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10話 荒れた世界

 容態は快調に向かい、ようやくベッドから解放された。

 結局あのオルランとやらはお仕事が忙しいらしく事情を全く説明してくれなかったが、後で聞けばいい話だろう。


 「さて、そろそろ行くか」


 ベッドを下りると自分の寝間着……それから選択された服が入った袋を見つめた。申し訳ないことに、俺の野戦服や装備はオルランがわざわざ洗ってくれたらしい。

 袋を掴むとベッドと外部の視線を遮るカーテンを展開し、寝間着を上下ともに脱いでいった。

 パンツ一枚になったところで、袋をひっくり返す。


 「おっ、ほんとに綺麗になってるじゃん」


 ウッドランドが施された迷彩服を手に取って微笑み、その他の衣類もベッドに並べる。

 フローラルな香りがするが……これはオルランの嗜好なのかな。

 服を素早く着ていく。森にいた時は糞やらゲロやらで大惨事になっていたが、清潔なので高揚感を覚えられる。


 迷彩服を纏うと、チェストリグも身に付ける。バラバラに分解されているが、洗われた形跡がある。オルランは忙しい中ここまでやってくれたのか。いい人だ。

 いつものポーチもしっかり洗濯されており、ルンルン気分でチェストリグに通す。


 「よし、こっちもやっておいてと……」


 ピストルベルトを腰にややキツく巻き付け、それにもいくつかのポーチを装備した。

 台にあった手鏡で自分の格好を確かめてみる。

 長らく回復のためシャワーができず、髪の毛はちょっぴり油っぽいが、ムジャヒディンの風体を再び手に入れられた。

 けれど、僅かな違和感があった。


 「んー、何だろ……?」


 鏡の中に写る自分を満遍なくチェックするが、どこがダメなのか分からないでいた。


 「あっ、これか!」


 しかし鏡に反射しているベッドの上にヒズボラのバッジが縫われた赤のベレー帽が転がっていて、モヤモヤが解消した途端すぐさまそれを頭に乗せた。

 帽子の紐を固く縛り、スリングが取り付けられているM4A1を肩に担いだ。

 カーテンから外へ出る直前、鏡でもう一度格好を見てみた。


 「……うん、いい感じだ」


 自画自賛はナルシストと重なる部分があるが、はっきり言って今の俺は歴戦の兵士のような風貌である。


 「おっと、これもだった……」


 足がやけに煩わしいなと思っていると、靴紐が解ける寸前だった。

 そこも固く結び、靴がすっぽ抜ける心配はなくなった。

 一息飲むと、カーテンを大きく捲った。

 何だかリフレッシュされた感覚である。


 「……さあ、まずは外に」


 扉の先に広がっているであろう廊下へ向かおうとした時、ノックの音が規則正しく響き渡った。

 開いた扉から顔を出したのはあの銀髪爆乳美女ことオルランだった。


 「……よ、よう、久しぶりだな……」


 目のやり場に困り一瞬天井や壁など意味不明な箇所に視線を注いだが、最後に目玉を奪われたのはやはりその双丘であった。

 しかも今日は特に仕事がなかったのか軽装であり、デカさがよく際立つ。

 ……揺れもえげつない。俺を挑発しているかのように、彼女が一歩進むにつれて上下左右に柔らかい肉の塊が弾む。


 「アイマン君、随分とかっこよく――――み、見るなっ! このケダモノ!」


 オルランが眼前に来た時、叫んで胸元を隠し、頬を赤らめた。

 ……変態なのは分かるけど、じゃあどこを見ればいいんばよ! と、俺も同じく心の中で叫んだ。

 彼女は不機嫌なままだったが、別のベッドに座り、こちらに目を合わせた。


 「き、気を取り直そう、アイマン君! ま、まずは回復おめでとう、風貌も勇ましくなったな」

 「まあ、これがヒズボラの標準装備だからな」


 軽く笑って言う。


 「では、アイマン君、この病室を離れる前にまずここはどこで、世界はどうなっているのか、きちんと説明しよう。最近は忙しくて悪かった」

 「ん、謝罪はいーよ、じゃあ説明よろしく」


 自分も銃を枕の上に置いて、ベッドに座る。形式としては対面だが……煩悩は逃げず、意識していなくても二つのボールに吸われてしまう。

 もうオルランも慣れたのか、両頬をほんのりと朱色に染めつつも話し始めた。


 「前回少し話したことは覚えているか?」

 「うん、2036年に世界がヤバくなったやつだろ?」

 「うむ、まさしく正解だ。今回はそれと絡む説明をする」


 オルランはスマホを取り出すと前に見た立体的な画像を宙に映した。慣れないが、騒ぐのはやめておこう。

 画像はテンポよく切り替わっていき、世界地図が表示された。現在地なのか、赤い点が一つあった。


 「まずここは……この赤点を見てくれ、そうすると分かりやすいはずだ」


 彼女はそう言って地図を拡大してくれた。


 「現在地は日本の青森県にある八戸市だ」


 聞いたこともない地名だが……レバノンの人間だったら当たり前か。


 「異国の地に飛ばさてしまったもんだな……でもよオルラン、モンスターのことはともかく、兵隊は何だったんだよ?」


 相手は知らないかもしれないが、念のために遭遇した軍団のことについても打ち明けた。


 「兵隊……? ああ、ロシア軍か中国軍の部隊だろう」

 「はっ? おいおい、ここ日本だぞ。平和な九条はどこいったんだよ?」


 日本といえば徹底的な反戦主義であるが、戦場になっているとでも言うのか。

 侵略されたにしても、何故日本が狙われたのだろうか――――尋ねるよりも先にオルランが唇を動かした。


 「アイマン君、北海道は知っているか?」

 「アイヌとかの……そういうことしか知らないけどな」


 苦笑気味に言ったが、彼女の顔色は思ったよりも深刻だった。


 「実は北海道は現在、ロシアによって実行支配されている」

 「えっ、な、何で?」


 動揺し、両手を広げながら問い掛ける。


 「侵攻理由は明らかになっていないが……恐らくは不凍港の確保だと言われている」

 「不凍港……」


 寒い地域にあるが凍らなくて年から年中使える港のことだ。

 確かにロシアは常に氷に包まれているイメージはあるが……だからといってそこまでするのだろうか。


 「違和感を覚えているようだな。しかしロシアの状況は思ったよりも深刻で、魔物によって大半の港が使えなくなった」

 「モンスターはそんなに脅威なのかよ」

 「ああ、脅威を通り越してウランのない核兵器とも言える。そのせいでいくつかの小国は滅び、現在でもそれらの国ではモンスターとの紛争が続いている」

 「そっか……危ないんだな、この世界は。それで北海道が占領されたのはいつ?」


 そう質問すると、オルランはとあるURLを打ち込んでとあるニュースサイトを表示させた。


 「2047年の夏……ロシアの海運業に大きな損害が出て来た頃だ」


 その説明にミスはなく、文章の中にも同じ内容が綴られてあった。


 「本当だったんだ……でも自衛隊は? 在日米軍は動かなかったが?」


 だが。

 オルランは首を横に何度かゆっくりと振った。


 「……大変悔しい話だが、まず自衛隊はモンスター駆除の影響で疲弊していて、在日米軍に関してはアメリカにおける魔物駆除のため完全撤退した」

 「そんな……そんなの、丸裸もいいところじゃないか」

 「アイマン君、その通りだ。もちろん自衛隊も出動したが北海道を防衛できず、さらにロシア軍は中国とも共闘していて、二か月後には北海道を丸ごと奪われた。そして、最近ではここ青森にもロシア軍が侵攻している」


 ……沈黙にさらなる沈黙が積もる。

 ヒズボラは関わりは薄いとはいえロシアから支援を受けていた。

 でも、これはどこかで味わったことと全く一緒だ。

 ――――そう、イスラエルの行動である。まさかロシアもシオニストの手下になり果てたとは。まあそもそも俺は帝国主義が嫌いな奴だ。アメリカにせよロシアにせよ中国にせよ弾圧を好む集団は、愛せない。


 「じゃあさオルラン、青森というか日本はロシアと魔物という敵がいるのかよ」

 「そういうことだ。自衛隊はもはや活動をしておらず、日本はどんどん腐っていっている」

 「……だから俺を呼んだのか?」

 「そういことにはなる。ただし、無理強いはしない。あなたの意見は尊重する」

 「へへっ、多少の無理なんざレバノンの聖戦士には関係ねーよ」


 俺を快活に笑ってから立ち上がり、銃を肩に吊るし下げた。


 「結果は分からないけど……オルラン、俺は弾圧が嫌いだ。ナクバを仕掛ける奴らは出来る限りジハードで仕留めてやるさ」


 テロリストの勇者という肩書きは不安を感じるものだろうが、ここまで来たんなら思う存分聖戦を遂行してやろう。

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