236話 二人の幻影
俺の後ろには、全力で走って来たかの様に息を切らしたヒナが、顔を紅潮させて立っていた。
・・・どういう事だ?
いまだ、シアの背後でシアを押さえつけているヒナが俺の目の前にいるのだ。
それとは別に、もう一人、後ろから走って来たヒナは、一体何者なのだ?
「ゲンさま、惑わされないで下さい。あれはきっとシアさまがこの場から逃れたくて作り出した幻です!さあ、早くシアさまと結ばれてシアさまを救い出しましょう!」
目の前のヒナが俺を促す。
「騙されてはだめです!そっちのヒナは、ゲンさまとシアさまを逃れられない絶望の底にひきずりこもうとしてるんです!」
背後のヒナも必死に叫ぶ。
・・・一体どっちのヒナが本物なんだ?
いや、どっちもシアの記憶が作り出した偽物のはずだ。
それなら、目の前のヒナの言う通り、後ろから来たヒナはシアがこの状況から逃れるために作り出した幻影に違いない。
「そうだな・・・シア、待たせたな、今続きをやるぞ!」
俺はシアの体の中に腰を沈めようと体重をかけようとした。
「だめです!ゲンさま!これを見て下さい!」
背後のヒナがそう叫んで装備を外し、インナースーツをめくって腹を俺に見せつけた。
・・・・・それを見た俺は・・・思わず立ち上がりシアから離れた。
「・・・ヒナ・・・本物のヒナなのか?」
「はい!そうです!ゲンさまの後を追ってシアさまの精神の中に入ってきたんです!」
元気いっぱいの笑顔でそう答えたヒナの腹には・・・
横一文字に大きな傷跡が残っていたのだった。
「ヒナ!生きてたんだな!」
「はいっ!わたしはちゃんと生きてますっ!」
ぴしっと可愛くポーズを決めたヒナの右手首にも、ひどい傷跡が残っていた。
見ると太腿にも傷跡が残っている。
間違いない、これは一緒に旅をしてきて第七階層で魔物に切られた本物のヒナだ!
俺は気が付くとヒナの方に走っていた。
「ヒナ!無事で・・・無事で良かった・・・」
ヒナの元に駆け寄った俺は、そのままヒナを抱きしめていた。
既にあれからかなりの時間が経過していたはずだ。
考えたくはなかったが・・・おそらく助ける事が出来なかった・・・
・・・既に死んでいるのではないかと、そう思っていたヒナが生きていた!
「ヒナ!・・・生きてて・・・良かった・・・」
俺は力いっぱいヒナを抱きしめた。
「ゲンさま、苦しいです・・・あの・・・それに、おへそに当たってます!」
・・・しまった!・・・俺は全裸だった。
さっきまでシアと行為をしようと大きくなっていたそれが、俺とヒナの腹の間に挟まって、インナースーツをめくっていたヒナの腹の素肌に直接押し付けてしまっていたのだ。
「すっ、すまん!ヒナ」
俺は慌ててヒナから体を離した。
「もう、ゲンさま!次はおへそじゃなくて、ちゃんとしたところに入れて下さいね!」
・・・うん、いつものヒナだ・・・とりあえずこの話はスルーしておこう。
「そんな事より、ヒナ、どうやって助かった?高位の治癒魔法でなければ助からないはずだ」
ヒナは体を上下に分断されていたのだ。
そんな状態の人間を助けられるのは聖女クラス以上の高度な治癒魔法だ。
そんな魔法を使えるのは世界に数人しかいない聖女と賢者、それに上級魔術師。
・・・あるいは魔女くらいしかいない。
しかも、完全に死ぬ前に治療を施さなければ助からないのだ。
「ええと・・・詳しい事は後で説明します。今はシアさまを助けないと!」
「そうだ、向こうのヒナは何者なんだ?シアの記憶の中の人物にしては言動がおかしい」
「はい、あれはシアさまの記憶ではありません」
「やはりそうか・・・では、あれは一体何なんだ?」
「あれは・・・」
その時、ヒナに向かってウィンドスライサーが飛来した!
ヒナは咄嗟にショートソードでそれを弾き返した。
師匠特製のショートソードは魔法を切り裂く事が出来るのだ。
そして今の剣術・・・その動きは紛れもなく、いつも見てきたヒナの動きだった。
「ゲンさま!騙されてはいけません。そのヒナから離れて下さい」
シアを捕えていたヒナが俺に向かって叫んだ。
「シアさまの事を見捨てるのですか!そのヒナは自分がゲンさまを手に入れるためにシアさまを見捨てろと言ってるのですよ!」
・・・そうだ、ヒナはどうやってシアを助けるというんだ?
それにあのまま行為を行なえば俺もシアも絶望の底に落ちると言ったがどういう事だ?
「そうなのか?ヒナ?」
俺は目の前のヒナに尋ねた。
「はい、もちろん!ゲンさまを手に入れたいというのは私の正直な気持ちです」
ヒナは躊躇せずストレートに言い切った。
「ほら、ごらんなさい!ゲンさま!そいつは本性を現しました」
シアのそばにいるヒナが勝ち誇ったようにそう言った。
「ゲン・・・もう、わたしの事は忘れて、ヒナさんと幸せになってください・・・」
シアは涙がとまり、少しだけ安心したような顔をしている。
「シアさま!聞いて下さい!わたしの望みはシアさまを助けてゲンさまとシアさまの幸せを見届ける事なんです!その上でわたしもゲンさまを手に入れます!」
「ヒナ・・・言ってる事がむちゃくちゃだぞ?」
その考えはあまりにも強欲すぎないか?
・・・でもこの考え方、誰かに似ている?
「シアさま!ゲンさま!あきらめてはだめです!今回の事件の発端はそいつのせいなんです!」
「何だって、そういえば向こうのヒナが何者か知ってると言ってたな?」
「はい!知ってます」
やはり、ただのシアの記憶ってわけでも無かったのか?
「あれは・・・何なんだ?」
俺は目の前にヒナに尋ねた。
「あれは・・・・・本当のわたしです」




