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第十四話 初夜は急転直下

 



 ファビオラの花嫁姿は本当に綺麗だった。綺麗なんて言葉では到底足りないのだが、この素晴らしさをどう言葉にしたら表現できるのか語彙力のない俺には到底わからない。


 ファビオラの纏った純白のウエディングドレスの胸元と裾には彼女が銀糸で施した薔薇の刺繍が光を集め輝いていた。腰まで真っ直ぐ落ちる美しいブラウンの髪に飾られた白薔薇の花冠は彼女の可憐さを一層引き立たせている。


 式の間中、彼女に見惚れる腑抜けた俺を見かねてレオンが咳払いしても上の空。遂にはジョージに小突かれ漸く我に返るという有り様だった。


 その後のパーティーも幸せの絶頂で有頂天になっていた俺は、会場の隅で友人と話すファビオラの元へ、ほろ酔いの幸せ気分で向かった。


 話し相手はファビオラが娼館で生活をしていた時の先輩娼婦で、今は結婚しパータイルで暮らしているミレーという女性だった。彼女の夫はミタリア王国軍の将校だったがミタリア軍に解散命令が出た後にパータイル軍に引き抜かれたのだという。


「正直、肝を冷やしたのよ。レオン様がファビオラの恋人のお兄様だったなんて。娼館で、あなたを指名し続けて専属契約までしていたんだもの。でも、ファビオラの話を聞いてレオン様が予想以上に紳士的な人だったって知ってホッとしたのだけれどね」


 ふふふふっと互いに笑い合う二人。

 

 彼女達からは柱が死角になり俺の姿は見えていないらしい。


「レオンとファビが専属契約…」


 酔いが一気に覚め、さっきまでのバラ色だった世界が急に色を失った。


 例え、彼女が娼婦として他の男と関係を持っていても、依然と変わりなく愛しているし、これからも変わらない。ずっと大切にしたいと思っていた。


 でも、その相手が実の兄だとしたら?


 レオンは俺が想う相手がファビオラだなんて知らなかっただろうし、ファビオラだってレオンが俺の兄貴だなんて知る由もない。知っていたとしても娼館の中で断ることが出来たのかも疑問だ。

 

 二人は何も知らずに関係をもっていた。それを誰が責められるというのか。


 レオンは昔から女性に人気があった。当時、子供の俺から見てもジョージや俺と違って亡くなった母親似だと言われるレオンが女性の目を引く容姿なのは嫌でもわかったくらいだ。


 年頃になるとレオンの周りにはいつも女性の姿が絶えなかったし、女性の扱いには慣れているだろう。俺なんかよりずっと女性を喜ばせる術を知っている。


「おーい、カイト! 何だよ~青白い顔をして、酒の飲み過ぎなんじゃないの。こんなんじゃ、初夜に使い物にはならないかもなぁ~」


 カイトの肩を抱き嬉しそうに絡んできたのは俺の先輩であり、叔父の右腕とか言われているのが不思議なくらいノリの軽い男イヴァン。


「ああ、そうだな…使い物にならないくらいの方が良いのかも…」

「は? 本当に酔っているのか? 大丈夫かよ」


 言わない方がいいことだってある。

 聞かない方がいいことだってある。


 新郎が酔って具合が悪いらしいということで、俺とファビオラは早々に会場から帰された。


 軍人はやたらと酒豪が多い。俺とファビオラが帰った後も酒好きの奴等が残り朝まで飲んで騒いでしていたようだった。




 互いにベッドの上で向き合い座っているが、俺はパーティーで二人の関係を知ったショックから立ち直れる筈もなく、ファビオラの顔を見ることが出来ない。


 彼女が娼婦として他の男と関係を持っていても、依然と変わりなく愛しているし大切にしたい。そう思ってきたのだから貫かなければ…例え…相手が実の兄だったとしても…二人にとっては不可抗力な出来事だったに違いないのだから。頭の中でどうにか片付けようとするが感情がついていかない。


 俺がレオンに適う訳がない。なんでも器用にこなすレオンを心から尊敬していたし、自分はどう頑張っても兄貴のようにはなれないと思ってきた。


 唯一勝てるのは彼女を想う気持ちだけだ。それだけは誰にも負けないって自信がある。たじろぐな、自分。男の糞つまらないプライドなんか捨てちまえ。最初からプライドを捨てて正直に言ってしまえ。


「ごめん。正直に言うと、俺、こういうこと初めてなんだ。でも、頑張るから。これからもずっと、ファビを大切にするから。それだけが、俺の唯一勝てるところだから」

「私も初めてで…その、優しくしてください」

「えっ、初めて?」

「ええ」


 ファビオラは恥ずかしそうに頬を染める。


「レオンと専属契約していたんじゃ…」


 ハッとして口元を手で覆う。聞く筈じゃなかったのに、言う意味もないと思っていたのに。


 俯きながらも視線だけはファビオラの様子を窺う。


 彼女は目を瞬かせた。


「レオンから聞いていないの?」

「何も…」


 彼女の口から初夜のベッドの中で他の男の名前なんて聞きたくもなかった。項垂れる俺にファビオラは慌てふためく。


「私とレオンは何の関係もないのよ。その…体の関係なんて持ったことなんて一度もないわ。っていうか、他の誰ともないわ!」


 ファビオラは酷く動揺しているのか早口になる。


「レオンは自分に興味がある女性というのが大前提で、それ以外は抱けないって。私のように他の男性を想っている女なんて対象外だったのよ。騙されて娼館に来たことや、好きな男性と離れ離れになって悩んでいるのを聞いて…同情して助けてくれたのだと思う。専属契約にすることで他の客を取らされないように守ってくれていたのよ」


 一気に言い終えた彼女は、息が上がったのか大きく胸で息をしている。


「そ、そうなのか…そうか、そうか…良かった、本当に…良かった!」


 急に緊張が緩み脱力すると涙が溢れた。結婚式で有頂天になっていたら奈落の底に突き落とされ、初夜のベッドの上でまさかの急転直下。どうにか俺の心は壊れずに済んだ。


「ごめんなさい。レオンから聞いていると思っていたから。決して隠していた訳ではないのよ。泣かないで…」


 十六歳とは言え、こんな図体のデカい男が初夜のベッドの上で泣くなんて恥ずかし過ぎるだろ。所在なさげに身を縮こませた。

 

 ファビオラは膝立ちになると、そっと俺を抱き寄せた。俺は彼女の胸に顔をうずめる状態になる。


 彼女からはほのかに石鹸と甘い花の香りがした。


 この状態で、健全な男の子がどうなるかなんて想像がつくだろう。もう、我慢なんて必要ない。俺はそのままファビオラを押し倒した。


「ファビ、俺…初めてだから君の協力が必要だと思う。二人一緒に気持ち良くなりたい」

「うん。カイトだけが頑張らなくても良いように、私も頑張るからね」


 ぷっと噴き出して笑い合うと、温かな感情がこみ上げる。


 彼女の頬、額にキスを繰り返すと最後に唇に深く口づけた。


 その夜、俺とファビオラは今まで以上に仲良くなり、深い眠りについた。






< おしまい >





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