298話 中州の王都
港町から川を遡って行くとしばらくは左右に切り立った高い崖が続いたが、次第に崖の高さが低くなってきた。
そうすると崖の上は木々が生い茂って深い森になっているのが見える。
「砂漠の大陸と聞いていたが、結構木が生えてるんだな」
俺を背に乗せて川を泳いでいるジオに訪ねた。
「大陸の大半は砂漠だが、北側の海沿いと南の方には緑豊かな地域もある様だ」
「大陸の全てが砂漠というわけでは無いのか」
さらに上流に上っていくと、川の水面と崖の高低差はほとんど無くなり視界の開けた場所に出た。
「正面に見えるのが王都だろう」
ジオの言う方を見ると、川幅が広くなって湖のようになったその中心に、城壁に囲まれた大きな中州があった。
城壁は中州の全周を囲んでおり、川の片岸に繋がった一本の橋以外に入り口は見当たらない。
一方で中州より上流の川の両岸には小さな村が点在してるのが見えた。
「一旦村の方に上陸してみよう」
ジオはそう言うと、橋をくぐり城壁に囲まれた中州から離れて少し上流にある河岸の村の一つへと向かった。
王都から上流は川の水面と河岸の高低差は殆ど無く、どこからでも岸に上陸できそうだった。
ジオは川岸の浅瀬に近づくと俺を背から下ろして人魚の姿から人間の姿に戻り陸へ上がった。
ジオの風魔法で体を乾かした俺たちは服を身に付けて村へと向かった。
村の入り口にいた見張りの爺さんに冒険者証を見せると村長のところへ案内してくれた。
村長はスリムな割に腹の膨らんだ妙齢の女性だった。
「あんたらが王都が依頼した冒険者かい?」
「そうだ、冒険者ギルドからの依頼で海を渡ってきた」
「やっときてくれたか。この国は帝国の帝都から離れた場所にあるんでね。帝都の軍に派兵を頼んでもいつになるか分からないってんで、隣の大陸の冒険者ギルドに応援を頼んだって事は聞いてたよ」
「依頼の内容ってのはあの触手の生えた魔物の事か?」
「知ってるなら話が早いね。そうさ、数ヶ月前から現れる様になってね、あたしもあいつに捕まって、年甲斐も無くまんまとこのザマって訳さ」
村長はそう言って自分の腹に手を置いた。この村長、やはり妊娠してたのか。
「まあおかげで今は魔物に狙われる心配は無いけどね」
「妊娠してると魔物に狙われないのか?」
「ああ、あたしが目の前にいても無視して素通りしていったよ」
・・・そういう物なのか?
「そういえばさっきから村長以外は老人しか見かけないがこの村には若者はいないのか?」
「ああ、そうさ。若い男女が揃ってたら魔物に狙われちまうから、今は適齢期の男女は王都から外に出ちゃいけない決まりになってる。王都の外にいるのはあたしみたいな妊婦か老人だけさ」
「全員が王都に避難しないのか?」
「漁や畑仕事もあるからね。誰も外に出ないって訳にはいかないよ。それに昨日までは若い男も何人かいたんだけどね」
「昨日?何かあったのか?」
「いや、例の魔物が川を上がってきたんだよ。いつもなら若い男は魔物が来る前に王都に待避するか地下室に潜んで魔物が通り過ぎるの待つんだが・・・昨日は少し事情が違ってね」
「やはり昨日魔物がここを通ったんだな・・・事情が違ったというのはどういう事だ?」
「魔物が若い女の子を捕まえていたのさ。それがまた、どえらいかわいい子でね、それを見た男どもときたら、逃げ遅れたふりをしてみんなわざと魔物に捕まっちまったんだよ」
・・・下心あからさま過ぎるだろ?
それよりもその女の子はヒナじゃないのか?
「その捕まっていた女の子の特徴はわかるか?」
「確か髪の色は緑?いやヘーゼルだったか・・・そういや全裸ではなくて下着みたいなのを身に付けてたね?普通はあの魔物に捕まっちまったらすぐに全裸のさせられちまうんだが・・・あたしもあの時は大勢の男どもに体の全てを見られちまってね・・・えらい恥ずかしい思いをしたもんだよ」
・・・間違いない!ヒナだ!
「かわいそうに、あの女の子も今頃は誰かの子供を孕まされちまってるだろうね?」
附加装備の水着を着たままであれば、とりあえず妊娠の心配は無いはずだが・・・
「その後魔物はどこに行ったんだ?」
「この川を上流に上っていったよ。上流にはまだいくつも町があるからね。いつもはそこを往復しながらめぼしい男女を見つけては捕まえているのさ」
ヒナが捕まっている事が確定した以上、一刻も早く助け出さなければならない。
「ジオ、すぐに行くぞ!」
「ああ、そうだな」
「情報ありがとう、村長」
「あの子はあんたの知り合いだったのかい?あの魔物は事が済んだら解放してくれるはずだ。今頃は自由の身になっているかもしれんよ」
・・・それって、ヒナに気がある全裸の男どもと一緒にって事だよな?
とても安全な状況とは思えねえ。
そもそもヒナが水着を自分から脱がない限り事が済む事はない。
そうなると未だ解放されていない可能性が高い。
いずれにしても早く助け出すに越した事は無いという事だ。
俺とジオは村を飛び出し、川上を目指したのだった。




