第二十七話 帝国へ
西暦二五七〇年/ブリストン暦四五六年 天蝎の月(八月)三十一日
聖連合都市イリーガル 連合議事堂 小会議場
「お久しぶりで御座います、レックス陛下。陛下におきましては、ご機嫌うるわしく………あの、何かあったのですか…?」
「いえ、彼の個人的な問題ですのでお気になさらず」
久しぶりに会う聖連合議長のアルバート・プライムの問いに、問われた本人であるアレスではなく、その副官的な位置づけにあるレンディが答えた。
では、当のアレスがどうしているのかと言うと、
「ふふふ♪」
「ちょっとそこのメス猫!ご主人様から離れなさい!」
「もう、アレスったら。いつの間にかこんなに女を増やして。あれほど勝手に女を作ったら承知しないって言ったのに。まったく、うふふふふふふふふふ」
「………(ガクブル)」
チワワだった。
アレス(ゼウスの息子)なのに、アテナ(勝利の女神)とペルセフォネ(死者の国の女王)とヘラ(最高神の正妻)に囲まれてひたすらガクガクブルブルする、ただのチワワになっていた。
アレスを囲む女性は、アテナことメルピア・ソーレス。ペルセフォネことリリアナ・ファリオル。そしてヘラことマナ・フローレンスの三人である。
メルピアはアレスの右腕にしがみ付き、リリアナはメルピアをアレスから引き剥がそうと奮闘し、マナはアレスの左隣で怖い笑顔で笑っている。
この状況を一言で表現するならば、混沌という言葉がピッタリだろう。
カオスなアレス達を差し置いて、レンディとアルバートの会話が続けられる。
「あの…ホッパー殿?レックス陛下の右隣におられるあの女性なのですが…」
「ああ、リリアナ・ファリオルですか?レックスの新しい妾ですよ。最近出来まして」
「………魔族ですよね?」
「そうです。でも、心配はいりませんよ。うちのレックスがしっかりたらしこんだので」
「さ、左様ですか………」
何でも無い事の様に話すレンディに、アルバートは汗をふきふきしながら付いていく。
魔族が全種族の仇敵とされるこの世界において、青い肌で額に小さな角、黒い瞳の存在というのは、非常に悪目立ちする存在だ。
事実、この小会議場に来るまでの間も、すれ違った全ての人達(種族問わず)に二度見され、その内の六割からは恐怖の、四割からは憎悪の視線がリリアナに向けられていた。
今、色々な意味で話題のエデン国国家元首が隣にいたので、いきなり攻撃されたりという事は無かったが。
「え、えーっと、私としては、聖連合議長という立場から全ての種族に対して平等に接しなければならないので、問題を起こされない限りは構わないのですが………、その、エデン国にとっては少し問題が有ると思うのですが」
「問題、ですか?」
「はい。エデン国の方々は、この後は終戦によるあれこれを話し合う為にフランシナ帝国の帝都へ向かうのですよね?」
「ええ、一応は賠償金請求などもしなければなりませんし」
「このイリーガルは全てにおいて中立な都市なのでまだセーフですが、他の国では、恐らく魔族を連れているとうのは、大きな問題になるかと………」
「………具体的には、どの様な?」
「そうですね。良くて、国境線の関所で斬りかかられるか」
「………」
「指名手配され、周辺の国々からも追われる事となるか………」
「最悪、複数の国家から、『魔族に味方するエデン国』というレッテルを貼られ、聖連合議会に連合討滅軍編制議案が提出されるかもしれません。まあ、エデン国の軍事力の前には、一蹴されそうですが。あははははははははは(乾いた笑い)」
「………な、なるほど」
アルバートの壊れた人形の様な疲れ切った笑い声に、レンディが珍しく若干引き攣った声で頷く。
そしてアレスの方にクルリと向き直り、
「と、いう訳だがレックスさん?その娘、置いていくという事は………」
「………」
「あーはい、アレス式ギャルゲには攻略中止の選択肢はありませんか、そうですか」
アレスの「出来ると思うか?」という無言の視線で、レンディはブツブツ小声で言いながらアルバートに向き直った。
「まあ、彼女はこちらでどうにか誤魔化しながら行きますよ。あまり人前に出さなければ良い事ですからね」
「そうですな。
えー、それでは、本題に移らせていただいてよろしいでしょうか?」
「あ、そうでした。
先日のフランシナ帝国遠征軍との戦闘についてですが、こちらは遠征軍の全戦力の半分以上を潰し、最高指揮官も抹殺した。その上で、遠征軍が立てた代理の最高指揮官はエデンに対して降伏を宣言しました。これは事実上、我々の勝利であると解釈して良いかと思うのですが。」
「で、しょうな」
「つきましては、その戦後処理における様々な賠償請求などの仲介を聖連合議会に要請したいのです。そちらのメリットとしては、フランシナ帝国による連合加盟国への侵略行為という連合規約違反行為を黙認した事を不問とする事でいかがでしょう?」
「………その点におきましては、面目次第も御座いません………」
ニコニコ顔のままのレンディが吐いた嫌味とも取れる言葉に、アルバートはひたすらに恐縮して頭を下げるしかない。
「いえいえ、理解していますよ。エデンにはこれまで強さの根拠がありませんでしたから。魔族撃退は確固たる証拠がありませんし。国土の面積が軍事力に直結していると言っても過言ではないこの世界で、エデン程度の国家が強いなんて世迷言を言えば、あなたは耄碌したとして議長の座を追われてしまうでしょう。こちらとしても、我々の事をよく理解しているあなたが議長職に就いている方がやりやすいですし」
「そう言って頂けると、こちらとしましても幸いです………」
深々と頭を下げるアルバート。そんな議長殿に、レンディは笑って頭を上げる様に言う。
「いえいえ、そんなに恐縮しなくても構いませんよ。我々としましても、あなた方とはウィン・ウィンの関係を築きたいと思っていますから」
「成程、それは非常に嬉しい申し出です」
アルバートがようやく政治家としての本領を取り戻し、レンディと共に黒い笑いを漏らす。
「それでは、フランシナ帝国への政治的な攻略法を考えましょうか」
「ええ。フランシナ帝国は我々アズーラ教に対して批判的な国です。恐らく、私のバックも諸手を挙げて協力するでしょう」
「はははははははははは」
「ふふふふふふふふふふ」
この場で最も権威的な観点において強い筈のエデン臨時最高統括官そっちのけで、聖連合議会の長と、アレスよりよっぽど政治家向きのレンディによる、腹黒い密約が取り交わされた。
西暦二五七〇年/ブリストン暦四五六年 射手の月(九月)三日
フランシナ帝国近郊
「隊長、もうすぐ帝国ですよ」
「ああ、ようやくだな」
イリーガルを出て三日。アレス達一行はフランシナ帝国の近郊へとやって来た。
この世界の常識では、イリーガルからフランシナ帝国国境へは約五日かかる。だが、アレス達は三日で到着した。
総勢三十台(戦車含む)の軍用車両の隊列。
途中で何度か商隊などとすれ違ったが、例外無く唖然とした表情をしており、すぐに道を譲って行った。
頭の悪い盗賊さん達も何度かやって来たが、返り討ちどころか動探センサーで探知して接触前に壊滅させた。アレスやAA部隊が出る幕も無かった。
さて、アレスが今乗っているのは隊列中央の高機動車だが、そこそこ広い中型機動車の車内には、勿論アレス以外にも同乗者がいる。
例えば、
「ウフフ、私、ご主人様のお役に立てて嬉しいですわ♪」
押し掛け女房志願の面食い魔族だったり、
「はっ、何がご主人様のお役に立つ、ですか。同じ戦場に肩を並べて立つ。それに勝る貢献がありますか!」
小動物系微ヤンの部下だったり、
「………………うふふふふふふふふふふふふふふふふ」
不気味な笑いを垂れ流す、正統派ヤンデレの幼馴染秘書だったりする。
「………うん、みんな、ありがとうね………」
あまりに濃いメンバーに、ハーレムリーダー(?)たるアレスも生まれたての小鹿の足の如く、とにかくプルプルするしか無かった。
車内の空気はかなり混沌な状況だったが、某都市の下町の如く、それがある種の完成形の様な均衡を生み出していた。
すると、
「あ、ご主人様。五百メートル程前方に感知型攻撃魔法トラップがあります」
「分かった。…一号車、聞こえるか?五百メートル前方にトラップがある。処理してくれ」
『了解』
「「………チッ!」」
リリアナの報告をアレスが処理班に伝え、処理班がフランシナ帝国軍によって設置されている迎撃用魔族トラップを破壊する。
それが、リリアナにしか出来ない、役に立ち方だった。
マナとメルピアの舌打ちがすごい。
「それにしても、常に探知魔法?、を発動し続けてくれて、本当にありがとうな。大変じゃないか?」
「いえ、それほどでもありませんわ。探知魔法はあまり魔力を消費しませんし。
………それに、ご主人様の為ならば、どんな苦労だって厭いませんわよ♪」
「………ああ、うん。ありがとうね………」
「「………チイィィィィッッ!!」」
ピンクな空気を噴出しながらアレスに擦り寄るリリアナ。
反応に困りながら、無難に受け答えするアレス。
舌打ちがすごく五月蝿い二人。
この三日間程の間でお馴染みになったやり取り。
しかし今回、車内の空気を変えようとアレスが発した続く一言で、色々と大きなレベルで変革が勃発し始める。
「いやー、それにしても、魔法っていうのは凄いな。この世界特有の特殊技術って、何度見ても興味が尽きないよ。俺にも使えれば楽しいんだけどな~」
「使えますよ?」
「へ~………。
………………………………………………。
………………………………………え?」
思わず、といった感じで、アレスがリリアナの顔を覗き込む。
「………今、なんて?」
彼女の好みどストライクらしいアレスの顔が至近距離に迫ったせいで少し頬を赤く染めながら、リリアナは自分の放った言葉を繰り返す。
「ですから、ご主人様にも魔法は使えますよ、魔法を。というか、私でも探り切れないぐらいの魔力総量を感じますから、歴史上にも類を見ないぐらいの大魔術師になれると思うんですけど」
明かされる驚愕の真実…! という程のもんでもありません。
ただ、次話からアレスのチートが加速して止まらない止まらない。
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