6話 期待と生死の危機
ハーレム。
その言葉は、ムスリムからするとある意味馴染み深い。
アニメやラノベでは可愛い女性を侍らせることを指す用語であるが、イスラム教においてハーレムとは女性の居室だ。
イスラム教はよく厳格なルールがあって男性には性欲も煩悩もないと思われがちだが、それはあくまでも表を切り取っただけに過ぎない。
ガサツな俺でも流石にやろうとは思わないが、トルコやマレーシアなど世俗的なイスラム国家では豚肉が普通に屋台で販売され、食べるムスリムもいるのだ。
あと性に関して言えば、ムスリムにも邪な妄想を働く奴はいっぱいいる。例えば俺もアニメを見ている内にすっかりオタクと化したのだが、色々な性癖を頂いた。
人には決していない性癖もあるが、俺の本性はイスラムではならず者として扱われるだろう。
「ハーレム、か……」
故郷の風景を思い出し、無意識にそう呟く。
レバノンにも当然ながら女性はいたが、俺はヒズボラの影響力が強い地域にいたから、シャリーアによって女性達はあまり外出していなかった。
そんな自分もイスラエルとの戦闘に参加していたし、母親以外の女性と触れ合ったことは片手で数えられる程度しかない。
「やっぱり、このスキルいいかもな」
ここに来て、初めて溌剌とした笑みが浮かんだ。
今は山の中に籠っているから件の効果は発動しないが、もし街中に出ると……沢山の女の子に寄り添われるのだ。
まさかこの俺がラノベの主人公になれるなんてな。
それとイスラム教では一夫多妻制が認可されており、最大四人の女性と結婚できる。けれども経済力があることが前提となっているので、俺にはまだまだ遠いお話だろう。
「早く街に行きたいなぁ……」
疲労はどこへやら――――自分でも分かるほどにいやらしい表情が顔面に張り付き、美女にお世話されている光景を頭の中で組んでしまった。
不純極まりないが、俺だってたまには誰かに甘えたい生き物だ。
遭難からほぼ一週間が経とうとしていたが、ハーレムの夢は失いつつあった。
もちろんハーレムは満喫したいし、無双もしたいが、願望を抱けるぐらいの暇がどこにもなかった。
まずモンスターには四六時中襲撃され、森の中にヘリコプターが着陸したかと思えばそこから武装した兵士が降りて来て撃たれる……散々な毎日だった。
川はそこら中にあるから魚を獲って食事はどうにか維持できていたのだが――――
「くそっ……完全にやられたぜ」
魚に寄生虫がいたのか、俺はあの洞穴から動けなかった。
高熱も一昨日から続き、下がる気配は一向にない。
これでも病に陥った時よりかはややマシになっているが、嘔吐も下痢も止まらないし、脳を常にトンカチで殴られているような感覚が自身を襲う。
「うう……」
あまりに弱々しい声を唸らせ、M4を抱き寄せる。
この状況で武器が何の役に立たないことは周知の事実であるが、こうでもしないと気持ちまで苦しい。
薬を飲んだら一発で治るのだろうが、山奥に薬局なんかあるはずがなく、自然に完治するのを待つほかない。
死ぬことはない……そう信じているが、この調子だといつしか本当に死にそうである。
シャワーも浴びれず、臭さに自分自身でも嫌悪してしまうほどだ。
脳が鋭く痛み、意識が朦朧としてくる。
寝たいが、苦しくて瞼をロクに閉じることもままならない。
寒気だって酷いものだ。
温度的な寒さじゃなくて、生命に絡む危険な寒さだ。体は震えが収まらないし、臓器も正しく動いていないように思える。
「あう……」
情けなくも苦悶の声が洞穴に落ちて、薪を燃やしていく焚き火の音にかき消される。
とうとう体に限界がやって来たみたいだ。
吐瀉物がびちゃびちゃと強制的に吐き出され、下痢も漏れてズボンに滲むのが伝わった。
汚物の悪臭が漂う中で、俺の意識は段々と遠くへ引き離されていた。
「うう……最後に、レバノン行きたかったなぁ」
やっとの思いで残せた言葉はたったそれだけ。
無双とハーレムの生活に期待を膨らませていたのにこんな死に方をするとは、戦時でも平時でも世界はいつも残酷だと改めて実感させられた。




