第4話:魔王による再誕
胸に刃が突き刺さった。
天音は叫ばなかった。
声も、涙も、もうこの世界での最後の瞬間には存在しなかった。
ただ、解放にも似た深い吐息だけが唇から漏れた。
だが、その奥には確かな後悔があった。
剣は肉と骨を貫き、奇妙な熱が全身に広がる――すぐにそれは消え、代わりに訪れたのは避けられぬ終わりの冷たさだった。
――けれど、その終わりは訪れなかった。
終焉が、否定された。
天音の身体に異変が起きる。
最初はわずかな震えだったが、それは次第に激しさを増していく。
どこか遠い世界から響くような、鈍い鼓動。
次の瞬間、首にかけていたネックレスから紫の靄が渦を巻き、彼女の身体を包み込んだ。
それに反するように、剣からは白い炎が立ち上り、逆方向に螺旋を描く。
剣が震え、ネックレスは眩い光を放った。
天音の身体はゆっくりと宙に浮き上がる――まるで、何か偉大なる存在に捧げられるかのように。
二つの相反する力――神聖と魔性が、彼女の中で交わった。
闇は肉体に染み込み、光は魂を包み込む。
それでも、蘇生の兆しはない。
魂はまだ、迷ったままだった。
――その時。
ネックレスが再び震え、紫の光が今度は天音の前方に集まり始めた。
やがて、ひとつの人影が形を成す。
それはほとんど人の姿をしていたが、銀灰色の肌がその違いを物語っていた。
黒い髪がうなじまで流れ、深い紫の瞳にはどこか悲しげな色が宿っている。
額には二本の角。
その威圧的な気配の中に、微かな憂いが混ざっていた。
男は片膝をつき、頭を垂れる。
やがてゆっくりと顔を上げ、静かに言った。
「……どうか、お許しを。」
その言葉には、慈しみと敬意がこもっていた。
まるで、長い間探し続けていた主をようやく見つけたかのように。
彼は天音の胸に刺さった剣を指差す。
刃は紫の光に包まれ、自らの意思で動き始めた。
剣は彼女の身体から抜け出し、宙に浮かび上がる。
男が古の呪文を唱えると、天音の下に巨大な魔法陣が現れた。
再び彼女の身体が宙に浮かび、今度はさらに高く舞い上がる。
髪がふわりと舞い、眩しい光が魔法陣を満たす。
男は途切れることなく、長く古い詠唱を続けた。
やがて、天音の身体は静かに地へと降り立ち、貫かれた胸が再生していく。
彼女の瞳がゆっくりと開かれ、そこには神々しい光が宿っていた。
鮮烈な赤――世界が息を呑むほどに、美しく。
天井を見上げ、そして自らの手を見つめる。
「……生きてる……の?」
「――神よ、謹んでご挨拶申し上げます。」
角の男が頭を垂れたまま、恭しく告げた。
天音はその存在を前にしても、まるで動じなかった。
(角……悪魔? でも、なぜ私に……?)
彼女は立ち上がり、冷静に考えようとした。
(結局、何が起こったの?)
口を開き、無意識に言葉を放つ。
「……今すぐ説明しなさい。この下等な存在。」
その瞬間、部屋の空気が重くなる。
見えない圧が辺りに満ち、男は息を呑んだ。
一瞬の静寂――嵐の後のような、祈りが届かぬ世界の静けさ。
魔法陣の光が消え、淡い残光だけが床を照らしていた。
天音はゆっくりと瞬きをする。
胸が上下し、安堵なのか虚しさなのか分からない。
その静寂は、どこか心地よかった。
――だが、次の瞬間。
「……って、何この喋り方!?」
頭の中で自分にツッコむ。
外見は威厳に満ちているのに、内心は混乱の渦だった。
角の男はその圧倒的な力に打ちのめされながらも、頭を上げずに言った。
「我が名はヴェルクラース。魔王だ。」
「今の私は本体のわずかな欠片に過ぎぬが、魔族の軍勢を率いる存在でもある。」
(魔王……? つまり、敵じゃないの? ていうか何で私、まだこんな口調……)
「私はスキルを使って、あなたを蘇らせました。どうしても、あなたを失いたくなかった。」
「……ふん、つまりあなたが私を生き返らせたのね。」
天音の唇に傲慢な笑みが浮かぶ。
「立ちなさい。ただし、信用したわけじゃないわよ。」
男は立ち上がり、紫の靄が身体から漏れ始める。
「時間がありません。この魂もすぐに消えるでしょう。」
そして顔を上げ、静かに告げた。
「私の願いは、あなたに仕えること。魔族の軍勢は、すべてあなたのものです。」
天音は真剣な表情でその言葉を受け止めた。
「……当然ね。質問は後にするわ。」
「では――私の代わりに、忠実な眷属をお送りしましょう。」
それが彼の最後の言葉だった。
紫の靄に包まれ、男の姿は闇に溶けて消えた。
天音はその場に崩れ落ち、長い息を吐いた。
疲労と混乱がその顔に滲む。
「……魔王が何でここに? ていうか、なんで私こんな偉そうな喋り方してんの?
女神って何!? しかも今、『下等な存在』って言っちゃったよね!?」
頭の中にツッコミが止まらない。
これは運命なんかじゃない――自分だけの、特異な道の始まりだった。
「……でも、まだ『システム』がある。」
そう呟き、天音は視界に浮かぶ光の板を見つめた。
―――――――――――――
【現在の状態:神性進化システム】
【名前:天音セイレン】
【種族:半神】
【職業:神なる創造者・進化者】
【レベル:1】
【HP:100/100】
【MP:∞/200】
【筋力:6】
【敏捷:7】
【耐久:4】
【魔力:0】
【幸運:1】
【固有スキル:[神なる書き手 – Lv.1] ― ステータスボード上の任意のスキルを作成・改変し、レベルを変更する能力】
【状態:異常】
【潜在力:無限】
【追加スキル:なし】
―――――――――――――
視界の下には、まるでスマホのようなキーボードが浮かんでいた。
「……は? なにこれ、どういうこと?」
唖然としながらも、口が勝手に動く。
「いや、ちょっと待って。さっき私、ゲームのラスボスと会話してたよね?」
思わず乾いた笑いが漏れた。
もう自分の言葉さえ信じられない。
次々と新しい通知が表示されていく。
【レベル制限解除】
【レベル変化スキル獲得】
【スキル創造獲得】
【システム操作権限獲得】
「……あーあ、私の人生、ほんと地獄だわ。」
そう呟いたあと、小さく笑みを浮かべる。
「……でも、不思議。全然悲しくない。」
そして微笑みながら、静かに呟いた。
「――さあ、もう一度始めよう。ねえ、ユキヒラ。」
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