表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

裏表ガールと過去


 ……ガヤガヤとした教室で、私は一人死んだ魚のような表情を浮かべながら返却された社会のテストを確認する。


「……百点、か」


「えぇー!点数高すぎっしょそれ。不正?」


 ビクッと肩を震わせる。


「いやいや、ほんとに勉強したんだって!じゃないと六十点とか取れない取れない」


 クラスにいるギャルって感じの高い声をした子が、またそれらしい雰囲気を漂わせている子のテストに対してそう話していた。

 私は肩を落として手に持って広げている私の答案用紙を力なく見つめる。


「やっば!私赤点だ」


「マジで?ウチはギリセーフ!もうマジ先生愛してるー」


 クラスはみんな誰かとテストの点数の共有だとか、答えの確認だとか……休み時間以上に騒がしい。


「せんせー!今回の最高点いくつっすか?」


「えっと……確か九十三点じゃなかったかな」


 ……もう、やってられないよ。



「ほら、テスト返すぞ。……榎本、お前流石だな」


 手渡された数学のテストの点数欄に目をやると、そこには赤いマーカーペンで「また、百点」と書いてあった。


「えぇ……榎本、お前何点なん?」


「……百点、だった」


 私が声をこもらせてそう言うと、私に寄ってきた四人のギャルは興味なさげに「ふーん」と言い残し、颯爽と先生の方へ行ってしまった。


「ねぇ、アイツウザくね?」


「陰キャのくせになぁー、きっしょ!」


「そーそー、自慢かよって」


 そう言う彼女たちの背中を見つめた後、私は手に持ってるテストをグシャッと握りこむ。


「……こんなの、もう飽きた」



 ……何も無い日々に、私はどんどん殺されていく。


――そうだろぅ?それ、一体いつまで続けんだよ。


 ……誰も私を見てくれない、どんなに努力しようとも。


――そうだよ、とっとと目を覚ませ馬鹿が。


 ……今の私じゃ、ダメだ。


――ワタシの成りたい姿に、化われよ。


「おい、話を聞いているのかっ!榎本!」


 ……変わらなきゃ。


「なんで他の女子に手を出した!……ずっと黙っていないで、何とか答えたらどうなんだっ!」


 ……自分じゃない自分になる。


「おい!お前、そんな奴じゃなかっただろう!」


――新しい私を。


「おい!榎本、お」


――おい。


 対面で座っていた見覚えのない教師の襟を掴み、椅子から立ち上がってジリジリと歩み寄っていく。


――さっきから……うるせぇんだよ。



「アレ、榎本じゃない?あの教師ぶん殴ったヤバい奴。昨日のあの時先生に呼び出されてたじゃん」


「マジで?あんな陰キャそうな見た目してんのに?」


 やめて、あれは……私じゃない、私にはあんなことできないの。


「無理無理、あんなダッサい芋女がやるわけないっしょ」


――ウゼェ。


 ……やめて、またイライラする。


「まぁそれもそっか。ただのガリ勉だしね」


――許さなねぇ。


 ……ワタシの努力を知らないくせに。


「……許せない」



「アナタ、誰?」


 私の姿をしたソイツは、私にまとわりつくようベタベタした視線を向けながら二マッと嘲笑するような笑みを浮かべる。


「ワタシこそ、誰?」


 我に返った時に広がっていたのは、腕や脚、顔が痣だらけになり、目隠しをさせられ声を殺して泣いている……さっきいた一人の女だった。


「……ひっ!?」


 驚きのあまり私は後ずさるように女から離れ、その場に倒れ込んだ。


――アイツがいる。


「狂えよ」


――絶え間なく声をかけてくる。


「狂え」


――ずっと、頭の中で騒ぐその物騒な私自身の声。


「化われ」


――もう、何が正しいのかすら分からない。


「変われ」


――私の存在を蝕もうと異常な自分がひたすら耳を打つ。


「狂え」


――あれ、私……どっちだっけ。


「狂え」


――今考えてるのが……ワタシ?


「狂え」


――あ、あれぇ……おかしいなぁ?


「狂え」


――どっちが、ワタシなんだっけ。


「狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂う狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え」



「千晶!どうして、どうしてお友達に手をかけたのよ」


 食卓で向かい合うよう座ったお母さんが、悲しそうな顔を浮かべながら私を問い詰める。


「一体、一体どれだけ私が周りにせめられていると思っているの!」


 ……あぁ、嫌だなぁ。


 みんな自分のことばかりでさ、他人のことなんて見向きもしない。


――なぁ、そんな理想いつまで掲げてんだよ。


 ワタシの声が頭を揺らす。


――そんな偽善を抱くからワタシは駄目なんだろ?


 ニタニタとそう言って私の脳内を徘徊する。


――俺がいいようにしてやる……だから、テメェそこ変われ。


 たった一度の瞬きだった。


――俺が守っといてやるよ。


「……え」


 目を開けた今、私はカッターを片手に持ち倒れ込むお母さんを上から見下げている。



――なぁ、テメェが願ったんだろ?


 倒れ込んでいる、私に優しく接してくれた幼なじみ。


――化われて、よかったじゃねぇか。


 めちゃくちゃに散らかされた、ゴミ置きみたいな私の部屋。


――もう、何も気にしなくていいんだぜ?


 違う!いや、やめて……!



 大量の倒された椅子と机が転がる夕日さす教室に私とワタシが向かい合っている。


「……なんで、こんなことするの?」


「はぁ?テメェがやりたかった事だろ?」


 馬鹿にするようにそう言い、私に背を向けながらゆっくり教室を徘徊する。


「違う!私は……みんなに認められたかった」


「認めたさ、テメェが気狂いの屑だと」


 そう言い捨てたワタシは、私の方を振り返って切なそうな顔をのぞかせた。


「でも……本当に、私を守る為なんだよ。こうでもしないと……私は、奴らの常識とやらに飲み込まれて死んでしまっていたかもしれないから」


 俯きながら細い声でそう言う。


「……嘘」


 私は拳を強く握り、震える声で怒鳴った。


「そんなの!自分勝手すぎるよ!」


 衝動に任せて全力で走り、いつの間にか手に握られていたナイフを思いっきりワタシに向けて突き刺した。


 私は目を瞑り、確かに感じたその手応えに背筋をゾッとさせながら荒れた呼吸をただ静寂に包まれた教室へと行き渡らせている。


「……あれ、い……いたい」


 その刹那、私の腹を鈍い痛みが水の広がる時みたいにジワジワとのぼってくる。

 入れ替わっていた先で私のことを突き刺すワタシは意地悪に笑いながら、涙を浮かべて呆然としている私の耳に囁いた。


「何もかも、ぶっ壊そうぜ?」


 傷口がとても熱い。



「ねぇねぇ、私たち精神疾患なんだってさー。ウケるっしょ」


 霧雨の中、電灯がつき始める時間に私はコートを着て近所の自販機まで向かっている。


「施設に入れるかって、お母さんが電話してるっぽかったんだよねぇー……んでも、それはちょっと嫌だし」


 百円玉を二枚入れ、マスカットジュースのボタンを押して出てきた缶を拾い上げる。


「でも、高校受験終わったしぃ……どうすんだろ」


 想像よりも冷たいその缶を左右の手で定期的に持ち替えながらノロノロと家に向かって歩く。


「まぁ……施設なんかに入れたら」


 ――俺らはぜってぇ許さねぇけど。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ