250話 師匠の師匠
俺の上級剣士試験に向けて、多忙な師匠に代わって、ジオが俺の剣の指導をしてくれる事になった。
ジオは真の勇者であり、師匠の剣の師匠でもある。
つまり俺はジオの孫弟子に当たるのだ。
師匠を剣聖にまで育て上げた張本人なのだからその指導力は折り紙付きだ。
早速翌日からジオによる朝練が始まった。
当然ながら、俺と毎朝、朝練を続けているヒナも一緒だ。
「よろしくお願いします!ジオ先生」
ヒナが元気よくジオに挨拶した。
ヒナにはジオの事は最初は師匠の子供だと紹介していたが、今では正体を明かしてある。
さすがにもう隠す必要も無いという事になったからだ。
「この姿の時は『ジル』と名のっている。二人ともこれからはそう呼んでくれ」
「はい!わかりました!ジル先生!」
ヒナは再び元気よく返事した。
ジルというのは、ジオが旅先で師匠と一緒に妊娠して産んだ子供の名前らしい。
師匠が産んだ子供はラルという名前だ。
その国では母親だけで子供が作れるそうで、生まれる子供は必ず女の子で母親そっくりの姿かたちになるそうだ。
・・・つまり師匠の子供のラルは将来師匠そっくりに成長するという事だ。
・・・だからどうしたという事も無いのだが・・・
しかしその国には二度と行く事が出来ないかもしれないというのだ。
どうやらこの世界と違う時間の流れの中にいるらしい。
師匠はその別れを相当悲しんでいたらしくて、俺に会うなりおかしな事を口走った原因はその辺にあった様だ。
それにしても、師匠だけでなく、女性化したジオまで一緒に出産したのは驚きだ。
更に師匠付きのメイドのシィラも子供を産んでいたらしい。
そかし、どうやら普通の妊娠とは違うみたいで、相手の男性とどうこうしてというのは無かったらしい。
・・・自称『神』と名のる少女の姿をしたその国の統治者の能力で妊娠させられたらしいのだ。
妊娠期間も通常の妊娠より短かったという事だ。
「では、まず軽く手合わせせといこうか」
ジオはそう言うと、ロングソードを片手で構えた。
華奢な少女の体で大ぶりのロングソードを片手で構えている様子は一見アンバランスだが、実際のところ身体強化を使っていればそういう剣を使っている女性剣士もいない訳ではない。
そして、ジオはその構えに全くブレが無く、隙も無い。
だが、これは訓練だ。
隙が無くても挑まなければ意味が無い。
俺もロングソードを構えてジオ・・・いや、ジルに切りかかる。
俺が両手で構えたロングソードの渾身の一撃は片手のジオに軽くあしらわれる。
何度か切りかかってみたが、やはり同じ様にあしらわれ、全く攻撃が決められる気がしない。
しかも、どう見てもこれはジオの本気ではない。
・・・これが『勇者』の実力か?
以前、師匠に聞いた話では、本来『勇者』というのは圧倒的な腕力と強靭さを持っているため、技を磨かなくても敵を制圧できるため、剣術を極める必要が無いものらしい。
しかし、ジオは勇者になってからも剣術の研鑽を続け、技を進化させ続けているというのだ。
一方で師匠は、以前の俺と同じ様に身体強化が使えず、技だけで剣を極め、その果てに剣聖にまで登りつめた。
その過程において、師匠の剣術の師匠だったのがこのジオなのだ。
おそらく、勇者になっていなかったら、師匠より先にジオが剣聖になっていたかもしれないという程の実力の持ち主なのだ。
その技は歴代勇者の中でも群を抜いているのではないかと師匠は言っていた。
確かに、こうやって打ち合っていると、師匠以上に手ごわい相手という印象を受ける。
やってる事は師匠と同じ様にこちらの技量に合わせて、その少し上の技で対応している。
そうやってこちらの実力を少しずつ引き上げる指導方法だ。
師匠はジオがやっていたこの指導方法を真似て俺の指導をしてくれていたのだそうだ。
しかし、やり方は同じなのだが・・・ジオの方が若干きつめにやっている気がする。
師匠の時よりも実力差を大きくとっているのだ。
だから、より高い集中力が要求されている。
確かにきついが、短期間で上級剣士二人に勝利しなければならない俺にとっては、これくらいで丁度いい。
むしろもっとハードな訓練をしないと間に合わないかもしれないのだ。
「なるほど、いい腕だな。ララが自慢するだけの事はある」
自分よりもはるかに小柄な少女に軽くあしらわれながら言われても、なんだか複雑な心境だ。
「身体強化や魔法を使わずにこれだけ戦えるなら、身体強化を使えば上級剣士にも勝てるのではないか?」
・・・そう、俺は身体強化を使わずに打ち合いをしているのだ。
亜魔女になった今の俺は身体強化を使う事が出来る様になった。
しかし、上級剣士試験は身体強化を使わずに挑むと決めていたのだ。
なぜなら師匠は身体強化が使えないままで上級剣士になり、剣聖まで登りつめたのだ。
俺が本気で『剣聖』を目指すなら、師匠と同じ様に身体強化なしで上級剣士になれるくらいでないと到底『剣聖』になんてなれる訳がない。
「俺は身体強化を使わずに上級剣士になると決めたんだ」
「なるほど・・・わかった。それならそのつもりで鍛えよう」
無表情なジオの口元がうっすらと笑った様な気がした。
美少女の冷徹な微笑みに、俺は一瞬背筋がぞくっとした。
ジオは片手で持っていたロングソードを両手で構え直すと、一瞬その姿が消えた。
そして、次の瞬間・・・俺は、はるか後方に吹き飛ばされていたのだった。




