第6話:炎と氷が交わる時
彼女の目の前にあったキューブが膨張し、部屋の中で浮かんでいた宝箱が宙に上がると、そのまま「ストレージ」へと吸い込まれるように消えた。
部屋に残っていた最後の貴重品――いくつかの石と共に、それも消え去った。
「……よし、次の段階に進もう。」
天音は、先ほどモンスターたちに追われながら通ってきた扉を見やった。
【テレキネシス — 起動】
部屋の空気が再び震えた。
血の鉄臭と、石をひっかく爪の音がこだまする。
天音のほんの一瞬の思考に呼応して、扉が勢いよく開く。
モンスターたちはまだ近くにいた――二十体ほどの群れが部屋へとなだれ込み、反射的に彼女を囲む。
天音の表情が一変した。
穏やかで、どこか現実離れした静けさがその瞳に宿る。
「我が前に立つなど……この程度の存在が、生を許されていること自体が滑稽ね。」
赤い瞳が妖しく光を放つ。
「はぁ……また昔の私に戻ってきた気がする。まぁ、一人言を言わなくなっただけマシか。」
そう思った瞬間、口から同じ言葉が漏れた。
モンスターたちが一斉に跳びかかる。
天音は小さく息を吐き――一瞬で姿を消す。
気づけば、彼女ははるか上空にいた。
【身体強化 — 起動】
「このスキル、まだレベル4なのに……もう十分速いわね。」
そう思考する間に、キューブが再び現れ、そこから宝箱が現れて空中に浮かんだ。
天音はその上に軽やかに立ち、テレキネシスでそれを宙に固定する。
「消えなさい。」
狼たちの届かぬ高さから放たれたその声は、冷たく響いた。
彼女の前に巨大な火球が出現する。両手を交差させ、まるで神が奇跡を紡ぐように。
それは建物ひとつを吹き飛ばすほどの大きさ。
怒り狂った魔獣たちが吠え上げる中、火球は落下し、地を灼熱の地獄へと変えた。
轟音が響き渡り、光が全てを呑み込む。
部屋を満たしたのは、モンスターの断末魔ではなく――空気そのものの悲鳴だった。
宝箱の上に立ったまま、天音はその光景を見下ろす。
「……あら、これはちょっとやり過ぎたかも。」
だが地上の炎は消えることなく、ゆっくりと溶岩へと姿を変え、岩盤と融合していった。
「ちょっと……本当に熱くなってきたわね。」
システム画面を見た瞬間、天音は眉をひそめる。
「え……MP ∞ / 200? 何それ、バグったの?」
「ふぅ……解析レベル999でも情報が少なすぎる。まずはここを出ないと。
……溶岩を凍らせるスキル、今の私なら作れるはず。」
アマネは宝箱の上に腰を下ろし、思考を巡らせた。
→【アイス・スピア ― Lv.15】
【おめでとうございます! 第6スキル獲得】
【おめでとうございます! レベル設定完了】
「よし、レベル15なら十分ね。試してみましょう。」
彼女が手を下に向けると、無数の氷の槍が周囲に現れた。
意思の閃きとともに、それらは一斉に地へと飛び立つ。
氷が触れた瞬間、溶岩は瞬時に石化し、凍結が稲妻のように広がっていった。
天音は地上に降り立ち、宝箱を置くと再びストレージへ収納する。
やがて、床の一部が不自然な形をして光を放っているのに気づいた。
「……これは? 解析でわかるはずだけど、情報が多すぎるわね。レベルを下げましょう。」
→【解析 ― Lv.10】
「うん、これでいいわ。」
満足げに頷くと、彼女は再びスキルを起動した。
→【解析 ― 起動】
【名称:エターナル・クリソライト】
【説明:炎と氷の融合から生まれた黒き結晶。赤と青の輝きを持ち、ダイヤモンドのように硬く、魔力を伝導する。】
【用途:魔法武器の素材、魔力伝導、収集用】
「面白いわね……もし採掘できるなら、売れるかも。」
足元に広がる鉱石を見つめながら、彼女は呟いた。
「うーん……掘る、掘る……そう、掘るスキルがあれば……。」
天音は顎に手を当て、考え込む。
→【物質分離 ― 起動】
柔らかな光が地面を貫き、二つに割った。
溶解の中心にあった鉱石が姿を現し、表面に押し上げられていく。
それは巨大な球体のようで、独特な存在感を放っていた。
「はぁ……どんどん簡単になっていくわね。」
天音は小さくため息を漏らした。
「もう食べる必要も、眠る必要もない……疲れすら感じない。」
彼女は扉の方へ歩き出し、最後に一度だけ振り返る。
「……さよなら。二度と思い出したくない場所。」
そして再びダンジョンの廊下を進みながら、ステータスを開いた。
だが、そこには違和感があった。
【現在の状態 ― 神格進化システム】
【名前:天音セイレン】
【種族:半神】
【職業:神造者/進化者】
【レベル:1】
【HP:100/100】
【MP:∞/200】
【筋力:6】
【敏捷:7】
【耐久:4】
【魔力:0】
【幸運:1】
【固有スキル:[神筆者 ― Lv.1] ― ステータス盤上のスキルを創造・改変し、レベルを自在に書き換える能力】
【状態:異常】
【潜在能力:無限】
【追加スキル ― 7】
【解析 ― Lv.10】
【身体強化 ― Lv.4】
【テレキネシス ― Lv.999】
【ケア ― Lv.999】
【ストレージ ― Lv.999】
【……】
「……あれだけのモンスターを倒したのに、一度もレベルが上がってない。
ステータスも変わってない……?」
天音は浮かぶ文字を見つめ、顔を曇らせる。
「……嘘でしょ? そんなはず……。」
足を止め、虚ろな瞳で床を見つめた。唇が皮肉に歪む。
「モンスターを倒してドロップ品を売る……漫画の中なら、それが常識でしょ?」
彼女は乾いた笑いを漏らし、ぼんやりと光る床を見つめ続けた。




