242話 亜魔女対決
攻撃をやめて立ち尽くしているシアは、目から大粒の涙をぼろぼろ流して泣いていた。
・・・そのかわいらしい泣き顔は、まぎれもなく本来のシアの物だった。
「シア・・・正気に戻ったのか?」
「ゲンさま、今です!シアさまの誤解を解いてあげて下さい!」
「そうだな」
俺はヒナから体を離して、シアの方に駆け寄ろうとした。
「なーんてね」
シアは再び険しい顔に戻ったかと思うと、瞬間的に加速して、俺の脇を素通りして後ろにいたヒナに体当たりしたのだ!
それは俺がヒナから離れた一瞬の事だった。
「やはりあなたがあたしにとっての最大の障害みたいですね」
シアの口調がもう一人のヒナの口調に変っていた。
シアは体当たりで吹っ飛ばされたヒナに追いすがり、正拳を打ち込んだ!
・・・これは!・・・シアがココさんから教わった体術だ!
しかしヒナも、かろうじて体勢を立て直し、ショートソードでこれを受ける。
強力な身体強化で防御されたシア拳は、ヒナのショートソードとぶつかり合ってその場で止まった。
「あなたがここに戻ってきた時、その体を取り戻そうと思ったのだけど、あなたの心には負の感情が取り入る隙が全く無かった」
シアが反対側の腕で肘打ちを入れる。
ヒナがそれもショートソードで受け止める。
「どんな人間でも負の感情が取り入る隙は絶対にあるはずなのに、どうして今のあなたにはそれが無い?」
シアが再びもう一方の拳をヒナに打ち込む。
ヒナはそれも受け流す。
・・・うん、ヒナの方も俺が教えた師匠の剣術がだいぶ身に付いているな。
「仕方が無いから、肉体ごとあなたを排除しようとしたのです」
「あの風の魔物はあなたが操っていたのですね?」
ヒナとシアは攻防を繰り返しながら会話を続けていた。
「ええ、そうよ。元々あの魔物はあたしたちと強く結びついていた。だからあたしの意志で操る事が出来た。でも最初に手を切り落とした後から、支配権があなたの方に移り始めたの。だからあたしは細工をしてあの魔物へのダメージがあなたの体に反映する様にしてあげたのよ」
何だって!あの風の魔物へのダメージがヒナのダメージになっていたって事か!
「・・・つまり、俺がヒナを殺しちまうところだったって事か?」
俺は・・・何て事をしてしまったんだ。
「ゲンさま!惑わされてはいけません!たとえ本当にそうだったとしてもゲンさまのせいではありません!それにわたしはこうして生きているんです!全て結果オーライです!」
ヒナはシアとの死闘を繰り広げながらも俺をフォローしてくれた。
「忌々しい、どうしてあなたはそう前向きなんですか?元のあたしたちはそんな性格ではなかったはずなのに、本当に邪魔です」
シアはウィンドスライサーを発現させてそれをヒナの背後から攻撃入れようとしていた。
さすがに正面のシア本人と背後のウィンドスライサーをヒナ一人では対処できない。
俺はヒナの背後に回って、ウィンドスライサーを叩き落した。
「ありがとうございます!ゲンさま!」
「またしてもいちゃいちゃと!」
・・・いや、今のはいちゃいちゃ要素なかっただろ?
「ゲンから離れなさい!」
そう言ってシアは足を高く振り上げヒナの頭にハイキックを叩きこもうとした。
同時に飛んできたウィンドスライサーに対処していたヒナはこれに対処できない。
咄嗟にサポートに入った俺は、振り上げたシアの足を掴んで受け止めた!
ヒナへの攻撃を寸前で止める事は出来たのだが・・・
俺の目の前には、一直線に足を振り上げた姿勢で固まったシアの・・・その部分が・・・今にも鼻先に触れそうな位置にあったのだ!
「ふぉわっ!」
シアが足を思いっきり開いたために、小さく開いたその隙間から少しだけきれいなピンク色の中身が見えてしまった俺は思わず変な声を上げてしまった!
「えっ!やぁんっ!」
そこを俺に見られた事に気が付いたシアは、振り上げた足を慌てて戻し、しゃがみこんでしまった!
「ふぁっ!・・・ゲンの前でなんて恰好を!・・・恥ずかしいよぉ!」
シアは真っ赤になって涙目で縮こまってしまった。
・・・今まであれだけ過激な姿を見られていながら、この恥らい方は・・・
そうか!今のシアは、上書きされた過去を忘れて、純粋な自分の記憶だけに感情を支配されている状態だ!
そう、さっきからシアは、時々この状態になる瞬間があった。
だが、次の瞬間には再びヒナに意識を乗っ取られていたのだ。
・・・つまり、この瞬間にシアの意識とヒナの意識を切り離せればいいのだ。
「シア!好きだ!」
俺は咄嗟にそう言ってシアを抱きしめてキスをした。
何が正解か考えている時間もなかったから、咄嗟にそうしただけだった。
それは何の変哲もない普通のキスだった。
言葉も気の利いた単語が出て来なくて、最小限の単語だけだ。
・・・だが、今の俺の本当の気持ちを正しく伝えるにはこれだけで十分だった。
「んん・・・ゲン・・・わたしも・・・ゲンが好きです」
シアはそう言って俺をやさしく抱きしめ返した。
最初こわばっていたシアの体はすっかり力が抜けていた。
俺は結構、この、優しく触れるだけのキスが好きかもしれない。
シアもそうなのではないかという気がする。
すると、シアからヒナの姿が重なり合う様に現れ出てきたのだ!
そして完全に分かれてシアの背中からはじき出されてしまった。
「どういう事?完全に一体化したはずなのに、なぜはじき出されたの?」
シアから分離されたヒナは、しりもちをついて困惑している。
「すぐに戻らないと!」
ヒナはそう言って起き上がろうとしていた。
「つーかまえたっ!」
そう言ってヒナを後ろから抱きしめたのは・・・
もう一人のヒナだった。




