第十一話 ドロー・ザ・カーテン
西暦二五七〇年/ブリストン暦四五六年 天秤の月(七月)二一日
エデンより五〇〇メートル地点
「ば…馬鹿な…」
目の前で繰り広げられた信じられない光景に、第一級魔術兵士の魔族は思わずそう呟いた。
魔族の主たる魔王から、直々に下賜された魔操式土類傀儡人形「ゴグマゴグ」。
絶対にして無敵の筈の魔術兵器が、たった今、目の前で破壊されたのだ。
それも、たった一人の敵兵によって。
頭部を粉々にされ、首の少し下に埋め込まれた青い石、コアを破壊されたゴグマゴグは、ゆっくりと砂に還っていく。
その前に立つ、ゴグマゴグを撃破した張本人。
謎の黒い鎧に身を包む、異世界の悪魔達の一人。
そいつに、偉大なる主から頂いた兵器を破壊された。その事を知覚した瞬間、煮えくり返る様な感情が生まれた。
「き…貴様ぁ!!」
両手を掲げ、空中に魔方陣を描きながら朗々と呪文を紡ぐ。
「我、契約の名の下、汝を呼び給う。偉大なる大地の体、流れ行く砂海を満たす砂、悠久たる金剛の化身。我等が主により仮初の肉体と魂を授かりし、愚鈍にして雄大なる土の下僕よ。地の底より這い出でし自然の敵よ。今ここに現れ給え」
紡がれる呪文に、黒い鎧の悪魔が振り返るが、もう遅い。
「出でよ、大地の敵!」
魔族の詠唱が終わると同時に、二つの魔方陣が空中に具現化する。
それらはすぐに地面に落ち、その場で巨大化して回転し始める。
そして、直径一〇メートル程にまで巨大化した魔方陣の中から、巨大な土の人形が姿を現した。たった今、悪魔に撃破された巨大ゴーレム、ゴグマゴグ。撃破されはしたが、本来なら単体で城砦都市を陥とせる程の、この世界において最強クラスの戦略兵器。
それを一気に二体。魔王から下賜された三体の残りを、全て召喚したのだ。
「く…くくく、それに、先程のゴグマゴグとは一味違うぞ…!」
その言葉通り、新しく召喚された二体のゴグマゴグの手には、先程撃破されたゴグマゴグには無かった物が握られている。
全長一五メートル近い、重厚な岩のタワーシールド。そして、刃渡り一〇メートルの大剣。
武器を構えた二体のゴーレムが、ゆっくりと巨大な一歩を踏み出す。
「ははは!悪魔よ、死ねえぇ!!」
ゴグマゴグ撃破によって静かになった戦場に、魔族の叫びが響き渡った。
「更に二体とは…」
AA-S「ジ・アトラス」を装備したアレスが、たった今屠ったゴーレムに背を向けながら呟く。
視線の先には、藍色のローブを纏った魔族によって展開された二つの魔方陣と、そこから出現した二体のゴーレム。
体の形状やサイズは背後で砂に還りつつあるゴーレムと同じだが、その両手には巨大な剣と盾が握られている。
「ははは!悪魔よ、死ねえぇ!!」
藍色のローブの魔族がそう叫ぶと同時に、二体のゴーレムが動き出す。
普通なら立っていられない程の地響きとプレッシャーが放たれる。
しかし、普通ではないアレスは揺らぐ事も、呑まれる事も無く、ただ一言呟く。
「…無駄な事を…」
アレスの姿が掻き消える。
次の瞬間には、片方のゴーレムの足下で、既に大太刀を振り抜いていた。
左足が切断されてバランスを崩すゴーレム。
間髪入れず、返す刀で右足も切り裂く。
支える物を失って地面に倒れ伏す巨体の下から脱出し、その肩の上に駆け上がって再び大太刀を振るう。
一度も武器を使う事無く切り落とされる両腕。完全なダルマ状態となり、地面に転がるゴーレム。
サラサラと地面の土が引き寄せられている事から僅かながら再生能力があるようだが、これほどの損傷の前には無意味だった。
とどめを刺そうとするアレス。そこへ、もう一体のゴーレムが襲い掛かる。
水平に薙ぎ払われる大剣。ジャンプしてそれを避け、無傷な方のゴーレムの肩に乗る。
目の前には、不恰好で巨大な頭部。
と、のっぺりとした目しか無かった頭部に、これまたのっぺりとした、ただの洞穴みたいな口が開く。何か新しい攻撃でも繰り出す気か。
しかし当然、アレスがそれに付き合う義理は無い。
無言で右腕の手首の部分を押し当て、そこに仕込まれた武器を発動させる。
小型榴弾式バンカーバスター「アルティム」。手首から発射された小さな杭はゴーレムの頭部の奥深くまで潜り込み、数秒後、その頭部を内側から粉々に吹っ飛ばした。
コアは別の場所にあるのか、頭部を失ってもゴーレムが土に還る様子は無い。 しかし一時的に機能がダウンしたらしく、肩膝を突いて動きを止める。
その隙に大太刀でゴーレムの胸部を切り刻み、内部の青い石、コアを露出させる。露出したコアにスイーパーを突き付け、躊躇無くトリガーを引く。
一発で二〇ミリの鉄板でも貫く四八・八ミリ弾が毎分六〇〇発の速度で撃ち込まれ、コアは呆気無く砕け散った。
砂に還るゴーレム。
飛び降りたアレスが地面に着地した瞬間、青い雷が撃ち込まれた。ひょい、と首を軽く動かして避け、雷が放たれた方へと視線を向ける。
そこに立っていたのは藍色のローブの魔族。身の丈ぐらいの杖を構え、次の魔法を放とうとしている。
しかしアレスの直感と分析力から、魔族が放つであろう攻撃魔法はジ・アトラスの装甲には通用しないと判断。優先順位をゴーレムに戻し、ダルマ状態で地面に転がるゴーレムに今度こそとどめを刺そうと向き直る。
自己再生能力を有しているらしい巨大ゴーレムだが、流石に四肢を失う損傷は大き過ぎたらしく、まだダルマに毛が生えた程度までしか再生していない。
当然アレスはそんな事気にせず、ゴーレムの上に跳び登る。
胸部にスイーパーを向けて発砲。そこそこ深い穴が開いたら、そこにミーティアを突っ込み、射撃モードは散弾をセレクト。
そして一言。
「幕引きだ」
連射。
一〇回ぐらい撃った所でゴーレムがビクリと震え、全身が崩れて砂に還り始めた。
崩れるのに巻き込まれて砂に埋もれるのも勘弁なので、素早く飛び降り、飛び退って距離を取る。
藍色のローブの魔族に近付く様に飛び退ったので、後方から青い雷が、今度は三発同時に放たれる。
軽くステップを踏み、それを回避。同時に魔族の方に振り向き、撃ち殺そうとスイーパーを向けた。
しかし、そこでアレスはビクリとして、トリガーにかけた指が固まる。
その隙に魔族は魔法を放つ。今度は雷ではなく、数十個の火球。一つ一つがバスケットボールぐらいある火球群が迫るが、アレスはそれ自体は難無く回避。
次の瞬間、スイーパーの銃口を下ろすと、高速で魔族の懐に踏み込む。
「#O■△X♪!!??」
魔族が何やら喚いているが、それを無視して腹に拳を叩き込む(ジ・アトラス装備状態の本気で殴ったら生物など粉微塵になってしまうので、細心の注意を払って弱目に殴った)。
気絶して倒れ込み、アレスの腕に支えられる様になる魔族。
周囲数十メートルに敵がいないのを確認し、アレスは深々と溜め息をつく。
「うーむ。思わず生かして捕らえちゃったけど、これ、どうしよう」
そう呟きながら、アレスは魔族のローブのフードを取る。
零れ落ちる長い銀髪。細いおとがい。スッと通った鼻筋。今は閉じられているが、開かれたら鋭くも艶のある光をたたえるであろう切れ長の目。
フードの下から現れたのは、褐色の肌をした妙齢の美女だった。
アレスが射殺を止めた理由。それはごく簡単で、彼がフェミニストだからだ。 フードの奥の顔が見えた瞬間、その顔を粉々にしてしまう事を忌避し、思わず気絶させてしまった。魔族の軍はほとんど男性型魔族で構成されており、初めて見た女性型魔族がかなりの美人だった事も理由の一つである(ちなみに、今までアレスが殺してきた魔族の中にも女性の魔族はいたが、「女」というよりは「メス」に分類される外見であり、女性だと気付かなかったのだ)。
「さて、どうしよう」
フェミニストだのなんだの言っても結局は軍人なので、やろうと思えばどんな美女でも敵ならば殺せる。
しかし、せっかく気絶させたのを改めて射殺するというのは気が引ける。
「捕虜か何かとして収容出来るかどうか、お伺い立ててみるか……。あ、そういえば俺が最高司令官だったな。じゃ、いっか」
本来なら自分がお伺いを立てられる側であると思い出し、ならOKと判断を下す。
「さて、ならこの女が気絶している間にどうにかしないと。…しかし、俺が前線離れて大丈夫かな…、って、ん?」
見上げたアレスの頭上を、十個の影が通り過ぎて行く。AHー80攻撃ヘリ。 唯一と言って良い脅威である巨大ゴーレムがいなくなった為、再発進して来たらしい。
『バタフライ1よりゴーストリーダー。脅威排除を感謝する。後は我々に任して下さい』
「こちらゴーストリーダー。やるべき事をやっただけだ、礼は必要無い。じゃ、後は任せる」
通信を終えると、魔族達には鉄のトンボと揶揄される攻撃ヘリ達は、まずチェーンガンで長距離砲撃の魔術兵器「ゴルバートゥン」を破壊。
その後は散開して飛んで行き、それぞれありったけの火力で地上の魔族達を一方的に殲滅していく。
ジ・アトラスの遠距離レーダーで戦況を確認すると、都市付近の戦線でも魔族軍が崩壊し、潰走を始めていた。
「ふう、なんとか守りきれた様だな」
肩に魔族女性を担ぎ、友軍の大活躍を見届けながら、アレスはゆっくりと呟いた。
戦闘は、終結しつつあった。
エデン軍事区画 特殊装備格納庫
「おかえり、ヒーローさん」
帰投したアレスを出迎えたのは、レンディの皮肉っぽい薄ら笑いだった。その笑いに嫌な予感がしたアレスは、さりげなくレンディから距離を取る。
エデンにおける防衛戦闘はほぼ終結しつつあった。
最高戦力たるゴーレムと、侵攻の要たる長距離砲撃兵器を失った魔族軍の士気は低迷し、エデン防衛軍によって多くの戦線が崩壊、潰走し始めた。
今はボビーとメルピア達、通常部隊、AH-80等が追撃を行っている。
その中、アレスだけは臨時最高司令官として重要な話があるから帰って来いと、目の前の男、レンディに呼び戻されたのだ。
レンディからの話など、ここ最近嫌な事しかないのだが断る訳にもいかず、女性魔族は適当に警備兵に任せて帰って来た、のだが。
「とても面倒な予感がするので、戦場に帰っていいですか」
「こらまて。職務放棄するな」
後ずさりで逃げようとするアレスに、レンディがしっかりと釘を刺す。
そしてゴホンと咳払いをして、真面目な表情でアレスを見据える。
「面倒、と言えばそうだな。戦闘も終結間近で、これからは事後処理の用意だ。その上で、お前には少々面倒な役になってもらわなければならない」
「…はあ。いいよ、別に。臨時最高司令官になった時点で充分面倒なんだ。これに比べたら、何だって大丈夫だよ。ほら、言ってみな」
「そうか。じゃ、遠慮無く…」
「………………………」
「………………………?、………………!?」
「(コクリ)」
「………!!」
レンディの口から告げられた「面倒な事」に、アレスは顔面蒼白になりながら逃亡。
その腰にレンディがかじりつき、結局、やってきた警備兵にアレスは半ば取り押さえられる様に引き止められる。
ジ・アトラスは既に脱いでいるので、数人掛かりだと難無く捕まえられる。
「ま、待て!それはいくらなんでも無理だ!俺には出来ない!」
「恨むなら、そういう事になっている規則を恨め。さ、市民に発表しに行くぞ」
「待てえええええ!!」
レンディと警備兵にズルズルと引き摺られて行くアレス。
その絶叫だけが、虚しく軍事区画に響き渡っていった。
次章、アレスの家族登場。
アレスに降りかかる「面倒な事」とは!?




