第21話:闇のダンジョンへの道
太陽がエラリアの城壁の向こうから昇り始め、王都に黄金色の光を落としていた。
薄い朝霧がまだ瓦屋根の上に残り、まるで夜が完全に去るのを拒んでいるかのようだった。
城の大きな中庭では、衛兵たちが交代を終えようとしていた。
鎧の金属音が、静かに目覚めていく朝の空気に溶けていく。
時折、空中に魔力の火花が散る。魔術師たちが基礎防御魔法や攻撃魔法の練習をして、魔法の精度を上げていた。
さらに高い場所、城のバルコニーには王家の旗が掲げられ、冷たい朝風に静かに揺れていた。
王都の姿が徐々に露わになる。入り組んだ路地、密集した屋根、魔術塔の尖塔、そして遠くには自然の境界を形作る丘々が連なっていた。
英雄たちは城門の外に集まっていた。
装備を整え、荷物を背負い、戦闘に備えた姿だ。
そこにはダヴァンも立ち、巫女と生徒たちを前にしていた。
ダヴァンは声を張る。
「これが皆の“本当の”初戦だ。〈暗黒ダンジョン〉は下層でも強力な魔物がいるが、心配するな。序盤の階層はまだ危険ではない」
続いて巫女が言葉を継ぐ。
「魔物と戦うことは、レベルを上げる一番の近道です。どうか全力を尽くしてください」
「お、俺たち……本当に魔物と戦うのか……?」
一人の生徒が声を震わせた。
だが周りには期待に満ちた顔も多い。
「残念だが、私は同行できない。王の側を離れられん」
ダヴァンは厳しい表情で言った。
だが、その横に立つ騎士の肩に手を置きながら言葉を続ける。
「だが安心しろ。騎士たちが共に向かい、必要であれば助けもする」
その騎士が前へ出て言った。
「私はリアム。共に頑張りましょう」
「はいっ!」
生徒たちは声を揃え、兵士のように力強く返事をした。
そして騎士たちに囲まれながら、王都を後にして道を進んでいく。
巫女は、遠ざかる生徒たちを見つめて呟く。
「……彼ら、本当に魔王を倒せるのでしょうか」
ダヴァンは腕を組んだまま答える。
「この数ヶ月、準備はしてきた。勝機はあるだろう」
彼は城門へ向き直り、ふと尋ねた。
「……あなたこそ、大丈夫なのですか?」
巫女は深いため息を漏らす。
「……もう、自分でも分からないのです。こんな生き方……楽ではありません」
胸をかすかに震わせながら、彼女はわずかに眉を寄せた。
何かが締めつけるような、深く重い後悔が胸の奥で渦巻いていた。
彼女の手が左目に触れる。
視界が揺れ、声が漏れた。
「……私は、本当に正しかったのでしょうか……?」
ダヴァンは静かに答える。
「最善だったかどうかは誰にも分からん。だが、あなたは“苦しみを背負う者”を少しでも減らすため、その役を引き受けた。それだけは事実だ」
そう言い残し、彼は城内へと戻っていった。
巫女は一度空を見上げ、深く息を吸い込む。
「……彼らの仲間の死を、伝えなければならないのですね」
城門をくぐると、若い巫女が一人待っていた。
その少女は胸の前に十字を描き、アウレリア巫女の後ろを黙ってついて歩いた。
一方その頃——
英雄たちの一行は、古い石畳の道をゆっくりと進んでいた。
高い草の揺れる丘の間を縫うように続く、長い旅路だ。
英雄たちは中央を歩き、その周りを頑丈な灰色や茶色の馬に乗る騎士たちが固めている。
馬蹄の音が規則正しく響き、行軍のリズムを作る。
道の両側には、様々な種族の民が行き交っていた。
誰も叫ばず、花も投げない。
ただ、彼らは静かに頭を下げた。
派手ではないが、確かな敬意がその仕草に込められていた。
胸に手を当てる者。
子どもを後ろに下げて守る者。
誰もが、彼らを“未来の救い主”として見守っていた。
「まさか、こんな世界だとは思わなかったな」
イタカは通り過ぎる人々を見ながら呟く。
「日本みたいだよな。もしかして、日本から来た勇者が昔にもいたのかも」
キョウカイが答えた。
(確証はないが……雰囲気が似ている気がする)
「おーい、お前ら」
アオコジがひょいっと前のめりに言う。
「見たか? 今のエルフ。……俺、ああいうエルフと仲良くしたいわ」
「夢見てんじゃねぇよ。どうせ言われるぞ?」
キョウカイは女の子の声真似を始める。
「『うわ〜無理、あんたよりイタカくんのほうがイケメン〜!』ってな!」
「はあ!? もう一回言ってみろ!」
イタカが怒鳴る。
「まあまあ、俺モテるし?」
アオコジは髪をかき上げ、完璧な風が吹いているかのように決め顔をした。
その瞬間、イタカの手がアオコジの襟をつかむ。
「てめぇ殺すぞ……」
「落ち着けって! 冗談だよ、冗談!」
アオコジは両手を挙げて必死に弁解する。
「へぇ、じゃあ俺の拳が冗談でお前の顔に入っても文句ねぇよな?」
二人が言い合っているところへ、もう一人の生徒が割って入った。いつも眼鏡を少しずらして掛けている彼だ。急いで駆け寄ったものの、勢い余って転びそうになり、自分の不器用さに振り回されていた。
「ま、待って! 二人とも、落ち着いて話そうよ!」
そう言いながら、彼は眼鏡を直しつつ、それぞれの肩に遠慮がちに手を置いた。引きつった笑顔から、彼が二人を怖がっているのがわかった。
「はぁ……」
青小路は板架の襟を離し、顔をそむけて右側の道へ歩き出した。
「いくら最強の魔導士だからって、調子に乗って人気者になった気でいるんじゃねぇぞ、ヒロト。」
「助かったよ。」
五十木が笑いながら言うと、
「い、いや……そんな、大したことじゃないよ……」
彼は緊張したように返事をし、気まずそうに笑った。本当に役に立てたのか、自分でも自信がなさそうだった。
板架は腕を上げ、彼の首の後ろに軽く回しながら歩き出した。
「お前、オタクだろ? 向こうで色々と教えてくれよ。」
「う、うん……まあ、いいけど……」
彼は視線を足元に落として答えた。
五十木は二人を見て、深いため息をついた。
「ほんと、バカばっか。」
そう小さく呟き、ふと天音に目を向けたが、すぐに前を向いた。
数時間歩くと、大きな街道が広がってきた。石畳はまっすぐ地平線の彼方まで続き、未知の場所へと導いていた。
先頭を進む隊長に紹介されていた騎士、リアムが馬の手綱を軽く引いた。
「このまま道を進めば、タルニスという大きな街に着く。」
彼は腕を伸ばして道の先を示した。
「いつか必要なときに行くことになるだろう。」
「なぜですか?」と京界が尋ねる。
「タルニスの武器は質が高い。だから、いつか買いに行くことになるかもしれない。」
「疲れた人は、馬に乗っても構わないよ。」
そう言った瞬間、
「はい! 私、疲れましたー!」
と元気よく手を挙げた少女が、勢いよくリアムの馬に飛び乗った。そして彼にぎゅっと抱きつく。
リアムの顔は一瞬で真っ赤になった。
「ぐっ、では……し、進もう!」
やがて一行は街道を外れ、草に覆われ始めた細い道へと入った。
時間は、短い休憩と水分補給、そして大きな木陰での簡単な昼食とともに過ぎていった。
日が傾き始めた頃、小さな野営地が設営された。
簡素なテントが手早く組み立てられ、夜の冷えをしのぐには十分だった。
焚き火が温かさを与え、皆は少し話した後、それぞれ眠りについた。
翌朝、夜明けと共に出発した。
道は徐々に広がり、明るい平原が姿を現す。
そして昼頃――
ついに目的地が見えてきた。
闇のダンジョンが、広い草原の中央に孤立してそびえていた。
半分ほど欠けた古代文字が、まるで何かに焼かれ、砕かれたように入り口に刻まれている。
全員がその巨大な扉を見つめる中、
今まで黙っていたユキだけが、自分の腕のブレスレットを見つめた。
その瞬間、記憶がよみがえる。
――あの頃、ユキと共にいた神官が言った言葉。
「これを使いなさい。
まだスキルは使えなくても、これなら君の魔力を氷属性に変換できる。
覚醒までの、ほんのつなぎだけどね。」
記憶が途切れ、現在に戻る。
ユキは胸の奥で思った。
(ここから、私たちの進化が始まる……。
天音、私は強くなる。
クラスのみんなで、必ず元の世界に帰るために。)




