243話 在るべき場所に
「何をするんです!放しなさい!」
ヒナがヒナから逃れようともがいている。
「大人しくしなさい!」
ヒナもヒナを離すまいと必死にしがみついている。
そしてヒナとヒナが絡み合って、上へ下へと入れ替わりながら転げ回って、どちらがどちらだかわからなくなってしまった。
かろうじて傷跡が見えるので何とか識別は出来るのだが・・・
「早く放しなさい!このままくっついていると取り返しがつかなくなりますよ!」
「わかってます。わたしたちが一つに融合してしまうんですよね?」
「わかっているのなら早く放しなさい!あたしを切り捨てて清々してたんでしょう?」
「はい!あなたを切り取られたおかげで、今のわたしは幸せいっぱいで生きています」
「だったら放して!このままでは、元のあなたに戻ってしまいますよ!」
「元には戻りません!」
「えっ?」
「わたしもあなたも別々に分かれてからすっかり変わってしまいましたよね?」
「・・・・・・」
ヒナの言葉にヒナは抵抗をやめて大人しくなった。
「わたしはもう、あなたを切り取られた時のヒナではありません。その後に様々な経験を積んで成長しています。あなただって、元のヒナでは無いですよね」
「・・・そう、全てに絶望し、生きる事を諦めていたあの時のあたしではないわ。みんなの不幸な記憶が集まった時、あたしは変わったのよ」
「そうですよね?当時のわたしは、自分を消してしまいたいと思っていたはずですから」
「他の巫女たちもそうだった。どうして自分だけがこんな不幸な目に遭っているのか?自分なんてこの世からいなくなってしまえばいいのにと、そう思っている子たちの不幸な記憶と負の感情だけが集まっていた。でもそれが何人も集まった時、別の感情が生まれたのよ」
「それは・・・恨みと妬みですね」
「そうよ、自分たちの様な不幸を背負った人間のだけでなく、生まれた時から幸せに包まれて生きて来て、これからの幸せも約束されている。そんな人がいるという事をあたしたちは知ってしまった」
「・・・それは、シアさまの記憶に触れたから・・・ですね?」
「そうよ!こんなあたしたちとまるで正反対で、幸福な家庭で大切に育てられ、容姿と才能にも恵まれ、他人より優れていて、全てが順調で、更には最愛の相手との将来が約束されていて・・・何でこんなにも違うのかと思うと、羨ましくて、悔しくて、そしてそれは憎しみへと変わっていったのよ」
「それは・・・逆恨みです」
「そうよ!そんな事はわかっているのよ!でも自分がその幸せを奪い取ってもいいんじゃないかと思うのは当然の事でしょ?」
「違う!お前は思い違いをしている」
二人のやりとりを聞いていた俺は黙ったいられなくなった。
「何が違うって言うの?全てに恵まれて、容姿も性格も良くて、だからあなたはその女を好きになったんでしょう?」
「そうじゃない!俺シアを好きになったのはそんな理由じゃない!シアが誰よりも努力していたからだ!お前はシアの記憶を垣間見たのかもしれないが、シアの心の全てを知ったわけじゃないだろう?根底にあるのは誰だってそんなに変わんねえんだ!その中でシアが今のシアになったのは、自分を高めようと誰よりも努力してきたからだ!」
「そんなの、努力だけで誰でもそうなれるわけではないでしょう?」
「だめだったらもっと頑張ればいいだけの事だろう?」
「ゲン・・・それも少し違います」
俺に抱きしめられていたシアが、口を開いた。
「わたし一人ではこんなに頑張る事は出来ませんでした。ゲンとの出会いがあったからです。ゲンが一緒に頑張っていたから、わたしも頑張れたんです」
「やっぱり!あなたは恵まれていただけじゃないですか!」
「そうです。わたしは恵まれていただけです。少し運命が違っていたらわたしもあなたの様になっていた・・・それを今回の事で痛いほど理解する事が出来ました」
「シア・・・今回の事を全部覚えているのか?」
「はい、ヒナさんや他の巫女さんたちの記憶と感情に囚われて、わたしも同じ様に自暴自棄になっていた事を覚えています」
「すまない・・・俺は間違った選択をしてしまうところだった」
「いいえ、それでもゲンがわたしを助けようと必死だった事はわかっていました」
「だが結果的にシアを助けたのはヒナだ」
「そうです。でもそれでいいんです。ヒナさんがいなかったら、わたしもゲンも絶望に囚われていたかもしれない。でも、結果こうして助かりました。それは間違いなくヒナさんのおかげですが、それに何か問題がありますか?」
「いや、シアが助かるのなら、誰が助けたとかどうでもいい事だ」
「そうですよね。人の運命なんて、些細なきっかけでどうなるかわかりません。どんなに頑張ってもだめな時もあります。そんな時、誰か助けてくれる人がいるかどうか?多分その違いなんだと思います。だから、助けてくれる人がいるなら甘えちゃえばいいんです!」
そう言ってシアは俺に頬を擦り付けてきた。
「確かにあなたや、このヒナには助けてくれる人がいたかもしれない。でもあたし達にはそんな人はいなかった。お姉ちゃんだって助けに来てくれなかった。だったら自分で何とかするしかないじゃない!」
「わたしがいます!」
もう一人のヒナが声を上げた。
「それに、お姉ちゃんだって、わたしを助けようとずっと頑張ってくれていたんです。今だって、必死でわたしを助けようしています」
ヒナは驚いた顔でもう一人のヒナを見ていた。
「わたしがあなた達を救ってあげます!だからわたしと一つになりましょう!」
「・・・それではあなたもいっしょに不幸になるだけでしょう?」
「なりませんよ!今のわたしなら、あなた達も一緒に幸せにする事が出来ます!」
「ヒナ・・・それは?」
俺はヒナに尋ねた。
「はい!今のわたしには、不幸な過去を全て背負い込んでも、幸せになれる自信があるんです!」
「何を言って・・・あなたはあたしという不幸な過去を切り捨てたから幸せになったんでしょう?」
「きっかけはそうでした。でもその後、わたしはパワーアップしたんです!前よりも強くなった今のわたしだったら、もう大丈夫です!だから安心してわたしと一つになってください」
「ヒナ、本当に大丈夫なのか?」
俺は少し心配になってヒナに尋ねた。
「はい!大丈夫です!・・・だって、これがララさまだったら絶対大丈夫だって、思いますよね?」
ヒナはそう言って、俺ににっこりと微笑んだ。
・・・そうだな、師匠ならそんな過去は軽く吹き飛ばしてしまうだろう。
今のヒナはそんな師匠という最強のお手本を目指していたんだ。
「わかった、ヒナを信じよう」
「万が一だめだった時は、もう一度わたしとゲンが助けます」
「ありがとうございます!シアさま、ゲンさま」
「・・・後悔する事になりますよ・・・」
「かまいません!後悔も含めて幸せになっちゃいますから!」
「あたしが、あなたを支配してしまうかもしれないですよ?」
「大丈夫です!負けませんから!」
ヒナは自信満々で微笑んだ。
「・・・そうですか・・・では、あなたと共に幸せになる事を夢見てみましょう」
そう言って、もう一人のヒナは静かに目をつむり、ヒナの中に消えていった。




