第一話 幼馴染DANGER
西暦二五六六年/ブリストン暦四五二年 双児の月(三月)四日 エデン某所
「何か申し開きはある?」
「…いいや?」
ゲシッ
蹴りが飛んだ。蹴りを放ったのは一人の少女だった。
サラリとしたプラチナブロンドのロングヘアーに、大粒のサファイアの如き碧眼。一五歳前後と思われ、顔立ちは日本女性、つまり大和撫子っぽいが少々鼻が高く、様々な血が入っている事が分かる。しかし唯一言える事は、たとえどこの民族であろうとも彼女の事はこう表現するだろう。
美少女。
それもずば抜けて眉目秀麗であると。
身長は一七〇近くで女性としてはかなり高く、更に引き締まって出る所は出ているそのスタイルと美貌が相まって、どこのスーパーモデルかと言いたくなる様なオーラに溢れている。
そんな少女が、一人の少年を蹴っ飛ばしている。その碧眼からとても冷たい視線が、蹴られた少年に注がれる。
「まだ自分の置かれた状況が分かっていないみたいね」
「幼馴染に両手両足拘束され椅子に縛り付けられて監禁状態にあるという事は理解しているが」
ゲシッゲシッ
少女に両足の脛を蹴られて悶絶する少年。
硬質な黒髪に、完全に黒い瞳。それなりに整った目鼻立ちには少しあどけなさが残り、少女と同じ年齢である彼を実年齢より若く見える。椅子に縛り付けられているが、立ったら一八〇センチはあると思われる身体は程よく筋肉がつき、彼が常日頃から何か運動している事が窺い知れる。
その肉体も、拘束された現状では何の意味も成さないが。
悶絶から立ち直りつつある少年に、少女はポケットから取り出した一枚の紙を見せる。
「これ、何?」
「…上級幹部候補生育成学校の合格通知」
目を逸らしてボソボソと答える少年。それに対して少女はニッコリと笑顔を向ける。そして、
ドカッバキッゲシッボコッ
「何で私に内緒でこんなの受験したの!!」
「何でお前に自分の進路の許可取らなきゃなんねーんだよ!?」
理不尽でバイオレンスな仕打ちにも負けず、少年の至極真っ当な主張が響き渡った。
しかし少女はそれをフンッと鼻で笑い、腰に手を当ててさも当然の様に答える。
「家族だからよ」
「違うよ!?幼馴染だよ!?」
「妻だからよ」
「もっと違うよ!?」
「いずれそうなるわ」
「先走り過ぎだ!!」
少女の妄言に異議を唱える少年だが、少女の手が少年の頬に添えられると、ビクリとして硬直する。そういう風に本能に刻み込まれているからだ。
ブルブルする少年の頬をサワサワと撫でながら、少女はやけににこやかな声音で語りかける。
「ねえ、私言ったよね?本国の政治学校を受験するって。それはつまり、同じ学校は無理だろうけど本国には一緒に行こうって意味だよ?ねえ何で?何でそれが分かんないかなー」
「イデデデデッ!爪、爪を立てないでっ!」
荒ぶる少女を拝み倒してどうにか鎮める少年。そのプロセスは必死な、同時に年季の入った物だった。
「まったくもう、あなたって本当に困った人ね」
「ハイ、マコトニモウシワケアリマセンデシタ。オユルシクダサイ」
大きな怪我も無く、どうにか少女を鎮めた少年。相変わらず縛られたままだし、精神的ダメージは非常に大きかったが。
どこぞの前髪ボクサーみたいに椅子に座ったまま真っ白になっている少年だが、少女は気にも留めない。彼女にとって重要なのは彼が側にいる事であり、その精神状況など関係無いからだ。
「仕方が無いから、やすみにこっちに帰って来た時に埋め合わせをしてもらうという事で許してあげるわ。どう、嬉しい?」
「泣きそうなぐらい」
「ただし」
再び少女の手が少年の頬に添えられる。本日二度目の事態に、少年は半泣き状態になった。
「私がいない間に女でも作ったら承知しないわよ。サラやジェシー、リンディ、フロリスみたいに」
「いや、前も言ったけど彼女達はただの友達で…」
「…そう思っているのはあなただけよ(ボソリ)」
「え?」
「と・に・か・く!わかった!?」
「イエス、マム!!」
少女の気迫に少年は思わず、彼の父が生前母にやっていた様な応答をしてしまう。
それに対して鷹揚に頷く少女の姿もまた、そういう時の少年の母の対応によく似ていた。