張り付く様にしてアレス達の邪魔にならないようにする。
廊下を抜け、巨大なホールを通り、階段を上り、扉の前に辿り着いた。
高さ五メートルはあろうかという巨大な扉。イリーガルの議事堂にあった扉と似ている。
だが、その扉の主と、くぐる者であるアレス達との立場関係は、イリーガルとのそれとは異なっていた。
開いた扉をくぐり、室内に入る。
―――――謁見の間。
本来なら、訪れた者は恭しく跪いて部屋の主であるフランシナ帝国皇帝に敬意を表すべき場所だ。
しかし今日、その皇帝は一番奥の高い段の上の玉座ではなく、そこへ続くレッドカーペットの途中でアレス達に対して頭を下げていた。
「………よくぞ参られました、エデン国の王よ………」
頭を下げたのは、ホールケーキの様な王冠を被った白髪で長い白髭の壮年の男。
フランシナ帝国第二十六代皇帝、ルクオール・フェノン・ランセル・セパン・フランシナ。本当は更に長いらしいが、フルネームは式典などでしか使われないそうだ。アレスも、ルクオール・フランシナとしか記憶していない。
今日アレス達がやって来たのは終戦協定を締結する為だ。
この世界の常識に照らし合わせれば、戦勝国は敗戦国に対して、これでもか!というぐらい偉そうな態度を取るのが常識的なのだそうだが、偉くなってそれなりに権力者の振る舞いというのを身に付けて来たアレスといえども、そこまで神経太くはなれないので、今回は地球人らしい礼儀正しい態度で行く事にしている。
「初めまして、私がエデン国王、アレス・アゼル・レックスです」
ルクオールに対して、礼儀正しく挨拶を返すアレス。
ちなみに、この世界に合わせて名前を長くしてみようぜ!みたいなノリになった為、地球でも習慣としてあった通り、アレスの亡き父アゼル・レックスの名前を入れてフルネームとしている。
アレスの紳士的な態度に、ルクオールをはじめとした謁見の間に集まっていた帝国の貴族達は安堵の色を見せる。
―――――この世界の常識である貴族皇族全員処刑、国民奴隷化、の様な事にはならないのではないだろうか。
誰もがそう思った、その時。
ビュンッ、パシッ!
「………ん?」
飛んできたので、アレスが反射的に掴んだ物。
白いハイヒールだ。
飛んできた方に目を向けると、
「あなたね!?我が帝国を害そうとする蛮族の王とかいう男は!」
白いドレスを着た十七、八歳ぐらいの少女が、投擲姿勢のままで叫んだ。
ハーレムメンバー候補、発見(?)




