268話 海峡への道
「ゲンさま、今回は馬車で移動するんですよね」
「ああそうだ。馬車で王国の西側の国へ移動し、その国から船で海峡を渡る」
「帝都へ行く時は東の方へ行って海を渡っていたのだが、今回はルートが異なるのだな」
師匠やジオが砂漠の大陸へ渡る時は東の方の海峡から海を渡っていたらしい。
もっとも今では転移魔法陣があるので帝都への行き来は一瞬なのだが・・・
「今回は帝国の北西の端にある国が目的地なので、西の海峡から海を渡った方が近道なのです」
シアが説明してくれた。
シアは今回初めて行く大陸の事をかなり念入りに勉強して来たらしい。
「まず馬車で王国の南西の国に移動し、更にその国の南の端にある町の港から船で帝国に渡ります」
このルートは前に通ったな?・・・確か王国の南西側に有る隣国というのは?
「それ!わたしの生まれた国です!」
そうだ、前回通ったヒナとユナの生まれた国だ。
「確か国境を渡った先の町がヒナとユナの養父になった領主の治める領地だったな」
「はい、そうです!領主である養父の肩書があるので国内の通過はスムーズに行くと思います」
「今回はその国の移動が中心になるからそいつは助かるな」
「はい!養父には手紙を出しておきましたので大丈夫です!」
ヒナの根回しのおかげで順調な旅になりそうだ。
ヒナにとっては辛い思い出のある国だったが、前回の旅でそれも払拭出来ていた様だ。
国境までは馬車で5日ほどかかる。
俺たちは乗合馬車で王都を後にした。
乗合馬車といっても6人乗りの馬車に5人で乗るので実際には貸し切りだ。
俺の両脇には当然の様にシアとヒナが座り、必然的に対面にはギルとジオが並んで座る事になった。
「やあ、美女たちに囲まれて馬車の旅とは、これは優雅だねぇ」
ギルが女性三人を見回してそう言った。
そしてジオの肩の手をかけようとしてはたかれている。
「とはいってもその美女は全員ゲンさまの物ですけどね!」
ヒナがどや顔で俺に抱きついた。
「いや、ジルは違うだろ?」
「いや、わかるよ。男としてこれだけの美女をほっておけるわけがない。全ての美女を自分の物にしたいというのは男にとって当然の野望だからね」
ギルは再びジオの肩に手を回そうとしてはたかれている。
「勝手に納得するな!全ての男が必ずしもそうじゃねえだろ!」
「いえ、割とゲンには当てはまってますよね?」
「そうですよ、ゲンさま、割と出会った女性はみんな落としてますよね?」
「それは俺のせいじゃねえだろ?」
「ゲンが無自覚なだけです!誰にでも優しくしてたら、みんなゲンに恋してしまいますよ?」
「これは参ったな。僕以上のフェミニストがこの世にいたなんて。僕も今以上に精進しないとね」
ギルが三度ジオの肩に手を回そうとしてはたかれた。
「とにかく、俺が手に入れたいのはシアとヒナだけだ」
「ゲン・・・」
「ゲンさま・・・」
シアとヒナが俺の左右の腕にギュッと捕まった。
「いや、君ほどの男が二人だけで満足できるとは思えないけどね」
「勝手に人の事を決めつけるな」
・・・いや、出来る事ならもう一人手に入れたい女性がいなくもないのだが・・・
いや、この事は忘れよう。
そんな話をしている間に、馬車は一日目の宿場町に到着した。
王国内は交通網と宿場町が発達しているので野宿になる事は殆どない。
「さて、宿が決まったところで、早速手合わせ願おうか?」
俺はギルに試験を挑むことにした。
都合よく宿には裏庭があり、剣の鍛錬などに使っても構わないとの事だったのだ。
「おや、いきなり初日からかい?」
「何度挑戦してもいいんだろ?合格するまで何度でもやるぜ」
「まあ、僕は構わないよ。ジル殿もいいかな?」
「ああ、大丈夫だ」
早速、俺たちは宿の裏庭で試験という名の勝負を始めた。
「君は身体強化を使わない方針だったね。では僕も同じ条件にするよ」
「大丈夫か?俺に負けても理由にはなんねえぞ」
「もちろん、身体強化無しでも君に負けはしないから、心配はご無用だよ」
「じゃあ、遠慮なくいくぜ!」
「双方準備はいいな?では試験開始」
ジオの無感情な号令で試験が始まった。
ギルは俺と同じロングソードだ。
前に共闘した時に戦い方は見ている。
基本的には身体強化を駆使した力と速度重視の戦い方で、キアの上位互換といった感じだった。
だが、上級冒険者というのは伊達じゃなく、身体強化を使われたらかなり手強い相手である事は間違いない。
逆に、身体強化を使っていないギルの戦い方を見た事は無かった。
「行くよ」
ギルはゆったりとした構えで迫って来る。
速度的には俺の方が速いのではないだろうか?
・・・これならあっさりと勝てるかもしれない。
そう思って、ギルには悪いが一撃で勝負をつけるつもりで、最初から全力で切りかかった。
しかし、ゆったりした動きのギルをすり抜けるかの様に、俺の剣は空を切ったのだ。
・・・なんだ?今のは?
文字通り体をすり抜ける様に、俺の剣が素通りしたのだ。
ギルはよけた様子も躱した様子もない、
ただ剣がギルの体をすり抜けた様に感じた。
剣を振りぬいた後にはそこにギルの姿は無いのだ。
何度か繰り返したが結果は同じだった。
確実に決まったと思えた一撃が空を切るのだ。
「そろそろ終わりにするね」
その言葉と同時に、俺は背中から強い衝撃を感じ、意識が遠のいて行ったのだった。




