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序:接近するブラックホール

 それは50年に及ぶ宇宙望遠鏡の観測から発見された。

 21世紀も終わろうとする時期、一つの衝撃的なニュースが報じられる。

 天の川銀河中心部、射手座の見える方向からブラックホールが接近しているという報である。


 宇宙空間に浮かぶ望遠鏡は、銀河中心に向けて毎日撮影を行っていた。

 目的はトラジット法による系外惑星探査の為である。

 ブラックホールによって背後から来る恒星の光が弧のようになる「重力レンズ」の観測は、副次的なものであった。

 しかしある天文学者が、重力レンズの位置が50年の間にズレている事に気づき、コンピューターに解析をさせる。

 その結果、確かにブラックホールは移動していた。

 光速の数パーセントから、数十パーセントとまだ誤差範囲が大きいが、相当な高速である。

 ベクトルは、太陽系からやや外れた先を示していた。

 しかし忘れてはならない事がある。

 太陽系もまた、天の川銀河の中を公転しているのだ。

 相互の移動速度と角度を計算したところ、


「現在、約1,400光年先にあるブラックホールと太陽系は、3,000から10万年以内にニアミスし、10%程度の確率で太陽系から1万天文単位(AU)の範囲を通過する」


 という結果となった。

 重力レンズからの解析であり、近づいて来る角度だから正確な数値にはなっていない。

 この移動ブラックホールに焦点を当てて、より正確なデータを集めよう。


 このニュースは、世間ではセンセーショナルに扱われる。

「地球滅亡!」

「人類の最期!」

 という文字がメディア上に踊る。

 噂好き、オカルト好きな民衆はこれに踊らされパニックに陥るも、しばらくして終息した。


 まず、実際に被害に遭う未来が遠過ぎるのだ。

 3,000年後でも、今生きている人たちは、とっくに墓の下である。

 3,000年後どころか、それより前に人類そのものが絶滅している可能性だってある。

 それが計算間違いだとしても、質量を持った物体が出せる最高速度の光速で1,400年後だ。

 仮に人類がまだ残って文明を維持出来ていたなら、何らかの対策を講じているだろう。


 次に、確率が低い事が危機感を搔き立てない。

 この広大な宇宙において、10%の確率でニアミスは相当に高確率なのだが、学者でもない人間にはそう思われない。

 90%は外れる、実に低い確率なのだ。

 そして、当初は地球直撃のようなニュアンスであった「衝突」も、せいぜい太陽系最外縁部である「彗星の巣」たるオールトの雲の中を突っ切ると説明された。

 天文学会や、小天体から地球を守る組織も、ブラックホールがさも惑星軌道に侵入し、地球を吸い込むがごとき噂やメディアの煽りを否定する為、必死で安全であると説明をした。

 その結果、どの時代にもいる「政府は真実を隠している」と騒ぐ者以外は、彗星が相当に多くなるという以上の危機は無いと言われ、一気に醒めてしまったのだ。

 数千年後であれば、今は「恐竜を絶滅させた時と同じ」被害を被る彗星でも、迎撃可能となっているだろう。


 こうしてこの時はパニックが収まり、人類は変わらず日々の生活を送るようになる。

 だが、学者たちは市井の民衆とは違い、冷静に危機を感じていた。

 10%の確率で1万AU以内を通過、これは学者の目から見れば相当に高い確率なのである。

 もっと詳しい情報を得ないとならない。

 こうして数十年単位での観測が始まった。

 そして結果は、実に残念なものとなる。




 人類は発見から更に50年間観測を続けた。

 そして具体的な数値を叩き出す。

 ブラックホールは太陽質量の10倍前後。

 おそらくオリオン座α星ベテルギウス級の恒星が、コア崩壊型超新星爆発を起こした成れの果てだろう。

 軌道を算出して逆算すると、このブラックホールは銀河系中心、射手座A*(エースター)に近い領域からやって来たと見られる。

 その速度は光速の20%で、この50年減速無し。

 宇宙物理学者たちはシナリオを考えた。

 このブラックホールは、銀河系中心付近で同じブラックホールか中性子星との連星であったのだろう。

 銀河中心付近は、大型のブラックホール周辺を、複数のブラックホール等の大質量星が高速で公転している。

 そしてこのブラックホールの連星系は、別のブラックホールとニアミスしたのだろう。

 結果、三体相互作用が起こり、一つの天体がエネルギーを奪われ、残りの天体がその運動エネルギーを得て弾き飛ばされる「重力投石(スリングショット)」が起きた。

 こうして銀河中心の重力圏を振り切るほどの速度を得たブラックホールが、太陽系の進む方向めがけて射出された、という考えである。


 過去の事は予測がついた。

 問題は未来である。

 速度が分かった事で、遭遇時期が約7,000年後と算出された。

 速かったり遅かったりしたら良かったのだが、その時期は丁度太陽系の想定位置をブラックホールが通過する最悪のものであった。

 ニアミス確率は一気に35%と上方修正される。

 そして10%程の確率で、地球に甚大な被害をもたらす数十AU以内へ侵入すると計算された。

 宇宙の距離で見れば、こんな至近距離を通過された場合、各惑星の軌道は大きく揺らぐ。

 地球が現在の軌道を外れてしまえば、その時点での死滅は無いにしても、百年以内に全生命が絶滅するだろう。

 学者の目から見れば、実に恐ろしい。

 しかし、それ故に今回は大々的な公表は見送られた。

 パニックを防ぐ為に、学会発表、専門誌掲載という冷静な議論が出来る場所に限って公開される。

 そして、50年前と同様の情報統制もなされた。

「7,000年後なんて、貴方も、貴方の孫すらも生きちゃいませんよ」

「35%という数字は、かなり高いですが、3つに2つは当たらないくらいのものです」

「現在の観測結果によるもので、詳細が分かればもっと安心出来ます。

 進む角度が1度どころか、1秒でもずれたなら、軌道は太陽系と交錯しません。

 進行速度が1%の単位で正確に分かれば、太陽系より先に通過するか、太陽系がとっくに通過した後を通るかが分かります」

 こう言われて多くの民衆は、以前程のパニックも起こさず、冷静に過ごした。

 民衆も50年前にパニックを起こした事を恥として

「我々はラジオで火星人襲撃のドラマが流された時も、戦争で石油不足になると煽られた時も、パンデミックが起きた時もパニックを起こしていた。

 数千年後の未来にブラックホールと衝突するかも、なんていう事に踊らされ、本当に全く変わっていないなあ」

 という論調も出る。


 こうして多くの者は、数千年後の未来だから、自分たちに出来る事など何も無いとして、問題を先送りという形にした。

 そうせざるを得ない。

 そして学者たちも、ニアミスは7,000年後±100年という数値に安堵する。

 それだけの時間があれば、子孫たちが何とかするだろう。

 あるいは絶滅したり、文明崩壊したりするかもしれないが、それならその方が幸せだ。

 そして、現在の科学知識では打てる手は何もない。

 太陽質量の10倍の天体に、何をしたって効果はない。

 大体、1,390光年彼方の宇宙に行く手段がない。

 人類のタイムスケールでは、ピラミッドを造っていた時代から宇宙に飛び出すまでの科学技術があった時間より、更に先の未来である。

 どうにかしてくれる事に期待する以外、現実的には何も出来ないのだ。


 こうして「ブラックホール衝突」は、度々ネットミームのような形で話題には上がるが、大きな問題とはならないまま時が進む事になる。

 だが、ごく一部、ほんのごく一部はそれに甘んじる事をしなかった。

「今から出来る事を考えよう」

「今でも出来る事を考えよう」

「今以上になる事を始めよう」

 そう思って対策を始めたのだった。


……それは150年に及ぶ長き戦いの始まりであった。

新作始めました。

すぐに終わります(20話完結)。

真面目な硬派なSFを書きたかったので、普段の「ギャグ入れないと死ぬ」病を抑え、後書き欄でのサイドストーリーも書きませんので。

今日は2話(19時)、3話(21時)と連続投稿します。

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木星を爆破しなきゃ……
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