第二十話 立ち込める暗雲
夏休みに入ったからといって、更新速度は上がりません。俺だもの。
西暦二五七〇年/ブリストン暦四五六年 天蝎の月(八月)四日
エデン軍事区画 第一実弾演習場
ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!
丸太の様な三〇ミリガトリング砲の砲身が高速回転し、毎分四五〇〇発の速度で弾丸が発射され、一キロ先のターゲットを文字通り粉砕、粉にしていく。
今、地面に固定されて弾丸を吐き出している全長七メートル近い物体は、本来はA-20に二門搭載されている基本武装で、流石にA-20から取り外す訳にはいかないので、倉庫から予備の物を引っ張り出して来た。
その巨砲が弾丸を吐き出す様を見ているのは、特殊戦術部隊における重火器のプロフェッショナル、ボビー・ゴルネト少尉。同じく特殊戦術部隊所属のメルピア・ソーレス少尉。エデン統括府の外交において重要なポジションに認定されつつあるレンディ・ホッパー大尉。エデン統括府最高統括官であるアレス・レックス少佐。その秘書であるマナ・フローレンス。
そして、
「………(ふうっ)」
ガトリング砲の射撃を生まれて初めて間近で見たせいで気を失った聖連合議長補佐のゴルデラ・クレリアットの計六名だ。
実際にはモブい方々が他に何名かいるが、割愛する。
ゴルデラがエデンの現状視察に来て九日目。
軍事力の一端を見せる為、こうしてゴルデラの目の前で兵器の紹介を行っているのだ。
間近とは言っても、実際には一五メートル程離れた所に設置された厚さ十ミリの防弾ガラスの裏から見ているのだが、それでもアサルトライフルすら見た事が無い様なゴルデラには充分過ぎる程のインパクトがあった様だ。
ちなみに、割愛されたモブい方々の中でも、四人のモブ、ゴルデラの護衛の方々は護衛対象と同じ様な反応をしていた。
「ありゃ、ゲストが気い失っちまった。おーい、中止だ、中止」
ゴルデラが気絶したのを見て、弾の無駄だと判断したレンディが射撃手に指示を出す。
普通に喋ってもガトリング砲の爆音に掻き消されてしまうので、トランシーバーを使って、だ。
整備班の方々がガトリング砲に取り付きイジり始めようとして、レンディに指示を仰ぐ。
それを受け、レンディもアレスに向き直って指示を仰ぐ。
「もう、いいかな?」
「いいんじゃないか?武力誇示としては充分だろ。気絶させたし」
「おっけ、おっけ。もういいですよ、しまっちゃってくださ~い。あと、そこのモブ、使節の方々をお部屋にお運びして差し上げて」
ガトリング砲を整備して倉庫に戻すよう指示を出し、同時に気絶したゴルデラ達を宿泊部屋(殆ど使われた事が無かったが、エデンにも一応、迎賓館という物がある)に運ぶよう指示も出す。
幸い、もう夕方と言って良い時間帯なので、今日はここで解散しても問題は無いだろうという判断によるものだ。
エデン側の者達も解散し始める。
ボビーはガトリング砲の整備班に加わっていき、メルピアはアレスに突撃しようとした所でボビーに首根っこを掴まれてズルズルと引き摺られていく。
レンディは色々な仕事を兼任しているので他の部署の者達に連れて行かれ、アレスは一応統括官の執務室に戻ろうとする。
マナが、当然の様にその腕にしがみ付く。
慣れとは怖い物で、マナがしがみ付いて来る事が「当たり前」となってしまえば、もうそれが世界の常識の一部として受け入れられてしまう。アレスはもう、マナがしがみ付いて来てもゲンナリする事すら無い。
ただ、「あれ、何かおかしくね?」と僅かな違和感を覚えるだけだ。
さて、アレスが解除不能な呪いの装備の如く、マナを腕に絡み付かせたまま執務室に向かおうとした時。
「閣下!」
一人の兵士が、血相を変えて走り寄ってきた。対魔族戦闘の戦後処理において少尉に昇進した若い兵士だ。
ちなみにアレスの呼称だが、「少佐」では少々味気が無く、「臨時最高統括官」では長過ぎるので、「統括官殿」か「アレス閣下」、兵士は短く「閣下」で呼ぶ事が多い。
若い少尉はアレスの前に走ってくると、荒い息をしながらも綺麗な敬礼で直立不動の体勢を取る。
アレスも返礼すると少尉は礼を解き、呼吸を整えて報告を始める。
「ご報告します!本日一七〇八、都市外縁部において警備担当班が、所属不明ながら斥候兵と思われる不審人物を捕縛しました」
「斥候兵?」
少尉の報告に、思わずオウム返しに聞いてしまうアレス。
それも当然の話で、エデンが頻繁に戦闘を行っていたのは十年ぐらい前の話で、レダイア政権が聖連合と本格的な外交交渉を行うようになってからは小競り合いすら殆ど行われていない。
先日の魔族との戦闘が、実に八年ぶりの大規模戦闘だったのだ。
軍事技術が中世並みなこの世界。
情報の重要さも確立されて来てはいるが、まだ単純な軍事力が至上とされている、「小賢しい作戦も、数倍の戦力で叩き潰す」という地球の二〇世紀の某A国みたいな戦略とも言えない戦略がメインなこの世界。
小競り合いすら無い状況で、情報収集など行われる事も無く斥候兵、つまり偵察兵など八年以上確認されていない。
「それは間違い無いのか?」
「は、過去のこの世界の斥候兵の装備と類似する点が多く、まず間違い無いかと。つきましては、閣下とホッパー大尉、それと聖連合使節団代表殿にご検分して頂けないかと」
「なるほど」
顎に手をやりながら、性格はともかく能力は確かな秘書に目でお伺いを立てるアレス。
腕にしがみ付いたまま、首を縦に振って首肯を示すマナ。
「分かった。使節団代表殿が意識を回復次第、検分に向かおう。ホッパー大尉にも連絡しておいてくれ」
「はっ!」
敬礼して素早く去っていく少尉。
結局、最後までアレスの腕にしがみ付くマナにツッコミを入れる事は無かった。
同日
エデン軍事区画 軍立刑務所
「こちらです」
アレスに報告に来たのとは別の少尉の案内で、レンディ、ゴルデラ(と数に含まれないモブ護衛数名)、アレス、そして勿論マナの計四名で部屋に入る。
その部屋は端的に言うならば凶悪犯との面会用の部屋で、中央を鉄格子で分断され、アレス達がいる面会者側、そして鉄格子の向こう側、拘束椅子の置かれた囚人側に分かれている。
そして今、その拘束椅子には一人の男が座らされていた。
「こいつが?」
「はい。UAVが森の中に潜んでいるのを発見して警戒していると、エデンの防衛識別圏内(エデン外縁防壁から一キロ圏内)に侵入して来たので捕縛しました。その時の所持品がこちらになります」
レンディの質問に少尉が答え、アレス達がいる側の隅に置かれた机を示す。
そこには様々な物品が陳列されているが、どう見てもカタギの者の持ち物ではない物騒な物がいくつか含まれていた。
レンディ達がその品々を見ている間、アレスは拘束されている男を観察していた。
男もまた、アレスをふてぶてしい目で睨んでいる。
十数秒観察した後、アレスが口を開く。
「…この男、間違い無く兵士だ。それも、それなりに訓練を受けたプロだ」
「分かるのか?」
「何と無く、な」
問うて来たレンディに適当に返し、アレスはゴルデラに向き直る。
「クレリアット使節代表、この者の所属が分かりますか?」
問われたゴルデラは、彼自身は軍事にあまり詳しくはないのか、護衛の者達に意見を聞く。
そして、
「…装備や黄色人種である事から、恐らくフランシナ帝国の斥候兵である可能性が高いかと…」
オドオドしながら答えるゴルデラ。
聖連合加盟国の斥候兵が捕まった事により、エデン国(そう認識している)を怒らせてしまったのかと不安に思っているのだろう。
実際の所、別にアレスは怒ってなどいない。
この斥候兵が何か破壊工作でも行った、もしくは行おうとしていたのならまだしも、実際に何かする前に捕まったのだし、男の持ち物からしても本当に単なる偵察行為でしかなかった事が読み取れるからだ。
偵察行動程度で目くじらを立てるほど、アレスはこの世界の軍事戦略に慣れてはいない。
数年前まで、地球の上級士官育成学校にいたのだ。本当の情報収集の恐ろしさなど、嫌というほど叩き込まれている。
寧ろ、よく偵察行為なんかしたな、と花丸を付けて所属国家に送り返してやりたいとさえ思う。
しかしながら、例えこの世界が情報収集を軽視しているとしても、馬鹿正直に斥候兵の所属が割れてしまうような真似はさせないだろう。
つまり装備や人種から割り出せる所属の予想は当てにならないだろう。
そう判断した、その時。
「ふ、よく分かったな。そう、俺はフランシナ帝国第一連隊斥候部隊所属、『鼠』のティガンだ」
「は?」
突然発された声。その主は、拘束された斥候兵の男だった。(猿轡は噛まされていなかったのだ)
いきなりの事に暫くポカンとしていたアレスだが、その間に話は進んでいく。
「ね、『鼠』のティガン!?あの有名な?」
「敵国の王城に忍び込み、機密書類を盗んできたという?」
「まさか、そんな大物が…」
何と言うか、「お約束」みたいなセリフを吐き始めるゴルデラと護衛の方々。
その後も、何か繰り広げられる寸劇。繰り広げる異世界陣営。
それをポカンとしたまま見守るアレス達、エデン陣営。
斥候兵の男がフランシナ帝国の者である事前提のお約束的やり取り。
何か、この世界はそれほど難しく考える必要も無かった様だ。
アレス達は、そのまま異世界陣営のやり取りを呆れたように見守るしかなかった。
この時、アレス達は失念していた。フランシナ帝国の超一流(異世界基準)斥候兵が、同じ聖連合加盟国であるエデンに偵察行為に来ていた事の意味を。




