266話 遠征の目的
「ふざけるな!どうして俺がそんな賭けに乗らなきゃならん」
「おや?僕に勝てる自信が無いのですか?」
「そんな事は無い」
「では問題ないのでは?」
「しかし、シアの意志を無視しては・・・」
「構いませんよ。その賭け乗りましょう」
俺とギルの言い合いにシアが割り込んできた。
「シア、何を言っている。こいつの挑発に乗る必要はないぞ」
「でも、ゲンが上級剣士に成れなかったら、わたしは政略結婚させられてしまうのです。それならギルの物になっても同じです」
「おお、シアさんがその気になってくれるなんて!これは絶対に負ける訳にはいきませんね」
シア・・・火に油を注いでいないか?
「いいのか?シア。俺がギルに勝てなかったらギルと結婚する事になるんだぞ?」
「いずれにしてもゲンが勝てなかったら同じ事ですから」
「まあいい・・・俺は一度でも勝てばいい訳だからな」
「そうはいきませんよ。僕が負けなかったらシアさんが手に入る事になったのですから!一度足りとも負けるつもりはありませんよ」
なんか面倒な事になったな・・・だが、とにかく俺はギルに勝つしか選択肢が無いという事に変わりはない。
「おい!お前ら!話が逸れているが、そろそろ本題に戻ってもいいか?」
しびれを切らしたギルド長が俺たちの話に割って入った。
「ああ、そうだったな。依頼内容を教えてくれ」
「今回の依頼だが、海を渡った隣の大陸からの依頼だ」
海の向こうだって?
全く想像がつかねえんだが?
「隣の大陸というのはこの国の南側の海の向こうにある砂漠の大陸の事ですか?」
シアがギルド長に尋ねた。
「そうだ。大陸の大半が砂漠に覆われているが、今回の依頼主はその大陸の一番北西にある海辺の国だ」
「知ってるのか?シア」
「それってララ先生が遠征に行ってた大陸ですよね?」
「そうなのか?」
俺とシアはジオの方を見た。
「そうだ。俺とララはその大陸に遠征に行っていた」
って事は、師匠の結婚相手のいる国って事じゃねえか?
確かシンって名前の皇帝だったよな?
「今度行く国が例のシンって奴が居る国なのか?」
俺はジオに尋ねた。
「いや、シンのいる帝都は大陸の中央にある。今回行く国とは遠く離れている」
「確かその大陸は八つの国が集まって帝国を形成してるんですよね?」
シアがジオに質問した。
「そうだ。シンがいるのは帝都のある中央の国で、今回の依頼先はその属国の一つだ」
「なんだ?お前ら帝国の皇帝とも知り合いなのか?」
「知り合いというか、ララと俺は皇帝とはかぞく・・・」
「いえ!なんでもないです!家族ぐるみのお付き合いだそうで!」
シアが慌ててジオの口を塞いだ。
さすがに師匠が皇帝の妃だという事は伏せておいた方が良いだろう。
「そうなのか?ずいぶん親しいんだな。まあいい、砂漠の大陸に行った事があって皇帝と親しい間柄のメンバーがいるなら心強いだろう」
・・・そのシンってやつにはあまり頼りたくないがな。
「その海辺の国で起きている事件を解決するのが今回の依頼だ」
「具体的にどういった事件なんだ?」
「状況としては魔物の異常発生だ。だがそれが、まるで誰かが計画的に発生させているかの様に魔物が現れるらしいのだ」
「なんだか厄介そうだな?」
「過去に似たような事例がいくつか報告されている」
・・・それって、『傲慢の魔女』の仕業じゃないのか?
「今のところ魔物の数が多いってだけで『上級の魔物』が現れた事は無い。だが、今後『上級の魔物』が現れたとしたら現存の戦力だけでは防ぎ切れなくなる。そこで冒険者ギルドに上級冒険者派遣の依頼があったって訳だ」
「帝国全体の戦力を応援に回せば対処できるのではないのか?」
ジオがギルド長に質問した。
「どうやら大陸内で他にもトラブルが発生していて、手が足りないそうなのだ。そこで今回の件だけでも冒険者ギルドに応援を要請したいって事らしい」
「なるほど、シンも大変なようだな」
「話が決まったなら早々に出発の準備をしてくれ。こうしている間にも被害が進行しているからな」
「わかった。すぐに準備しよう。シアの方は大丈夫か?」
「家に帰って両親に聞いてみますが、多分大丈夫だと思います」
俺たちは冒険者ギルドを後にした。
シアはすぐに両親に確認すると言って、先に自宅へと帰って行った。
「なあ、師匠は今回の件は知ってたのか?」
俺は屋敷に帰りがてらジオに質問した。
「ああ、情報は知っている」
「本人が行きたがってたんじゃないのか?」
「かなり行きたがっていたが、当面の事務仕事に全く終わりが見えないらしい」
さてはレン達に引き留められたな?
師匠の事だから遠征を口実にデスクワークから逃れたかったんだろうな。
「そこで今回は俺が代わりに行くという事になった」
「師匠は・・・シンって奴に会いたかったんじゃねえのか?」
「今回の遠征はおそらくシンに会う事は無いだろう。シンが動けるのであれば俺たちに依頼は無かっただろうからな」
「そうか、他にもトラブルが発生しているって言ってたな。皇帝ってのも大変なんだな」
「あれだけ矢面に立って行動する皇帝というのも珍しいのだろうな」
「あの・・・そのシンって皇帝はララさまの二人目の旦那様なんですよね?ジオ様は嫉妬とか感じないんですか?」
「いや、特にそう言う感情は無い。俺もシンの事は気に入っているからな」
「そっか!わたしとシアさまみたいな関係って事ですね!」
そうか・・・そういえば今回遠征に行く大陸では多夫多妻が認められているんだったな。




