7話 編入試験
学院の編入試験の当日になった。
編入試験は最初に学科試験だ。
学科の勉強は結局、師匠の話を楽しく聞いていただけだったが、俺は師匠とのや入り取りの全てが記憶に鮮明に残っている。
師匠の口から聞いた事なら忘れる事が無い。
おかげで学科試験は滞りなく回答が出来た。
次は剣術の試験だ。
「君がゲン君だね?私が剣術の試験を担当する」
剣術試験の相手は30歳くらいの男性の剣士だった。
他にも採点のため数人の教官が立ち会っている。
その中には師匠もいた。
そういえば学院の非常勤講師もやってるって言ってたな。
「ゲン!頑張ってね!」
にこにこしながら俺に手を振ってきた。
・・・試験官が応援していいのか?
「では試験を開始する」
「宜しくお願いします!」
俺は挨拶した後、一直線に試験官に突っ込んで行った。
師匠からは試験官を倒す様に言われているが、相手は剣士だ。
そう簡単にはいかないだろう。
試験官は正面に標準的なロングソードを構えている。
対する俺は細身のロングソードを選んだ。
これは師匠からのアドバイスで、『身体強化』が使えない俺は、力勝負では勝てない。
機動性重視の戦い方になるので軽量の剣を選んだ方が有利だからだ。
俺は右に回り込み水平に剣を打ち込む。
俺の剣は普通に試験官の剣に受け止められて止まってしまった。
即座に後ろに跳躍し距離を取る。
(さすがにびくともしねえか?)
試験官は『身体強化』を使っている。
まともに打ち合ったら勝てるわけがない。
まあ、最初から分かっていた事だが。
(次は本気でいくぜ!)
俺は2本目の打ち込みに行く。
今度は左から切り込む。
試験官はこれを剣で受けに来る。
俺はその挙動を読んで、自分の剣を浅い角度で相手の剣に当て、相手の剣の軌道を逸らし、その勢いを利用して自分の剣の軌道を変えて打ち込む。
この神業的な一連の流れを一瞬で計算し、動作を組み立て実践する。
これが『剣聖』の技の基本であり、全てでもある。
実践の中でその状況は常に変化し、毎回同じでは無い。
無限に存在する戦況の中で、その瞬間に最適解を導き出して実行し成功させる。
これが完全に実践できる様になって『剣聖』の領域に踏み込めるのだ。
教官は後方に高速移動して攻撃を躱した。
「なるほど、これはすごいな!まるで『剣聖様』と戦っているようだ」
「師匠はこんなもんじゃねえよ!」
俺は再度打ち込みをかける。
さすがに今度は試験官も警戒している。
俺に剣筋を変えられない様に『身体強化』を強くして対抗してきた。
数回の打ち込みが力技で止められて決まらなかった。
(こっちの手を読まれてるようじゃ駄目だな)
この2週間の師匠との打ち合いで分かった事は、結局は剣の戦いも頭脳戦だって事だ。
いかに相手よりも先を読み裏をかけるかで勝負が決まる。
俺みたいに『身体強化』無しで戦う場合は特にそうなる。
次の打ち込みは相手の右側に回り込み斜め下から切り上げる。
相手はそれを上から抑え込みに来る。
直前で進路を変え、左側に回り込む。
相手はそれを予測しており、右に振り下ろしていた剣を力業で左に動かす。
だが、力業で軌道を変えた剣は、精密なコントロールが咄嗟に出来ない。
俺は相手の剣に自分の剣の刃をすべらせ、そのまま相手の懐に入り込み、自分の剣の柄を相手の首筋をかすめて突っ込んだ。
結果として、俺の剣の刃は相手の首筋を捉えていた。
俺の顔は試験官の顔のすぐ目のまえにある。
「勝負あり・・・だよな?」
「・・・ああ、見事だ。私の完敗だ」
試験官席から拍手が上がった。
・・・拍手してるは師匠だが・・・
「すごいよ!ゲン!合格だよ!」
いや、試験官がそんなに露骨に喜んじゃ駄目だろ?
「師匠が言った通り何とか勝ったが、この試験、難しすぎねえか?」
「いや君、何言ってるんだい?この試験は君の技量を見るためのものだから勝敗は試験結果に関係ないよ」
「何だって!?」
「過去に試験官を倒して合格したのは『剣聖様』ぐらいのものだよ」
「どういう事だよ!師匠!」
「あっれぇ?そうだっけ?」
師匠はてへぺろをしていた。
・・・めちゃくちゃ可愛いけど、そういう問題じゃない!
「「「『剣聖様』、何やってんですか?」」」
他の試験官たちが頭を抱えていた。
「あはは、この剣術試験で試験官を倒すと他の試験がだめでも無条件で合格になるんだよ。ゲンは学科は好きじゃないって言ってたから念のためにね! でも学科の点数もわりと良かったみたいだから余計な心配だったね」
・・・師匠、やりたい放題だな。
一応これで合格という事になったが、魔力量の測定もあるので、この後の魔法の試験も受けた。
魔力量の測定は村の学校に入学する6歳の頃にやったが、俺の魔力量は下級レベルだった。
魔力量は生まれた時に決まるので成長に合わせて変化する事は無いと言われている。
この学院ではより正確に細かいパラメーターまで測定する事が出来るそうだ。
「おや?君の魔力量は中級レベルだね?」
「そんなはずはねえ、前に測った時は下級だったぞ」
試験官は首をかしげている。
「しかし、測定値は中級でも比較的高い数値が出てるね。昔測った時は測定ミスがあったのかもしれない。君は中級魔法が使えるよ」
中級魔法は使った事が無かったが、師匠から入試対策として簡単な中級の魔法の魔法陣も、いくつか叩き込まれていた。
そのかなでも比較的簡単な、防御魔法『シールド』の魔法陣を描いて試す事になった。
魔法陣に魔力を注入すると魔法陣が光り始めた。
今まで下級魔法しか使った事が無かったが、中級魔法の魔法陣は結構ごっそりと魔力が持って行かれる感覚だ。
呪文を唱えて魔法を発動する。
「『シールド』」
魔法は正しく発動し、目の前の空間に透明な障壁が出現した。
「すげえ、本当にできた」
障壁は拳で叩いてもびくともしない。
はじめて使った中級魔法に少しだけ感動した。
色々疑問はあったが、中級魔法が使えたという事で魔法の試験もクリアした。
試験結果はすぐに発表されて、俺は編入試験に無事合格となった。
「合格おめでとう!ゲン。今夜は合格祝いのパーティーだよ!」
夕食は師匠お手製の豪華なディナーだった。
もっとも連日豪華な食事なのだが・・・
明日から学院の生活が始まる。