6話 学院編入
「私の弟子になるにあたって、ゲンには学院に入学してもらうね」
学院てのは王都にある高度教育のための学校だ。
「学院ってあれか?貴族のガキどもが通ってる学校か?」
「別に貴族じゃなくても入学は出来るんだよ」
「俺は師匠に稽古をつけてもらえればそれでいいんだけどな」
「学院でしか学べない事がたくさんあるんだよ。それに友達もたくさんできるし!とにかくこれも修行の一環だと思って!」
「しょうがねえな」
「途中入学だから編入扱いになるけど実力があれば問題ないよ。編入試験は2週間後だから、それまで剣の練習と学科試験の対策もやるからね!」
「なに!学科もあるのかよ?」
それからの2週間は剣の修行と猛勉強に明け暮れる日々だった。
学科の勉強も思ったほど退屈じゃなかった。
俺は一応村の学校には通っていた。
この国は子供の教育に熱心で田舎の村にも必ず学校があり、12歳までは必ず学校に通う事になっている。
俺は少しでも剣の練習がしたくて、学校に行く時間が勿体なかったが、親に必ず行けと言われて仕方なく通っていた。
厄介なのが、課題が終わらねえと補修授業ってのをやらされて、剣の練習時間が削られちまう。
俺はそれを避けるため、授業中は必死に課題に集中し、補修を受けない様に徹していた。
おかげで学校で教わる内容は大抵頭に入っていた。
ここ2週間は師匠が学科の勉強も見てくれた。
師匠は剣術だけでなく学科の知識も豊富で、しかも教え方が上手い。
いつもの調子で楽しそうに話しているのだが、内容がわかりやすくて、さくさく頭に入ってくる。
ただ知識を覚えさせるのではなくて、戦いや生活の中で必要な事例と具体的に絡めて説明してくれるので、イメージがそのまま記憶に残る。
なんだかんだで、師匠の話を楽しく聞いていたら勉強が終わっていた感じだった。
剣術の方はたった2週間でメキメキ上達したのが自分でもわかる。
今まで独学でやってた訓練の悪い所を師匠が次々と指摘して直してくれた。
指摘といっても言葉で説明する訳じゃない。剣の打ち合いの中で教えてくれた。
打ち合っていれば、師匠が何を言いたいのか手に取るようにわかるので、言葉を交わす必要もない。
「ゲンは頭がいいねぇ!」
「いや、勉強は好きじゃねえ」
「そうじゃないよ、常に戦い方、剣の使い方を考えているよね?私のやる事の意味を自分なりに考えて答えを導き出している。今までもそうやって来たんでしょう?」
そうだ。師匠を見たのは3年前の一度きり。
その時の記憶を頼りに、師匠の動きの意味を何度も頭の中で考えて、実際に自分で実践し、師匠の戦い方を理解していった。
考えれば考えるほど、あの時の師匠の動きは合理的で無駄が無く、一つ一つの行動に意味がある事が見えてきた。
あのわずかな時間に、途方もない情報量が含まれていた事が3年かけて読み取れたのだ。
この2週間でその情報が更に高密度で更新された。
俺が自分で解明できていなかった部分を師匠は丁寧に細かく教えてくれた。
まるで粗削りだった彫刻を精密に仕上げていくように。
「ジオ様以外で、剣を通じてこんなにちゃんと会話が出来た相手は初めてだよ。だからとっても嬉しい!」
師匠は頬に手をあてて満面の笑みで微笑んだ。
それを見た俺の心臓は、破裂しそうなくらいの勢いで早鐘を打った。
顔に血が集まるのがわかる。
(だから!遠慮なく最大火力で攻撃するのやめろ!)
折角失恋の痛手を忘れようとしてるのに、一発でぶり返してしまう。
だが、剣を通じて意思の疎通が出来た事に感動を覚えたのは俺も同感だった。
「俺も・・・剣だけでこんなに話しができるなんて驚いた。言葉で言われるよりも全然分かりやすい」
「そうでしょそうでしょ!だからゲンはとっても頭がいい子なんだってば!」
師匠は俺の頭をぐりぐりかき回した。
「ふふふっゲンの髪の毛はふわっふわできもちいいねぇ!真っ白でとってもきれいだし!」
(顔が近い!そして無防備に笑うな!)
失恋を忘れるどころか更に想いが強くなってしまいそうだった。
だが、師匠に頭をかき回される事が心地よくて振り払えなかった。
「・・・? いつもみたいに逃げないんだね?これは私との距離が近づいたって事かな?」
「・・・もう、めんどくせえから好きにしてくれ!」
「やったぁ!ゲンの頭好きなだけなで放題だぁ!」
俺は師匠のこの笑顔を守るために、もっともっと強くなる!
今はそれだけを考えよう。