第二話 アームズ・アーマー
西暦二五七〇年/ブリストン暦四五六年 天秤の月(七月)一八日 エデン軍事区画
「隊長、何やってるんですか?」
部下の言葉で、鼻の穴にカレーを食べさせようとしていた男、アレス・レックス大尉は我に返る。
昼下がりの食堂、その隅の四人掛けのテーブルに、三人の部下と共に座って昼食を摂っていた所だ。
前には、声をかけてきたツンツンした茶髪が特徴的なヤンキー風の少年と、モヒカン刈りで彫りの深い顔をした大柄な黒人の男。隣には、フワフワした赤毛に小動物的な雰囲気を持つ小柄な少女。その三人全員が、今しがたのアレスの奇行に注目していた。
「ああ、いや、うん。何でも無いよ。このカレー美味いな」
「隊長、そこは顎です」
更にトンチンカンな事をしでかすアレスにヤンキー少年、ライル・ティカッツ少尉が再度指摘する。そしてそのまま、他の二人と共にジィ~っと無言の圧力をかけ始めた。
プレッシャーの集中砲火を受け続けたアレスは顎を拭い、そして数秒間耐えた後、ガックリと肩を落として陥落した。
「…ハイ、ちょっと調子悪いです」
部下の責め苦に負ける上官。その辺り、このアレス・レックスという男の性格が窺い知れる。
そんなオチャメな上官の様子を見て、大柄の黒人、ボビー・ゴルネト少尉が口を開く。
「隊長がそこまで茫然自失状態になるという事は…。もしかして、例の幼馴染さんについて何かあったんですか?」
見た目に反して鋭い考察を、見た目通りの深い声で問うボビーだが、アレスの隣に座る赤毛の少女、メルピア・ソーレス少尉がその内容に反応し、ガタタと椅子を鳴らして立ち上がる。
「たっ、隊長!あのバイオレンス女から何か連絡があったんですか!?」
「メ、メル?」
いつもは物静かで大人しい少女の突然のリアクションに、アレスは目を白黒させる。
そんな彼の視界外ではライルとボビーが、それぞれ「あー、やっちまった」と「やべ、やっちまった」という表情をしている。
そんな事はおかまいなく、メルピアの追求が始まる。
「隊長、答えてください。何があったんですか!?」
「う、うん。手紙が一通…」
「即刻捨ててください!で、あの女は何と?」
「捨てないよ!?内容は、まあ、帰省するからヨロシクみたいな…」
「いつですか!?」
「今月末ぐらいって。…こんな事聞いてどうするの?」
答えてから素朴な疑問を口にするアレスだが、メルピアは先程から何やら呟きだして答えない。「くっ、時間が無い…一気に攻めるか、それとも攫っていくか…いや、見せつけるという手も…どの道対決は避けられないのだし…」などと聞こえるが、何の事だろうか。
そんなメルピアの様子に、ライルとボビーは「またか」みたいな感じで溜め息をつく。
「はぁ…。隊長、これは任せて、お先にどうぞ」
「ええ、すぐ正気に戻して後から行くんで」
「そう?じゃあ、お先に失礼」
トレーを持って立ち上がり、返却口へと向かう。後方で何やら騒ぎ声が聞こえるが無視し、トレーを返却してから別の場所へと足を向ける。
自分達の相棒が待つ場所へと。
ハンガー
黒いラバースーツを着たアレスが、ロッカーにしては少々ゴツい金属ボックスの扉を開けた。納められていたのは、“服”と“鎧”のセット。どちらも、その単語を聞いて大多数の者が思い浮かべるであろう物とは大分異なった姿をしていた。
“服”は、勿論ティーシャツやジーパンなどではなく、寧ろアレスが今着ているラバースーツに近い物だった。正確には、ラバースーツを更に厚手にしてセパレート型にした様な物だった。
“鎧”の方は“服”と比べるとまだ一般的な鎧、つまり西洋甲冑に近かったが、直線的なパーツが多かったり、ヘルメットの目の部分がスリットではなくグラス状のセンサーだったりと、機械的な部分が多かった。
乙二種通常工作装備「パワーアシストスーツ」と甲三種特殊戦闘装甲「マキナスアーマー」と呼ばれるシロモノである。
スーツは、装着者の筋力を四・五倍から五倍、瞬発力を三倍にまで高める簡易強化装備。アーマーの方は、様々な兵装を装備して戦う特殊戦闘装甲。そして、スーツの上からアーマーを装着した物を総称して、個人装着型特殊戦闘強化外骨格「アームズ・アーマー」、通称AAと呼ぶ。
そのサイズ故に、本国で運用されている全長一〇メートルの戦術兵装「バトルドール」ほどの火力、制圧力は当然持ち得ないが、等身大故の器用さ、汎用性はバトルドールの比ではない。装備する兵装によってはそのバトルドールとさえも渡り合える。その為、規定でバトルドールを配備する事ができないエデンにおいて、名実共に最大戦力とされる兵器である。
アレスは、そのAAをエデンで唯一運用する部隊の隊長を務めているのだ。
アレスが装備をチェックしていると、ライル、ボビー、メルピアの三人がドタドタとハンガーに駆け込んで来た。
「すいません、メルを正気に戻すのに手間取りました」
「右に同じ」
「すすすすすいませ~ん!また乱心と言うか何と言うか…、とにかくすいませ~ん!!」
口々に謝る三人。しかし、謝罪しながらも自分の金属ボックスを開き、装備のチェックを始めている。
「いいよ、俺もまだ準備完了してないし」
そう言いながら、アレスはラバースーツの上にパワーアシストスーツを着る。 アシストスーツは装着者の体温をエネルギー源としているので、それだけで起動状態になる。これで、重量六〇キロもあるアーマーを(それほど)苦も無く装備できるようになった。
マキナスアーマーを分解し、プロテクターみたいに全身に取り付けていく。
最後にヘルメットを被る。真っ暗だったが、アーマーの電源(スーツとは別で、背部のバッテリー)を入れると緑がかった映像が映し出された。
実際に筋力が増加したのと、ゴツい装甲を装着した為、アレスの全身から威圧感が噴き出す。全体的に黒い装甲の中、アイセンサだけが緑に輝いている事も、その一因かもしれない。
「そろそろ行くか」
「すいません、もう少し待ってください」
「ああ、ゆっくりね」
威圧感は一瞬で吹き飛んでいった。