3話 奇襲
希望が自然と芽生え、あの町を目指して移動しようと決心したその時――――轟音が鳴り響き、せっかく握れたやる気は粉々に散った。
「えっ、何だよあれ……」
俺のそんな呟きも、けたたましい砲声によって掻き消されていく。
レバノンを空爆で徹底的に潰されるあの悪夢が、脳裏に迸る。
それが再現されるかのように町へ砲撃が加えられ、あっという間に真っ赤な炎と瓦礫で蝕まれた。
何が起きているんだ――――これが、2053年の世界だというのか。
ふと町の奥側をさらに凝視すると雄大な海が広がっていたのだが、そこに浮かんでいたのは世にも悍ましい光景であった。
大艦隊だ。それも軍艦である。
船には詳しくないが、あれらは全てロシア海軍の艦艇のように思える。先頭に停泊して砲撃を行っているのはスラヴァ級で、その後ろで援護しているのはキーロフ級だろうか。何にせよ、あの特徴的なフォルムは間違いなく西側のものではない。
揚陸艇も砂浜へ大量に押し寄せており、何千という兵隊が上陸を仕掛け、銃声が遠距離にいるこちらにまで聞こえてきた。
というかふと気付いたことなのだが、あの町の構造からしてこの国は親父の母国である日本っぽい。
東アジアに興味はないが、親父曰く日本は女性が夜中に一人で出歩けるほど治安が良く、経済格差もなかったと言っていた。
その日本が、レバノンみたいな悲しい戦場になっているなんて。
どうすることもできず、見入っていると、兵隊はこちら側に侵攻していた。すぐこの山には到達できないだろうが、奴らは善人ではない。すぐにでも逃げないと。
てっぺんから慌てて地上へ戻り、命のことを念頭に置いて脇腹が痛くなっても森を駆け続けた。
真反対に、背後を振り返らず。
「ハアハア……さっきのは何なんだ」
無我夢中で疾走している内に国道へ抜け出たらしく、古びたバス停のベンチに力なく座った。
心臓は破裂しそうなほど蠢くが、とりあえず山から出れてよかったと一息つく。
けれど、束の間の休息も許されなかった。
突如、頭上から騒々としたエンジンの音が舞い降りてくる。
大型の航空機だと思う。ゴラン高原にあるヒズボラが管理している滑走路にイランからの輸送機が着陸したことがあるが、あの時の轟音とそっくりだ。
やがて小さなバス停は巨大な影に埋め尽くされ、熱風が直撃。
「あ、あれは……!」
正体に、怯えるしか取れる行動は残されていなかった。
航空機なのはいい。
恐ろしいのは、それから大量の兵士が放たれていること。
空挺部隊か――――彼らはミスすることなく的確に落下傘を展開し、ゆっくりと地上に降下していた。
一人の兵士がほぼ目の前に降りた瞬間、視線が縫い合わされた。
ほんの数秒しか経っていないが、その時だけは時間という概念が消えたかのようだった。
デジタル迷彩服に威圧感を与えるバラクラバと、特殊な形をしたヘルメット。チェストリグにはいくつかの弾倉が刺さっており、その兵士は武器としてクリンコフを携えていた。
かくいう自分も銃以外は似た装備である。
「お前……」
死ぬ寸前みたいな擦れた声が漏れる。
ヒズボラと装備は酷似しているが、思想はまるで違う。
バラクラバから覗く僅かな面積の目玉を見て、咄嗟に彼がどんな人間なのかが分かった。
この兵士は強者に洗脳され、殺すことだけが得意な狂人だ。
装備がいくら似ていても、話が通じないなら見逃してくれることはありえない。
兵士の眼光が狂気に染まり、乱射を仕掛けてきた。
慌てふためきながらもバス停のベンチを倒して盾代わりにし、反撃を行った。
――――数発の銃声が木霊し、弾がヘルメットを貫いてその兵士は後ろに斃れる。
ユダヤ人の兵士は幾度となく撃ち殺してきたが、今回は底知れぬ不快感が感情に塗られた。
何故だろう……どちらも狂暴な存在には変わりない。
いや、答えが出た気がする。
イスラエル兵への殺害はあくまでも自衛とイスラムの名誉のためだったが、空挺兵を殺したのは……くそ、どう表せばいいのか考え付かない。とにかく人として最低なことをやらかした罪悪感に苛まれるのだ。
しかし死んだ兵士に気を取られている内に、俺は例の兵隊らに取り囲まれていた。
肩にロシア国旗がプリントされたワッペンを着けているし、こいつらは町を攻撃していた部隊の仲間だろう。
ロクに身動きができず、徐々に距離を詰められていく。
左にロシア兵、右も同じ、正面にもぎっしりと。
「……」
チラリと背後へよそ見する。
あるのは、樹海。
またあの迷路のような森林に戻っていくのは気が引けるが、ここで殺されるよりかはマシだ。




