第20話:青に隠した本音
「ずいぶん頑張ってるじゃない」
天音は落ち着いた表情で彼に近づいた。
「ああ、気づかなかったよ」
彼は立ち上がり、片手だけを地面につけ、体を逆さにし、その一本の腕だけで身体を支え、もう片方の手は背中に添えた。
そのまま腕立てを始める。
「1…2…3…4…5……20…」
「やめときなよ。どうせ私に勝てる日なんて来ないんだから」
天音は彼をからかうように言った。他人に見せる態度とは正反対の、辛辣で強気な一面だった。
「……なんで…俺が…あの日……お前に……挑んだと思う……?」
彼は運動を続けたまま言った。
「嫉妬くらい、誰だってあるしな。まあ、お前が無傷なのに戦いをやめたのは……確かに問題だけど」
「……48……49……50」
彼は腕立てを終えると、立ち上がり、ため息をついて言った。
「俺が嫉妬なんてすると思ってるなら……もう一回戦ってやるよ。わからせてやる」
「ついでに私のことバカって呼んだら?」
天音は腕を組んで睨むように言った。
彼は彼女の横を数歩通り過ぎながらつぶやく。
「世の中には、俺より強い奴なんていくらでもいる。どれだけ必死に鍛えても、それは変わらない。それに俺は大魔公の中でも一番弱い。でもな——だからこそ、実力ある者だけが相応しい場所を取れるようにする。それだけは譲らない」
そう言ったまま、彼は振り返らずに歩き去った。
天音も彼を振り返らなかったが——
(……私、彼のことを誤解してたのかもしれない。前の悪い癖がまた出てきてる)
《要望:個体“天音”は、私に名称を付与することが可能です》
突然、心の中に声が割り込んできた。どうしてこのタイミングなのかは分からない。
天音は両頬を叩き、気持ちを切り替えた。
「よし、悩むのはもうやめよう」
目の前にキーボードのようなインターフェースが現れ、超スキルの操作画面が浮かぶ。
天音は名前を考え始めた。
「ん〜、名前って本当に難しい」
(ちゃんと呼びやすい名前じゃないと、後々面倒だし)
《提案:覚えやすく適切な名称——“ ありあす”》
「確かに悪くない。じゃあ、それで決まり」
天音は入力を開始した。
[ あ_ ]
[ あり_ ]
[ ありあ_ ]
[ ありあす_ ]
[ エンター ]
[おめでとうございます! スキル名を変更しました]
[アリア — レベル999]
「できた。元々、私のユニークスキルって“スキル名を変更するだけ”だったのに……スキルがなかった私がそれ持ってたなんて、皮肉よね」
天音は踵を返し、玉座の間へ歩き出した。
(少しは気が紛れたかな)
「さて、小説を書き始めようかな」
彼女は胸を弾ませた。(物語を書きたいと思った時に、作家向けのスキルを手に入れるなんて……これ、偶然?)
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朝の冷たい空気が、木剣のぶつかり合う音で震えていた。
王国騎士団長ダヴァンは訓練場の中央に立ち、落ち着き払っていた。
その前に立つのは——未来の勇者候補と紹介された三名。
「行くぞ!今日は絶対隊長に勝つ!」
「おう!」
「うおおお!!」
最初に飛び込んだのはイタカ。勢いはあるが固い動きだった。
ダヴァンは横に一歩滑り、直線的すぎる攻撃を避け、木剣の先で軽く脇腹を突いた。
「突っ込みすぎるな。奇襲はいいが、“来たぞ”と叫ぶ必要はない」
次にキョウカイが動く。
隙を突いたつもりだったが、ダヴァンはほんの少し剣を下げただけでその攻撃を受け止めた。まるで戦っているというより、動きを見せているだけのようだった。
「そうだ。奇襲は悪くない。しかし冷静さを失うな。弱点を見つけるのはそのあとだ」
「くっ、今のは当たったと思ったのに!」
今度はアオコジが背後から攻撃。
その瞬間、彼の右側にだけ通知が浮かぶ。
[ 剣延長 — 発動 ]
しかし、ダヴァンの影が滑るように動き、気づけば彼の木剣はアオコジの腕に軽く触れていた。
「お前は少しは頭を使え。初撃から魔力を使うな。まず相手を観察してからだ。エネルギー管理は戦いの基本だぞ」
「よし、全員で行くぞ!」
三人は息を合わせて突撃した。
だが——
ダヴァンが一歩前に出ただけで勝負は決まった。
三人のリズムが一瞬で崩れる。
彼らの攻撃はすべて、短く正確な動きで逸らされていく。
ダヴァンは静かだが、その内側に揺るぎない力が宿っていた。まるで“不敗”という概念そのもの。
「力だけに頼るな。もっと頭を使え」
彼は戦いながら淡々とアドバイスを続ける。
イタカが息を整えて戻ってくる。
「頭を使う、か……」
ダヴァンはわずかにうなずいた。
「いいぞ。お前が一番やる気はある。だがまず理解しろ」
周囲の生徒たちも訓練をやめ、息を呑んで見守っていた。
「すご…騎士団長でもこんなに強いのに、“魔王には敵わない”って言ってたよね。あんな化け物と本当に戦うの?」
イツキが震えた声で言った。
隣のユキが答える。
「団長だもん。不思議じゃないよ。私は剣士組じゃなくてよかった〜」
「とりあえず休もっか」
ユキは話題を切り替えた。訓練でヘトヘトのようだ。
「うん」
二人はエラリア城の中へ向かった。名前入りの扉が魔力で光る。
部屋に入ると、二段ベッドとたたまれた制服、与えられた少しの私服が置かれていた。
イツキは椅子に座り、携帯をいじる。(まあ、やることはほぼないけど)
「いいな〜。あんた、転移の時スマホ持ってたんだから」
ユキはベッドのそばで服を探りながら少し羨ましそう。
「しかも“電気”スキルで充電できるしね〜」
イツキは得意げに笑った。
「はいはい、幸運さんね」
ユキは服をクローゼットにしまい、ラフな服だけベッドに置いた。
「はぁ、この制服ほんと無理。重いし暑いし」
ユキは文句を言いながら上着を脱いだ。
その瞬間——
背中に広がる青あざが目に入った。
イツキは思わず立ち上がる。
「ユキ、それ……大丈夫なの?」
ユキは顔だけ振り向き、明るい声を装って言った。
「大丈夫。もう昔のことだし」
声はいつもより低く、弱々しかった。
「治癒師いるんだし、もしかしたら治せるかもよ?」
イツキが提案すると、ユキは服を着替えながら答える。
「だめ。治ったら気づかれる。平気だよ、慣れてるから」
「……そう」
イツキは納得しきれない声を返した。
ユキは笑って見せる。
「知ってるのは、あんたとアマネ、それと……行っちゃったお兄ちゃんだけなんだから。誰にも言わないでね?」
「もちろん。秘密は守るよ」
そのあと、ユキの心にひとつの思いが浮かぶ。
(天音、今どこにいるんだろ……無事だといいけど)




