第二十四話 平等な物
たった五千字で、私の作品の中では最長クラス。
薄っぺらなこの作品、どうぞ!
西暦二五七〇年/ブリストン暦四五六年 天蝎の月(八月)二十日
フランシナ帝国遠征軍本陣
「ば…馬鹿な…」
遠征軍を任されているフランシナ帝国第二席将軍ボルドロ・アゴーイルは呟いた。
帝国の誇る、チャリオットと重犀戦車部隊の壊滅。
実際に自分の目でも見ていたが、伝令からの報告でそれが確実な物となった。
地面で突如弾けた炎の花。
爆弾さえ存在しないこの世界において、その人工の花は見る者を魅了し、直後に焼き尽くす。
一分間程の乱舞が終わった後、チャリオットと重犀戦車部隊は半分以上が破壊され、残った物も無傷ではない。
フランシナ帝国が誇る特殊兵器がここまで被害を受けた事は建国戦争以来だ。
しかし、その時は『トルマニア平原の決戦』という、約五十万の敵軍と一週間に亘る長期戦の末にそれだけの被害が出た。
それが、今回はたったの一分、それも敵の姿すら見えていない、完全な敗北。
己の実力で大帝国の将軍に成り上がったボルドロとしては、到底、受け入れられる様な物ではなかった。
「…進軍だ」
「将軍?」
「軽装歩兵部隊に進軍を命じろ。五万の兵力で敵を押し潰す」
「し、しかし、敵は強力な攻撃手段を持っています。我々の虎の子があんなに呆気無く…」
「愚か者!あんな馬鹿げた攻撃を、そう何度も繰り出せる訳が無いだろう。まだ使えるとしても、長時間のインターバルがある筈だ。幸い敵の兵員数自体は少ないのだから、その隙に強大な兵力ですり潰すしかない!」
副官の進言に怒鳴り返すボルドロ。論理的な反駁が出来るあたり、まだ冷静な判断力を失ってはいない事が窺い知れる。
それでも、少し腰の引けてしまった副官が何かを言おうとした、その時。
パパパパパパパパパパパパパッッ!
そんな聞き慣れない音が響いたかと思うと、次の瞬間には、生き残っていたチャリオットを引く馬、犀、御者達が穴だらけになり、血飛沫を撒き散らしながら死んでいった。
「な、なんだっ!?」
思わず叫ぶボルドロだが、その問いに答える者は勿論いない。
それでも音は止まず、全ての馬、犀、御者、そして頑丈な車両の中に入っていた筈の兵士達までもが穴だらけになって死んでいく。
「見えない矢?風の上位魔法なのか!?」
冷静に敵の攻撃を見極めようとするボルドロだが、どこぞの剣豪でもない限り弾丸を見切る事など出来る筈もなく、火薬の利用技術が全く発達していない世界の住人なので、火薬で弾丸を飛ばす『銃』という物を推測する事すら出来ない。
ただ徒に、兵と時間だけを消費しただけになってしまった。
気付けば完全に壊滅した特殊兵器部隊。それを見た時、ボルドロの冷静な判断力というヤツは完全に吹っ飛んでしまった。
「進軍だ!軽装歩兵だけでなく、重装歩兵もだ!騎馬兵も出せ!弓兵も!奴等を叩き潰せえぇぇぇぇぇ!!」
同時刻 エデンより一キロ地点
「コンタクト!」
アレスが叫ぶと同時に、四人の悪霊は進軍してきたフランシナ帝国軍の歩兵部隊に突っ込んだ。
装甲兵員輸送車並みのパワー(アレスに至っては船舶並み)を持った者達が突っ込んだせいで、歩兵百人ぐらいが一気に吹っ飛んで戦闘不能になる。
しかし敵は約五万。その程度では全く減ったようには見えない。
だが、次の瞬間、
ガガガガガガガパパパパパパパズガンドガガガガガガガガガガガッ
そんな音と小さな火の花と共に、一気に千人近い兵士が吹っ飛んだ。最初の千人とは違い、手足が千切れていたり、真っ二つになっていたり、粉々になっていたりする。
AAによる、火器の発砲。二十六世紀のボディーアーマーを纏っていても楽に貫通するのだ。牛革を繋ぎ合わせた程度の強度しかない鎧の軽装歩兵達では、貫くのは豆腐にドライバーを当てるよりも容易い。
中でもアレスの持つアサルトライフル、四八・八ミリ自動小銃型重機関砲『スイーパー』は規格外だ。
元々はA-20攻撃機の前身である最強のタンクキラー、A-18攻撃機用の機関砲として研究・開発が進められていたが、あまりの反動・衝撃に機体のボディそのものが耐え切れない事が判明して、航空機に搭載する事を断念。その後、車両の固定機銃や艦船の近接対空砲などの別の使い道を模索されるが全てボツ。結局倉庫で寝かされていたが、『ジ・アトラス』開発にあたって、アトラスの馬鹿げたスペックを存分に発揮する為に専用のアサルトライフルとして作り変えられたというシロモノである。
反動・衝撃だけで航空機を破壊するのだ。それが敵に向けられたらどうなるかは、火を見るよりも明らかだった。
盾は、まるで何も無いかの様に無抵抗で穴を開く。革の鎧もまた同様。人の体だけは違い、弾丸が接触するよりも早く裂け、弾丸が接触すれば粉々よりも更に細かく、砂粒程度の細かさまで砕け散る。
中々にシュールな光景だが、実際に砕かれる側としてはたまったものではなく、兵士達は状況は分からずとも何が起こっているかは素早く理解し、我先にと逃げ出す。
しかし弾丸よりも速く走る事など出来る訳も無く、元人間のミートパウダーが量産されていく。
「…ストップ」
とりあえず数千人ぐらい粉にしたところで、アレスは射撃を中止させた。
アレス達五人を中心に、半径四百メートルぐらいの赤い空赤地帯が出来上がっていた。
「とりあえず、これは示威行為だ。俺が一人で斬り込むから、お前等はここで敵がこれ以上進まない様に防衛ラインを引け」
『『『了解』』』
ライル、メルピア、ボビーがそれぞれの火器をアレスに掲げ、了解の意と同時に敬意を示す。
「さて、行くか」
スイーパーはボビーに持たせて、アレスは大太刀だけを構える。
高速振動単分子カッター「ムラマサ」。
一メートル以上のその刃が、スイッチを入れる事で、ヒィィィィィィィイイインという音を立て、その本来の切れ味を表す。
数分後 フランシナ帝国遠征軍 ある前線軽装歩兵部隊
「ひい、ひい!に、逃げろおぉぉ!」
一人の軽装歩兵の男が叫ぶ。
彼は、徴兵されたフランシナ帝国帝都近郊の百姓だった。
一ヶ月程前の突然の徴兵。革の鎧と剣を無理矢理持たせられ、問答無用で行軍させられた。まあ、フランシナ帝国は侵略に次ぐ侵略で勢力を拡大させた軍事国家だ。大規模な徴兵も珍しい事ではなく、つい五年前ぐらいにもあった。
平民、それも百姓に生まれた以上、国に逆らう事など出来る訳が無いのだし、フランシナ帝国軍は負け知らずだ。末端の末端として参加した(させられた)だけでも戦争終了後にはそれなりの量の褒賞が与えられるので、突然の理不尽な徴兵にもあまり反発は無い。寧ろ、食い詰めた者などは徴兵枠を代わってもらう、という事さえある。
しかし、それらは全て、勝ったらの話だ。
百メイル(一メイル=一メートル)ぐらい前方の兵士の一団で、一つの首が宙を舞う。それを皮切りに、約三百名の部隊の兵士達の体のパーツが次々と宙を舞い始めた。
首は勿論、手、足、上半身、下半身、首無しの体。
その発生地点がどんどん近付いて来る。
男は逃げようとするが、他にも逃げようとする者達が邪魔で進めず、ついには押されて倒れ、踏まれて足の骨が折れた。
「くそっ、痛い!骨が折れた!誰か助けてくれ!」
男が叫ぶが、誰も助けてなどくれない。皆、自分が逃げる事で必死なのだ。
「死」は、老若男女貴賎美醜問わず訪れる。しかし、訪れた時に不在ならば逃れられる。それを狙って逃げるのだ。
「死」から逃れる事など、誰にも出来ないというのに。
「ひい、くそっ…!」
男も、折れた足を引き摺って逃げようとする。だが、普通に走っても逃げ切れないのだ。
「死」は、すぐ近くまで迫っている。
「嫌だ、嫌だ、嫌だ!死にたくない!」
男は叫ぶ。
血の煙が喉に流れ込んで痛むが、そんな事はおかまいなく叫び続ける。
男は今年、十八になった。親から畑を分けてもらい、一人前の百姓として踏み出したばかりだ。
そして何よりも、男は結婚を控えていた。
相手は幼馴染の女性。昔から兄妹同然に育ってきたが、十歳になった頃から異性として意識し始め、十五になった頃には明確に自分の気持ちに気付いた。
女は村でも飛び抜けた美人に成長し、村中の男が、それこそ彼よりルックスも財力も上の男達も狙っていた。
何度も諦めようと思ったが、諦めきれずに玉砕覚悟で結婚を申し込んだのが去年の末。両想いであった事が判明したのは、その一分後だ。
待っていた筈の、幸せな人生。突然降って沸いた、理不尽な「死」。
近付いて来る「死」に、男は剣を向けるのではなく、手を合わせて神に祈った。
ただ、祈り続ける。
「死」が、目の前に現れた。
その名に相応しい、真っ黒で巨大な体躯。不思議な事に全く血に濡れていない、片刃の長大で細い剣。
深く青い奇妙な形の瞳が、男を見る。
「 」
「死」に魅入られた男は、ただ無言で涙を流しながら、「死」の青い瞳を見詰め返す。
「………………」
「死」は暫く男を見続けると、フイッと視線を外し、男の横を通り抜け、またその剣を振るって死を撒き散らしていく。
「………あぁ………あぁ………」
自分の状況がどういう風に転んだのかを悟り、男はただ、溜め息の様に息を吐く。
「死」は、老若男女貴賎美醜問わず訪れる。
「死」から逃れる事など、誰にも出来ない。
だが。
ごく稀に、「死」に見逃される事がある。
その条件は、それこそ老若男女貴賎美醜を問わない。ただただ、「死」の気紛れに過ぎない。
だからこそ、それはこの上ない幸運である。
この戦場で「死」に見逃された男。その男は、これからの人生に幸せが満ちている事を、何と無く確信した。
数分後 フランシナ帝国遠征軍 ある重装騎兵部隊
「続けえええぇぇぇ!!」
男の掛け声と共に、鎧を纏った騎士達、そして彼等が跨る、鎧を纏った軍馬が駆け出す。
フランシナ帝国軍全ての騎兵の中でも、帝都近衛を除いて最強であると自負する彼等は、自軍の内部を堂々と突き進んでいく敵を粉砕する為、愛馬を駆る。
逃げてくる兵士達の波を逆走する彼等の眼に入ったのは、その兵士達を追いたて、逆モーゼの様に血の海を作りながら進む黒い男。「死」。
男かどうかは全身甲冑なので分からないが、この世界でもあんなに大柄な女は滅多にいない。
とにかく「死」が、身の丈に合った長大な剣を振り回しながら血の海を作り続けている。
「悪魔め!死ぬがいい!」
男はそう叫びながら、「死」に向かって突撃槍を突き出す。
武器のカテゴリの違いこそあれ、男が使うランスは二メートルはある。「死」の剣が男を襲うよりも早く、その槍の穂先は「死」を貫くだろう。
そう確信し、男は「死」に向かってランスを突き出す。
「死」が消えた。
男がそう知覚した時には、長大で立派なランスは輪切りになっていた。
男の跨る馬の横を走りぬける「死」。
それを眼で追って振り向こうとした時、男は予想以上に滑らかに後ろを向く視界に、少々困惑する。
次の瞬間、突然視界が回転し、上が下になった。
落馬したか!?と男は一瞬考えたが、それは違うと、すぐに判明した。何故か。
男の身体がまだ馬の鞍の上に座っているのが、見えたのだ。
直後、男の後ろに続いていた仲間達の首が身体から落ちるのを見届けて、男の意識は完全に、永遠に消え去った。
一人が「死」に見逃されれば、一万人が容赦無くその手に捕まる。
そんな事を、男が知る由も無かった。
数分後 フランシナ帝国遠征軍本陣
「う、嘘だ…こんな事が…」
フランシナ帝国軍第二席将軍ボルドロ・アゴーイルの呟きが、天幕に響く。
そう、響くのだ。それはつまり、周囲が静けさに包まれている事を示している。
逃げたのではない。この世界有数の軍事大国であるフランシナ帝国軍人の本陣配属にされる様な精鋭が、そんな臆病者な訳が無い。
正々堂々、職務を全うしようとして殉職したのだ。
天幕にただ一人の生き残ったボルドロ。その鼻先に、刀が突きつけられる。
数万人を切った筈なのに全く血に汚れていないその刀身に、ボルドロは武人として暫し見惚れる。
その刀を突きつけている者こそが、ほんの数分で数万人を斬殺した者。
ボルドロは見ていた。
歩兵は、鎧の有無、体格の大小、技量の高低関係無く瞬時に斬り捨て。
弓兵からの矢は一本残さず斬り落とすか避け、接近して斬り捨て。
騎馬兵は時に馬ごと、時に騎乗者だけを斬り捨て。
巨鳥部隊は、地面から五十メートルまで飛び上がってその翼を斬り捨て。
何の躊躇いも無く、それが当たり前の様に、全ての者に平等に与えていくモノ。
「死」。
「お前は…お前は…」
うわ言の様に言葉を紡ごうとするボルドロ。しかし、その言葉が発される事は無い。
その首は、身体から離れて地面に転がり落ちたからだ。
ボルドロの目の前で振るわれたのに、ボルドロ自身も気付かない内に振り抜かれた刀。
その刀は、他の数万人と全く同じ様に、フランシナ帝国軍第二席将軍ボルドロ・アゴーイルにも「死」を与えたのだった。
この日。
異世界最強クラスを誇ったフランシナ帝国軍は、全兵力ではなかったにしろ、壊滅した。
全く展開に関係無い補足・見逃された男は無事に結婚し、死ぬまで奥さんと末永く幸せに暮らしましたとさ。 自分、ハッピーエンド主義者ですから。
次回、終戦後、事後処理。
偉い人は言いました。戦争は、戦闘よりもその準備と事後処理の割合が殆どだと。
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