聖水(ただの水)を売る教会を、ナノマシンで倒産させることにした
「魔法で治せないなら、分子レベルで修理すればいいじゃない」
そんな理系特有の(ちょっと傲慢な)精神で、中世レベルの医療倫理をぶち壊していく爽快感を楽しんでいただければ幸いです。
まずはプロローグ、彼が「神の領域」に手をかける瞬間から物語を始めます。
「ああ、神よ! 感謝いたします! これで、これで母の病も癒えるのですね!」
石畳が敷き詰められた王都の中央広場。
使い古したボロ布のような服を纏った男が、涙ながらに小さな小瓶を捧げ持っていた。
その前には、眩いばかりに白い法衣に身を包んだ、恰幅のいい司祭が立っている。
「信じなさい。この聖水は、我らが主の慈悲そのもの。信心深き者にのみ、奇跡は訪れます」
司祭は慈愛に満ちた笑みを浮かべているが、その瞳の奥には冷徹な勘定が透けて見えていた。
男が聖水と引き換えに差し出したのは、泥に汚れた金貨数枚。それは恐らく、彼の一家が数年かけて、あるいは家財のすべてを売り払って工面した全財産だろう。
群衆の端で、俺――カイト・タキガワは、自作の魔道具である片眼鏡を指で押し上げた。
「……解析完了。主成分:H₂O。微量の不純物(カルシウム、マグネシウム)。及び、気休め程度の抗菌作用を持つ植物抽出エキス。以上。……笑えるな。ただの『保存状態のいい井戸水』だ」
俺の脳内に、前世で培ったバイオテクノロジーの知識が、AR(拡張現実)のUIとなって浮かび上がる。
前世でバイオスタートアップのCEOとして、分子標的薬やナノマシン治療を研究していた俺にとって、この世界の「魔法医療」はあまりにも前時代的、いや、もはや詐欺の領域だった。
この世界には「魔力」という未知のエネルギーが存在する。
だが、その使い道はあまりにも粗野だ。傷口を無理やり塞ぐ治癒魔法は細胞の異常増殖(ガン化)のリスクを無視し、万能薬と呼ばれる伝説の薬ですら、その実態は強烈なアドレナリン放出で痛みを誤魔化しているに過ぎない。
「神の奇跡、ね。なら、俺のこれは何と呼ぶつもりだ?」
俺は腰のポーチに忍ばせた、一本の試験管に触れた。
中には無色透明の液体。だが、その中には俺が15年かけてこの世界の魔力法則をハッキングし、構築した**「自己増殖型ナノマシン群(精霊粒子)」**が数兆個単位で待機している。
これは祈りでは動かない。
論理と、魔力という名の電力によって駆動する、超微細な「掃除屋」だ。
「カイト、またそんな顔をして……。あれは教会の聖務ですよ。関わっちゃダメですって」
隣で袖を引くのは、幼馴染の少女・リアだ。
彼女はこの世界の平均的な価値観を持っている。教会は絶対であり、病気が治らないのは「信心が足りないから」か「寿命だから」。
「リア、君の祖父さんが去年、肺の病で亡くなった時、教会は何て言った?」
「え……。ええと、『天に召される準備が整ったのだ』って……」
「金貨10枚の聖水を飲ませた挙句にか。……ふざけてるな。あれはただの肺炎だ。適切な抗生物質か、ナノマシンによる肺胞のクリーニングがあれば、今でも元気に酒を飲めていたはずだぞ」
俺の言葉に、リアは困惑した表情を浮かべる。
この世界の人々にとって、死は「抗えない運命」だが、俺にとっては「単なるバグ」に過ぎない。
広場では、司祭がさらに声を張り上げていた。
「さあ! 次の聖水の頒布は一週間後です! 主の加護を望む者は、さらに徳を積み、寄付を捧げなさい!」
徳、という言葉が「金」を指しているのは明白だった。
あの聖水の原価を計算してみる。井戸から汲んだ水に、庭に生えている薬草の搾りかすを混ぜ、仰々しい瓶に入れるだけ。瓶代を含めても、銅貨数枚といったところか。
それを金貨、つまり原価の数万倍で売り捌いている。
現代の製薬会社でも、そこまでボッタクリの利益率は設定しない。
「決めたよ、リア。俺は商売を始める」
「え? また薬草採りの手伝い?」
「いや。……教会の『聖水』を、この市場から駆逐する」
俺は広場の中央へと歩き出した。
手には、あの試験管を携えて。
教会の司祭が、去り際に俺を不審げに見とがめる。
「若者よ、何か御用かな? 主への寄付ならあちらの箱へ――」
「いえ、司祭様。提案があるんです。その『聖水』よりも100倍効いて、価格は100分の1の飲み物を作ったのですが、教会の独占販売権を買い取ってくれませんか?」
周囲が静まり返った。
司祭の顔から慈愛の仮面が剥がれ落ち、侮蔑の表情が顔を出す。
「……狂人が。神の奇跡を、金銭と理屈で測ろうというのか。不敬罪で縛り上げられたいのかね?」
「いいえ、ビジネスの話ですよ。……例えば、あそこに座り込んでいる老人の足。壊死しかけていますよね? あなたの聖水なら、何本飲めば治りますか?」
俺が指差したのは、物乞いの老人だ。足の傷が化膿し、死臭が漂い始めている。治癒魔法でも切り落とすしかないと言われる重症だ。
「あれは……本人の罪が深すぎるのだ。聖水100本でも足りぬだろう」
「そうですか。僕のこれなら、一気飲み(ワンショット)で十分です」
俺は司祭の制止を無視し、老人のもとへ歩み寄った。
そして、試験管の液体を老人の口に流し込む。
「ちょ、カイト!?」
リアの悲鳴。司祭の罵倒。野次馬の冷ややかな視線。
だが、数秒後。
老人の足から、黒い膿が噴き出した。
同時に、ナノマシンが毛細血管に侵入し、壊死した組織を高速で分解。魔力を触媒にして周囲の細胞を強制活性化させ、健康な組織へと再構成していく。
「……あ、あああ!?」
老人が叫び声を上げ、立ち上がった。
数分前まで腐りかけていた足が、まるで赤子のような、瑞々しい皮膚に覆われている。
「足が……動く。痛くない。神様……これぞ神の奇跡だ!」
「いいえ、おじいさん。それは『科学』っていうんですよ」
俺は呆然と立ち尽くす司祭に向かって、ニヤリと笑って見せた。
「さて、司祭様。あなたの『聖水』の在庫、今のうちに全部叩き売っておいた方がいいですよ。明日からは、俺の『ナノ・ポーション』が市場を支配しますから」
これが、後に「暗黒時代の終焉」と呼ばれ、教会を倒産に追い込んだ最初の事件だった。
第1話をお読みいただき、ありがとうございます!
「神の奇跡」という名前のぼったくり商品が横行する世界で、主人公が「圧倒的な品質と低価格」という、身も蓋もない資本主義の暴力で殴りかかる物語が幕を開けました。
宗教という名の既得権益を、ナノマシンという名の科学技術でどこまで追い詰められるか。
主人公のカイトは、力でねじ伏せるのではなく、常に「エビデンス(証拠)」と「コストパフォーマンス」で敵を絶望させていく予定です。
次話からは、いよいよカイトが本格的に市場に介入します。
まずは街で一番影響力のある「病弱な公爵令嬢」をターゲットに、ナノマシンのデモンストレーションを行う予定です。
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皆様の反応が、カイトのナノマシンの増殖スピードを早めます!




