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前編:北の呪いの子

 



 この国の北端には高い塔が建っている。

 その中には冬の神に呪われた子がいて、半径百キロ圏内の気候を冬にしているのだとか。

 呪いの子は王子だとか、王族の一人だとか、すごく地位の高い貴族の子どもだとか、いろいろ言われているけれど、正確なことはあまり知られていない。

 老人たちは知っているらしけれど、みんな口を噤んでいる。

 子どもが悪さをすると「北の塔に連れていって氷漬けにするぞ!」なんて脅されている――――。




「北の塔の掃除係ですか」

「あぁ。一年ごとに各村から担当を出して住み込みで働いてもらうんだがな…………」


 村長いわく、なるべく教養のある者、貴族の前に出しても恥ずかしくない者、という条件があるのだとか。そして、暗黙の了解で各村は村長の親族が行くようになっているらしい。


「妻も娘も無理だと言っててな。他の親族は年寄りばかりでな」


 どうやら、村長の親族は誰も行きたがらなかったらしい。そこで白羽の矢が立ったのが、前村長の娘で天涯孤独の身となっている私だった。

 十歳のときに両親が事故で死んで十二年。一文無しになった私に色々と仕事を与えてくれ、かなり古いので隙間風はあるものの小さな一軒家をくれたのは現村長。そんな彼の頼みなので了承したい。だが、教養は十歳で止まっている。大丈夫なのだろうか?


「ただの掃除係だ。一年間の働きに応じて金銭が発生するから、一応条件を付けているだけだろう」


 この国には八十ほど村があるらしく、私たちの村は三十番目とのこと。村長が前に担当していた十近い村々から聞き出した内容によると、一年間拘束する割にはそんなに良い金額ではないそうだ。

 ただ、それは村長たちだからそう思う金額であって、私のような身寄りのない者には大金だった。


「報酬はエルナの好きにしていい」

「ありがとうございます!」


 諸々必要なものは村長が用意してくれた。冬の神の呪を緩和するための防寒具やお仕着せを何着も。なんて優しいんだろうかと感謝した。




 話を聞いた数日後に国からの迎えの馬車が村に来て、村長に見送られながら出発した。どうやら私は村長の娘として行くらしい。髪色も同じ焦げ茶色だから疑われないだろうとのことだった。末端の村なので本名のままでいいと言われてホッとした。

 迎えの馬車は、二頭立ての大きな馬車で、馬車籠が驚くほどに立派だった。幌なんてない野ざらしの馬車にしか乗ったことがなかったため、馬車内でどう過ごすのが正解か分からなかった。


 北の塔までは一日半。途中一泊し、翌日の夕方に着いた。馭者のおじいさんとの二人旅で、不便はないかと聞かれたが、家にいる時よりも贅沢をしていて、不満など一切なかった。


 八階建ての塔に入り、まずは『呪いの子』であるアスラン様に挨拶するよう言われた。『様』をつけるべき相手なのだなと思いつつ、そのアスラン様のいるという部屋に入った。もちろん、防寒具を着けて。

 部屋の扉もドアノブも白く凍りついていたので、室内も寒いのだろうと覚悟していたけれど、そこまで極寒というわけでもなかった。むしろ防寒具でぬくぬくだった。


 中に入ると、ローテーブルとソファしかない殺風景な部屋だった。そして、そのソファに白銀の長い髪を片側に寄せて垂らし、眉間に皺を寄せて本を読む男性がいた。

 座っていてよく分からないが、スラリと伸びた手足から見るに、背は結構高いようだった。白いシャツに黒いズボンで、かなり薄着だけど寒くはないのだろうか。

 それから、三十歳だと馭者のおじいさんに聞いていたけれど、もっと若く見えた。


 馭者のおじいさんが挨拶をしてそそくさと帰ると、アスラン様がやっとこちらに視線を向けた。薄青の瞳がまるで凍りついた水のようだった。


「君が今日からの担当か。食事は自分で用意するように。病気になったら休んでいい」

「はい。あ、エルナと申します」

「…………あぁ」


 ここにはアスラン様しか住んでおらず、アスラン様は基本的に八階で過ごされているそう。

 私の仕事内容は塔の掃除と、凍りついた場所の氷や霜を取り除くこと。

 食事や入浴、洗濯などは自分でやるので必要ないと言われた。そして、掃除はできる範囲で構わないこと、体調不良の時は報告なしで休んでいいことなど色々と説明された。七階から下の部屋は全て空いているので好きな部屋で過ごしていいとのことだった。

 厨房は五階にあり、食料庫は厨房の隣。週一で王都から食材が届けられるとのこと。食料以外の物資は一階の倉庫に入れられているので、必要なものはそこで探すよう言われた。


「承知しました。本日より、よろしくお願いいたします」


 幼い頃に教えられていたカーテシーをすると、そこまでかしこまらなくていいと言われてしまった。

 アスラン様の部屋から下がり、とりあえずこれから住む部屋を探すことにした。

 七階に降りて、すぐ手前にあった部屋を見る。がらんどうとした広い部屋の奥に大きなベッドがあった。ふかふかの布団がひんやりと冷え切っている。


「凄い……」


 使用人なのに、こんなに豪華な部屋を与えられるのかと驚いた。念の為、七階にある他二つの部屋を見たけれど、同じ作りで各部屋にお風呂とトイレが付いてる。古い魔導具ではあるものの、全てしっかりと動いた。それならと、階段に一番近い部屋に決めた。

 一階に近いほうがいいかとも考えたが、アスラン様に何かあったり、呼び出したいと思った時に近くにいるほうがいいだろうと考えたのだ。

 部屋を決めたので、一階の倉庫の確認に向かった。シーツなどは部屋に置かれていなかったので、たぶん倉庫にあるはずだと踏んで。


「あ、あった!」


 倉庫のストック棚に置かれている、毛布とシーツ類を二枚ずつ持ち、七階まで戻る。ベッドメイキングし、とりあえず寝床の準備は終わった。再度一階の倉庫に戻り、今度は掃除道具類を運ぶことにした。

 階段を上っている途中で、鶏肉の香ばしい匂いがしてきた。五階の厨房を覗くと、アスラン様が料理をしていた。が、見る限りただ焼いて終わりのようだった。掃除係を雇う余裕があるのなら、料理人を雇えばいいのに……と思いつつも、会釈して掃除道具運びを再開した。

 明日からの準備を整えたところでお腹がグゥッとなり、空腹だったことを思い出した。


 食材は好きに使って構わないと言われたけれど、食材が届くのは週一だと言っていたことを思い出していた。成人男性が食べる分と、何かあって届かなかった時のための余剰を省いた残りが私の分だろう、と考えつつ厨房に入ると、厨房の隅にあるテーブルでアスラン様が、本を読んでいた。

 アスラン様の目の前には、少し前に焼いていた鶏肉が半分ほど食べられ冷え切っていた。パンは二口ほど食べた状態でその横に置かれていた。あまり食に興味がないのかなと思いつつ挨拶をすると、薄青の瞳をチラリとこちらに向けてまた本に戻した。


「……食材は好きに。食べる場所も好きに。私のことは気にしなくていい」

「かしこまりました」


 そうは返事したものの、なんとなく気になりはする。食事の内容が。野菜とかスープとか食べないのだろうか? 食糧庫を見ると、処分するのであろう傷んだ野菜たちが木箱に入れられていた。壁に古びたメモ紙が貼ってあり、木箱のものは新しい食材が搬入される際に持ち帰られることなど、色々と書かれていて助かった。


 ――――これ、食べられるわよね?


 少し傷んでいるものの、まだまだ食べられる野菜たち。捨てるなんてもったいなくて出来なかった。

 ナスやトマト、ニンジンにタマネギ、ジャガイモやセロリなんてものもある。

 これならミネストローネが出来るじゃない! と木箱から救い出し、厨房に運んだ。

 調理具はしっかりと揃っているようだ。

 お鍋を取り出して、刻んだ食材たちを入れてコトコト煮込む。その間に食糧庫に山積みされていたブールパンを一つと、ベーコンを少しもらい、また厨房に戻ると、アスラン様は一口食べ進めたものの、また本を読んでいた。

 

 細切れにしたベーコンを軽く炒めてスープに投入。ベーコンを炒めたフライパンにほんの少しバターを入れ、半分に切ったブールパンの切断面を焼く。こうすると、ベーコンの匂いがパンに移って美味しいのよね。

 パンが焼き上がったのでお皿に入れて、スープをついだどころで、いつもの癖で数日分作っていたことに気づく。

 アスラン様をチラリと見ると、不健康そうな食事をまた少しだけ食べ進めていた。完全に冷え切ってないかな?


「あの、一緒に食べてもいいですか?」

「…………あぁ」


 アスラン様の目の前の席にパンを置き、悩んだもののスープをもう一皿用意してアスラン様に差し出した。


「よかったら、食べてください」

「気遣いはいらないと言ったが?」

「いつもの癖でお鍋いっぱい作ってしまって……」


 そういうと、コクリと頷いてスープ皿を引き寄せてくれた。食べてくれるらしい。

 アスラン様の向かいに座り、スープを一口。食材がいいせいか、いつもより美味しい。

 誰かと食べるのが本当に久しぶりだから、そのせいかもしれないけれど。

 

「………………美味い」


 アスラン様がスープを口に入れ、そう呟いた。


「よかった。おかわりもありますから」

「ん」


 アスラン様は、本を閉じて横に置くと、冷え切ったであろうパンをちぎり、スープに少し浸して食べていた。スープをひたひたに吸ったパンって、美味しいよねと心の中で頷きつつ、私も同じようにして食べた。




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