表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

藤 忠勝 from 君が自殺に至るまで【番外編】

掲載日:2013/02/16

あらすじにも書いてるけど「君が自殺に至るまで」の番外編。

こういうちょっと逸れた話を書いたのは、ほとんど初めてくらいかも。

意外とファンタジー。最近こういうジャンルが好きです。


 お盆と言えば残暑だが、それでも気が遠のくほど高い気温を記録し続けている。異常な寒波に次は異常な夏日の持続に、身も心も参ってしまう。それでも、夏也が眠るここ訪れることは、欠かすことのできないイベントだった。狭い墓地だが、ちらほらと人の姿が見える。家族連れもいる。誰もが誰かを喪って、今この場に立つことになっている。そう思うと、少し胸が痛んだ。かく言う俺も、喪った人がいるから、ここに来ているわけなのだが。

 墓前には、夏也が好きだった和菓子がいくつかと、まだ新しい花が生けられていた。ごく最近、夏也の家族が訪れた痕跡だった。なんとはなしに、俺は携帯電話で時刻を確認した。まだ十時にもなっていなかった。来たのは昨日か、その前くらいとするのが妥当だ。もう今日は来ないだろう。

 蛇口に備え付けのバケツと柄杓を借りて、墓石に水をかけた。お線香を立てて手を合わせ、目を閉じた。目を開いた。刻まれたその名前と数字を、俺は、ここに来る度に食い入るように見つめてしまう。壱井夏也。享年十五歳。早すぎるその死を直接確定させたのは、夏也自身だった。あれからほとんど一年経った。俺は高校生になった。自分で自分の首をかき切った、そのときの夏也が、目蓋の裏で何度でも再生される。

「来る度来る度、難しい顔するんだな。来てくれるのは嬉しいけど、そのしおらしさはらしくないぞ」

 声が聞こえた。やっぱり出てきた。慣れていることだし、俺にとっては普通のことでもあった。振り向き、持って来たいちご大福を渡した。今日はふたつも用意した。夏也は目を輝かせ、同時に受け取って早速ひとつ開封した。もう少し感謝の余韻とか、感動する時間とか、持続させることはできないのだろうか。と思うことはあっても、呆れる理由はなにもない。実に夏也らしい。一度受け取ったくせに、ふたつのうちのひとつを俺に差し出してきたことも、本当に夏也らしい行動だった。

「お供えしようと思って買ってきたんだぞ。自分で食べてどうする」

「お供えならいいよ。父さんと姉ちゃんがしてくれてるし、せっかくふたつあるんだからさ。座ってふたりで一緒に食べよう。前みたいに」

「座るってどこに」

「どっかそのへん」

「お前は普通の人には見えないからいいけど、俺はばっちり見られるんだぞ。お墓でいちご大福なんて食ってたら、変な目で見られるだろうが」

「じゃ、あっちの道に抜けよう。それならいいだろ、ちょっと休憩してるんだなって思われるだけだし」

 それにしたって、お墓のすぐ傍でおやつを食べていることになるわけだ。結局俺は奇異の目に曝される。そこまで思い至らないのか、少しくらい思っていても、敢えてその思考を無視しているのか。夏也は実に無邪気に、笑顔で俺の前を歩いていく。このうだるような暑さの中で、夏也は今日もブーツだった。メンズとわかるが、デザインは可愛らしい。小柄で裏表のない性格の夏也でなければ、どう考えても似合う代物ではなかった。

「暑くないのか」

 夏也の言う通りに道に抜け、低い塀に腰掛けていちご大福を齧った。非常に甘い。悪くない味だった。夏也も嬉しそうにいちご大福を食べている。俺の問いには、軽く頷いただけだった。

「死んじゃうと、暑いとか寒いとか本当になくなるんだな。真夏に真冬の格好した女が立ってたり、逆に真冬に真夏の格好した男が出てきたり、いろいろ不可解だったけど納得したわ」

「そこまで考えてなかっただろ、どうせ。藤にとっちゃ、お化け=撃退するものだもんな」

「ちょっかい出してくる奴をぶっ飛ばしてるだけだ。なにもしてこない奴にはなにもしない」

「わかってるよ。言ってみただけ。それにしても、このいちご大福美味しいな。どこで買ったの」

「お前、成仏しないのか。それともできないのか」

 唐突に質問を返すと、夏也は、忙しく動かしていた口を停止させた。いちご大福の最後の一口を口に放り込み、黙って飲み込んだ。美味しそうに大福を食べる夏也のリアクションは、なにひとつとして、生前と変わらなかった。俺の瞳にはこれほどまでに鮮明に姿を曝す夏也だが、だから、俺にとっては生きているのとそこまで変わらないのが、夏也は去年の十一月に死んでいる。ちゃんとお通夜があって、お葬式があって、お墓に入ったのだ。夏也は俺のせいで死んだようなもので、その夏也と今普通に会えて、以前と同じように接してくれるのは素直に嬉しい。でも、それではいけないと思う。今の夏也は霊なのだから、きちんと成仏しなければ――と思うが、それも漫画や胡散臭いテレビ番組に感化されて得た知識でしかなく、実際にどうなのかはわからない。死んだら成仏しなければならない、というのは人間のイメージでしかないような気もするが、夏也の反応から察すると、どうやら成仏は必須のものらしい。イメージ通りだ。

 夏也を現世に縛り付けているものはなんだろう。夏也の姉は第一子の長女、奈津を出産している。三橋も七瀬も何度かお墓参りに来ているようだし、佐伯先生も、このお盆のうちにと言っていた。心残りがあるとすれば、それはもしかして、俺だろうか。俺と話せるから。成仏してしまったら、本当に俺と会えなくなってしまうから。だとすれば、俺は夏也を突き放す必要がある。

「別に成仏しても藤にはいつでも会えるからさ、したっていいんだけど」

「え」

「藤は俺をちゃんと認識できるから、今の俺がこの世から完全に消えちゃっても普通に会えるし、話もできるよ。なんだよ、そんなことができなくなるから成仏しない、とか思ってたんじゃないだろうな」

 悲しいくらいに図星である。黙りこくった俺に視線をやることすらもなく、夏也は当たり前のように続けた。

「いや、普通は会えなくなるんだってさ。で、次またこの世に生まれてくるための準備をする。でも、俺ってほら、変な能力持ってたじゃん。ああいう特殊な力がある人は、死んでからのエネルギーも普通の人とはちょっと違ってるから、ある程度の融通は利くんだって偉い人が言ってた」

「誰だよ、偉い人って。そういう人がいるなら尚更で、自分勝手な感情でこの世に留まってるといけないとか、そんなルールがあるんじゃないの」

「そうなんだよな。だから俺、今度の試験を受けることにした」

「試験?」

 俺もいちご大福を食べ終えたところで、夏也は素っ頓狂な単語を発した。ちょっと大きな声が出てしまったので、道を歩く女性に変な目で見られた。お墓に通じる道だから人通りは少ないから、それだけに見られると焦ってしまう。傍からみれば、俺はひとりで喋っている変な少年なのだ。墓前の道路を逸れて小道に入っていたのに、わざわざこの道を通ってお墓参りなんて行かなくてもいいだろ。なんの罪もない通りすがりの人間に、羞恥のあまり俺は毒を吐きたくなった。

 まあいい。仕方ない。気を取り直して、俺はその単語の意味を夏也に問いかけた。夏也は、死んだときと同じ真っ黒な髪を指でいじりつつ、軽い調子で答えた。

「奈津の守護霊になりたいんだ。そしたら、堂々とこの世に留まっていられる。藤がどんな大人になるのかも見れるし、姉ちゃんが奈津の兄弟を産むかもしれないし、なにより奈津を守ってやれる。いいことずくめだろ」

「守護霊になるための試験?」

「資格がいるんだよ。でも、すごく難しいんだ。筆記試験の過去問見たけど、なんかいろいろ複雑で難解で」

「筆記試験? 守護霊になるのに筆記試験パスしなきゃいけないのか?」

 また声が大きくなった。びっくりすることだらけだ。というか、過去問って。唖然とする俺に、いちいちなんだよ、と夏也は目で制してきた。そんな反応をされても、守護霊になるための試験があるのはまあよしとして、筆記試験とは意外すぎた。資格という括りにも驚いた。でも夏也は、さもそれが当たり前と言わんばかりの風体である。俺はこの世しか知らないんだから、あの世の常識をナチュラルに語られても困る。

「運転免許証だってそうじゃん。筆記と実技、両方合格しないと免許はもらえない。別に珍しくないだろ」

「じゃ、守護霊の免許があるんだ」

「三年に一回更新しないと、有効期限切れだ。そのままやってると更新しろって勧告がきて、無視してやってたら免許剥奪。そしたら給料もなくなっちゃうし、生活できなくなっちゃう」

「給料? 守護霊って職業なのか?」

「今日の藤は、よく質問するんだな。守護霊免許って、身分証明にもちょうどいいんだ。協会に所属してることにもなるから、保険にも入れる。もしものことがあったときは安心だな。近いうちにお役所に受験票取りに行くんだけど、縁起いい番号だったらいいなあ」

「……」

 当たり前のように吐き出される言葉の数々が、俺の言葉を端から奪い去る。あの世というやつは、生きている人間が想像している世界よりも、遥かに現世に近い構造をしているようだ。

「給料がないと生活できないって、じゃあ夏也は、今はどうやって暮らしてるんだ。それに、成仏した人は次に生まれるための準備をするんだろ。その準備っていうのが、まさか働いてお金を得てっていう社会経験とは言わないよな」

 辛うじて訊ねると、夏也は、そんなわけないじゃんと首を横に振った。

「次に生まれる準備っていうのがなんなのかは、俺にもまだよくわからないんだけど」

 そう言った後、夏也は更に続けた。

「成仏してない人は、まだ正式にはあっちの世の住人になってない。だから、別になにも食べなくたって平気だし寝なくても平気だし、本当に死んだままの状態だから生活しなくていいんだ。言い方を変えると、食べることも寝ることもできない。普通は人とまともな会話もできない。認識もしてもらえない。なにもできない。それに耐えられないから、みんな成仏しようとするんだよ。それを邪魔するのが、生きてる人の強い念だとか自分の未練とかだったりするわけだけど」

「じゃ、なんでお前は食べてるんだ? この前はジュースも飲んでたよな」

「死んでからのエネルギーが普通の人と違うっていうのは、そういうことなんだろうな」

 ファンタジーすぎてついていけない。そう、と答えるのが限界だった。いや、ファンタジーなのだろうか。逆に現実的だ。現実とはこんなものだ。退屈で、夢なんてなくて、ひたすらにリアルだ。夏也が死んだ当初は耐えられなかったけど、今はそこまで嫌いでもない、俺に見えている俺の世界だ。

 夏也は続けて教えてくれた。成仏して転生のための準備をする人――大半の人がこうなのだが、その人たちと、成仏して守護霊やその類の役割を持つ霊になる人たちとでは、あの世の住人としての登録のされ方が少し違うらしい。役目としてこの世に留まったり、あの世との行き来ができるようになる対価として、現世と同じようにお金を稼ぎ、税金を納め、社会集団の一部として生活しなければならないルールがあるそうだ。ちなみに、後者のことは、後者の仲間内や前者の間で「就職」と呼ばれているのだとか。どこまで現実的なのか。今度夏也が受ける守護霊試験も、そっちの世間一般では就職試験ということだ。余談だが、所謂死神になる試験もあるらしい。怖いな、と俺が短く感想を述べると、夏也は頬を膨らませた。「生きてる人はそう言うけど、あれだって大事な仕事なんだぞ。死んだ魂は確実に処理して導かなきゃいけないし、死神なんて言えば確かに怖いけど、生まれ変わる準備をしてる人たちのサポートだってしてるんだから」。生前の夏也なら、絶対にこんなこと言わなかった。それを思うと、少し心が和んだ気がした。夏也は、普通に元気にやっているらしい。

「じゃ、藤。俺、勉強するから帰る」

 いちご大福ごちそうさま。夏也はそう言って、両手を合わせて頭を下げてきた。拝んでいるようなポーズだ。随分面白い冗談だ。どういたしまして、と、俺は真似して同じポーズを取った。次はなにがいいかと訊くと、合格祝いのいちご大福ふたつ、と笑顔で答えられた。相変わらずだ。俺もつられて笑ってしまった。

「守護霊免許証、見せてやるからな」

「期待してる」

「それじゃあ、またそのうち」

 軽く手を振って、夏也の身体は透け始めた。普通にしていれば生きている人間と変わらないのに、消え方だけは一丁前だ。俺も手を振り、夏也の身体が完全に見えなくなるのを待った。家に帰る友達を見送るのは普通のことだ。いや、家ではないのか。そういえば、夏也は今、どこでどう生活しているのだろうか。それも訊けばよかった。

「ま、今度訊けばいいか」

 小さく呟いて、腰を上げた。夏也の姉は、家にいるだろうか。突然だが、ちょっと行ってみようか。あの人は、いつも俺を歓迎してくれる。可愛い弟の親友だからと、笑顔で迎え入れてくれる。

 気を遣わなくてもいいのにと言われるが、手ぶらというのは癪だ。今日はなにを買っていこうか。無難にオムツでもチョイスするか。想像するのも楽しく、暑さも忘れて軽くなった足取りで、俺は墓場を後にした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ