ブラックホール破壊を目指して
「追い詰められた人類が何をしでかすのか、見せてやろう」
これは20世紀の最後の方で作られたアニメにおいて、人類が放った台詞である。
このアニメでは、銀河中心から襲い来る危機に対し、その銀河中心ごと破壊してしまうという暴挙で対抗した。
その際に放った台詞である。
このアニメでは、いで座A*どころか、その周辺まで全てブラックホールに人為的にして、危機を超重力で抹殺する手法が使われた。
今回の危機は、アニメでは切り札であったブラックホールが襲い掛かるものである。
それに対し、多くの者は
「7,000年も猶予があるのなら、今何かする必要あるだろうか?」
と傍観している。
危機感を持つ者ですら、ブラックホールから逃げて他の恒星系に避難しよう、という姿勢だ。
それに対し、ほんの一部の中の、ごくごく少数が
「ブラックホールをどうにかすれば、逃げ回る必要などない!」
とストロングスタイルな事を考え出したのである。
太陽の10倍の質量を持つブラックホール、彼等とてそれを完全破壊出来るとは思っていない。
彼等が考えたのは、ブラックホールのすぐ近くで超新星爆発を起こし、それで少しでも軌道を逸らせないか? というものである。
だが、都合よく超新星爆発なんかは起きない。
そこで彼等が考えたのが、人為的に恒星を超新星爆発させる方法である。
技術的なブレークスルーは、既に起きていた。
まず超光速航法が、限定的とはいえ可能となった。
また、20世紀末から進められていた反物質研究の成果で、ある程度の量の反物質を安定保管出来るようになった。
この2つを組み合わせるのだ。
恒星は、重力によって水素プラズマが中心部に集まり、核融合を起こして光り輝いている。
核融合の後にはヘリウム原子核が残る。
このヘリウムは、「物理学の基準での低温」では核融合を起こさない。
中心部で核融合が起こらない場合、その周囲で起きるようになり、恒星は膨張する。
これが赤色巨星化である。
この段階の次は、圧縮が更に強くなり、高温化した事でヘリウムも核融合を始める「ヘリウム核融合段階」へ進化する。
ヘリウムの核融合「トリプルアルファ反応」段階では、再び中心部が燃焼する為、恒星としては主系列星の時のように一時的に収縮し、ある程度は安定する。
この「水平分枝」段階が終わると、中心部の炭素と酸素の核の周辺でヘリウムが核融合し、その更に外側で水素が核融合する「漸近巨星分枝」へと進化する。
大質量星ではこの後、炭素燃焼段階、重元素核融合段階を経て、最終的に鉄原子が生成させる。
恒星核融合で生成させるのは鉄が最後である。
この核融合を起こせない鉄が、ある段階で重力崩壊を起こしてしまう。
鉄原子の電子が重力による収縮に抵抗していたのだが、チャンドラセカール限界を超えてしまうと、縮退圧が負けてしまい、原子は一気に崩壊する。
崩壊した原子は、陽子と電子が反応して中性子となり、中性子だけの塊となった・中性子星となるか、それすらも圧縮されてブラックホールとなる。
そこに物質が落ち込むも、抵抗により反射され、それが衝撃波となる。
これが表面に達した時、恒星は大爆発を起こす。
コア崩壊型超新星爆発だ。
人類は、この進化仮定をすっ飛ばす恐ろしい事を考える。
それは亜空間航法を用いて恒星中心核に反物質を大量に送り込む事だ。
これにより中心核は消滅し、その瞬間外に向かう爆発が起こる。
そして空白となった中心に向かって、一気に物質が収縮される。
こうして制御不能な核融合爆発を引き起こし、人為的に超新星爆発を起こそうというのだ。
もしかしたら、狙われた恒星系には生命が存在するかもしれない。
恒星も、まだまだ主系列星として数十億年輝くはずだ。
だが、人類は徹底的にエゴイストとして振舞う。
一切の倫理を無視し、恒星を爆発させてそれをもってブラックホールの軌道を変えようというのだ。
理論は出来た。
だが、所詮は理論止まりである。
まず、ブラックホールの進路上に最適な恒星が無かった。
銀河中心や球状星団でもない限り、恒星と恒星の間は数光年という距離がある。
恒星と恒星がニアミスするというのは、滅多には無い事だ。
ブラックホールが太陽系とニアミスする確率が、高くても35%というのはそういう事である。
よって、恒星を破壊してもブラックホールに与える影響はほとんどない。
「遠距離でも破壊力があるガンマ線バーストを利用しよう!」
過激派は更にエスカレートした。
確かに高エネルギーが減衰せずに到達するガンマ線バーストは魅力的だ。
だが、それを引き起こすには、いわばブラックホール予備軍ともいえる大質量恒星に白羽の矢を立てねばならない。
更に、自転軸がブラックホールに当たる方に向いていないとならない。
そして、一番肝心な問題は、どう計算してもその程度のエネルギーではブラックホールに影響を与えられなかった事である。
超新星爆発を直撃させても、至近距離からガンマ線バーストを当てても、ブラックホールの質量を増大させるだけで意味がない。
理論で楽しんでいる内は夢があったが、実際にシミュレーションした結果、何の意味もない事が明らかになって彼等は失望した。
いや、本当は分かっていたのかもしれない。
分かっていて、万が一の可能性に賭けたのだ。
「ならば、ブラックホールそのものを破壊しよう」
彼等の中で、諦めの悪い者はそう思いつく。
ブラックホールの全てを破壊なんて出来ない。
表面の数%でも破壊出来たら、その衝撃でブラックホールの軌道をずらせる。
恒星の人為的超新星爆発には、反物質爆弾を使う。
これを用いれば、ブラックホールを対消滅によって一部破壊出来るのではないか?
そして今度は質量の壁にぶつかる。
人間が作る反物質の量なんて高が知れている。
恒星の中心核を不安定化させるなら、頑張れば生成出来る。
それでも太陽をダイソン球化し、全照射エネルギーを余す事なく使い、それで百年がかりになるだろう。
いや、それでも足りないか。
しかし、太陽質量の10倍のブラックホールに対しては焼け石に水だろう。
大体、事象の地平線を超えてブラックホールに直撃させられるのか?
亜空間と言えど、超重力の中でどうなるか分かっていない。
つい最近完成した技術だから、人類は亜空間のごく一部しか知らないのだ。
仮に直撃させられたら、対消滅による「ブラックホールの蒸発」は確かに起こる。
それで変わる軌道は極々微量、誤差でしかない。
進路はほとんど変わる事なく、太陽系と交差するだろう。
何よりも、地球からそんな操作は出来ない。
超光速航法が実現したが、百年以上掛かってブラックホールに到達し、効果の無い爆撃に成功したとしても、それを知る事が出来るのは光の速さで1,000年以上後。
そんな悠長な攻撃ではいけない。
やるなら至近距離で、人類が確認しながら作業する事になろう。
結局ここも、超光速航法の技術発展待ちとなる。
無意味とも思えたブラックホール破壊計画だが、無駄には終わらない。
「人類は巨大質量を倒せる!」
こう思った事が一番の功績であろう。
意思を引き継いだ者は、諦め悪くこの方針で研究を進める。
旧約聖書の巨兵ゴリアテは、額に投石を受けて敗北した。
ブラックホールに対しても、額に該当する場所に当てて、軌道を逸らせたらそれで良いのだ。
やがてこの方針で、どうにかなる方針が見つかる。
それは単一の考えによるものではない。
意味がない、あるいは発展途上、更には希望が見えない技術の数々。
それらを複合させた先に、展望が見えて来た。
とある男が、複数の別個に行っていた対策チームを一堂に会させ、調整したのである。
今日はここまで。
明日17時に再開します。
次回から人物が登場して、物語としてスタートします。
(ここまでは序章なので)




