9話 経歴
変な自己紹介に首を傾げながら。
「何か……変わってる人間だな」
ははは、と苦笑したが、どんなリアクションを取ればいいのやら。
だが、逆にオルランとやらが何とも言えない表情に変わった。
「勘違いしているようだが……そもそも私は人間ではない」
「えっ、どういうこと?」
そう問い掛けて、視線が向かう先はたわわに実った二つの山脈。
こうも国宝級のものをぶら下げておいて人間否定発言はないだろう。
やらしい視線に気付いたのか、オルランは胸元を手で覆うような姿勢を作り、気まずそうになりながらも口を開けた。
「……そのままの意味だ、私は人間の手によって造られた存在だ」
「おいおい、怖いこと言うなよ。普通にお袋が腹を痛めてお前が生まれたんだろ?」
「違う。人間を解体すればきちんとした臓器が出るが、私を解剖しても骨格はアルミだし、内臓もあるにはあるが人工的なものだ」
「えっと、つまり……?」
要約を求める。
「私はいわばロボットだ。正式名称はラトニク……この国、日本では自動歩兵とも呼ばれている」
「……ちょっと待ってくれ、ここ日本なのか?」
この爆乳美女がアンドロイドなのも驚きというかまだ信用しきれないが、それ以前に転移した国名を聞いてビックリした。
まさか親父の祖国にやって来るだなんて。
日本の血が混じっているとはいえ、俺はこの国に無知だ。
人々はどのように生きて、どのような政治体制で、どのような民度なのかも分からない。ただ親父によると治安はレバノンとは比にならないほど良好とのこと。
確かに東アジア諸国は尖閣諸島や先の大戦における認識、慰安婦問題など外交的な事情は抱えているが、イスラエルとハマスみたく血みどろの争いをしているイメージは湧かない。
「まあ、日本にいるのはいいけどさ……ラトニクってのは何なんだよ」
「簡単に言えば、一昔前のゲームなどで登場していたアンドロイドだ。開発の経緯としてはウクライナの紛争と絡んでいる」
「そんなのもあったな、お前の話じゃ終わったみたいだけど」
「ああ、確かにあの紛争は最終的にはロシアの勝利で終わってしまったが、何も楽勝というわけでもなかった」
「そうだったのか? 俺は生憎砂漠の国家で戦ってたから、そこんとこ分かんないだよ」
「……説明を続けたいが、アイマン君はやはりレバノンの出身なのか? 銃やヒズボラのワッペンが張られたベレー帽も見つかったことだし……」
彼女は台に置かれた俺の装備をチラリと見て言った。
もう隠し通すことはできないと観念し、話せる範囲で打ち明けることを決めた。
「……喋るけど、絶対に馬鹿にするなよ」
「もちろんだ、私だって辛くなって亡命した身だから……」
オルランは少し俯き、過去を思い出しているのか暗い色が顔に混じった。
悲しませ続けるのも余計だと思って、すぐ話すことにした。
「まず俺はレバノンで生まれた。19歳だけど高校は中退した」
「それは何故?」
「……ナクバの巻き添えさ」
「ナクバ……イスラエルの暴虐だったな、それは」
「ああ、そうさオルラン。当時のイスラエルはガザ地区のみに攻撃すると言ってたのに、レバノンにまでやって来やがった。それで俺が住んでたゴラン高原もめちゃくちゃに荒らされたよ」
「そうか……アイマン君にも辛い過去があったんだな」
「いや、辛いなんてもんじゃない。インフラは破壊され、尊厳すらも侮辱されたもんさ」
気のせいだろうが、あの時の香りが鼻に刺さった感じがした。
粉塵の臭い。
血の臭い。
火薬の臭い。
鉄の臭い。
当時のゴラン高原の光景が脳裏で繰り広げられる。
市民はイスラエルの空爆によって次々と爆死していき、世話になったモスクは砂に帰り、シオニストの戦車が故郷を蹂躙する。
……嫌な記憶を思い出してしまったもんだ。
怒りを溜め込んでいるのが伝わったのか、オルランは斜めに視線を逸らした。
「ごめん、オルラン……イライラしてたんだよ、イスラエルにな」
「君の気持は分かる……嫌なら答えなくていいが、中退した後は?」
「ヒズボラに志願した、あれは多分17歳の時だったはずだ」
「シーア派の民兵組織か……メディアではテロリストと呼ばれていたな。はっきり言って、私もそういったものには抵抗があるような……」
チッ、と軽く舌打ちを鳴らした。
優しいとか可愛いとか思ってけど、この女性も結局はイスラエル寄りかよ。
ハマスやヒズボラにも非があるのは認めるが、約70年に渡って市民を無差別に殺戮し、入植をやめない国家は一体どこなんだ――――イスラエルこそ、テロ集団だろう。
気が付かない内に、俺はオルランを睨んでいた。
「あ、アイマン君……?」
少し怯えた瞳で見つめ返される。
文句を言って、拳をぶつけようと考えたが、こんな状態だし、諦めた。
それにオルランの視点も間違いではないと信じたい……冷静さを失っていたが、よく考えてみれば、ユダヤにもユダヤの正義がある。
「……ちょっとイライラしただけ。でも、レバノンやガザの視点も少しは考えてほしかったんだよ」
バツが悪そうに言葉を吐き、オルランは自らの過ちに謝る。
「ご、ごめんなさい……アイマン君。確かに盲点だった。以後は気を付ける」
「まあ、文句なら裏で言ってくれ、悲しくなるから」
「分かった……そう言えば、聞きたいことがある」
「何だ? どんどん質問していけ、答えられる範囲でなら答えてやるよ」
オルランは俺の銃であるM4A1を指さして、
「ヒズボラといえばカラシニコフを使っているイメージがあるが、アイマン君は何故アメリカ製を?」
「さあな、まあラドワン部隊にいたからだろうな」
「ヒズボラの特殊部隊に在籍していたと」
「ああ、体力が評価されて、入隊を許可された。俺の所属ではM16系統の武器が多く使われてたよ」
「……アイマン君は、アメリカは嫌いではないのか?」
「嫌いに決まってるだろ、イスラエルに武器渡してるんだから。でも――――」
視線をオルランから外し、陽光が差し込む窓の外を眺めた。
まばらに点在する民家と、どこまでも延々と伸びる青い水平線。海の近くのこの施設はあるのか。
そして、視線をオルランに戻す。
「政府とその他のものは別々として扱ってるかな」
「レバノンを侵略されても……?」
「一時的に国民を一括りにすることはあるけどよ、でもやっぱりそれはよくない。国民ってのは、大半が貧弱な奴らさ。で、政府は強権……奴らは国民を無理やり駒にして、戦地に派遣するんだ」
「被害者なのに、素晴らしいというか……私としては哲学を感じるよ」
「哲学じゃない――――俺の信念的なやつだよ。政府がダメでも、武器や人がよければそこにまで文句を言わないよ」
軽く微笑み、言葉を区切ってもたれるのをやめた。
するとオルランのスマホから通知音が小さく響き、彼女は咄嗟に椅子を立ち上がった。
「おっと……依頼が来たようだ。アイマン君、詳しいことはまた後で話す。では申し訳ないが、私はこれで」
「おう、オルランも死なないように気を付けろよ、きっと困ってもアッラーが助けてくれるだろうけどな」
彼女を見送り、扉が静かに閉じられた。
腕を頭に組んで、思考を張り巡らす。
まだ何も分かってないけど、この世界は俺という勇者を必要としているのだろう。
だったら、アッラーの名の下に奮戦しようじゃないか。




