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第十三話 レオンの追想





 軍事侵攻は短時間で効率的に行われた。犠牲者も最小限に、街の修復も最低限で済みそうだ。


 任務を完了した僕はパータイルに戻ると休暇をもらい久し振りに実家でのんびりする予定だった。


 窓辺に置かれた椅子に座り庭を見下ろす。そこには白い仔山羊とファビオラがいた。


 彼女はカイトの婚約者となり、この家に移り住んでいた。カイトの誕生日が来たら二人は結婚する予定だ。


 山羊の乳は栄養があると聞き、彼女が庭で仔山羊を飼い始めたのだ。専用の哺乳瓶から仔山羊にミルクを与えているのだが、仔山羊の力が強く哺乳瓶を持つファビオラは振り回されているように見える。


「はぁ、なにやっているんだか」


 立ち上がろうとすると、カイトがファビオラの元に走ってくるのが見える。小さな溜息をつくとレオンはまた座り直した。



 侵攻が成功し、すぐさまパラディへ向かった僕が見た光景はなかなかのものだった。


 ファビオラは弟と抱き合い見つめ合う。カイトも涙を流して彼女の額にそっと口づける。


 どこからどう見ても恋人同士の二人は呆然と立ち尽くす僕に気が付いた。


「レオン! ファビが見つかった」


 ファビ?彼女をそんな風に親し気に呼ぶ男がいたなんて。しかも、それが自分の弟だなんて。


「レオン様とカイトは知り合いなの? あ! レオン様が言っていた友人というのはカイトのことだったの?」


 ファビオラは驚きと嬉しさが入り混じる表情で僕に問う。


 人生って残酷だ。

 本当に予想だにしないことが起きる。


 仕事柄、状況把握能力は高い。簡単に言えば空気が読める。僕は芽生え始めていた彼女への想いに蓋をすることにした。


「カイト、ファビオラ。再会出来て良かったな」


 カイトの想い人がファビオラで、ファビオラの会いたい人がカイトだったなんて。



 侵攻が終わったら、彼女を身請けしようと考えていた。


 パータイルに連れていき、何か職でも紹介しよう。刺繍が得意そうだったし、お針子も良いかもしれない。貴族の令嬢だったみたいだから読み書きもできるし就職先には困らないような気がする。


 好きな男がいるらしいが、彼女を探している様子もない。ファビオラはまだ待っているようだが、彼女には悪いが期待はしない方がいい。パータイルで新しい生活を始めれば辛い記憶も男への想いも薄れるだろう。その時をゆっくり待とうと思っていた。


 今となっては儚い妄想でしかない。


 庭で笑いあう二人を見ながら呟く。


「上手くいかないものだな。久しぶりに面倒事も丸っと受け入れて恋愛しても良いかなって思ったのに」


 ファビオラと出会った頃を思い出して苦い笑いを漏らした。




 ミタリア王国に宰相補佐官の秘書として潜伏し諜報活動中だった僕は、会議でのやりとりから、重要書類の内容をパータイルに流していた。


 中でも貴族達の動向を把握することは重要で、貴族の派閥を知り其々の情報を得るのには娼館が最適だった。


 男というのは懇意にする女ができると愚痴こぼしたり、もしくは好いた女の前では良い恰好をしてくて自慢気に仕事や関わりのある者の話をするものだ。


 事前にそれぞれの派閥の貴族が懇意にしている娼婦を調べ、聞き込みを開始するが、身分の高い貴族達を相手にする娼婦は口が堅い。そう、聞き出すのには正真正銘、篭絡する必要がある。夢中にさせて懐に入り込む、男版美人局と言ったところだろうか。


 本当に軍は適性を見抜いているなと感心する。


 僕は三人兄弟で唯一母親似だった。母親から受け継いだこの容姿のお陰もあって女性から言い寄られることは僕にとっての日常だった。常に女性達に囲まれることで、女性の争いに巻き込まれず、争いを事前に抑え込み、上手に立ち回る術は自然と身についていた。


 あの夜、女を夢中にさせ聞き出すべきことを全て聞き出すと、一息つきたくて部屋を出た。そんな時に出会ったのがファビオラだった。


 彼女は心が折れた状態で、マイナス思考の権化のようだった。


 僕は簡単に死にたいとか言う奴が嫌いだ。軍人という仕事柄、死にたくなくとも死んでいく仲間達を見てきた。遺体となっても家族の元に帰れるなら幸せな方だ。諜報活動を任務としている以上、秘密裏に始末され、消息不明のままの奴だっている。


 それに、彼女に本気で死ぬ気がないことぐらいお見通しだった。


 めそめそうじうじする女は嫌いだ。面倒で仕方がない。軽くあしらっているとファビオラは僕の心情を直ぐに悟ったようで恥じ入るような表情を見せた。


 この子は思った以上に敏い子だ。

 不意に彼女への興味が湧いた。


 興味が湧いたという軽い理由にしては、宰相補佐官ラニエ卿の相手をする予定のファビオラを助けるなんて、本当に僕らしくないことをした。


 だが、僕らしくないこの行動が結果、吉と出たのだ。


 ファビオラの相手を交換する為に娼館の女主ベティと話が出来たのが大きな収穫だった。彼女は、僕が娼婦達から何かしら聞き出していることを察していた。

僕を反政権派と思ったようで、予てから国の悪性に不満を載らせていた彼女は俺に協力したいと申し出てきたのだ。


 何かあれば娼館を助けると約束し、俺は彼女の持ち得る全ての情報を引き出すことが出来たのだ。

 

 その延長でファビオラを僕の専属契約にしてもらうのは簡単だった。


 いつものように書類に目を通しながら、一心不乱に刺繍を刺すファビオラを盗み見た。今までにないくらい、面倒臭い女性であろう彼女と専属契約なんて。


 彼女は刺繍を刺していると何も考えなくて済むから良いと言っていた。身売りすることになった経緯も、男に騙された事情も気になるものの、任務以外のことで、なるべく人とは関わらない。これ以上の深入りは危険だと頭の中で警鐘が鳴る。


 集中力がとっくに切れていた僕は仕事の手を止め、ファビオラにポケットから取り出した檸檬キャンディーを渡した。


 彼女は口の中で転がすと嬉しそうに微笑みを浮かべる。


 ふと、幼かった時の記憶が蘇り弟の可愛い姿を思い出した。


「カイト、ほら。お口、あーんして」


 雛鳥のように素直に開けた口の中に檸檬キャンディーを放り込む。ぐずぐず泣いていたカイトは途端に涙を止めると顔を綻ばせた。


 簡単な奴。そう思いつつもカイトの機嫌を直した満足感は大きかった。


 彼女の微笑は、幼い頃の弟から得た満足感と同じものを僕に与えてくれた。任務中の僕にとって彼女との束の間の時間は唯一、気の抜ける時間になっていった。


 軍事侵攻が早まると聞いて、真っ先に彼女を守らなければと思った。しかし、自分に課せられた任務から離れることは出来ない。一足早く王都入りしていた弟に僕は『パラディ』を守るように頼んだ。


 それが、結果、カイトとファビオラを再開さることになるとは思いもしないで。




 庭にいるファビオラは僕に気が付くと、こちらに向かって笑顔で手を振る。手を振り返す僕は上手な笑顔を返せているだろうか。


 互いに好きで好きで堪らないといった様子の二人を見て思う。


 僕はいつから純粋に人を好きになれなくなったのだろう。


 仕事柄、詮索しない、会いたいという我儘も言わない、面相臭くない聞き分けの良い女性ばかりを選んできた。そのせいか、軍人となってから付き合った女性は年上が多かった。


 面倒臭くない女性って。要は、その女性達が僕に何の期待もしていなかっただけじゃないのか?主導権を握っていると思っていた自分の視点からは今まで見えていなかったが…別れる時は、他に自分のことを真剣に考えてくれる男性が現れたとか。他の男に持っていかれることが多かったのが、何よりの証明だ。


 胸の前で腕を組むと渋い顔になる。


 僕は仕事の邪魔にならない、都合の良い女性と、時折会うことを付き合っていると勘違いしていただけで本当は付き合ってもいない恋人とも言えない様な間柄だったんじゃないのか?


 軍人になる前の自分は今よりもずっと純粋に人を好きになっていた筈なのに。


「僕って、ただの恋愛下手の勘違い野郎なんじゃ…」


 女にモテるなんて虚妄でしかなかった…自尊心が粉々に砕け散り、項垂れるしかないレオンだった。





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