237話 少女の真相
「向こうのヒナが本当のヒナだって?それはどういう事だ?」
俺は目の前のヒナに尋ねた。
「そうです!そいつの言う通り、あたしが本当のヒナです!ゲンさま、そいつから離れてこっちに来て下さい!そして早くシアさまと結ばれるのです!」
シアの方にいるヒナが必死に俺に呼びかける。
・・・一体、どうなっているんだ?
俺の近くにいるヒナがいつも俺と一緒にいたヒナに間違いは無い。
だが、そのヒナが、向こうのヒナの方が本物だと言っている。
「あれは・・・何なんだ?」
「あれは、かつてゲンさまがわたしから追い出してくれた、不幸な記憶と負の感情を持ったままの、本来のわたしです」
目の前のヒナが語り始めた。
「ヒナ・・・その事を知っていたのか?」
「・・・はい・・・今のわたしの持っている過去の記憶はゲンさまとシアさまによって改ざんされたもの・・・ですよね?その時切り離された記憶と感情は、シアさまが自らの心の深層に封じ込めて下さったのです」
「シアが・・・そんな事をしてたのか?」
「はい、そうしておかないと、記憶と感情は再びわたしに戻ってしまいます。そうなると、既に別の過去を植え付けられたわたしは、精神が崩壊してしまうかもしれないとシアさまは考えたのです」
「シアは・・・そんな危険な事をしていたのか」
他人の負の感情を自分の中に封じ込めるなんて・・・何が起きるかわからないだろ?
「それでもシアさまなら、わたし一人の記憶と感情であれば封じ込めておく事が出来たのでしょう。でもその後、他の巫女たちの記憶と感情を同じ様に取り込んでしまったために状況が変わったんです」
「あの後救ったという重症の巫女たちか?」
「はい、そうです。シアさまが取り込んだ何人もの巫女の不幸な記憶と負の感情は、シアさまの中で融合し、新たな人格を形成してしまったのです」
「それがあいつの正体か?今回のシアの状態もあいつの仕業なのか?」
「おそらくそうだと思います」
「だが、あいつの目的は何なんだ?シアの事を救おうとはしていたみたいだが?」
「違います。さっきのは、シアさまの絶望を完全なものにして、自ら死を選ぶ様に仕向けようとしたのです」
「なんだって?あれでシアが救われるんじゃなかったのか?」
「今のシアさまは、あいつのせいで不幸な記憶が自分の本当の記憶だと錯覚させられているだけです。でも、ゲンさまが今のシアさまの姿を受け入れてしまったら、その記憶は本当の記憶としてシアさまに定着してしまうんです。ですから、ゲンさまは今のシアさまの姿を絶対に認めてはいけないんです!」
そうだった・・・今のシアの姿は現実の本当の姿ではなかったのだ。
俺は・・・何を勘違いしていた?
「それに、ゲンさまは、シアさまと立場が逆だったとしたらそれで救われるのですか?」
「俺だったら・・・」
自分の不幸にシアを巻き込まない様に身を引いて、シアの前から姿を消していただろうな。
シアには別の幸せを手に入れて欲しいと思っただろう。
もしもシアを巻き込んでしまったら・・・きっと、シアを不幸にしてしまった自分が絶対に許せないはずだ。
そんな事になるくらいなら自ら命を絶っていたかもしれない。
「・・・そうか・・・あのまま続けていても、シアを救う事は出来なかったんだな」
「そうです、それがあいつの狙いです。シアさまの自我を完全に崩壊させて主導権を握るつもりだったのです」
「それはつまり、シアの体にあいつの意識が宿るって事か?」
「シアさまの自我が無くなれば・・・結果的にそういう事になります」
「そうか、俺はまんまと騙されてあいつに利用されるところだったのか」
さっきの俺は確かに気が動転して冷静さを欠いていた。
何がシアのためなのか、正しい判断が出来なくなっていたのだ
「ありがとうな、ヒナ。助かった」
「どういたしまして!」
シアの後ろいるヒナの事情は大体わかった。
・・・しかし、もう一つの疑問が残った。
そうすると、目の前にいる、このヒナは一体何なのだ?
「それにしても、ヒナ・・・お前は過去の事を・・・全て覚えていたんだな?」
「ええと・・・一応、自分の経験としての記憶と、その時に受けた心の傷や負の感情は取り除かれていました・・・でも、わたしには特殊な能力があって・・・普通の記憶とは別に、過去に経験した全ての記憶が情報として残っているんです」
それは・・・師匠やシアが巫女たちの記憶を復活させるのに使った魔法と同じ様なものか?
それをヒナは魔法とは別に、普通に使えるって事なのだろうか?
「・・・だが、情報ってのは記憶と違うのか?」
「はい、記憶はその時の感情やその後の人格形成に大きく影響を残しますが、情報は単なる情報にすぎません。だからわたしが実際に過去に経験した出来事であっても、今のわたしにとっては他人事の様なものなのです」
そんな能力があったのか?
ヒナの人並外れた記憶力はそういう事だったんだな。
「しかし、それでも・・・自分の過去を知って、ショックじゃないのか?」
つまりヒナは、自分が過去にひどい虐待を受けたり、性的な暴行を受けた事を知っていたのだ。
「はい、以前のわたしは確かにそのために絶望し、生きる気力を失なっていました。でも今は違います。身体的な傷や後遺症はシアさまが元通りに治して無かった事にして下さいましたし・・・それに今のわたしはそれくらいの事でへこたれたりしません!」
そうだ、もう一つ気になっていた事があったのだ。
ヒナのこの性格はどうしてこのようなポジティブな性格になったのだ?
過去の不幸な記憶が切り離されたと言っても、変わり過ぎじゃないだろうか?
「ヒナはどうして今の様な前向きな性格に変ったんだ?」
「それはララさまのおかげです」
「師匠の?」
「はい!正確にはゲンさまとシアさま、そしてララさまの三人おかげ、と言うべきでしょうか」
「師匠が?・・・この前、師匠と共に行動した時に何かあったのか?」
先日、ヒナはとある事件に巻き込まれて師匠に助けられた事があったが?
「・・・いいえ、確かにあの時にも色々助けて頂きましたが、それ以前に、ゲンさまを通してララさまに救われたのです」
「どういう事だ?」
「実は・・・ゲンさまがシアさまと一緒にわたしの過去を書き換えていた時に、実は私にはゲンさまの過去も見えていたんです」
「そうなのか!」
「はい、わたしの能力は、自分の経験した記憶だけでなくて、身に周りにある物や他人の記憶も見る事が出来るんです。あの時は意図的にでは無いですが、密着していたためゲンさまの過去が見えていました」
「そう・・・だったのか?」
自分の記憶がヒナに見られていたかと思うとかなり恥ずかしいな・・・
・・・ヒナの記憶を覗き見しておいて言える立場じゃないんだが。
「あの時・・・自分の不幸な境遇に絶望し、生きる事を諦めていたわたしは、その元凶となる不幸な経験をゲンさまに消されていって、心の闇が次第に無くなっていきました。・・・しかしそのままでは私の心は虚無となっていたはずだったのです」
そうだ、シアや師匠が言っていた。
むやみに過去の記憶を変えると、自我が無くなってしまうと。
不幸な経験や負の感情も、人格を形成する上で不可欠なものなので、それが無いと人格が崩壊してしまうという話だった。
「俺が変えてしまったヒナの記憶は、シアが上手く補正してくれたって言っていたが?」
「はい、ゲンさまが直接的にわたしを助けてくださいましたが、それだけではその前後の記憶に不整合が生じます。ですからシアさまは、ご自分とゲンさまとのエピソードをコピーして、それをわたしとゲンさまの思い出として植え付ける事でつじつま合わせをしてくれていたみたいなのです」
「・・・あの時、シアはそんな事をしていたのか?」
「ですから、今のわたしにはゲンさまと過ごした素敵な経験がいっぱい思い出として残っているんです・・・そしてそれは、本当はシアさまがゲンさまと過ごした思い出です・・・ですから、わたしがゲンさまに恋をしたのは当然の結果なのです」
「シアは・・・そうなる事をわかっていて、ヒナを救うために自分の思い出を利用していたのか?」
「はい、わたしが恋敵になるとわかっていた上で、わたしを助けるために最善の方法を選んでくれたんです」
確かに・・・シアだったら人を助けるためならそんな事で躊躇はしないだろうな。
「でも、それだけでは、ヒナの性格が今の様にはならなかったんじゃないのか?」
それなら、むしろヒナの性格はシアに似ていたのではないか?
・・・しかし、今のヒナの性格は、まるで・・・
「はい、わたしが今のわたしになったきっかけは、ゲンさまの中にあった、ララさまへの想いです!」




